常識人と狂人
唐突だが、常人が何か一つを完全に極めるまで、いったいどれくらいの時間が必要だろうか? 一生――およそ八十年前後――で事足りる分野もあれば、それだけではとても足りないものもあるだろう。
だとしても、例えば二百年間同じことをやり続ければ、それは癖となり、その先一生忘れることはないのではないだろうか。
勿論、こんなことは普通の生物には無理だ。ちょっとばかし寿命が長いなどという長所では、一つの分野を極めるだけで寿命が尽きる。
しかし、幽霊族は違う。
彼らは遥か古代、第一次ラグナロクが終結した直後に誕生し、そこから一万年以上この世に漂っている。
仮に二百年で何かを極めるとしても、五十以上のスキルを得ることが出来るのだ。
族長ともなれば、その習得スピードはさらに早い。
サーペントは既に、この世に存在する概念全てにおいて、頂点に君臨していると言ってもよい。仮にサーペントのステータス画面を見れるとしたら、カンストし尽くした項目を確認するだけで日が暮れてしまうだろう。
――つまり何が言いたいか、というとだ。
「何でこれだけの激痛を受けても動きが止まらないんだよ!!」
「まあ、あれよ。年季の違いってやつ?」
――人間だの魔族だのという存在では、彼らには勝てないのだ。
繰り出される剣戟を涼しい顔で躱しながら、サーペントもといドロシーの右ストレートが腹部を抉った。細腕からは想像できない破壊力を秘めた悪魔の一撃は、リンクを遥か後方へ吹き飛ばした。
「ゲッホ……なんだよ、この泥仕合は……!!」
「あたしを殺したきゃ、神様でも連れてきなさい。かつてのラグナロクの様に」
「手前らの初代王様が粗方狩りつくしちまっただろうが!!」
「んじゃあ、それも含めて人間の負けって事よ。戦争は総合力の勝負だしね」
言葉の直後、背後から襲いかかってきた攻撃を何とか避け、リンクはミゼラブルへ覇道を注ぎ込んだ。
「痛覚百倍だ。さっさと泣き叫べ!」
「んー、ちょっとチクチクするかしらね。残念だけど、この程度の痛みはもう順応済みなのよね」
「っく……化け物が」
リンクは怒りの形相で睨みあげた。
――実力の差は歴然だ。それでも……勝てないと思う訳には行かない。
聖騎士には、絶対的な強さが求められる。それは決して、象徴的な意味ではない。彼らは生きるために、強くなくてはいけないのだ。
サーペントは余裕ありげにリンクと目を合わせ、微かに笑って口を開いた。
「一万年も生きてると、時々わけもなく病んじゃう時期もあるのよね。なんとなくマグマで泳いでみたり、遥か深海まで裸で行ってみたり、山に潰されてみたりとか、世界一周処刑ツアーとか、いろいろやったわよ」
「頭おかしいんじゃねえの……?」
「いいわー! その変質者を見るような眼! ゾクゾクしちゃう!!」
「……舐めんなよ、老害がぁ!!」
逆上と共に、それでも技の繊細さは損なわないように、リンクは剣を振るった。一撃一撃が致命傷の威力。簡単に躱され、合間にも良いように遊ばれているが、リンクは間違いなく強い。
仮に相手がキリクやシュラウド程の実力者でも、互角以上の勝負を繰り広げていただろう。
ただ、今回ばかりは相手が悪い。
一万年。その壁はあまりにも厚く、堅く、高い。
――だめだ、余計なことを考えるな……!
「ボクは、誰にも負けない!」
「残念だけど……あたしを満足させるには少し幼すぎたわね、坊や」
獣の力を宿した渾身の一撃が、リンクの小さい体に炸裂した。
今までの短い人生で経験したことのない激痛。避けることすらできず、まともに喰らってしまった。
――ああ。
瞬間、リンクは悟った。
「……勝てないや……」
刹那、リンクはミゼラブルを所持する権利を失った。
今まで、敵に対し振るわれてきた猛威は――
「いいさ。もとより、その覚悟を背負って先代を殺したんだ」
――不甲斐なき契約者に降りかかる。
現世ではどうやっても体感しえない痛みが、リンクの生命に終止符を打たんと襲い掛かった。
「っぐぁああぁああ!!」
ほとんど断末魔のような悲鳴が響く。外傷こそ与えられないが、ショック死は免れないものだった。
――サーペントが、瞬間的に憑依していなければ。
「……え?」
「……な」
「いっっっったーーーい!! もー! めっちゃくちゃ痛いんだよおらぁ!!」
「…………」
向かい合うドロシーとリンク、その間でぐるぐる迂回する白い靄。数秒の沈黙の後、二人は同じ声を発した。
「……は?」
「やだ、あたしったらなんて野蛮な声を……! いやー恥ずかしいわぁ! 今のは聞かなかったことにして頂戴!!」
「お前……何をしたんだ。まさか、ボクの代わりに痛みを受けたのか!?」
ゆっくり立ち上がり、そう問い詰めたリンクの近くに寄って、サーペントは言った。
「だって坊や可愛いしーっ! 色んな意味で将来有望だしーっ!」
「ふざけてるのか?」
「ウソよ。いや、あながちウソじゃないけど。まあ、坊やが生きてくれている方がこっちには有利だからよ」
と、そこでドロシーが口を挟んだ。
「状況が良く呑み込めませんが、どういう事ですの?」
「それを調べるために、坊やが必要なのよ。まあ、簡単に言えば『捕虜』よ」
「……何?」
「就任して日が浅いとはいえ、聖騎士なんだしいろいろ知ってるはずでしょ? 情報は最大の武器って言うし、聞きだしといて損はないわよねえ?」
サーペントの言うとおり、リンクの利用価値は十二分にあった。魔族側にしても人間側にしても、未知の領域がかなりある。それを知るのは、相手より優位に立つために必要事項だろう。
「王様や他の聖騎士の具体的な能力、各国の兵力や資源、使われている兵法とか……多少なりとも知っているはずでしょ。教えてもらうわよ」
「っは。はいそうですかと教えるわけ……」
「言っとくけど、自殺を図ろうとしても、それより前にあたしは憑依できるわよ」
「……あっそ」
リンクはしばらく考え事をして、ため息を吐いた。
そして視線を上げ、少し笑ってから、口を開いた。
「良いよ。知ってる限りでなら、教えてあげる」
「……じゃあまず、聖騎士の持ってる剣について。あの人智を超えた力は何かしら?」
「詳しくは知らない。けど、ボクらはあれを『天下五剣』なんて呼んでる。いつから存在しているのかも知らないけど、伝説じゃあ初代魔王に殺されかけたとある神様が、最後の力を使って下界に送り届けた、とか」
「誰にでも使えるの?」
「まさか! 契約するにはそれなりの技量が必要さ。けどまあ、注意すべきは……」
そこで、リンクは後ろに突き立てられている非剣を見つめた。
「負けを認めたその瞬間――剣に見限られて殺されてしまうってことかな。さっきのボクみたいにね」
「強者でないと扱えない剣、ね。何かめんどくさいわねー」
「あ、あと……」
リンクは思い出したように付け加えた。
「剣との契約者は、何かを犠牲にすることでその力を大幅に高めることが出来る」
「何かって、なによ」
「ボクとクライムのおじさんはやってないけど、他の三人はやってるよ。例えば痛覚だったり、聴覚だったり視覚だったり、アンクは何処かの指を削ぎ落したとか言ってたっけ」
アンクの名を出して、リンクは居るであろう方角を見つめた。
――もしも、あいつが闘ってるとしたら、双方タダじゃすまないな。
「アンクはマジで頭がおかしい。負けはしないけど、誰よりも闘いたくない」
「どんなふうに頭がおかしいんですの?」
「……なんだっけ。痛覚、視覚、聴覚、味覚、怒り、悲しみ、道徳心、食欲、性欲、睡眠欲、指二本、あと胃の一部と毛髪、性機能も捨ててるとか言ってたっけ。まだあると思うけど、今言った全てをあいつは犠牲にしてる。まあつまり……」
続きの言葉と同時に、嫌な風が吹いた。
「『悦楽殺人鬼』ってやつさ」
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「ブェックシ!! おや、誰か噂してますかねえ? でもどうせ私の頭がおかしいとかそんな類でしょう。まあきにしませんがね! はっはっは」
「べらべら良く喋るなクソ坊主。もうちょっと危機感持ったらどうだ?」
「残念ながら、危機感なんてものは捨てています。だっていりませんから」
――掴めねえな。
得体のしれない相手を前に、シュラウドは警戒を解けなかった。
これまで、お互いに探り合うかのような攻撃をしてきた。が、シュラウドは特別強いと言う感触は持っていなかった。
――ただ、
「しかし、あれですね。何かもの凄く巨大な龍が本陣に向かってるようですが……まあ、教祖様が何とかするでしょう。私の出る幕ではありませんね」
――こいつ、単純な強さじゃない何か、得体のしれない何かを持っている。
長引かせるのは良くない気がする。シュラウドは懐からとある瓶を取りだした。
「ドーピングで一気に決めるか」
「ドーピング? フェアじゃないですねえ。いやまあ、見るからに体調悪そうですし、というか寝なくて大丈夫ですか、あなた。クマ凄いですよ。そのうちクマで顔が全部覆われる勢いですよ。あ、おしゃべりだと思ってます? 私のことおしゃべりだって、そう……」
ぺちゃくちゃとしゃべくるアンクを無視して、シュラウドは瓶の中に入っている赤い液体を口に含んだ。
「うわきもっ! 何ですかそれ!?」
「血だよ……俺たち吸血鬼族の主食さ」
「主食? どっちかっていうと飲み物でしょ、それ」
「重要なのは、特殊な血統の血を飲むことで俺たちは一時的に強くなれるって事さ」
「はえ?」
刹那、シュラウドの大きな拳がアンクの顔にめりこんだ。増強された筋力によって繰り出されたパンチは、普段のおよそ十倍の力を秘めていた。
「……流石に、魔王の血は格別だな」
今回、シュラウドが飲んだのはミナミから分けてもらった血だ。
吸血鬼が好む血には、主に三つの要素が絡む。
一つ、異性であること。加えて、一度も性交渉を行っていないものが望ましい。
二つ、珍しい血統(名家の出だったり、魔王の血であったり)であること。
三つ、年は十~二十あたりが最も良い。
これらの条件に最も恵まれていたのが、ミナミだったのだ。
「さあ、立ちな。さすがに死んでねえだろ」
「いてて……あ、痛覚はないんですけどね。まあでも、凄まじい威力だと言うのは分かりますよ」
アンクはゆらりと立ち上がり、突如として狂気的な笑顔を見せた。
「……楽しみだぁっはあ……!!」
「な……」
「食い荒らせ――『欲深き剣、アギト』」
二つに別れた真っ黒な刀身。それぞれの刃には鋸の様な形状をしており、抜き放たれた剣は、さながら顎のようだった。
「刃は私の意思によって開閉する。そして刃が閉じるその場所に何か存在していれば――それはそのまま終わりを意味する」
欲剣アギト。それは全てを喰らい、無に帰す最悪の剣。
「イヒヒヒ……!! さあ、断罪の時間だ、異教徒ぉぉ!!」
「まずはテンションを一定に保つ努力をしろっつーの!」
魔界一の常識人と人間界一の問題児の戦闘は火蓋を切った。




