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最弱の魔王候補  作者: 木魚
第二章 第二次ラグナロク
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デートの続き

 ハーデスから、戦闘を終わったのですぐに援護に行く、という旨の連絡を受けたドロシーは、ほんの僅かだが希望を見出していた。

 実力の差は歴然だった。まださほどの時間が経っていないものの、ドロシーの体には既に軽視できないほどのダメージが蓄積されている。リンクが目の前で余裕の笑みを浮かべていることからわかるように、相手はいまだ全力を出していないにもかかわらず、だ。 

 ――でも、ハーデスが来ればこの状況も逆転できる。

 万が一、ハーデスが本気で闘っても勝てない敵がいるとすれば、それはほとんど魔族の敗北を意味してしまう。アレンとハーデス、一年前のデモンチョイス以来、一度も拳を交えてはいないが、最恐候補の二人が今闘えば、軍配はハーデスに上がるというのが、ドロシーの個人的な見解だ。


「ハーデスがここに来るまで、恐らく十分程度。そこまで耐えれば私の勝ちですわ」

「……援軍が来るみたいだね。でも、それを敵の前で言っちゃうのはバカだとしか思えないかな」


 剣を肩に担ぎ、リンクはハーデスが来るであろう方角を見た。


「五画魔将筆頭、『餓狼がろう』のハーデスか。噂は聞いてるよ。性格はともかく、強さだけなら魔王以上だって。雑魚どもならその名前で狼狽えるかもしれないけど、ボクには関係ないかな」


 言いながら、リンクは一瞬でドロシーの背後に移動し、剣を振った。咄嗟に反応して爪で受け止めたドロシーだったが、直後に放たれた攻撃魔導によって弾き飛ばされた。  

 

「っく……」

「でも、そっかあ。あのおっさん負けたんだ。まあ、向こうも無傷ってことはないだろうけど、二人を相手にするのはちょっと厳しいか」

「あら、とうとう本気を出しますの?」


 その言葉に応えるように、リンクは始めて構えを取って見せた。砂を踏む音がする。この時まで『遊び』の範疇だったものが、リンクの中で明確に『戦闘』へ昇華したのだ。

 注意深くリンクの動きを凝視していたドロシーは、二三歩後退し、いつでも魔法を使えるよう右手に魔力を充填した。

 やがて、リンクの口から言葉が発せられる。

 

「泣き叫べ――『悲痛の剣ミゼラブル』」


 刹那。

 ドロシーの体を、鋭い痛みが駆け巡った。体を引き裂かれるような、まさしくそんな表現がぴったり当てはまるような激痛。悲鳴を上げることすらなかったが、放っておいたらすぐにそうなってしまうことは、安易に想像がつく。


「あっ……くぅ……!! これ、は……」

「五分でお前の精神こころを壊す。残り五分で肉体だ。お姉さんみたいな上玉、ホントはもっともっと時間を掛けていたぶってやりたいけど、状況が状況だ。

手短に済ますことにしよう」


 肉体活性魔導の恩恵で得た機動力で、リンクは音もなく近づく。そして剣先をドロシーの腹部にほんの少し、普段ならイタズラ程度にしか感じないくらい突き立てる。 


「…………っぐっう!!」


 しかし、それだけでも、ドロシーにとってはかえしのついたトゲを刺されたかのような激痛に感じる。そのあまりの激痛に膝は折れ、自然と跪くような体制になる。


「もうわかるかな? この剣が持ってる能力」

「……痛覚の操作、ですわね」

「ご名答。剣に注ぎ込む覇道の量で何倍にも増幅させることが出来るんだ。今は通常の十七倍ってところかな」


 上空から剣が落ちてくる、地面を転がりながらそれを回避するも、砂利が体に触れることさえも今のドロシーには苦痛となる。

 砂利が多いこの場所。ドロシーからすれば、周りがまきびしで埋め尽くされていると言っても過言ではない。本来、靴を履くことでそもそも大した感触すら感じない足元は大丈夫だが、肌が露出している場所はその限りではなかった。


「聞いてませんわよ……こんなに強いなんて」

「情報が古いんだって。君たちが持っている情報は、たぶんボクの先代だ。彼女になら、お姉さんでも勝てただろうね。でも残念。戦争を起こすのが少し遅すぎたね」


 リンクは話しながら、再び接近した。直後、ドロシーの肌が少しだけ切り裂かれる。ほとんど切断されたのと同様の痛みに、ドロシーは思わず呻き声を出した。


「先代はボクが殺した。で、今日、これが初めての出陣って訳さ。情報がないのも無理はない。一つ教えておいてあげるけど……」

「子供は……黙ってなさいっ!」


 繰り出されたドロシーの爪を受け流し、カウンターで背中に肘打ちを入れる。その一撃は、ドロシーには巨人の腕にでもやられたように感じていた。


「カハッ……!」


 肺から息が出て、数秒間動くことすらままならなくなる。


「ボクは強いよ。さすがにゼリナさんや覇王様にはまだ勝てないかもしれないけどね。でも、潜在能力なら絶対に勝ってる」

「…………」


 リンクは剣を目いっぱい振り上げ、ドロシーの顔目掛け振り下ろした。思わず目を閉じたが、剣はドロシーの長い髪を数本切り裂いただけで、地面に突き刺さっていた。


「怖いかい? それが本当で普通なんだよ。弱者は強者に良いように扱われる。ボクらのように思考できる生物は、奴隷なんて制度もとっているくらいだしね」

「……あまり、女王を舐めない方が良くってよ」

「ふーん? 何するか知らないけど、仕掛けてみれば?」


 ドロシーは薄々感付いていた。自分には特別な才能がないと。といっても、凡才という訳ではない。一般からすれば、十分に天才の範疇だろう。でなければ族長などにはなれない。

 ただ、ドロシーは族長の中でも才能で圧倒的に劣る。キリク、ダウト、シュラウド、サーペント。これらの者は胸を張って言えることだろう。「私たちは世界トップレベルの強者です」と。

 最年少のクイントだって、すぐにその仲間入りを果たすだろう。実力では、既にドロシーを追い越そうとしている、と言っても過言ではないのだから。

 では、何故。何故ドロシーは族長の任を果たせるのか?

 答えは簡単。『血脈』だ。何のことはない。元々のスペックが高すぎるのだ。ドロシー自ら奇跡と称する『サーベルホワイトライガー』の血が、優秀すぎるのだ。


 しかし、ドロシー自身にはそれに見合う才能がなかった。


 高級車にはそれに見合う一流のエンジンが必要だが、ドロシーにはそれがなかった。キリクやダウト、シュラウドが十の経験値で、アレンやハーデスが五の経験値でレベルアップできるとすれば、ドロシーには二十の経験値がいる。

 初期レベルがどれだけ高くとも、すぐに追いつき抜かされてしまうのは当然だ。 それでも、いやだからこそドロシーは研究していた。強者が、強者であるから故に存在する弱点と、弱者がそれを突き打ち倒す方法。

 そのやり方は、素晴らしく簡潔にして簡単。

 ――余裕と油断をついて、無理矢理勝利の道をこじ開ける。


「氷魔法――《アイスプラネット》!」


 温存していた魔力を、ドロシーは一気に解き放った。風に冷やされた水は氷となり、辺り一帯を凍てつかせた。


獣化ビーストアップ全身フルアーミメント


 地面と一緒に氷結したことで、剣はしばらく使えない。その間に決めることが出来ればドロシーの勝ち。出し惜しみなどしている暇はなかった。

 体長約五メートル。特徴的なのは輝く白い体毛と発達した巨大な二対の牙。紛うことなき獣の女王の姿。敵を引き裂く鋭い牙と爪が、リンクに襲い掛かった。


「……あーあー、全く」


 しかし、爪が突き立てられるその瞬間、リンクの姿は掻き消えた。


「まだ実力差が分かんないのかな?」


 ドロシーの頭に仁王立ちし、リンクは右手を挙げた。


「例え視界がなくても、聴覚がなくとも、片腕だったり、味覚や痛覚がないとしても――君ごときに負けるなんてありえない」


 超密度の覇動で形成された巨大な剣が、ドロシーの体を貫いた。

 途端に、ドロシーの体はみるみる小さくなり、最終的に仰向けで瀕死の状態で、元の姿に戻った。

 氷が砕け散り、リンクは再び剣を手に取った。


「そろそろ十分経つけど、ハーデスは来ないね。何かあったのかもしれないね?」

「……う……」

「まあ、残念だったって言う事で。来世でまた会えると良いね」


 万策尽き、ドロシーは最早立ち上がることさえ出来そうになかった。肉体自体はまだ動くが、精神がもう限界だった。

 理不尽なまでの実力差。現実と世界は、あまりにも無慈悲だ。


「バイバイ。良い断末魔を聞かせてね」


 剣が首に当てられる。

 ――本当に、世界は理不尽ですわ。

 

「あんらぁ、何かヤバいことになってるわねぇ」


 ――それでいて、酷く荒唐無稽で、ほんの時々、救済を与えてくれる。

 ワイルドなおっさんの声と共に、予期せぬ救世主がドロシーの体に『憑いた』。

 その刹那、音速に近い拳が振り抜かれた。

   

「坊や、まだデートの終わりには早くってよ」


 突然くりだされた、凄まじい速さの攻撃を紙一重で躱し、リンクは呟いた。


「お前、何者だ。何がどうなった」

「あら、あたくしのこと? そうねえ」


 ドロシーは純白の髪を掻き上げた。その行為、表情は歴戦の戦士のそれであり、女王の持つ余裕でもあった。


「魔界のご意見番、とでも言えばわかるかしら?」

「まさか……幽霊族ゴースト族長……?」


 ドロシーもとい、その体を借りたサーペントは妖しく笑ってみせた。


「そう、あたくしの名はサーペント。『妖艶なる霊』とでも呼んでくれるとうれしいわ」

「……幽霊族は、どちらにも味方しないんじゃなかったのか!」

「そんなの気まぐれよ。そ・ん・な・こ・と・よ・り」


 サーペントは殺気を発した。

 幽霊は一万年以上の時間を生きてきている。今、ドロシーの体には、あらゆる技能の境地にまで達している、最強最高のエンジンが搭載されたと言ってもよい。


「デートの続きをしましょうか。並のエスコートじゃ、あたくしのお眼鏡にはかなわなくってよ。坊や」

 

 ゾッと、リンクは戦慄した。濃密な殺気だけじゃなく、貞操に関わる何かも感じ取ったが、それ以上にまずいことがある。

 全ての幽霊族が人間界の敵になったとすれば、これは非常事態だ。

 個体数こそ少ないが、幽霊は死なない。しかも、全てが一万年以上も生きているのだ。何百もの歴戦の戦士が敵になるという事だ。


「……上等だ。そう言う隠し玉は、人間界にだって存在する」


 ただ、それに増援に来てもらうには、覇王の言葉が必要。

 ――何にしても、だ。サーペント、


「まずは、お前を排除してやる」











 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そのころ、ドロシーの救援に向かっていたはずのハーデスは、別にさぼっていたわけではなかった。

 むしろ、最大とも言っていいピンチを迎えていた。


「……強いなあ、君」

「…………」

「ねえ、何か喋ってよ」

「……死んでください」


 そう言い、敵は剣を振るった。


「おっと」


 躱して、ハーデスは魔法を放つ。が、その魔法は一つも当たることなく、まるで敵を避けるように地面で暴発していく。


「薄気味悪い力だなあ。君、やっぱそうなの?」

「……何がです」

「もし、ボクが考えてる通りだとしたら……」


 ハーデスは敵をまっすぐ見据えた。外見の特徴としては、まず目を引く白い髪。そして、淀んだ金色の瞳。神聖なオーラをこれでもかと放っている剣とネックレス。

 それらの装備を見れば、疑いようはなかった。


「ここで駆除しておこう――『勇者』」


 ハーデスは魔剣を取りだした。柄を掴み、ゆっくりと引き抜きながら、呪文を唱える。

 それに呼応するように、リーシャもまた自らの剣を抜き放った。


「運命を剥奪せよ――『運命の剣イブ』」

「運命に抗え――『魔王の剣バアル』」


 魔剣バアル、その能力の神髄は時間干渉でも、魔力の貯蓄能力でもない。バアルが魔族の切り札だと言われる所以、それは――

 

 ――命剣イブに、勇者の力に対抗できる、唯一の兵器だということにある。   

ドロシーの服は破れない仕様というかんじで考えていただけると。あと、憑依した場合の声はおっさんじゃなく憑依された方の声です。

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