悪魔の王
もうちょっと更新できるよう、頑張ります。
各地で戦闘が激しさを増す中、終結を迎えようとしている戦場もあった。他のどの戦場よりも早く戦闘を開始していたハーデス、ダウトの師弟コンビと武装国家バーレン聖騎士クライムの戦場である。
序盤こそ手も足も出ず、という具合のハーデスだったが、ダウトが闘っている間に傷を回復し、クライムのスピード、パワー、その他諸々の情報を頭に叩き込んでいた。
「……勝算は十分にある」
情報は最強の武器である、という言葉もある。もはや、先程までのやられていただけのハーデスではなかった。
ハーデスは魔剣を構え、魔力を送り込んだ。
――あまり使いたくはないけど、仕方ないか。
ほぼ反則技を使う事に若干の抵抗を憶えながらも、ハーデスは言葉を唱えた。
「時の流れに抗え――魔王の剣バアル!」
瞬間、世界は時間の歩みを限りなく遅らせた。唯一人、ハーデスのみを除いて。何かが来ると肌で感じ取ったのか、クライムが防御の構えをゆっくりと取り始める。が、その反応はあまりにも遅すぎた。
「ノロマが」
直後、刃が激突する音が一度響いた。金属音が空間を震わすのと同時に時間の流れは元に戻り、両者は驚愕の表情を浮かべた。
「……んな馬鹿な……」
「それはこっちのセリフだよ。何でガードが間にあってんの?」
ハーデスの予定では、今の一撃で終わっているはずだった。防御に構えを作っていたあのスピードでは、あの反応速度では間にあう訳がないのだ。
考えられるとすれば、脳の本能的な部分――クライムの幼少のころから培われてきた膨大な量の経験が寸でのところで命を守ったということ。
ハーデスは舌打ちして後ろに下がった。経験が自らに最も足りていない要素だという事を感じていたハーデスにとって、クライムの先程の動きには目を見張るものがあった。
「才能だけではたどり着けない場所、か。まあ、ボクならあともうちょっとで行けるだろうけど……」
少し険しい表情で、ハーデスは不機嫌そうに続けた。
「劣等感を感じるのは嫌いなんだ。あなたを倒して、今すぐにでもその境地へ行く」
「たかだか十六年しか生きてねえガキが……大人をなめるなよ」
クライムは空中に飛翔し、剣を巨大化させた。
「またそれかい。芸のないやつだ」
「言ってろ。変に小細工掛けるよりゃ、こっちの方が有効だ。俺の経験則からしてな!」
怒号と共に、クライムは剣から手を離した。それと同時に拳を叩きつけ、加速とともに更なる重みをもたせる。
ハーデスはかなりの高速で落下する剣を見上げながら、右腕に魔力を集約した。
「ダウト、手出しは無用だよ」
「しっかり止めろよ。俺も危ない」
「任せなよ。今さっき考えた新しい魔法のテストには丁度いい」
右腕を左の腕で固定し、ハーデスは魔法名を呟いた。
「勇猛なる大戦士の力を我が身に――《タイタン》」
ハーデスの腕から、恐ろしく巨大な腕が出現し、懐剣オーディンをしっかりと支える。しかし、クライムの攻撃もこれだけで終わりではなかった。釘を打つ要領で拳を剣に振り続け、その度にハーデスの体は徐々に後退していた。
「力比べで俺に勝てるやつが、この現代にいるかっつうんだよ!!」
「さっきも言ったけど、ボクは劣等感って奴が大嫌いだ……! 特に、あなたには何一つ劣っている要素があってほしくない!」
――ボクは選ばれし存在なんだから。
凡人とも、そこらの天才とも一線を隔す至高の存在。ハーデスはそれが自らだと生まれた時から何となく感じていた。だから敗北など考えないし、有り得ない。
――最強なんだよ……!!
ドクン、と。心臓が一度だけ、強く脈打った。血液が体内を駆け巡る感触が全身を支配する。
ハーデスに流れる魔王の血脈の、未だ眠れる力のほんの末端がこの時目覚めようとしていた。
世界最高峰の才が、『完全なる覚醒』を迎えるのはもう少しだけあとの話。
それでも、人間界にとって最大の脅威となり得るには十分すぎる。
「ボクが……最強だ」
確かな確信を持った言葉と共に――悪魔は身を乗り出した。
些細な、ほんの些細な不安と恐怖と絶望が、世界中の生物の体を駆け巡った。敵意を受けていなくともこうなのだ。
敵意を一身に受けたクライムは、途端に硬直した。
「…………」
しばらくの間、何も言えなかった。腰が抜けたわけでも、歯の根が合わないというわけでもない。
だが、何か目覚めさせてはならないモノを起こしてしまったという感覚はあった。その存在に何となく当てはまるものは、すぐに頭に浮かんできた。
「魔王」
呟いて、冷や汗が出ていることに気付く。『魔王』という単語は、この世界では魔族の王を指すが、この時クライムが描いていたのは、そんな目の前の敵の王ではなかった。
――悪魔だ。
悪魔の王。闇に蠢く万物を総べる、終末と破壊の化身。
「……お前は、なんだ?」
向けられた問いに、ハーデスは小首をかしげた。
「何なんだろうね? 神に愛されてるのか嫌われてるのか、世界に望まれて生まれたのか、何かの間違いで生まれたのかも分からない」
「お前は、俺を殺すか?」
「そりゃあね。命乞いでもしてみる?」
クライムは首を振った。そして息を吐き、鋭い目線でハーデスを睨み付けた。
「お前は危険すぎる。ここで排除しねえと、俺は死んでも死にきれねえ」
「いいね。守るために闘うっていう眼だ。僕にはそう言う存在がまだいないからよく分からないけど、そんなに大事かい?」
「……ああ」
クライムは自分が知らない景色を目いっぱい知っているらしかった。この際だから、ハーデスはいろいろ聞いてみることにした。
「守るべきもののために闘う人間は強いってよく聞くじゃん? やっぱそうなの?」
「少なくとも、覚悟はできる」
「命を失くしてでも、守りたいのかい?」
「ああ。託されたからな」
「誰に? 何を? そんなに大事?」
クライムの脳裏に、二十年以上前からの記憶がよみがえっていた。彼には六人の戦友がいた。
まだ若かったあのころ、一人の友人が自分たちを守るための犠牲になって死んだ。その死の悲しみを乗り越えたと思えば、また一人、今度は病で先立った。
やり場のない怒りを魔族にぶつけ闘っているうち、気付けば聖騎士と呼ばれるようになっていた。クライムの戦友の残り四人も、何の因果かそれぞれの聖騎士に就任していた。
それから十数年が過ぎたころ、二人の仲間が魔族に殺されたと聞かされた。クライムは新任として配属されたライルとアンクの教育係となった。簡単に死なないように、それこそ鬼のようになって鍛え上げた。
その間に、五人目が死んだ。自殺だった。理由は、才能の壁に絶望したから。事情は程なくして分かった。ゼリナの凄まじい才能を目の当たりにしてしまったのだ。これで、旧知の仲の友人は一人の女性だけになってしまった。
密かに思いを寄せていたこともあってだろう。二人の仲はある時より急速に縮まっていた――が、彼女はほんの数ヶ月前に死んだ。
彼女は、聖騎士としては弱すぎた。
聖騎士は強くあるべき、その理念を掲げていたリンクに一騎打ちを申し込まれ、彼女は聖騎士の座を奪われると同時にその人生を終えた。
死んでいった戦友たちは、皆一様にこう残していた。
『人間界を、人間の未来を任せた』
「……ほんっとに、こんな世界じゃなけりゃ、魔族なんていなけりゃよぉ……!」
クライムは少しだけ俯き、その後感情を爆発させた。
「死んでいった奴らの為にも! 俺は魔族には負けられねえ!!」
「……最後に聞くけどさあ、それって、何を犠牲にしてでも?」
「ああ……!! 例え命を代償にしてもな!!」
「あっそう。やっぱり、『彼』が異常なんだよね」
ハーデスは溜息を吐いて、クライムの言葉をもう一度思い出した。
――託されたから守る。
――自分の命に代えてでも守る。
――魔族さえいなければ。
「君は踏み台だ。全てが『彼』の下位互換。ボクが『彼』と闘う軽い予行演習にしかならないかな」
「行くぞ……魔族!!」
クライムは雄叫びと共に剣を繰り出した。ハーデスはそれを難なく避けると、拳を握り腹部を狙って振り抜いた。拳は剣に阻まれ、休む間もなくクライムの反撃。魔剣で受け止めようとしたが、予想外の力にハーデスは吹き飛び、後方に飛ばされた。
その感覚を思い出しながら、ハーデスは呟いた。
「速くなってるね。しかも、腕力もかなり上がってる。今まで手加減していたわけでもないだろうし、これは一体どういうことだい?」
「悪魔とやりあうには、修羅にでもならねえと釣り合いがとれねえだろ」
「ドーピングってことでいいのかな。それは、その剣によるものかい?」
「自分で調べやがれっ!!」
クライムが剣を巨大化しつつ、前方を大きく薙いだ。魔剣による時間操作でハーデスは素早く躱し、クライムの背後に回り込む。
間髪入れず上方から切り込むが、クライムはそれが分かっていたかのように受け止めた。
「こっの……!!」
「おおらぁああ!!」
クライムの怪力により、ハーデスは力づくでむりやり遠方へ飛ばされた。
「めんどくさいなもう! いいよ、次で決めてやるさ」
「時間がねえ、さっさときやがれ!」
右手に魔剣を持ち、自由になった左手に黒い立方体を創りだし、ハーデスはそれを握りつぶすと共に魔法を発動した。
「光を塗りつぶせ――《ブラックボックス》」
暗闇が二人を取り囲んだ。何も見えないながらも、敵が何処にいるのかは両者承知している。視覚が封じられたら耳で聞き、肌で感じ取り、直感で探り当てる。そんなことは容易いことだった。
「そこだぁ!!」
クライムの攻撃が超速で繰り出される。確かな感触を感じながらも、クライムは気付いていた。
背後から、もう一つの気配。
つまり、あれは魔力で創られた囮――
――本物は、後ろにいる。
咄嗟に背中へ置いた懐剣オーディンに、魔剣バアルが突き立てられた。響く金属音。それが鳴りやまないうちに、勝敗は決する。
クライムは体を無理やり捻って、剣を渾身の力で振るった。
「――そっちかよ」
剣は空を切った。そして、腹には幾つもの風穴があいていた。
「なんだ? 初めの喰らってたのか?」
「ああ。かなり効いたよ。でも、読み勝った」
「どうやって剣だけ動かした?」
「魔剣にはボクの魔力も入ってるからね。魔力操作でどうとでもなる」
暗闇が晴れていく、と同時にクライムは膝を屈した。
「心臓を貫かれたみたいだな。まあ助からん事もないが……逃げれねえか」
「最後に、何か言いたいことは?」
「そうだな……」
クライムは目を瞑り、懐剣の柄を持った。
「てめえとはもう二度と闘いたくねえ」
瞬間、クライムは懐剣を全速力で伸ばした。弾丸のように伸びた剣はクライムを遥か彼方に運ぶ。
「……あちゃー」
「突っ立てる場合か! 絶対に逃がすな!」
これまで傍観をしていたダウトが、見てられないとばかりに翼を広げた。上空へ急上昇しクライムの姿を捉えると、夥しい量の炎の蛇を創りだす。
「また出てこられたら敵わん。ここで死ね! 《サラマンダー》」
蛇はうねって襲い掛かって行った。剣が伸びるよりも速く射出されているので、クライムを捕まえるのも時間の問題だった。
一本の蛇が、太い左腕に巻き付いた。灼熱の炎に肉が焦げる。当然凄まじい激痛だが、クライムは怒号で喝を入れると、迫る炎蛇の全てを左腕に受けた。
「左腕一本くらい……くれてやるよぉぉぉ!!」
懐剣を元の大きさに戻し、クライムは自ら左腕を切り裂いた。猛然と駆け出し、退却していくクライムを追うのを諦め、ダウトはハーデスの元へ戻った。
「で、どうなったの?」
開口一番にそう聞いてきたハーデスに、ダウトはそっけなく答えた。
「逃がした。ただ、左腕を焼いたから、今までのように戦えることはないはずだ」
「勝ったってことでいいんだよね?」
「だろうな。所で聞きたいんだが……」
ダウトは何気なく、できるだけ無表情で問うた。
「『彼』とは、誰のことだ。この戦争の果てに、お前は何をしようとしている」
「他愛のないことさ。別に大それたことじゃない」
「……ならいい。あまり馬鹿なことはやるなよ」
ため息を吐き、ダウトはその場から去ろうとした。
「あれ、もういっちゃうの?」
「ここに止まる理由もないだろ。龍人族の増援にでも向かう……ああそうだ。セバスは死んだと、そう伝えといてくれ。亡骸は俺が焼いた」
「やっぱ、そうだよね。うん、分かった。伝えておくよ」
そして、ダウトは翼を広げて別の戦場へ飛び立った。
「さ、ボクも早くドロシーちゃんの援護に行ってあげないとね」




