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最弱の魔王候補  作者: 木魚
第二章 第二次ラグナロク
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神の代弁者

 時を同じく、クイントも難敵を目の前にしていた。

 ジルビア教教主にして宗教国家ブリンドの王、人呼んで『神の代弁者』、グスタフが最前線に現れたのである。

 宗教国家ブリンドの武器は、卓越された肉体強化魔導と、それを活かした独自の拳法である。そして、各々の戦闘能力を伸ばすために、ブリンドでは他国とは一風変わった王位継承制度が設けられている。半年に一度開催される拳闘大会で優勝の栄誉を勝ち取った者が次代の王になれるのだ。それも、身分を問わずだ。

 このため、ブリンドの王は頻繁に変わる。また、ジルビア教に対し、それほど信仰心を持たない者が王位を継ぐことも珍しくない。もっとも、ジルビア教に対し不都合なことをしでかせば、圧倒的多数派である信者たちが数に物を言わせて革命を起こすので、現在それが起こることはほとんどない。

 とにもかくにも、グスタフはそんな環境でただの一度も王位から外れたことがなかった。十二年間、計二十四回の拳闘大会の全てで頂点に立ち続けていた。

 そんな無敗の男は、ここでも例に漏れることなく一方的に勝負を運んでいた。


「……この程度、ですか? 龍人族ドラゴニュート族長」

「くっそ……」

「族長が変わり、近頃立て直してきている、と噂でしたが……また堕ちてきましたね」


 息を荒くしているクイントとは対照的に、けろりとした顔のグスタフはそう言って腰を低く落とした。


「さ、掛かってきなさい。子供を子ども扱いして勝っても胸は張れませんが、こんな時代です。致し方ありません」

「あんまり……なめるなよ!」


 クイントは魔力を何とか練り上げ、右手を前に突き出した。


「焼き尽くせ――《フレイムドラゴン》!」


 炎の龍は、グスタフへ襲い掛かった。が、それは覇動を纏った拳に一瞬で蹴散らされる。呆然とする暇もなく、懐へ入ってきたグスタフに強烈な攻撃を見舞われる。後方に吹き飛び今度は、


「ワンパターンですね。ただ炎をぶつけるだけじゃ、一定のレベル以上の相手には勝てませんよ」


 嫌味を投げ掛けられる。既に三十回は繰り返した一連の流れ。ただ、クイントとて何も策を考えていない訳ではない。あともう少しで、戦況を引っくり返すことが出来るのだ。

 しかし、現在の戦況は非常に苦しい。経験や鍛錬の差が、大人と子供の差が顕著に表れていた。ハーデスやアレンのように、そう言ったものを度外視して強い猛者も世には居るが、残念ながらクイントにそれほどの才能はない。

 ――それがあれば、こんな作戦立てないでいいのに。 

 不意に悔しく思えて拳を強く握り、ふとクイントは疑問を抱いた。


「……なんでボクをピンポイントに狙った? 何故ボクのような子供があれを出したと判断したんだ」


 あの時、グスタフが戦場に降り立った時、彼は周囲を確認し、真っ先にクイントを標的に選んだ。周囲に実力が備わっている大人の龍人族が沢山いたにも関わらず。

 クイントはグスタフを見据え、問うた。


「分かっていたのか? だとしたらどうやって、そんな力を持っているのか?」

「あなたが知る必要もなければ、こちらが教える義理もない。そう思いませんか?」

「……ごもっともだ。じゃあ……」


 瞬間、クイントは手を振り上げた。無敗の男に敗北を与える――その機会は今を置いて他になかった。


「さっさと死んでくれ!」


 直後、地中から八人の男が飛び出し、グスタフを取り押さえた。土魔法を使い、地下でじっと身を潜めていたのだ。


「……ほう。伏兵ですか……小癪な」

「龍人族は個人の戦闘能力なら魔族随一だ! だから、少数の精鋭ならお前たち王様クラスとも渡り合える!」

「買い被りすぎですよ。私を押さえつけるだけで精一杯だ」


 グスタフの言葉は嘘ではなかった。意外なほどの怪力に、男八人がかりでもこのまま押さえつけるのは三十秒ほどが限界だった。

 ――それだって、織り込み済みだ!

 クイントは大きく息を吸い込み、叫んだ。


「皆の者!! 時は満ちた!! 魔法の雨を降らせよ!!」


 その声に答えるように、龍人族の総力を掛けた無数の魔法が雨あられと降り注ぐ。無論、グスタフを抑える八人も無事では済まない。

 そう、これは犠牲が出ることを前提とした、仲間殺しを念頭に置いた禁じ手。

 この必死の作戦により、僧王グスタフは倒れる。少数の犠牲で、多大の命を救える―― 

 


「止めろ」


 

 ――はずだった。

 魔法が炸裂する直前、グスタフが放った「止めろ」という一言の直後、全ての攻撃は無に帰した。


「離せ」


 次の一言で、グスタフを抑えていた八人は力を緩め――


「死ね」


 その言葉の後に葬られた。


「…………は?」


 長い沈黙の後、ようやく出たのはそんな間抜けな言葉だった。

 皆が混乱し、呆然としている中、グスタフは口を開いた。


「言葉には、力がある」

「力……?」

「重さともいう。私のように権力のある者や、本気で何かを成し遂げようとする者の言葉は、何よりも重い。逆に、やる気のない者やクズの言葉は軽い」


 グスタフは鬼の形相でクイントを睨み付けた。


「クズはあなたのことです」


 言葉は、クイントにずっしりとのしかかった。


「貴様は集団の長として、心を持つ生物として、やってはならないことをした」

「……違う……ボクは」

「違わない。貴様は同志を殺そうとした」


 グスタフは尚も続けた。


「この世には、二種類の人間と魔族がいる。色々分けられるが、そのうちの一つとして、少数を斬り捨てられる者と斬り捨てられない者がある。貴様はその前者であり……」

「止めろ……言うなよ」


 クイントの言葉など気にもせず、言葉は続けられた。


「大衆が好むのは後者だ」

「だから……何だよ……」

「話は変わりますが、私たちが進行するジルビア教には、基本原則と絶対原則と言うものがあります」


 急に敬語に変えて、顔つきも若干穏やかにさせて、グスタフは話題を変えた。


「基本原則は、朝五時五十五分に起床し、そこから精力的に働き、学び、時には闘い、夜十一時十一分に就寝する、というものです。と言っても、こちらは守れなくても構いません」


 言いながら、グスタフの表情が怒りの形相にまたもや豹変した。


「ただ、私を含め熱心な信者は、守れなかったことに対し今非常に怒っています……! まあ、魔族と言う発散の対象がいるんですがね。まあ、基本原則はこんなものです。絶対原則は――天寿を全うするという事」 


 瞬間、濃密な殺気がグスタフの内から溢れ出た。魔族、人間問わず、身震いが起こった。


「既に多くの仲間が絶対原則を破りやがった! 一日に千人以上の人間が絶対原則を破った時、教主である私には一つの特権の使用が認められる……!」


 狂信的な思想によって培われた力が、本格的に本性を曝け出した。


「絶対命令権――『最高神ゼウスの声帯』」


 そこには紛れもない、『神の代弁者』の姿があった。 

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