妖精の憤慨
聖騎士ライルの出陣。それがキリクの耳に入るまで、そう時間はかからなかった。聞けば、単騎で猛然と魔族陣営に向かっており、既に相当の被害が出ているとのことだ。
「流石に、半端な数では押し切れんか。まあ、推測の範疇だ」
キリクはそう呟くと、戦闘に立って魔法を放ち続けているフランたちに告げた。
「この場の指揮権を、お前たちに譲るぞ。私は聖騎士の排除に向かう」
「合点承知だ! さくっと倒してさっさと戻ってこいよ!」
「……ないとは思うけど、負けないでね」
「当たり前だ。『魔法王』の名は伊達じゃない」
キリクは前を見据えると、《ウインドエンジン》を発動させ、空を飛んだ。超高速で滑空し、魔法と魔導がせめぎ合う戦場へ向かう。怪我で倒れているもの、既に死に絶えている者が、魔族人間問わずあちらこちらに転がっているのが見えた。
「……集団の戦力は拮抗しているな。だが――個人の戦力はどうかな?」
土、火、水の魔力を融合させ、キリクは戦場に、それも人間が密集しているあたりに向け腕を構えた。
「魔法と魔導。埋められないさを教えてやろう」
そこから放たれるは『溶岩魔法』。破壊力、浸食力、殺傷能力は火魔法を遥かに凌ぐ。
「生命に終焉を与えし地獄の業火。一切の容赦を与えず、侵し、殺し、奪い、壊し、焼き尽くせ――《ボルケーノドラゴン》」
推定温度約二千度。キリクの魔力により、自然界のそれ以上に温度を引き上げられた溶岩が、龍を象り人間たちに襲いかかった。
しかし、溶岩の脅威は、単純に熱というわけではない。勿論、熱が脅威であることには間違いないが、火魔法によって生み出される炎は、溶岩以上の温度を引きだせる(アレンの炎は現段階で四千度。ダウトもそれに匹敵するものを繰り出せる)。
では、溶岩の真の脅威とは何か――それは粘着性だ。
例えば、ロウソクに付いた火に指を一瞬掠らせても熱いとは感じない。ではこれが、指に付着するとすればどうだろうか。一瞬の苦しみと、持続し続ける苦痛。人体にとって性質が悪いのは、明らかに後者だ。
ただ、溶岩魔法には一つ欠点がある。スピードが決定的に欠けているのだ。キリクが魔法を放った場所から、目標まで届くのに約三十秒。これでは当然逃げられてしまう。
しかしその弱点は、キリクの力をもってすれば容易に克服できる。
「時間魔法、《オーバークロック》」
瞬間、キリクと溶岩龍を除く全ての時間がほぼ停止レベルまで減速した。
二十五秒後。
キリクの魔法は解け、その直後に人間たちの悲鳴が響き渡った。無理もなかった。遥か遠方にあったはずの破壊の化身が、一瞬で眼と鼻の先まで接近してきたのだから。
悲鳴の直後、溶岩龍は人間を飲み込んだ。数多の命が、その中で焼け死に、蒸発して行く。その事実を淡々と受け止め、キリクは味方の魔族に声を発した。
「聞け、皆の者! これより私は、聖騎士ライルの首を獲る! それまで、しばしここで持ち応えるのだぞ!」
そして、キリクは光と水の魔力を融合させる。
「癒せ――《メリウスグレイス》」
治癒魔法により、負った傷がみるみる間に塞がっていく。倒れいた者たちも立ち上がり、士気は最高潮に達していた。
「キリク族長ォ! あんた最高だぜ!」
「必ずや勝利を手にして見せましょう!」
「速めにケリつけて、他の援護に周るぞ!」
それぞれが鼓舞しあい、再び魔法による攻撃が再開されようとした。
――その時。
「……調子に乗りすぎだ。下等民族」
声の直後、鋭い衝撃波が、魔族数人を切り裂いた。
「な……」
一瞬思考を停止しかけたが、すぐに冷静を取り戻し、キリクは声の方向へ目を動かした。
「どうやら、お出ましのようだな。聖騎士」
「クズどもが。貴様らは淘汰されてしかるべき存在だな」
「えらく嫌われているようだ」
――まあそれは、
キリクは空間魔法を発動させた。
「……こちらも同じだがな、人間」
「ここは……そうか。貴様の仕業か、魔法王」
二キロほど離れた地点への強制転移。これまでの闘いで、魔力残量が少し心もとなくなっているが、それをおくびにも出さずキリクは言った。
「さて、掛かってくるがいい。魔法王の胸を貸してやる」
無表情でその言葉を受け取り、ライルは剣を抜き放った。
「木霊せよ――『狂奏の剣、アルカディア』」
すると、剣はその形状を大幅に変えていった。全体的に少しだけ子ぶりになっていくが、厚さ、幅はかなりある。それも、上から下に掛けて段々と幅が広くなっている。そして、その物体が何なのかを決定的に物語る六本の弦。
「形態其の一、斬空のギター」
『奏剣アルカディア』。それは音撃による破壊を可能とさせたセンリツの剣。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
キリクとライルが戦場から離れたことを望遠鏡で確認し、魔導王フウカは通信装置の電源を入れた。
しばらくの間が空いて、僧王グスタフのホログラムが中空に映し出された。
「……何ですか? フウカ」
「あの馬鹿でかい炎のドラゴン。そっちからも見えてるでしょ?」
「ええ。どうやら、城へ向かっているようで」
「あれの術者、多分そっちにいるから、今から向かうよ」
ちょっとの間、グスタフは沈黙して、一言言った。
「余裕ですね」
「魔導国家ヘレンを甘く見過ぎだっつーの。まあ、悪い結果にはならないと思うよ。……で、行っていいよね?」
「フウカ。その場の気分で軽率な行動は止めた方が……」
「え!? ぜひ来てくれって? さっすがグスタフ! 古い付き合いなだけあって話が通じる!」
笑顔でグスタフの意見を無視しながら、フウカはすこしイタズラそうな顔した。
「ま、もう《ラグナロク》使ってるから、後二十秒もすればそっちに転移されるんだけどね!」
「昔からあなたは……来るからには、相応の仕事をしてくださいよ」
「あったりまえじゃん! 誰に言ってんのさ!」
グスタフの盛大な溜息と同時に、通信は切れた。
フウカは覇動を杖に込めながら、時計の秒針を見つめた。
「五、四、三、二、一……」
瞬間、周りの景観ががらりと変わった。ある程度知らされていた人間サイドはともかく、妖精族たちは酷く混乱した。
「……どこだよ、ここ」
頭が絶望的に弱いフランに任せておけず、現在妖精族のトップになったペルシアは、そう呟いた。
「……冗談じゃない。魔導でこんなことが出来るなんて、聞いてない」
「つっても、そんなにピンチって訳でもないだろ。見てみろよ、ペルシア」
フランに言われ、ペルシアは辺りを見回し、フランの言いたいことに気付いた。
「吸血鬼族に龍人族……成るほどね。三強が揃ったってわけだ」
「どういう作戦か知らねえけど、こりゃ失策以外の何でもねえだろ」
「……そうだね。よし、とりあえず戦況を確認する」
徐々に冷静さを取り戻し、ペルシアはクイントとシュラウドの姿を探した。が、二人とも前線に出ており、近くにはいない。
小さく舌打ちして、ペルシアは目に付いた龍人族に声を掛けた。
「おい、お前たちの族長はどこ行った」
「妖精族!? 何でこんな所に……」
「聞いてるのはこっちだ。早く答えろ!」
「さ、最前線で闘っているが……」
――それって、押されてるってことか?
最も激化しているであろう場所を睨み、直後に見開いた。
「……ハハ。なんだよ、あれ」
呆然とそう呟き、遥か遠方から飛来してくるエネルギーの彗星に手を向けた。
「次から次へと……何なんだよ、一体!」
周囲の魔力をかき集める。幸い、ここにはまだ再使用していない魔力が豊富にある。ありったけの魔力を腕に込め、雷魔法、風魔法として一気に放出する。
「創作魔法――《風神雷神》」
雷撃と嵐撃のエネルギー体が迸り、迫っていた攻撃魔導を打ち砕いた。しかし、ひとまず危機は去ったかと思ったその時――同レベルのものが、さらに七発。
「ウソ……だろ?」
「残念ながら現実のようだぜ! ペルシア、一旦さがってな!」
声を張り上げ、フランは地面に手を置いた。
「持ってくれよ、あたしの魔力……!」
ボコッ、とフランの周囲の土が隆起する。
「全員後ろにいろ! 行くぜ! 上級土魔法、《ジオグランドリューズ》!!」
土と岩で形成された腕が無数に形成される。それぞれが手を組み合い、堅固な防壁を創りだしていく。
何重にもしかれた防護壁が完成した直後、七つの凶弾が炸裂した。爆音と衝撃、壁にひびが入って行く音。
「くっそぉぉお! まだまだぁぁ!」
吼えて、渾身の力でさらに魔法を発動させる。
そうして何とか、七回目の爆発まで耐えた。がれきが味方に当たらないよう注意して魔法を解くと、フランはがくりと膝を浮いた。
「……ッチ。やっぱ、魔力量じゃ、男には勝てねえ……か」
「フラン! 大丈夫かい?」
「……わりぃ、しばらく休ませてくれ。今は、碌に下級魔法も使えねえ」
「分かった。じゃあ、後ろで安静にしててくれ」
ペルシアは肩を貸し、フランを立たせた。ゆっくりと歩き始めようとした時、
「……あ……」
「……? フラン、どうし」
「……わりぃ、死ぬかも」
「何を、言ってんの」
途端、フランの体から急激に力が抜けた。
「クスクス。狙い通り。やっぱりあたしって天才かも」
「……おいおい。わけわっかんねえ」
そこには、魔導士を従えたフウカの姿があった。
「やっほー。王様だよ」
「ここは後衛のはずだろ……? 何でいるんだよ」
「まあ、あたしが本格的に動き始めれば、こうなっちゃうよね。それにしても……」
フウカは目を細めて続けた。
「キリクがいないってだけで、ここまで簡単になっちゃうか。やっぱ、魔法王の名は伊達じゃないね。代わりのリーダー格は……あ、そこにいる影の薄い君か」
「影が薄くて悪かったな。そうだ、ボクがこの中じゃあ一番強い」
「うーん。フウカちゃんチェックじゃあ、君はキリクを超えられない……というより肩を並べることも無理かなぁ。なんていうか覇気がない」
その言葉は、知らず知らずのうちにペルシアの逆鱗に触れていた。
「……ダメなのか?」
「ん? ごめん、よく聞こえ」
大きく息を吸い、フウカの声を遮るようにペルシアは激昂した。
「臆病者が英雄にあこがれるのはいけないのか!?」
「はい?」
「ていうかそもそも……」
この時。
ペルシアの内に潜む『怪物』が、ほんの少し顔を出そうとしていた。滲み出る濃密な殺気に、フウカはほんの少し眉を動かした。
「ボクの底を、お前が測るな……!!」
「ありゃ、何か怒らせちゃった!」
「お前なんて、キリクがいなくても、ボク一人で何とかする」
「にゃんとまあ! いいよ、先に進むのは正々堂々倒してからにしてあげる」
双方、後ろに立つ有象無象をさがらせた。これから始まるのは、陰と陽、二人の天才同士の勝負。陰の天才が、目障りな光に歯向かおうと決心したのだ。
「フラン、ボクに任せるのは頼りないかい?」
「いや……お前なら、キリクより上の場所に、行けるって」
「そう。その程度の傷で死ぬなよ」
「っけ、お前もな」
フランはなけなしの魔力を用いて、縦横三十メートルほどのリングを作り上げた。
「……無茶するなよな」
「うーん、と。この中で闘うってことでいいよね?」
「そりゃそうだろ」
クイントたちが今、何と闘っているのかを、ここから知ることは出来ない。ただ、自分と同じように状況が芳しくないだろうことは分かる。
――って、人の心配は出来ないか。
「行くよ。能天気野郎」
「誰が野郎じゃ! 美少女様と言えーっ!」
魔導王と魔法王の後継者(仮)の戦闘が始まった。




