激化
今までで一番文字数が多いかもしれません。
それは、突然に、唐突に出現した。
魔王城からぼんやりと視認できる位置に、巨大な城がそびえ立っていたのだ。市民の地下への避難はほとんど完了しているため、それが人間たちの仕業であることは間違いなかった。
裏を返せば、今すぐにでも戦闘を開始できる、ということだ。
この事態を受け止め、アレンは五画魔将をはじめとする主要戦力を招集、戦闘準備の最終局面へ突入した。
「まず、ノースに聞いておきたいんだが、通信手段の確立はどうなった」
アレンの質問に、ノースは眼鏡を指で上げて答えた。
「……ハーデスたちが戻ってこないと、何とも言えない。そろそろ帰ってきてもいいはずだが」
「そうか。じゃあ次はキリクとシュラウド」
名を呼ばれて、キリクの傍にいるフランとペルシアも反応した。少し遅れて、シュラウドもアレンへ顔を向ける。
「戦力はどうなってる。闘えそうか?」
「おかげさまで、内部格差も和らいだのでね。最高の状態ですよ」
「……ま、ウチも夜になれば、バリバリ活躍できるぜ」
近頃、昼の活動が多くなっているシュラウドは、一つ欠伸をして思い出したように付け加えた。
「そういや、もうすぐそこに来てんじゃねえのか?」
「来てるだと? まさか敵か……!」
「いや、人間じゃねえよ」
手をひらひら振って、後ろのドアを指差す。と、次の瞬間。荒々しくドアが開けられ、ハーデスたち三人が転がり込んできた。
「やあ、待たせたね」
「外を見る限り、厄介な事態になっているようですわね」
「あ、どうぞお構いなく、話を続けてください」
三者三様の言葉を終わらせると、ハーデスはノースの元へ近づいて行った。肩に担いでいた荷物を目の前に置き、一つ息を吐いた。
「これ、頼まれてたものだけど」
「そうか。良くやってくれた。一応聞いておくが、魔剣は持ってるだろうな?」
「当たり前じゃん。それより」
ハーデスは袋の中から鮮やかな石を一つ取出し、続けた。
「『マジックストーン』だっけ? 何でわざわざボクに頼んだの?」
マジックストーン。俗に簡易魔法記録装置、要は魔法を石に込めて、魔法があまり得意でない者でも使えるようにする代物である。質の差はあれど、迷宮に行けば腐るほど落ちているため、一部の店では市販もされている。
しかし、ノースがわざわざ『バベル』のマジックストーンを欲しがったのには訳がある。
全員に聞こえるように、ノースは口を開いた。
「今から、こいつに俺の魔術を込める。所持者の間で通話を可能とするようなものをな。ハーデスの問いに答えるとすれば、普通の物だと魔力しか受け付けないから、だな」
「魔術はマナを使って超常現象を引き起こす技術だったっけ。そのマジックストーンじゃないと、マナを取り込めないってこと?」
「恐らくな。これでダメなら、お手上げするしかない」
納得して頷き、ハーデスはふと気づいたように辺りを見回した。そして、その人物がいないことを確認し、首を傾げる。
「ミナミちゃんはどこに行ったの? こういう場にはいつも居るはずだけど」
「あいつなら、人間の軍の偵察に向かわせた。非戦闘員の暴威に尽力してもらうから、ここに居る必要もあまりないからな」
そして、ミナミを偵察に向かわせた最たるよう要因は、その能力にある。ミナミの魔王としての力、《万能な眼》ならば、僅かな情報から敵の戦略などが見えてくるかもしれないからだ。
アレンは立ったままでいるハーデスたちに、座るように伝え全員を見渡した。
「そう時間の経たないうちに、俺たちは人間と衝突するだろう。最後の確認をしておくぞ」
人間界の国名が書かれたプレートを取出し、それぞれに渡す。
「人間界の最大戦力、聖騎士と闘う五人は……これに書いてある通りだ」
アレンは続いて、一枚の大きな紙を机の上に放った。
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『妖精族族長キリク☓魔導国家ヘレン聖騎士ライル
吸血鬼族族長シュラウド☓宗教国家ブリンド聖騎士アンク
獣人族族長ドロシー☓科学国家ニュート聖騎士リンク
五画魔将ハーデス☓武装国家バーレン聖騎士クライム
五画魔将ノース☓覇王国家トランザム聖騎士ゼリナ』
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「そして、王と闘う四人は最終的にこう決めた」
もう一枚、同じような紙を机に出す。
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『魔王アレン☓覇王カガリ
五画魔将ハーデス☓機械王ラジニア
妖精族族長補佐フラン、ペルシア☓魔導王フウカ
龍人族族長クイント☓僧王グスタフ』
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「そして、これに加えて人間側の戦力には『勇者』が数えられると推測される」
その正体を、姿を、この場にいる者は未だ知り得ない。
だからこそアレンは、その決断をした。魔王として、決断してしまった。
「勇者の排除は――俺が請け負う。魔王の名に懸けてな」
その言葉の直後、ドアが開けられ、ミナミが焦りを持った声で伝達した。
「動き始めたよ。バラバラに散らばって、遂に動き出した」
「……ノース、マジックストーンはどうなった?」
「問題ないようだ。大きさの都合もあるから、一人につき三個ほどしか持てないかもしれんが」
ノースは魔術を込め終わったマジックストーンを、全員に配った。
「掌に握って、使用の意思を示せば使えるはずだ。一つの石に付き三回まで使える」
「石に意思を伝える……ねえ」
「何か言ったか? シュラウド」
「いや別に、気にせずどうぞ」
溜息を吐きながら頭を掻き、ノースはミナミに言った。
「どの国が何処から攻めてくるかは分かるか?」
「かなり曖昧な場所でいいなら。地図を出して」
ノースは言われた通り、棚から地図を引っ張り出した。ミナミがペンを取りだして、素早く書き込んでいく。
それによると、敵の本拠地がある地点は、およそ百キロ先。市街地に入るまでは、そこから約六十キロの場所。出来るならば、これ以上は進ませたくない。
今からそれぞれの戦力を透過するまでの時間を考慮すると、闘いの場所は魔王城から見ても覇王城から見ても五十キロ地点に存在する場所。
「――領地としては、幽霊族が暮らす場所だな」
「流石に、彼らも無視はできないんじゃないかな。どっちの味方に付くかは分からないけど、本格的に世界中を巻き込む戦争になるね」
――もう、後戻りは出来ない。
改めて覚悟を決め、アレンは言った。
「この状況は、決して不利ではない。向こうに攻め込まれているからこそ、構えるこちらは最善の戦力をぶつけることが出来る。……皆――」
アレンは全員を見渡した。もしかしたらこの中には、この闘いで、自らの我がままで命を落とすものもいるかもしれない。だからこそ、この言葉は言っておきたかった。
「――死ぬなよ。生きて勝つんだ」
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各戦闘地点の間の距離は、およそ四キロ。味方にしても敵にしても、救援に向かうのはさほど難しくない距離だ。
そんなことも頭に入れながら、アレンはノースと共にカガリ率いるトランザムの
軍隊を待ち構えていた。
「俺たちの戦力は……魔族の人間の混血者約三万に、キメラ兵一万でおよそ四万人。数の差は明白だが……何とかなるのかねえ」
「誰が鍛えたと思ってるんだ。本来なら、魔王ノース様の精鋭部隊だった予定なんだぞ」
「……なら、心配はいらねえか」
次第に近づいてくる足音に耳を傾けながら、アレンは眷属を召喚した。
シモンが好戦的な笑みを浮かべて、開口一番に言う。
「ふん。ようやく出番かの」
「あんまり無茶はしないようにね」
「頼りにしてるぜ、御両人」
――さて。
アレンはここから最も近い位置にいるキリクたちの方を見やった。
――実力を疑う訳じゃねえけど、相手が相手だ。死んでくれんなよ。
当の妖精族陣営では、すでに魔法と魔導による遠距離攻撃の打ち合いが始まっていた。
「各々、防御はフランに一任して、攻撃に専念しろ! ペルシア、お前は魔力の『回収』に専念! 溜まり次第ぶちかませ!」
「了解だぜ!」
「……分かったよ」
フランの強固な土魔法が敵の攻撃を防ぎ、キリクを中心とした攻撃隊が高威力の魔法を乱れ打つ。
そしてペルシアは――
「来い、不発の魔力たち」
自らの魔力を薄く伸ばし、戦場の全域に行き渡らせる。こうすることで敵に当たらなかった、防がれた、相殺されたなどして空気中に戻った魔力を回収、自らの物にすることが出来る。
「まあ、努力したって必ずしも使えるものじゃないけど……」
『リユース』と呼ばれるこの技術を扱えるかの資質は、完全に天性の才能に左右される。ペルシアが十七歳にして今の地位に就けている所以も、キリクの上を行くかもしれない魔力操作の才能にあった。
「充填完了。叩き潰せ――《ミョルニル》」
掌を前に突き出すと共に、巨大な雷の鎚が出現した。それが今にも振り落とされんという瞬間、莫大なエネルギーを持った覇道が鎚を打ち消した。
「一筋縄ではいかないな」
「なら二筋にすりゃいいだろ!」
「そういう問題じゃ……」
「っしゃ! 行くぞオラァ!」
「……聞けよ、おい」
「諦めろ、ペルシア。あれはそういうやつだ」
この超常戦の模様は、クイントたちの場所からも確認できた。明らかに他とは一線を隔している光景を見ながら、シュラウドは呟いた。
「向こうはさすがだなあ」
「こっちもそろそろ行きますよ。眠いでしょうけど、頑張ってください」
「女の子に言われたら、頑張るしかねえよなぁ」
シュラウドは一つ大きなあくびをすると、仲間に向けて声を張り上げた。
「てめえら! 日没まであと三時はあるけど、今はんなこと言ってる場合じゃねえ! 眠くても闘え! 寝るのは全部終わった後だ!」
途端、吸血鬼たちが鼓舞されて歓声を上げた。五種族中、最も好戦的なことで知られる種族だ。一度切り替われば、昼でも全力で戦える。
しかし、真に感心すべきは、短い言葉でここまで統一感を生むシュラウドの手腕だろう。族長に就任して日の浅いクイントから見れば、その凄まじさは目を見張るものがある。
「信頼、されてるんですね」
「ん? まあ、そこそこ長くやって来たからな。お前も、もう二、三年すれば頼られるようになるさ」
「……そうだといいんですが」
シュラウドは腕を組み、落ち着いた声で言った。
「ダウトも、最初の方は頼りなかったろ?」
「……先代ですか? まあ、いろいろありましたし、先入観が」
「そう。親父の失態があったからな。けど、そんなのは時間が解決した。勿論、あいつ自身の努力もあったが」
翼を広げて、前へ進みながらシュラウドは振り返った。そして、不気味だが安心感を与える笑顔を浮かべた。
「案外、そんなもんさ。まあ、この戦争を生き残らねえとクソにもならねえが」
「……その言葉、信じますよ」
ブリンドの軍隊は、すぐそこまで来ていた。
そこからさらに離れた地点、ドロシーをトップとする獣人族の持ち場には、既にニュートの兵――人型のロボットが襲来していた。
一体一体は弱いものの、何しろ数が多い。それも、どこかで今も作り続けているらしく、数の底が見えない。
「……厄介ですわね。早くハーデスに援軍として来てもらわなければ」
認めたくはないが、五種族中最弱なのは明確。敵国も人間界最弱らしいが、感覚的には向こうの方が上手な気がしてならない。
「バーレンの戦力はあのおじいさんが削ったはずですし、さっさと潰しちゃいなさいよ」
とにかく、この場の生命線はハーデスに託されていると言ってもよかった。
一方、そのハーデスはと言えば、
「アッハハハ! 愉快だねえ!」
「てめえ……いつだったかに俺がぶっ飛ばした魔王候補か!」
「残念ながら、今は魔王候補でもないよ。五画魔将さ!」
自ら先陣を切って敵の軍隊に突っ込み、クライムをその他の兵と引き離すことに成功していた。
「これでも忙しい身でね。さっさと片付けて他の場所に行かなきゃならない」
「ガキが、寝言は寝て言えっつうんだよ」
クライムは眉間にしわを寄せ、剣を前に構えた。
「薙ぎ倒せ――『崩壊の剣オーディン』」
瞬間、クライムの持つ剣はいきなり巨大化した。全長五メートル、幅は二メートルほどある。
『壊剣オーディン』。それはどこまでも肥大し全てを押し潰す絶対的質量の剣。
「オラ、かかってこいや」
「良いね。それじゃあ、ボクも」
ハーデスは『魔剣バアル』を取りだし、呟いた。
「抗え――『魔王の剣バアル』」




