希望は消えず
迷宮へ足を踏み入れ二日目、体感的には六日が経過したころ、ドロシーたちはようやく最上階と思しき場所へ来ていた。歴史的に見ても、これは驚異的なスピードでの攻略だった。
すぐ前の石板を見れば、この大迷宮に眠る秘法、『魔剣バアル』が埋め込まれている。禍々しいオーラと圧倒的な存在感を醸し出し、次代の使い手を待っているかのように感じ取れるその姿は、見る者を等しく魅了させる。
思わず、ドロシーは呟いていた。
「……綺麗」
「少し不気味でもありますが……ある種の芸術ですよね」
と、言いながら二人は知らず知らずの前へ進んでいた。『バアル』に潜む魔性の魅力に吸い寄せられるように、ゆっくりと伸びていく手は、触れる直前で別の手で止められた。ハーデスの手だった。
「気持ちはわかるけど、君たちじゃあどう足掻いても扱えないよ」
そう言うと、ハーデスは荷物を肩から下ろし、二人をさがらせて剣の柄を掴んだ。そして、腕に力を込めて一息に石板から剥がす。
――が、その直後に剣はハーデスの手から掻き消えた。
「あれ?」
思わず間抜けな声が出たが、すぐに気配を察知して、ハーデスは右を睨み付けた。視界に移った物を見て、苦い顔になる。
「……そう簡単には、握らせてもらえないか」
「な、何ですの? あれは」
「骸骨、のように見えますが……明らかにヤバいやつでしょ」
魔剣を握る青白い骸骨は、超高密度の魔力でできた骨を鳴らし、腕を一度振るった。
すると、その余波はハーデスに襲いかかった。体を傾けて避けると、背後の背後の石壁が大きく抉れた。
「これは……ちょぴりまずいかな」
珍しく危機感を募らせ、ハーデスは魔力を練り始めた。骸骨は心なしか笑ったような表情になって、ハーデスとドロシーたちを隔てる障壁を作り上げた。
「一対一でボクに挑もうって? 良い根性してるね」
もしくは、魔剣を持つにふさわしいかを見定める試験なのか。どちらにせよ、手加減する気などは一切ない。
ハーデスが右手を上に挙げる。
「……そうだね。七十パーセントの位の力で、十分だ」
闇魔法の黒い魔力が、ハーデスの周囲で迸った。次第に狼の体を形成していき、完成した五匹の魔狼は障壁内を駆け巡った。
「食い荒らせ――《フェンリル》」
魔力を貪り食う終末の狼は、素早く骸骨へ牙を剥けた。骸骨はそれを事もなげに躱すと、すれ違いざまに切り裂き、剣から大量の魔力を送り込んだ。
瞬間、狼は急激に肥大して、仕舞には破裂してしまった。
「魔力の喰いすぎ――オーバーヒートを起こしたってことかな。あの剣にそれほどの魔力が存在していると?」
他の狼も同様の方法で消されるところを見ると、どうやら魔剣には魔力を貯蓄する機能でもついているらしい。
「じゃあ、普通の攻撃魔法にはどう対応するかな?」
今度は闇の弾丸を創りだす。ハーデスの号令で一斉に射出される弾丸が骸骨を襲うが、骸骨はにわかには信じがたい反応速度で弾丸を一個一個斬りつけた。
結果、弾丸は魔剣に吸収されるように消失してしまった。
しかし、攻撃の手を休めることなく、ハーデスは闇にまぎれて骸骨に接近し、直接攻撃に臨んだ。
「堅いなあ……ただ」
全く効いていないわけでもないようだ。ほんの少しだが、骨が欠けている。それを確認して、一旦後退した時、障壁の外でドロシーとクイントが何やらやっていることに気付いた。
「……何やってんの?」
「この障壁を破壊しようとしているだけですわ。一人では無理があります」
「そうですよ! 幾らハーデスさんでも、あれを一人で倒すのは……」
クイントがそう言い掛けた刹那、ハーデスが纏う雰囲気が殺意を持ったそれに切り替わった。
「は?」
「……あ……いや、あの」
「一つ言わせてもらうけどさ」
ハーデスは障壁に掌底を繰り出し、あっさりと突き破った。
「この程度の障壁も壊せない君たちが、手助けできると?」
ゾクリ、と。得体のしれない恐怖が襲来し、二人は大人しく引き下がってしまった。肩を回しながら骸骨に向き直るハーデスを見ながら、改めて実感する。
――規格が違う。
持って生まれたものが、内に潜める何もかもが、桁外れ。きっと、この先どれだけ修練を積んでも、届かない領域に居るのだ。
「さて、と。あんまり女の子にカッコ悪い所は見せたくないから、そろそろ終わらせようか」
闇がハーデスを覆っていく。血に眠る悪魔の力が、初代魔王の記録がDNAを辿りハーデスの体に現れていく。
――『悪魔還り』が終了し、ハーデスはゆっくりと骸骨に歩み寄った。そのあまりにも油断した態度に憤慨したのか、骸骨は跳躍してハーデスの命を刈り取りに来た。
「……おっそい」
一瞬で背後に周り、地面に骸骨を叩きつける。地面を突き破り、下の階で骸骨を組み伏せ、ハーデスは呟いた。
「さっさとボクを認めなよ。そうしないとさ――」
骸骨の手から魔剣を強奪して、震え上がるような笑みを浮かべる。
「――へし折るよ」
手に力を込めた時、骸骨が急に消えた。今度こそ魔剣はハーデスの手に収まり、逃げ出すことはなかった。
さっきまで骸骨がいた場所にポツンと落ちていた鞘に刃を収め、ハーデスは上の階へ戻った。
「終わったよ、帰ろうか」
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同刻、また違う地点では、別の闘いの決着が近づいていた。
百七代魔王アレクサンダーと、勇者リーシャの一騎打ちである。
「さっさと……朽ち果てろ!」
「…………」
アレクサンダーの放った稲光が、リーシャの振るう剣によって相殺される。かれこれ三日間も戦闘を繰り広げてきたが、両者疲弊した様子は見られない。
それもそのはず、歴代魔王の中でも典型的な武闘派であるアレクサンダーの能力は《雷皇帝》。ノーリスクで高威力の電気を無限に放出することが出来る。
一撃の破壊力ならば、他の追随を一切許さない。全盛期より出力は落ちたとはいえ、百発百中百殺の力は今もなお健在である。
しかし、それをリーシャが防ぐことが出来るのは、過去の勇者たちの莫大な戦闘経験と所持する剣の恩恵によるもの。
「『命剣イブ』だぁ? とんでもないものを作りやがって」
それは運命を創造する宝具。
俗に『勇者の力』と呼ばれる三種の神器の内の一つ。
リーシャがその剣を構え、走り出した。
「ッチ、来るか!」
「……剥奪せよ、『運命の剣イブ』」
両手で持って、力強く振り抜く。大きめの剣は微かに光り輝き、アレクサンダーを切り裂いた。
決して速い一撃ではなかった。アレクサンダーが避けれなかったのは、『操作』されていたからだ。
――『剣が外れるという運命を剥奪されていたのだ』
必然、剣はアレクサンダーの体を切り裂く運命に従い、傷を付ける。
再び攻撃を仕掛けて、リーシャは言った。
「……降参してよ。お願いだから」
「っは! 馬鹿言え、ここまでコケにされて引き下がれるか!」
「……なんで……」
直後、またアレクサンダーの切り傷が増えた。リーシャは強く歯を食い縛って、雷を放出するアレクサンダーに向かって叫んだ。
「……早く逃げてよ! じゃないと、また傷付けちゃう、また殺しちゃう! お願いだから……」
「おい……お前、なんで」
直後、アレクサンダーの体を、深く剣が切り裂いた。
「……ガ……ァ」
「……だから、言ったじゃんか」
最後に『命剣イブ』が剥奪した運命は、「生存する運命」。アレクサンダーには死の運命のみが残り、時間の経過と共にその運命を全うしてしまった。
リーシャには、アレクサンダーが最後に言い掛けた言葉が、何となくだが分かっていた。
「……何で泣いてるのかなんて、決まってるじゃん……」
リーシャはその場にくずおれた。心の奥底に眠るほんのわずかな希望が、自らも消えてしまったと思っている希望が、まだ消えずに残っている。それ故に、一パーセントにも満たない希望があるが故に心がズキズキと痛む。
「……やだよ、もう。殺したく、ない、よう」
しかし、その希望を押しつぶそうと、どす黒いものが広がっていく。
「……たす、けて……よ……」
その言葉を最後に、本来のリーシャは押しつぶされた。金色の眼は光を失い、冷酷な視線に変わった。
「……行くか、な――?」
その時一瞬、希望が絶望を押しのけようとした。力は及ばず、すぐに押し負けたが、一つ確かなことはある。
リーシャの中の希望は、まだ消えていない。それも、スイッチさえ入れば、絶望を瞬く間に塗り替える強い希望だ。
――問題は、どうやってスイッチを入れるのかだ。
来年には完結できる……といいなあ。




