天変地異
※今回、ちょっとしたリョナ的表現があります。
先に仕掛けたのは、シモンだった。
アレンが視認できぬほどのスピードで接近し、腹部への掌底を一発。軽く浮き上がった所を、猛追撃し空中に打ち上げた。
間髪入れずに、シモンは爪を鋭く伸ばして斜めに切り裂いた。メリウスの力で驚異的な回復力を身に付けてはいるが、シモンはそれを上回るほどの連続攻撃を繰り広げた。
「っく……!」
「遅いな。止まって見えるぞ!」
言葉通り、実際動けずにいるアレンを、今度は蹴り落としてから紅い炎の塊をぶつけた。地面で弾けて炎が広がり、熱風が吹きつける。
しかしその次の瞬間、シモンの眼下で荒々しく風が吹き起こった。嵐とも呼べる風は瞬く間に火を吹き消して、龍の形を象りシモンに牙を剥けた。
「――吹き荒れ、飲み込め。《ストームドラゴン》!」
「ふん。そんなそよ風で、我に傷を付けられるとでも思ったか?」
シモンの掌に、大量の炎が密集していく。炎はアレンが繰り出した魔法と同じように、龍の形へと変化していた。
「少しだけ遊んでやる。《竜桜火》」
シモンの手を離れた三匹の紅龍は、風の龍を容赦なく蹂躙してアレンへ襲い掛かった。巨大な火柱が立ち、大気が震える。いっさいの容赦を捨てた、まさに殺すための、全力の一撃だった。
――それでも、貴様は立ち上がる。そうだろう?
望み通り、アレンは火を超えて拳をシモンに放った。まだ治りきってない火傷を抱えながら、血を流しながらも負ける気など毛頭なかった。
「……じゃが、勝負事は根性論ではどうにもならん事の方が多い」
シモンの体を覆う、真紅の炎が一瞬強く揺らいだ。
そしてその瞬間――
「《紅桜》は機動力に秀でる。残念じゃが、我を従えようとするには些か早すぎたな」
アレンの体は文字通り八つ裂きにされた。それも、対象を焼き尽くそうとする炎のオプション付きだ。傷を塞ごうと、メリウスも健闘しているのだろうが、それにも限界がある。炎の浸食スピードに追い付けていない。
「く……そぉ……」
アレンは力を振り絞り、何とか立ち上がろうとした。膝を上げた時に、諦めろと言わんばかりに強烈な痛みが体を襲ったが、我慢して踏ん張って腰を上げる。
――まだ、終わらねえ。
諦めることは、絶対に許されない、有り得ない。
「まだ、終われねえんだよ……《万物一体化》!」
体を蝕む炎を吸収して、アレンは一先ず難を逃れた。それとほぼ同時に、傷の治療も完了した。
「……流石に仕事が早いな。メリーさん」
「誰に言ってるのよ。あたしが付いてる限り、首が切られようとミンチにされようと死なせはしないわ」
「っは。頼もしいな。なら、俺もそろそろマジで行くとするかな」
そうアレンが言った瞬間、シモンの拳に貫かれアレンは吹き飛んだ。
「――今までは、本気じゃなかったとでも?」
受け身をとって立ち上がると、アレンは返した。
「これまでは、あくまで情報収集の時間だった。この左目がいろいろ見極めてくれたぜ」
すると、アレンの左目にミスラの紋章が浮かび上がった。
「お前の能力は主に三つ。一つが発火能力であることは言うまでもない。これには、何個か種類がある。機動力を上げるのもあれば、滅多に使わないけど破壊に優れたものもある」
シモンはアレンの目を見て話を聞いていた。
「二つ目は、変身能力。よく考えりゃ、最初に出てきたときは龍の姿してたんだから当然だな。で、これは部分的な変身も可能なんだろ?」
アレンはシモンの爪を見た。
「それはドラゴンの爪だろ」
「ご名答。最後の一個も答えてみろ」
「三つ目は……」
シモンが微かな笑みを浮かべていた。まるで、子の成長を喜ぶ母親のような表情だった。
「……質量操作。攻撃が当たる瞬間、ドラゴンの質量を持ってきているな」
「何故そう思う?」
「幾らなんでも重すぎるんだよ、お前の攻撃は」
「それだけか? 根拠が弱すぎるぞ」
言われてから、アレンは溜息を吐いた。そして、指を立てると、至る所を指差した。
「俺が今指差したところ、へこんでんだよ。それも、お前の靴型と一致してる。加えて、そのへこんでるところは、全てお前が攻撃の瞬間に立っていた場所だ。ついでにもう一つ言っておくと――」
左の視界には、複雑な計算式が記されている。ミスラの眼があのへこみを元に算出したのだ。どれだけの質量があれば地面がへこむのかを。
「ここの地面は、およそ十二トンあれば窪みができるらしい。これは、ドラゴンの体と同じくらいの重さなんだ。納得してくれたか?」
シモンは顔を下に向けた。そのため表情は分からなかったが、どうやら笑いをこらえているようだった。
「……全く、随分偉くなったもんだのう。アレンよ」
顔を上げて、今度は挑発するように口角を吊り上げた。
「見せてみるがいい。本気とやらを。我も……」
紅蓮の炎が青白いものに様変わりし、渦を巻き始める。渦は次第に巨大化し、アレンは思わず腕で顔を覆った。
炎が晴れると同時に、地を揺るがすような低い声が響いた。
「もう少しだけ力を解放してみることにするぞ!」
シモンは先程とは比べ物にならないほど大きな手を伸ばし、アレンを掴んだ。そしてそのまま、握り潰してくれんと力が込められる。
「さあ、どう出る?」
「……っぐ。こう、するまで、さ」
必死に抵抗しながら、アレンは体中に魔力をかき集めた。今こそ、鍛え上げた召喚属性最大の魔法を使う時だった。
「――超越せよ。《サモンエンジン》」
瞬間、アレンはシモンの背後に移動した。
「な……」
「遅い」
風を纏った拳を突きだし、シモンが数メートル後退する。事情を把握させることすらさせず、すぐ傍に移動して膝蹴りを叩き込む。
シモンは何とか持ちこたえたが、アレンは攻撃の手を休ませなどしなかった。
「轟々と吹き荒れる風の狂槍よ。万物を貫き射止めよ」
《ストームロンギヌス》。上空から、風の槍がシモンの腕に向かって振ってくる。腕を元のサイズに戻し躱そうとしたものの、アレンの攻撃はシモンが思っているほど甘いものではなかった。
シモンを追い詰めるべく、アレンの手が振るわれる。
その動作に反応するように魔法陣が現れ、そこを通過した槍はシモンの体を貫き通していた。
「ぬぅ……!」
「さあ、反撃開始だ」
左目を強く輝かせて、アレンは開いていた掌を強く閉じた。途端、ロンギヌスの槍は爆風と斬撃をまき散らし爆発。シモンの体を内部から破壊した。
それと同時に再び接近。掌底を深く減り込ませ、暴風を引き起こして吹き飛ばす。
「まだまだぁ!」
吼えて、アレンは何処からか無数の岩を転移させ、圧倒的物量でシモンを生き埋めた。
「……ちょっと、やりすぎじゃないかしら? アレン君」
「シモンがこの程度でやられる玉かよ」
「……でもねえ……傍から見ると、ちょっと……ねえ」
「一応弁明しとくが、そんな危険な性癖は持ってねえからな」
目の前にいるのは幼気な少女などではなく、一刻を滅ぼすことも容易くやってしまいそうな、龍帝なのだ。手加減などやってられない。
その証拠に、岩を焼き消し、体中から血を流しながら、何処か狂気的な笑顔で爪を向けてきている。
「惨めにのた打ち回って五臓六腑をぶちまけて死ね!」
「かわいい顔で何つうこと言ってんだよ!」
宙高くに転移して、アレンは右手に竜巻を創りだし、下に放った。ロンギヌスと同じように魔法陣を通ると、それはシモンの文字通り目の前に出現した。
「《リッパーストーム》!」
急に巨大化した竜巻は、周囲を無造作に、そして無差別に切り裂いた。だが、同じような攻撃を二度も喰らうシモンではない。
《紅桜》を使い素早く回避していたのだ。
「どうやら《コネクト》を魔法陣なしで使える様じゃな。じゃが、それだけか? 《サモンエンジン》にはまだ力があるだろう?」
「まあな。それと、心配しなくてももう使ってるぜ」
シモンの攻撃をかわし、反対に攻撃を喰らわせながらアレンは解説した。
「《サモンエンジン》の恩恵は二つ。一つは自分と自分が定めた対象一つの転移を自由自在に行えること。もう一つは、眷属一体の強化」
「……なるほど。ミスラの眼か。さっきから全く攻撃が当たらんのは、ミスラの眼を強化したからか」
「そういうことだ!」
シモンを蹴り落として、アレンは魔力を手に集約させた。
「もう、お前の動きは見切ってんだよ! 《ストームコメット》!」
掌から、巨大な風の彗星が尾を引いて放たれた。圧倒的破壊力を秘めた魔法は地形を変貌させた。
が、それはまだ良い方だった。
「――総終王技、《夜天桜火》」
その姿を完全にドラゴンのものとして、黒い炎を身にまとうシモンは、天変地異を引き起こそうとしていたのだから。
「……我を怒らせたな。このクソガキが……」
「前よりでかくなってんじゃねえか……上等だっつーの!」
アレンは全魔力を使う勢いで風を巻き起こした。
「あと十分! 俺が魔力を使い果たすまでに決着を付ける!」
「戯け……一分あれば貴様ごとき消し炭にしてやれるわ」
――後に、一つの伝説として語り継がれるこの闘いは、魔界の実に八分の一の領地を破壊したと言われる。
また、この騒動を遠方で見ていた者は、口をそろえてこう言う。
「黒い何かと台風がじゃれ合っていた」
どんな経緯で、どんな戦闘が繰り広げられたのかは、彼らにはわからない。
――ただ、勝敗ははっきりしている。
「……ああ、めちゃくちゃ疲れた」
「っく、我は……まだ、まだ……負けてなど……」
「無理しないの。怪我治してあげてるんだから、じっとしてなさい」
「負けを認めろっての……」
「くうぅぅ……」
また、人々はふと思いついた。
――そう言えば、魔王に二つ名がまだなかった、と。
しばらく町中で討論が繰り広げられ、わずか三時間後には誰かが言った一つに絞り込まれていた。
最弱の魔王候補は、六年の月日の末に『天変地異』の名を得た。
アレンの二つ名、これでもかなり考えたうえでこうなったんです。……センスが欲しい(切実)




