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最弱の魔王候補  作者: 木魚
第二章 第二次ラグナロク
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勝利への伏線

 『決別の森』の中腹。スカーレッドという名の兵は、後ろに続く部下に向かい声を張り上げた。


「足を止めるな! 王自らが時間稼ぎをしてくれているのだぞ! 何があろうと走り続けろ!」


 そして剣を抜くと、目の前に迫っていた魔獣を切り伏せた。かれこれ二十分は進んだが、森はまだまだ続いている。

 やわな鍛え方はされていないが、それでも平均気温が五十度に近い劣悪な環境だ。このままのペースで走るのは、あと三十分ほどが限界だった。加えて、屈強な魔獣が無数に湧いて出ているのだから、性質が悪い。

 ――それでも、我々は進まなければならない。もう、残された時間は少ないのだ。

 顔を上げて、スカーレッドは群がる魔獣を見据えた。


「肉体強化魔導を重ね掛けするぞ! 死んでもこの森を抜けろ!」


 そう、この森を抜けることさえすれば、死んでも構わないのだ。

 あちらこちらで仲間の断末魔が聞こえる。返り血を浴びながらも、スカーレッドは部下の援護に回った。腐っても、この中では一番の手練れだ。

 『聖騎士に一歩届かなかった男』そんな風に呼ばれたこともあった。努力する秀才だったスカーレットは、努力する天才に負けた。自棄になりかけたが、グラウストの説得で心を入れ替えた。

 腑抜けていた根性を叩き直してくれた王のために、絶対に負けるわけにはいかいのだ。


「人類のために、王のために……進まねばならんのだ!」


 剣に攻撃魔導を纏わせ、全力で振るう。衝撃波が飛んでいき、魔獣を蹴散らしていく。僅かに乱れた息にも構わず、スカーレットは先導を斬って再び走り出した。

 ――かなり数が減ったな。王がいないだけでこのありさまとは……情けない。

 ギリ、と強く歯を食いしばり、前を見る。悔やんでいても仕方がない。残された時間は二時間ほど。

 ――間にあわない、という考えが頭をよぎる。険しい顔をしながら、スカーレットは一つの決断をしようとしていた。

 

「……この場にいる全ての戦士に問う! 人類のために命をささげる覚悟のある者はどれだけいる!」


 即座に、「全員です!」と言う返答が返ってくる。それは何も強制されたわけではない。この死をもいとわない何処か狂気的な団結力こそ、人間の最大の武器ともいえる。


「今さら話すことでもないが、我々の背中には、とある魔導陣が刻まれている。それに込められた魔導こそが、今回の戦争の勝利を握っている。ただし、強力ゆえに一つの制約がある。それは『時限式』という点だ」


 そこまで言って、また一体、魔獣を切り裂く。


「時間がない。このペースで進んでいては、この森を抜けられない。そこでだ! 私は諸君らに、非道な命令を下すことにする」


 この時点で、何をするのかはほとんど伝わっていた。


「私を含め、戦闘の五人はこのまま前へ進む! 残った者は……その命が尽きるまで我々に肉体強化魔法を掛けつづけろ!」


 僅かな沈黙の後、一つの若い声が上がった。


「……無礼を承知で問います! 隊長たちの体は、耐えきれえるのでありますか!?」

「そんなことを気にしている場合ではないのだ!」


 スカーレッドは顔を声の主に向けた。声質の通り、この場では一番若い男だった。


「……お前たちを犠牲にして、俺たちがのうのうと生きている訳には行かんじゃないか……!」

 

 目が合った男は、拳を一度強く握った。

 と、次の瞬間。


「クソ……クソ……うあああ!」


 そう吼えて、肉体強化魔導、《ブースト》を唱えた。

 それを皮切りに、辺りを強い光が覆った。一人当たり、約二十発。全部で千五百万発ほどの魔導が、五人に降りかかる。

 人間の生命の源である覇道を使いつくし、先頭の五人を除いた全ての兵がその場に崩れ落ちた。

 ――すまん、皆。私が不甲斐ないばかりに……!

 湧き上がる自分への怒りを声に変えて、スカーレッドは言った。


「進めえぇえぇええ!」


 力強く一歩を踏み出す。途端、ブチリと嫌な音が聞こえた。筋繊維が壊れていく感覚を憶えながらも、気にすることなくそのまま大地を蹴る。それだけで、弾丸のように飛び出した。

 馬や乗り物などが馬鹿らしく思えるほどのスピードを制御しきれず、木々を薙ぎ倒してしまうが、それすらも気に留めず爆走し続ける。

 ドーパミンかアドレナリンか。なんでもいいが、その類のものが過剰分泌され痛みなど感じなくなっていた。

  

「いける、行けるぞ。これなら間に合う!」


 大きな変化があったのは、四十分ほど走り続けていた時だった。

 痛みを忘れかけていた体を、突如として強烈な熱風が襲った。予期せぬ圧倒的衝撃に、スカーレッド一行は一瞬意識を飛ばしかけた。

 それぞれバラバラの方向に、勢い良く吹き飛んだ五人は障壁をそのまま突き破り、魔界へ到着。

 

「……何が……起こったのだ……?」


 事の真相は、ゴルバストと戦闘していたダウトにある。

 ダウトが繰り出した《リトルボーイ》は『決別の森』全土に被害をもたらしていた。

 そんなことを知る由もないスカーレッドは、起き上がろうとして体の異常に気付いた。


「ぐ……う。何故だ……体が、動かん」


 もうすでに、スカーレッドの体は再起不能のレベルにまで達していた。諸刃の刃で、自分を傷つけすぎてしまったのだ。

 

 そう、もしもダウトが《リトルボーイ》を使わなければ、スカーレッドたちは障壁を破る余力を残せていなかったかもしれない。


 もしかしたら、ここから先の未来は随分変わっていたものになっていたかもしれないのだ。


 およそ十分後、スカーレッド含む五人は魔族に発見され、近場の建物に捕虜として囚われた。 


 

 















 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「さてさて、そろそろ約束の時間だよ!」


 高台に立って、『魔導王』フウカは指を突き出した。目の前にそびえるのは、魔導国家ヘレンが誇る最強の魔導士軍。


「あたし考案の転移魔導……発動まで残り十分を切ってるけど皆、戦ってくれるかな!?」

「いいともー!!」


 一斉に突き上げられた杖を満足そうに見て、フウカは背後の人物に目を向けた。


「……で、兄貴たちはどうすんの? 今回の戦争、参加するの?」


 フウカの後ろに立つ二人組――王家第一子のコウガと第二子ヒョウガは怪しい笑みを浮かべて言った。


「当たり前なのだな。さすがに王族として参戦しないわけにはいかないでありますのだな。しかしボクチン、魔導は使えない故に、裏方として活躍するのだな」

「兄上殿の言う通りなんだな。小生痛いのは嫌いなんだな」


 恰幅の良い(というより良すぎる)コウガと、対照的に病人並に痩せているヒョウガの二人は、黒縁眼鏡を指で直した。

 フウカは溜息を吐くと、頭を指で押さえて呟いた。


「……毎度の如く気持ち悪いなあ」

「聞き捨てならないのだな! それはボクチンらのビジュアルを侮辱しているのか妹よ!」

「まあ確かに! お前はかなりすぐれた容姿を持っているんだな妹よ! だからといって、いやだからこそそう言った発言は控えるべきなんだな!」

「分かった、分かったって。じゃあもう『通信』切るよ」


 フウカはポケットを探り、スイッチを取りだすと、OFFにした。途端、ホログラムとして映し出されていた兄たちの姿が書き消えた。

 フウカは長く伸びた水色の髪を手で弄りながら、呟いた。


「どういう原理で話が出来るんだろ? くやしいけど、兄貴その分野は強いからなあ……別に羨ましくなんてないけど」


 そのころ、通信を切られたコウガとヒョウガは、憤慨して喚いていた。


「酷いのだな、酷いのだな! まだ少ししか喋れてないのだな!」

「思春期なんだな。反抗期なんだな。小生らもとおってきた道なんだな」

「そうはいってもなのだ! 可愛い妹が死地に行こうとしているのだぞ! ……もう少し話していたいではないか」


 丸い体をさらに丸めて嘆くコウガの肩に、ヒョウガは骨ばった手をポンと置いた。


「そう心配することないんだな。あの妹が、そう簡単にくたばるわけないんだな」

「うう、当たり前なのだ! 美少女がこの世から一人でも消えたら、ボクチン悲しいのだな!」

「……なんて気色悪い光景だ。冗談はその体だけにしておけ」


 顔を顰めながら、科学国家ニュートの王、ラジニアは口を挟んだ。

 コウガが目を三角にして、喚き散らした。


「五月蠅いのだな! ボクチンたちが協力してやらないと、『アレ』は完成しなかったんだから、もう少し敬えなのだな!」

「てめえの頭脳と弟の設計の才能は、まあ認めてやるよ。ただな、双方その燃費の悪そうな体をどうにかしろ」

「黙れい! 貴様こそそのダボダボでよれよれでクシャクシャでぼろぼろな服をどうにかするがいい!」


 必死の反論を聞き流しながら、ラジニアは時計を確認した。

 ――あと六分か。


「……あいつらも、そろそろ起きはじめる頃合いだな」


 一分後、五時五十五分きっかりに、宗教国家ブリンドの国民は一斉に目覚めた。

 一斉に立ち上がり、手を合わせて空を見上げる。


「我らの神、ゼウスよ。今日という日を与えてくださり、ありがとうございます」

 

 そんなセリフがあちこちで呟かれた。


 ――あと、三分。


 祈りの姿勢のまま、王グスタフは目を軽く閉じ、その時に備えた。

  

「あと三分だが、貴様は何をやっている?」


 さらに所変わり、トランザム。覇王カガリは目の前に立つ屈強な男に言った。

 男――武装国家バーレンの聖騎士クライムは、手にした容器に熱湯を注ぎながら返した。


「何って、即席麺カップラーメンでも食おうかと……」

「残り三分だぞ。出来上がる時にはもう人間界だ。お前は呑気に向こうで食べるのか」

「ああ、これ二分でできるやつなんで。大丈夫っす」


 カガリは傍に跪く少女に顔を向けた。


「おい、この木偶は大丈夫なんだろうな」


 少女はまだ少しあどけなさの残る顔を上げ、言った。


「大丈夫ですよ。クライムは阿保ですが、実力は折り紙つきです」

「そうそう! お前たしか、ゼリナだっけ? よく分かってるじゃねえか!」

「声がでかいんだよ。それと、阿保は否定せんのか」

「あれ、そんなこと言ってましたっけ?」


 豪快に笑い飛ばすクライムに呆れて、カガリはゼリナという少女に一つ問いかけた。


「クライムとお前がやりあうと、どっちが勝つんだ?」

「『両方』使えばあたし、片方だけなら……やっぱりあたしですね」

「相変わらずの自信家だな。それでいい」


 カガリが目を話すと、ゼリナは屈託のない笑顔を浮かべて、聞こえないような声で呟いた。


「だって、だれにも負けないからこそ『聖騎士』なんだしね」


 言って、はたと気づく。

 ――それだと、クライムさんはあたしに勝てないから聖騎士失格になっちゃう?

   

「……ま、どうでもいっか」


 そろそろ時間だ。一口でラーメンを飲み干し、口の中を火傷したらしいクライムから視線をそらし、ゼリナは剣を抜いた。それを見て、下を手で仰いでいるクライムも剣を抜き放った。


「……十秒前」


 主力兵がほとんどいなくなった武装国家バーレンで、一人の少女が蚊が泣くような声で呟いた。

 白い髪が風になびいた。金色に瞳に純白の剣を写し、首元にはネックレスがかけられている。


 時計の針が動いていく。

 あと三秒。

 二秒。


 一秒――


 誰かが言った。


 ――大規模超転移魔導ラグナロク、発動。


 こうして、人間界の全戦力は魔界へ足を踏み入れた。   

勉強に本腰を入れなくてはならなくなってきたので、更新速度がガタ落ちするかもしれません。最低でも、二週間に一話はしたいところですが……。

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