遺言
「今の攻撃で五百人は死んだが……どうするんだ? 名将ゴルバスト殿?」
ダウトは薄ら笑いを浮かべてそう言った。掌の上に小さな火球を作りだし、それを弄びながらゴルバストの返答を待つ。
ゴルバストは、刺された胸の痛みを抱えながらも考えた。
――この若造、先程の武人ほどの強さは持ってない。しかし……。
「……生半可な戦力ではやられるな」
「そう言う事だ。死ぬ気でやれば、消耗が激しい今の貴様らを全滅させることも可能。ただ……」
ダウトは火球を炎の剣に変え、さらに雷光を帯びさせて続けた。
「俺はここで死ぬ気はないからな。百万人ぐらいなら、通してやっても良いぜ」
「……言ってくれるな。二百万の兵を退けられると?」
「出来ないと思うか?」
互いの敵意のこもった視線がぶつかり合い、しばらくの間、沈黙が続く。
軽い風が吹き、不意に、ゴルバストの声が沈黙を破った。
「スカーレッド!! お主の軍は先へ進めい!!」
直後、スカーレッドと名を呼ばれた兵士は、大勢の兵を先導して駆けだした。ダウトは横目でそれを見ながら、ゴルバストに問いかけた。
「行ってから聞いてもあれだが……この森を甘く見ない方がいいぞ? 果たしてどれだけの人数が障壁を破って向こう側にたどり着けるだろうな?」
ふん、と鼻を鳴らして、ゴルバストは剣を抜いた。
「スカーは我が軍でも指折りの戦士じゃ。それに、最悪一人でも辿り着ければ、勝ちみたいなもんだしのう」
「虚勢で無いことを祈るよ。さて……御託はこの辺にして、そろそろ」
「始めるとしようかの」
ゴルバストは距離を詰めて、上段から切りかかった。右手に握った剣を、左下から大きく振り抜き対抗しながら、ダウトは驚いたような顔をした。
「『焼き消えない』か……業物と呼べる代物でもない割に、頑丈なようだ。魔導の力だな」
「如何にも。貴様らの魔法のような派手さはないが、堅実に戦いを進めるには打ってつけじゃ」
ダウトは体制を直して数度斬りかかった。その際、ゴルバストのバックにいる兵を見て、ダウトは疑問を抱えた。
――何も仕掛けてこない?
そんなはずはない。ただボーっと眺めている訳はないはずだ。だとすると、彼らは何をしているのか。答えは一つ。
「後方支援だな。今すぐ打ち止めさせてやる」
ゴルバストの剣戟を避けて、上に飛翔する。剣の形状を魔力操作で変えながら、狙いを付けた。
「喰らってろ。俺のオリジナル魔法。その名も……」
大量の魔力を送られた右手の炎は巨大化し、龍の形を象っていた。大きく振りかぶって、ダウトはその炎龍を魔法名と共に急降下させた。
「《ドラゴニア》」
瞬間、龍を模した炎の柱が広範囲にわたって広がった。熱風と爆風が吹き抜けるが、休まずダウトは追撃を与えた。
左手に、今度は雷撃の龍を創りだす。左手を振り下ろした瞬間、先程と同じように、瞬く間に破壊の波紋を広げる。が、煙が晴れてそこの光景を見たダウトは目を細めた。
「障壁を張ったか。厄介なことこの上ないな」
一枚一枚は、ダウトが軽く小突くだけで壊れるほどに脆いが、何十万枚という障壁が重なり合う事で、堅固な要塞と形を変える。
限りなくシンプルだが、シンプルすぎるが故にこれと言った弱点も見当たらない。 どうしたものかと考えるダウトは、背後に殺気を感じて振り向きざまに炎をぶつけた。
「きかぬわ! 小童が!」
「っち。面倒な!」
「――死ね!」
ゴルバストは剣を炎で切り裂いた。そして、魔導で空中に足場を作ると、有り得ない速さで空中を闊歩しつつダウトを幾度も斬りつけた。
ゴルバストの見せる有り得ないスピードは、魔導による肉体強化の恩恵によるものだ。しかし、それは普段使うような生半可なドーピングではない。百万の兵による、百万倍の超多重強化。非現実的なまでのその数字は、莫大な力と引き換えに、確実にゴルバストの体を破壊してもいる。
「その諸刃の剣が……どこまで続くんだろうな!」
ダウトは吠えて、再び《ドラゴニア》を繰り出した。が、その龍は巨大な攻撃魔導により威力を削がれ、ゴルバストの剣戟で完全に相殺された。
「攻撃、防御、強化。代表的な魔導はこの三つに絞られるが、それでも人間はこうして闘える――貴様ら魔族に勝てる!」
次の瞬間、全ての魔導がゴルバストへの肉体強化に回された。ゴルバストはい合いの構えを取って、一薙ぎした。直後、二百万の攻撃魔導が雪崩れこみ、すぐさま元のフォーメーションに戻る。
この間、三秒に満たない。
「これが人間の力――『結束』の力じゃて。一人で闘おうなどと考える時点で、お主の負けは決まっておる。あの翁もじゃ」
息を整えながら、ゴルバストは止めを加えるべく走り出した。剣を両手に持ち、気に打ち付けられて動かずにいるダウトへ駆けだし、
「力の差を見誤ったな。若造」
渾身の一薙ぎ。
文字通り必殺の威力を持った刃だったが、その経路は突然阻まれた。
「……馬鹿言ってんじゃねえぞ。あの師匠が、てめえら如きにやられるか」
ダウトは剣を掴んだ手に炎を纏わせ、『焼き消した』。
「あの師匠が、俺がここに来ていたことに気付いてないわけないだろう」
ダウトは《サンダーエンジン》と《フレイムエンジン》を発動させた。
「あいつは、わざと負けたんだよ」
拳を引き絞り、炎と雷の混合魔法――爆砕魔法を発動させる準備をする。
「つまり、俺に最後の修行を課したんだ」
ゴルバストに障壁が張られるが、構わず拳を振り抜いた。
「だからまあそういうことで……」
拳にまとった魔法の名は《リトルボーイ》。巨大な爆発は天災ともいえる破壊力で障壁を軽々と突破し、ゴルバストをお含む多くの人間を殺戮した。
そして――
「……俺はその遺言に従って、この戦争に介入する」
この行為が人間界にそれなりの打撃を与え、最大の好機に繋がったことを、ダウトは知る由もない。
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時を同じくして、アレンに一つの報せが入った。
「魔王様へお伝えします! 人間五名の身柄を捕虜として確保しましたが、いかがいたしましょうか!」
「……森を越えたのか。その人間はどこにいる」
「どういうわけか、五名とも全く別々の場所で見つかりまして……一番近い場所ですと、馬で三十分はかかるかと!」
アレンは手を顎に添えて、少し考えて、言った。
「近くに五画魔将か、もしくはキリクとノースは居るか?」
「ノース様がおられますが」
「そうか、ならノースに任せよう。あいつがいるなら、俺が向かう必要もない」
敬礼をして下がった使いを見送って、アレンは強く拳を握った。
外では日が出始めて、一日が始まろうとしている。
「……何故だ。この不安感はどこから来るんだ?」
直感的に、アレンは不吉な予感を感じ取っていた。
――大丈夫、だよな。
その予感は、そう時間を待つことなく現実のものとなる。
一時間後、人間界の全兵力は魔界の五か所に散らばり突如として姿を現した。
第二次ラグナロクは、激化する。
リトルボーイは広島に落とされた原子爆弾の名前です。あまり軽々しく使って良い名前じゃないのですが、散々迷った挙句拝借することにしました。




