決別の森にて
文化祭から……やっと解放された。
人間界と魔界を分け隔てる巨大な森、通称『決別の森』。この世界『ジ・アース』の実に五分の一を占める大森林であり、人間界、魔界を区別し両者の侵入を許さぬ迷宮でもある。
周囲を強力な結界で覆ってあり、並の強さでは突入することも不可能。さらに万が一、一歩でも足を踏み入れれば凶暴な魔獣、食虫植物が餌を求めて襲いかかり、さらに猛烈な暑さ、乾燥、ミサイルの如き大雨と言った自然の猛威までもが侵入者の命を刈り取らんと容赦なく攻め立てるのだ。ほぼ確実に生との『決別』を強制する。決別の森の由来はそう言ったことからも来ている。
そのため、人間界と魔界を行き来できるのは、ほんの僅かの異常なまでの実力者のみ。
「……のはずなのになんでお前は人間界に来てんだ!」
「俺が強いから、としか言いようがないな」
学校で最近習った覚えがある、決別の森の知識を漁りながら、体中をぐるぐるに縛られ吊り下げられている、見た目人間の金髪の少年は吼えた。その言葉に鬱陶しそうに返事しながらも、襲いかかる魔獣を蹴散らかす赤髪の魔族。一見人攫いの光景だが、金髪の少年は魔王の血を引く者であり、本来なら立場は上なのだ。
そんな少々奇妙な構図で決別の森を進むこと、早三日。ダウトとアレンの二人は、間もなく決別の森を抜けようとしていた。
「そもそも、なんで人間界であそこまで暴れたのに聖騎士たちは来なかったんだよ」
愚痴を漏らしながら、再びアレンは最近学習したはずの『聖騎士』についての記憶を掘り起こした。
聖騎士とは、人間界の五大国が誇る五人の騎士たちの総称だ。五大国にそれぞれ一人ずつ、直接戦闘部隊の隊長であり、万が一魔族が侵入した際にはその討伐も任されている。
つまり、本来ならばアレンを攫いに来た時点で、ダウトは殺されているはずなのだ。しかし、今こうしてダウトは魔獣を蹴散らしながら森を進んでいる。
「まさか! 聖騎士を殺したのか!?」
「……んな訳あるか。万が一そんなことしてたら、俺は武王とか魔導王辺りに塵も残さず消されてる」
「じゃあどうして……」
「お前、自分の立場分かってるか? 魔王の血を引く者だぞ。人間と魔族の間にも色々あってな。もしも魔王と人間の混血――お前みたいなやつのことだな。その居場所を掴み、自らの領地へ連れ帰る時は、干渉しちゃいけないことになってる。……逆もまた然りだが」
言い終わると同時に、ダウトは詠唱を始めた。決別の森を覆い尽くす結界を破壊し、脱出するためだ。十数秒の長い詠唱を言い終わると、軽く息を吸い右手を突き出しながら、魔法名を発した。
「破壊し尽くせ……《超爆発!!」
結界に向けられた右手から、全長五メートルはありそうな特大の火球が放たれる。そして数メートル先の結界に直撃するや盛大な爆発音を奏でた。狂ったように成長した木々を焼き尽くす熱風と、像の様に巨大なモンスターをも簡単に吹き飛ばす爆風が、ダウトとアレンのみを置き去りにして半径数十メートルをほぼ完全に塵に変えた。
抉れた大地を見下ろしながら、先ほどまで自分が立っていた場所で羽を広げたダウトは、結界をちらりと見た。己の持てる全ての魔力を注ぎ込んだほどの攻撃をしたにもかかわらず、結界に空いている穴は人が一人やっと通れる程度。それもじわりじわりと塞がっているのだから、思わず溜息を吐いてしまう。
「とにかく行かないとな。こんな訳分からん森はもうこりごりだ」
先程の爆発で放心したのであろうアレンを担ぎ直し、羽を羽ばたかせる。最後に少し下を見たが、どういう訳か既に地表が上がり、木々が成長し、魔獣が集まっている。
あまりの回復スピードに、乾いた笑いをしながらダウトは魔界へと帰還していった。
寒くなってきましたので、風邪にお気を付けください。