最強の戦士
魔王城の一室。アレンは賭け時計を見上げた。あたりはすっかり暗くなり、時計の針は九時を示している。
「……そろそろ、始まる頃合いね」
そう呟いたのはアレンではなく、突然姿を現した白い靄――サーペントだった。
「いきなりなんだ? わざわざそっちからくるとは、珍しいな。もしかして、戦力に加わってくれるとかか?」
「違うわ。一つ、どうしても気になってね」
サーペントはアレンの周りをくるくる迂回し、言った。
「貴方、何企んでるの?」
「……別に何も?」
「だったら、何でセバスちゃんに死ぬような任務を与えてるのよ」
「こっちの消耗を減らすためだ。何かおかしいか?」
淡々と、無表情でそう返したアレンを、サーペントは鋭い視線で睨んだ。どこに目があるのかはよく分からなかったが、アレンは目を逸らした。
「どうやって納得させたのかは知らないけど、セバスちゃんを一人でって策には無理がありすぎるわよ。セバスチャンが闘うなら、族長クラスを二人でも投入すれば大した消耗もなく勝てるでしょ」
「……そんなこと、セバスは承知済みだ。それを踏まえて覚悟を決めたんだ」
「教えてくれないかしら? 何を考えているの? 最終目標は?」
直後、アレンは腕を強く突き出した。霧のように四散したサーペントがまた形を成すのを待って、強い口調で言う。
「この話は終わりだ。これ以上首を突っ込まないでもらいたい」
滲み出る殺気は、冗談のそれではなかった。幽霊族のサーペントが死ぬことはないはずだが、不意に脳裏に浮かんできた不吉なイメージに、思わず押し黙ってしまう。
――大したタマだわ。この子、本気で世界を変える気じゃない。
「分かったわ。これ以上首は突っ込まない。でも、イエスかノーでいいから答えて。貴方の計画を全て知る者はいるの?」
「流石に一人では難しいからな。人数までは教えないが、いる」
しばらく思考を働かせたサーペントは、出口に向かいながら言った。
「気が向いたら、協力してあげないこともないわ。まあ、精々気張りなさい」
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その頃、遠く離れた『迷いの森』では第二次ラグナロクの火蓋が切って落とされようとしていた。いつもは唸り声をあげ、なりふり構わず襲い掛かってくる魔獣たちも、今この時ばかりは息を潜めていた。
セバスは木の上で静かに立ち、来たるべき瞬間をじっと待った。情報によれば、奴らが来るのはもうそろそろ。神経を張りつめ、魔力を高めているときだった。
唐突に、空気が震えた。
それはつまり、障壁が割られ敵が来たことを示していた。
「……来ましたか」
地に降り立ち、執事服を正して魔力の剣を握る。決着がつくまでに、どれほどの時間がかかるかはわからないが、案外早く終わるような気がしていた。
「まあ、早速攻撃を開始しますか」
セバスは手を合わせた。本気を出して戦うのは、もう何十年ぶりにもなる。
――『魔術』、《スコープ》、《フォーカス》、《ロックオン》。
一度に三つの魔術を発動、遠視で場所を確認して、狙いを定める。続けて、セバスは詠唱を開始した。
「成す形は弾。我が魔力よ、敵を打ち砕き、殺戮し、破壊を尽くす無数の弾丸へ変われ――《トリガーハッピー》」
瞬間、セバスを中心として半径二キロほどの空間に、エネルギーの弾丸が浮かんだ。その数、凡そ一万。
――これで、どの位削れるでしょうかねえ。
セバスは手を前に出し、容赦なく一斉掃射を行使した。《ロックオン》によりホーミング機能を搭載した弾丸は、亜音速でバーレンの軍へ向かい飛んでいく。
セバスは屈伸を数回して、自らのキメラとしての力を覚醒させようとしていた。
『禁忌の存在』とまで呼ばれるキメラは、何も縁起が悪いからそう呼ばれている訳ではない。彼らが他の種族から忌み嫌われる傾向にある理由は、常軌を逸した戦闘能力にある。
龍人族と吸血鬼族の性能の良い肉体、妖精族の豊富な魔力量、獣人族の獣化能力。この他にも、長い寿命などと言った様々なアドバンテージがある。
「……とりあえず、龍人族の恩恵を受けるとしましょうか」
そして、セバスは普段そう言った他種族の特性を封印していた。今回のような敵で無ければ、本気を出す必要などないことに加え、全ての力を解放した姿は醜いからだ。
龍人族の封印を解いた事で、翼が生え、牙が鋭くなる。翼をはためかせて空に浮かぶと、セバスは凄まじいスピードで敵に向かって飛んだ。
丁度その時、先ほど放たれた弾丸が兵を直撃した。閃光が瞬き、地盤が削られ、木々が吹き飛んだが、驚くべきことに兵たちへの被害はほぼゼロに等しかった。
咄嗟に障壁を張ることで、身を守ったのだ。あれだけの人数で障壁を張ったのなら、個々の力が劣っていても防げるのは当然ともいえる。
「恐らく、全員が魔導に精通しているのでしょうな。よく鍛えられていらっしゃる。無論、負ける気は毛頭ありませんが」
兵の数は、ざっと見たところ兵の数は四百万は下らない。ただ、これは極々一部に過ぎないだろう。バーレンは幼少のころから厳しい兵役を貸すことで有名な軍事国家。この戦場に来ているのは、全国民の上位十パーセントほどの精鋭だが、言ってしまえばすべての国民が兵士と言っても過言ではない。
――ま、それを全て殺すのは、アレン様が望むことではないでしょうな。
セバスは四本ずつ八本の剣を作りだし、単身斬り込んだ。
「な――なんだきさ……」
「おい、敵が……」
「なんだ? どうした! グァァ!」
「――敵襲だ! 総員戦闘じゅ……!?」
皆まで言わせることなく命を刈り取る。すぐにセバスが攻撃を仕掛けていることは全兵に知れ渡り、魔導による攻撃が仕掛けられる。それをひらりと躱し、セバスは剣を振るい、投げつける。
優勢かと思えたが、直後に戦況は一変した。魔導による肉体強化が、全兵に施されたのだ。これにより攻撃力、防御力、機動力が跳ね上がった。それでもセバスの方が圧倒的格上な事には間違いないが、何しろ数が違いすぎる。
戦闘開始から一時間も経った頃には、暴力的な人海戦術を武器に、バーレンの軍は初めてセバスに傷を負わせた。
「……仕方ありませんねえ。妖精族の力、解放しましょう」
妖精族の力が解放されることで、セバスの耳が尖った形状に変わった。これにより、魔力の扱いが簡単になり、出力が格段に上昇する。セバスは上に跳び、魔力の矢で兵士の心臓を的確に貫いた。
これで二万人弱は減らした。しかしまだまだ、腐るほど敵はいる。ゴルバストが何かを仕掛けてくる可能性もある。勝利の確立は五割と言ったところ。
「厳しいですが、まだ引き際ではないですね」
それからさらに二時間、セバスは孤軍奮闘した。返り血に染まり、人を殺すという罪悪感すらも捨て去り、ただただ殺戮を続けた。
十万人を殺したころ、セバスは吸血鬼族の力を解放した。時間が十二時を過ぎると、吸血鬼は龍人族を超える力をその身に宿す。セバスは拳を引き絞り、あふれんばかりのパワーを込め、パンチと共に放出した。
遥か彼方まで届いたその攻撃は、さながら大量破壊兵器の様に、一度に数十万人の命を散らせた。
何処かの誰かが、一人殺せば殺人犯だが、数百万人殺せば英雄だ、などと言ったらしいが本当だろうか? まだそこまで殺してはないものの、数十万人殺して何となくそれは違う気がしてきた。
――一人でそれだけ殺せば、ただの化け物ではないか。
果たして殺意の塊に手足を付けたような物体を、こころよく受け入れてくれる者がいるのか?
そんなことを考えながら、セバスは目の前の人間を殺し続けた。明け方が近づいてくる頃には、少しだけ息が上がっていた。出血の量も、少しではない。
「そろそろ……一時退散しますか」
セバスは獣人族の力を解放し、その身に獣の力を宿らせた。制限時間は三分。
セバスに宿った獣の力は『獅子』。セバスは声帯にありったけの魔力を集約させると、自らの最強の技を繰り出した。
「――――ガアアアァァァァァアァァァァ!!」
たんに吠えたわけではない。その轟音には濃密な魔力が込められており、一定の範囲内で聞いたものの鼓膜を容赦なく破壊。脳に障害を起こさせ、死に至らしめる。また、衝撃波は迷いの森の障壁を破壊し、木は瞬く間に粉と化した。
被害者の人数は、およそ四百万人。随時送られてきていた兵士もろとも全滅。これでセバスは、バーレンの戦力を半分にまで減らすことに成功した。
すぐに援軍が送られてくる。すぐにこの場から退散しなければならない。獣化を解いたセバスは、空を飛んで動こうとした。
「……これは。まさか」
――が、出来なかった。
なぜなら、既にセバスはそこから動くことを『禁止されていた』から。それは魔導の力でも、魔法でも、魔術でもない。
「これはこれは、随分と早いお出ましですな」
「まあのぉ。貴殿があまりにも脅威だったのでな」
セバスは目の前に現れたバーレン国王、ゴルバストを睨みつけた。
「お噂はかねがね聞いておりますよ。今私が動けないのは、あなたの持つ『神の力』が原因ですかな?」
「決闘神オレルスの右腕。この腕に傷を付けられたものは、儂と一対一で闘わねばならん。すまんが、兵に紛れて、斬らせてもらったぞ」
「なるほど。しかし、他の兵はどうするのですか? まだたくさんいるでしょう」
ゴルバストはひげをなでると、獰猛な笑みを浮かべて言った。
「儂の座右の銘は、正々堂々なものでな。後ろに待機させておるわ」
「ほう……それはそれは御立派なことでございますね。後悔させてあげますよ」
大きめの剣を両手に一本ずつの二刀流を取ったセバス。背後には、十本の件を配備する。対して、ゴルバストは一本だけ。
消耗が激しいこの状況で王との一騎打ち。
「絶対に……負けるわけにはいきません」
セバスはハーデスが使っていた『悪魔還り』を再現した。
そしてもう一つ。セバスは覚悟を決めてその魔法の名を詠んだ。
「《デッドエンジン》」
かつて、初代魔王が神殺しのために使った最強の魔法。
そのささやかな代償は――命。
魔界最強の戦士は今、神に近付こうとしていた。
橙乃ままれ先生のログ・ホライズンのアニメが今日からです。すごいの一言です。




