開戦
気付けば、もう一年近く連載しているようです。物語は折り返し地点に来ていますので、もうしばらくお付き合いを……!(あと、お気に入り登録50人を超えていました!みなさまありがとうございます!)
魔王城にセバスを呼び出したアレンは、深呼吸をしてドアをノックした。
「セバス、入るぞ」
中にいるのは気配で分かっていたので、返事を待たずにドアを開ける。いつも通りの執事服に身を包み、何処から持ち込んだのかお茶をすするセバスは、アレンの方を向いた。アレンは後ろ手にドアを閉めて、口を開いた。
「時間がないから、単刀直入に伝えるぞ。あんたのことだし、諸々の事情は知ってるだろ?」
「ええ。遠慮せずお申し付けください」
アレンは少し息を吸った。
思えば、随分と長い間セバスとは時間を共にした。こんなことを言うのは気が進まないが、もはや迷っている場合ではない。
「魔族の、いや、魔族と人間の未来のために――」
覚悟は既に決めた。どれだけの犠牲を払っても、目的は果たすと誓った。
だからだろうか。続きの言葉は意外なほどに簡単に滑り出た。
「――死んでくれ」
「…………」
しばらく沈黙を続けたセバスは、指で眼鏡を直して言った。
「つまり、バーレンの軍へ単騎で乗り込め、という事ですね?」
「無茶は承知だし、生きて帰れる保証はひとかけらもない。けど、バーレンをどうにかしないと魔族に勝利は有り得ないんだ!」
「でしょうね。しかし、私が勝てるという保証もありませんよ?」
セバスの言葉はもっともだ。巨万の軍を相手に、たった一人で闘えなど正気の沙汰ではない。ただ、究極的に狂ったことをしなければ勝てないのもまた事実。
アレンは頭を下げて言った。
「お前が勝てないなら、お前が駄目なら、もう諦めるしかなくなる。頼む、引き受けてくれ」
「……頭を上げてください。別に、断るとは言っておりませんよ。悪くないではありませんか。魔王からの勅命により命を散らすなど。老いぼれには勿体無いほどだ」
セバスはゆっくり立ち上がると、口角を上げた。
「ただまあ……一つわがままを言わせてもらうと、戦争が終わった後に銅像でも建ててもらえると嬉しいですね」
「……銅像でも記念碑でも博物館でも何でも建ててやる。引き受けてくれるんだな、セバス?」
アレンがそう言うと、セバスは今までとは違う、刺々しい戦意を持った雰囲気を身にまとい宣言した。
「このセバス、全身全霊を持って承りましたぞ。魔王様」
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更に月日は過ぎ、人間界では遂に進軍を開始しようとしていた。
先陣を切るのは、武装国家バーレン。国王ゴルバストは、壇上に上がり演説を始めようとするカガリを見て、薄々予感していた。
――何か、強大な力を持つ武人が待ち構えている。
しかし、何も心配することはない。鍛え上げた兵と、自らの統率力があれば、負けはありえないのだから。戦地となる『迷いの森』で何が待ち受けているのかなど、あれこれ考えるのは杞憂と言うものだ。
今は、我らが覇王の演説に耳を傾けることにする。
「諸君存じているとは思うが、これより我々は魔族との全面戦争を始める。もしかしたらこの中には、恐れを抱いている者もいるかもしれない。だがよく考えてほしい! 我らは数年前から地道に準備を重ねてきた。対して奴らはどうだ!? 新たな魔王に着任して僅かしか月日が経っておらず、満足な準備すらできていない!」
カガリが身を乗り出し、さらに声を張り上げる。
「各国の王は知っての通り天下無双! 一騎当千の聖騎士が五人全員集結し、一片の死角もない! そして何より、完全無欠の勇者が付いている! 負ける要素が何処にあるというのだ! ここまで聞いて、それでもまだ恐れを抱く者があるのなら、早々にここから立ち去るがいい! 我らに必要なのは、希望と勇敢さ、勝ちへの執念を持つ誠の強者のみだ!」
カガリの言葉に、感情に、声に、人類の気持ちが一つになろうとして行く。最早、敵前逃亡をしようなどと言う臆病者は居なくなった。
声を聞く誰もが高揚し、武者震いし、声を上げた。それはやがてカガリを崇める歓声と変わる。
覇王はその轟音に負けないよう叫んだ。
「希望を持って立ちあがれ! 守るべきもののために前へ進め! 正義を武器に闘え! そして、平和と言う名の勝利を手に入れるのだ!」
高々と手を上げ、最後にこう締めくくった。
「さあ、戦争の始まりだ!!」
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同刻、アレンも同じように、演説を始めようとしていた。見たことのないような大人数を前にし、胃が痛くなってきたが、黙っている訳には行かないので口を開いた。
「これから俺たちは、人間との戦争に突入するわけだが……恐れを抱くなとは言わない。頼りないこと言うけど、俺だって全く怖いわけじゃないからな。でも、それでも! 今は、今だけは、力を貸してくれ!」
無数の瞳がアレンに集中される。それでも臆せずに、アレンは続ける。
「勝率は極めて低いと言える! だがゼロじゃない! 魔界が、魔族が一つになれば、勝てる可能性が僅かにある! ここに居る者の中で、闘いたくないという者は居るだろう。逃げてもらっても構わない。罪には問わない。だがよく考えてくれ! 勝てるわけないと逃げて負けるのか、勝てるかもしれない未来に向き合うのか。何もせずに終わりたいか!? 俺は嫌だぞ! 俺はいつだって、未来と向き合いたい!」
アレンの金色の髪が、風で揺れる。銀色の瞳で皆を見渡して、アレンはさらに続ける。
「ほとんど人間の俺だけど、それでも信じてほしい! 俺は平和のために、全力で闘う! 絶対に挫けない、転んでも這い上がる! でも、それだけじゃあ勝てないから、お前ら全員の力が必要だから――」
アレンの髪と瞳が、感情の動きと共に黒に変わった。同時に、その場の魔族たちの感情も揺れ動いていた。
逃げても良いというのだから逃げたいが、本当にそれでいいのか? 魔王があれだけ叫んでいるのに、逃げていいのか?
「――俺を信じて……闘ってくれ!!」
いいわけがない。
魔族の誇りに掛けて、逃げるという選択肢があるわけない。
――俺たちは闘うぞ! やられてばっかでいられねえだろ!
――人間は好きじゃねえけど、あんたは信じるぜ!
――人間に笑われていい奴なんて、ここにはいねえだろ!
ところどころから聞こえるそんな声を、しっかりと聞き取り、アレンは拳を握った。空に突き上げて、高らかに宣言した。
「開戦だ!!」




