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最弱の魔王候補  作者: 木魚
第二章 第二次ラグナロク
35/80

とんでもないやつ

 『幽界』。俗にそう呼ばれる幽霊族ゴーストの領土に、アレンは足を踏み入れた。その瞬間、心なしか気温が下がった気がして、アレンは苦笑した。


「霊気……とでも言うのかねえ。不気味なところだな」


 白い霧が立ち込める空間には、如何にもな墓標と廃墟が存在している。肝試しにはもってこいだろう。もっとも、安易にそんなことをすれば幽霊族に憑りつかれてしまうだろうが。

 しばらく進んで、アレンは声を張り上げた。


「魔王のアレンだ! 事前に連絡した通り、族長サーペントに会いに来た!」


 反響する声が収まったところで、歪な形をした白いもやがアレンの前に現れた。


「幽霊族の者か。サーペントは居るか?」

「貴様が魔王か。っは、ガキではないか。加えて金髪銀目など、もはやお笑いだな」


 瞳と髪の色を黒に変え、少なからずの敵意を感じ取りながら、アレンは努めて冷静に返した。


「……もう一度聞くが、サーペントは居るのか?」

「一丁前に、力だけは持っているようだな。良いだろう。付いてくるがいい」


 ――生意気な。

 そうは思うが、一万年以上生きている彼らからすれば、アレンが途方もない未熟者であることは違いない。

 それに、機嫌を損ねては『オメルタ』の行使もへったくれもなくなる。

 ――ここは、我慢だ。 

 サーペント以外の族長はオメルタの行使について、首を横には降らないはずだ。ミナミも、すぐに快諾するだろう。となれば、残る課題はハーデスをどうするか。しかしそれも、キリクたち妖精族ピクシーのトップ3が説得に出かけたので、任せて大丈夫のはず。

 ――流石に、龍人族ドラゴニュートの新しい族長は文句言わねーよな。

 サーペントさえ説得すれば、一人だけ、しかも新人が賛成しない訳には行かなくなる。やはり、今回の計画は自分にかかっている。

 そんな考え事をしているうちに、前を浮遊していたゴーストは、止まって言った。


「ここで待っていろ。くれぐれも、あの方に失礼のないようにな」

「ああ、分かったよ」


 頷いて、アレンはサーペントを待った。『御意見番』の異名を持つ曲者だ。ある程度の変人なのは覚悟の上。

 ――覚悟の上だったが、その人格は予想の斜め上を行っていた。


「はぁーい。アンタがアレンちゃん? こんな薄気味悪い所までよく来たわねー」

「……うげぇ」


 突如横に出現し、語尾にハートマークが付きそうな調子で、サーペントは話しかけた。


 おっさん声で。


 いっそ清々しいほどのワイルドな声で。つまり、気持ち悪いことこの上ない。鳥肌が浮かび上がるほどにおぞましい。


「その喋り方は……わざと、なのか? サーペント」

「いんやぁね。素に決まってるじゃないの! それにしても、あたしを前にタメ口とは、なかなか見どころのある坊やだわ。嫌いじゃないわよ!」

「……そりゃどうも」


 とんでもないやつが現れた。姿がただのもやなだけマシかもしれないが、もし普通のオッサンだとしたら、ここから逃げ出しているかもしれない。  

 その内心を見抜いたのか、サーペントが言葉を発した。 


「坊や、あたしのこと気持ち悪いと思ってるわね?」

「い、いや、そんなことは……」

「いいのよ! 男なんてそんなもんなんだから! なんだかんだ言って、かわいい子の方によっていくのよ!」


 考えたくもないのに、ハンカチを噛みながら泣いているおっさんの絵が浮かんできた。


「ああ、そういえば。かわいい子と言えばあの事を思い出すわね。聞きたい? あたしの数ある武勇伝の内の一つ」

「いや、別に……」

「そう! 聞きたいのね! 良くってよ、聞かせてあげるわ! あれは六百年くらい前……あたしは暇つぶしがてらに、とある女の子に憑りついたの。珠のようにかわいい子でね、そこにあたしの色んなスキルが身に付いた訳だから、男が釣れる釣れる。で、最終的に伝説のアイドルに成り上がってやったわ!」

「やめろ。人を信用できなくなる!」


 アレンの周りをぐるぐる迂回していたサーペントがアレンの前で止まり、急に真面目な声で言った。


「さて、そろそろ本題に移ろうかしら」

「話を振ったのはあんただろ……」

「それはいいから。まあ、妖精族ピクシーの差別解決のためにオメルタを行使する、ってことは分かってるけど」

「な、何で知ってんだ」

「あまりあたしを甘く見ない方が良くってよ。精神に干渉せず憑りつくなんて造作もないわ。ちょこっと頭の中をのぞかせてもらっただけよ」

「は……」


 アレンは言葉を失った。そんな気配は、微塵とも感じ取っていなかった。

 ――気持ち悪くても、幽霊族ゴーストの長ってことか。

 少し笑みを浮かべて、アレンは言った。


「で、賛成してくれるのか?」

「うーん。キリクちゃんの力にはなってあげたいところだけど……一つ、あなたに関して聴きたいことがあるわ」


 アレンは怪訝そうな顔をして、返した。


「何を?」

「魔王になって、あなたは目下の問題を片付けようとしている。このまま、オメルタを行使してその問題が解決したとしましょう。それで、その先はどうするの?」

「その先?」

「簡単に言うと、目標ね。どうも、大きなものがあるみたいだけど?」

「……まあ、な」


 ため息を吐いて、アレンは頭を掻いた。


「言った方がいいか?」

「ぜひとも教えてほしいわ。そうすれば、オメルタの行使、賛成してあげても良いわ」

「意外だな。噂じゃあ、もっと気難しいとか聞いてたけど」

「あなたが気に入ったのよ。金髪の魔王なんて、レアじゃない」


 サーペントに目があるのかは謎だが、アレンを見る視線が鋭くなったような気がした。

 ――まあ、いいか。


「……笑うなよ?」

「笑わないわよ」

「ハア、世界平和だよ」

「……へ?」

「何度も言わせるな。世界平和だ」


 痛い沈黙が流れた。サーペントが再びアレンの周りを迂回し、やがて笑い声をあげた。


「フフ、ホホホホ。世界平和……ねえ。オーッホッホッホ! 面白いわね! そんなことを言う魔王が今まで何人かいたような気がするけど……」

「不可能だ、ってか? それなら先代の魔王にも言われたぜ。ついでに、魔王になるのもな。けど……」

「今、魔王になってるって? なるほどねえ、不可能を可能にする魔王ねえ。でも、流石に世界平和、ひいては人間と魔族の戦争をなくすなんて絶対……」

「無理じゃねえ!」


 サーペントの言葉を遮り、激昂したアレンは、休まず言葉を繋げた。 

  

「その目標を成し遂げられなかった魔王たちの努力のおかげで、ようやく基盤が出来ようとしてんだよ。上手くは言えねえけど、来てんだよ。今! そのタイミングが、争いを止めるタイミングが来てんだよ。そして、それを掴めるのが俺たちの世代なんだ!」

「じゃあ聞くけど、具体的な計画はあるの?」

戦争ラグナロクを起こす」


 今度は、サーペントが言葉を失った。何とか、自然に言葉を返す。


「なんかずれてなぁい?」

「ずれてない。平和に導くための、最後の戦争を起こすんだ」

「失敗すれば、本当に修復が効かないわよ」

「それだけのリスクを背負わなきゃ、人間と魔族の和解なんて変革は引き起こせないだろ。もし失敗すれば、俺は独裁者とでも虐殺者とでも何とでも呼ばれてやる」


 ――なるほどね。あのセバスが認めるわけだわ。

 決意と覚悟の大きさが、半端ではない。果たして、これだけの者が歴代魔王にどれ位いただろう。


「……よく分かったわ。オメルタの件については、賛成ってことにしておくから、帰っていいわよ」

「済まねえな、サーペント」

「最後に、一つ聞いても良いかしら? 戦争の果てに和解したとしても、それは長く続かない。分かってるでしょう?」


 その言葉は、魔族には人間が、人間には魔族という、巨大な敵がいるからこそ内乱がないことを示していた。

 人間界の五大国が、魔界の五種族が戦争を繰り広げないのは、どちらもそれ以上の敵が存在しているからだ。


「……悪いけど、そっから先のことは誰にも言えない。業を背負うのは俺だけで十分だ」

「憑りついても、知れそうにないわね。分かったわ。変なこと聞いてごめんなさいね」


 









 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 同刻、治安の悪いことで有名な街に、キリク、フラン、ペルシアの三人は訪れていた。とある酒屋に足を踏み入れ、探し人の姿を目に留める。


「……ようやく見つけた。まさか、チンピラたちをまとめ上げるなんて思いもしなかった。随分派手にやっているようではないか、ハーデス」

「おかげさまでね。それなりに楽しくやらせてもらってるよ。アレン君は元気にやってるかい?」


 ハーデスは隙だらけの体勢で座りながら、手を振った。


「で、妖精族の族長が何しに来たの?」


 へらへらしているが、やはり圧倒的な力を感じる。

 ――確かに、魔界最強レベルだ。

 フランが言葉を発した。

 

「オメルタ行使のために、賛成の意を貰いたいんだけど」

「えーっと。ああ、そうか。五画魔将になっちゃったのか。うん、適当にやっといてよ。賛成でいいんじゃないの?」

「良いんだな。じゃ、そうしておくぞ」

「んー、そうだ、アレン君にこれ渡しといてくんない」


 そう言って、ハーデスは一枚の紙を投げた。ペルシアが拾って、聞く。


「……これは」

「中身は見ないでね。別にみても良いけど」

「……どっち?」

「どっちでもいい。用件がないなら帰りなよ。ボクも、あまり暇じゃないんだ」


 キリクはローブを翻して、二人に帰ることを伝えた。


「それでは、失礼する」


 これで、オメルタ行使の準備は整った。  

 

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