とんでもないやつ
『幽界』。俗にそう呼ばれる幽霊族の領土に、アレンは足を踏み入れた。その瞬間、心なしか気温が下がった気がして、アレンは苦笑した。
「霊気……とでも言うのかねえ。不気味なところだな」
白い霧が立ち込める空間には、如何にもな墓標と廃墟が存在している。肝試しにはもってこいだろう。もっとも、安易にそんなことをすれば幽霊族に憑りつかれてしまうだろうが。
しばらく進んで、アレンは声を張り上げた。
「魔王のアレンだ! 事前に連絡した通り、族長サーペントに会いに来た!」
反響する声が収まったところで、歪な形をした白いもやがアレンの前に現れた。
「幽霊族の者か。サーペントは居るか?」
「貴様が魔王か。っは、ガキではないか。加えて金髪銀目など、もはやお笑いだな」
瞳と髪の色を黒に変え、少なからずの敵意を感じ取りながら、アレンは努めて冷静に返した。
「……もう一度聞くが、サーペントは居るのか?」
「一丁前に、力だけは持っているようだな。良いだろう。付いてくるがいい」
――生意気な。
そうは思うが、一万年以上生きている彼らからすれば、アレンが途方もない未熟者であることは違いない。
それに、機嫌を損ねては『オメルタ』の行使もへったくれもなくなる。
――ここは、我慢だ。
サーペント以外の族長はオメルタの行使について、首を横には降らないはずだ。ミナミも、すぐに快諾するだろう。となれば、残る課題はハーデスをどうするか。しかしそれも、キリクたち妖精族のトップ3が説得に出かけたので、任せて大丈夫のはず。
――流石に、龍人族の新しい族長は文句言わねーよな。
サーペントさえ説得すれば、一人だけ、しかも新人が賛成しない訳には行かなくなる。やはり、今回の計画は自分にかかっている。
そんな考え事をしているうちに、前を浮遊していたゴーストは、止まって言った。
「ここで待っていろ。くれぐれも、あの方に失礼のないようにな」
「ああ、分かったよ」
頷いて、アレンはサーペントを待った。『御意見番』の異名を持つ曲者だ。ある程度の変人なのは覚悟の上。
――覚悟の上だったが、その人格は予想の斜め上を行っていた。
「はぁーい。アンタがアレンちゃん? こんな薄気味悪い所までよく来たわねー」
「……うげぇ」
突如横に出現し、語尾にハートマークが付きそうな調子で、サーペントは話しかけた。
おっさん声で。
いっそ清々しいほどのワイルドな声で。つまり、気持ち悪いことこの上ない。鳥肌が浮かび上がるほどにおぞましい。
「その喋り方は……わざと、なのか? サーペント」
「いんやぁね。素に決まってるじゃないの! それにしても、あたしを前にタメ口とは、なかなか見どころのある坊やだわ。嫌いじゃないわよ!」
「……そりゃどうも」
とんでもないやつが現れた。姿がただのもやなだけマシかもしれないが、もし普通のオッサンだとしたら、ここから逃げ出しているかもしれない。
その内心を見抜いたのか、サーペントが言葉を発した。
「坊や、あたしのこと気持ち悪いと思ってるわね?」
「い、いや、そんなことは……」
「いいのよ! 男なんてそんなもんなんだから! なんだかんだ言って、かわいい子の方によっていくのよ!」
考えたくもないのに、ハンカチを噛みながら泣いているおっさんの絵が浮かんできた。
「ああ、そういえば。かわいい子と言えばあの事を思い出すわね。聞きたい? あたしの数ある武勇伝の内の一つ」
「いや、別に……」
「そう! 聞きたいのね! 良くってよ、聞かせてあげるわ! あれは六百年くらい前……あたしは暇つぶしがてらに、とある女の子に憑りついたの。珠のようにかわいい子でね、そこにあたしの色んなスキルが身に付いた訳だから、男が釣れる釣れる。で、最終的に伝説のアイドルに成り上がってやったわ!」
「やめろ。人を信用できなくなる!」
アレンの周りをぐるぐる迂回していたサーペントがアレンの前で止まり、急に真面目な声で言った。
「さて、そろそろ本題に移ろうかしら」
「話を振ったのはあんただろ……」
「それはいいから。まあ、妖精族の差別解決のためにオメルタを行使する、ってことは分かってるけど」
「な、何で知ってんだ」
「あまりあたしを甘く見ない方が良くってよ。精神に干渉せず憑りつくなんて造作もないわ。ちょこっと頭の中をのぞかせてもらっただけよ」
「は……」
アレンは言葉を失った。そんな気配は、微塵とも感じ取っていなかった。
――気持ち悪くても、幽霊族の長ってことか。
少し笑みを浮かべて、アレンは言った。
「で、賛成してくれるのか?」
「うーん。キリクちゃんの力にはなってあげたいところだけど……一つ、あなたに関して聴きたいことがあるわ」
アレンは怪訝そうな顔をして、返した。
「何を?」
「魔王になって、あなたは目下の問題を片付けようとしている。このまま、オメルタを行使してその問題が解決したとしましょう。それで、その先はどうするの?」
「その先?」
「簡単に言うと、目標ね。どうも、大きなものがあるみたいだけど?」
「……まあ、な」
ため息を吐いて、アレンは頭を掻いた。
「言った方がいいか?」
「ぜひとも教えてほしいわ。そうすれば、オメルタの行使、賛成してあげても良いわ」
「意外だな。噂じゃあ、もっと気難しいとか聞いてたけど」
「あなたが気に入ったのよ。金髪の魔王なんて、レアじゃない」
サーペントに目があるのかは謎だが、アレンを見る視線が鋭くなったような気がした。
――まあ、いいか。
「……笑うなよ?」
「笑わないわよ」
「ハア、世界平和だよ」
「……へ?」
「何度も言わせるな。世界平和だ」
痛い沈黙が流れた。サーペントが再びアレンの周りを迂回し、やがて笑い声をあげた。
「フフ、ホホホホ。世界平和……ねえ。オーッホッホッホ! 面白いわね! そんなことを言う魔王が今まで何人かいたような気がするけど……」
「不可能だ、ってか? それなら先代の魔王にも言われたぜ。ついでに、魔王になるのもな。けど……」
「今、魔王になってるって? なるほどねえ、不可能を可能にする魔王ねえ。でも、流石に世界平和、ひいては人間と魔族の戦争をなくすなんて絶対……」
「無理じゃねえ!」
サーペントの言葉を遮り、激昂したアレンは、休まず言葉を繋げた。
「その目標を成し遂げられなかった魔王たちの努力のおかげで、ようやく基盤が出来ようとしてんだよ。上手くは言えねえけど、来てんだよ。今! そのタイミングが、争いを止めるタイミングが来てんだよ。そして、それを掴めるのが俺たちの世代なんだ!」
「じゃあ聞くけど、具体的な計画はあるの?」
「戦争を起こす」
今度は、サーペントが言葉を失った。何とか、自然に言葉を返す。
「なんかずれてなぁい?」
「ずれてない。平和に導くための、最後の戦争を起こすんだ」
「失敗すれば、本当に修復が効かないわよ」
「それだけのリスクを背負わなきゃ、人間と魔族の和解なんて変革は引き起こせないだろ。もし失敗すれば、俺は独裁者とでも虐殺者とでも何とでも呼ばれてやる」
――なるほどね。あのセバスが認めるわけだわ。
決意と覚悟の大きさが、半端ではない。果たして、これだけの者が歴代魔王にどれ位いただろう。
「……よく分かったわ。オメルタの件については、賛成ってことにしておくから、帰っていいわよ」
「済まねえな、サーペント」
「最後に、一つ聞いても良いかしら? 戦争の果てに和解したとしても、それは長く続かない。分かってるでしょう?」
その言葉は、魔族には人間が、人間には魔族という、巨大な敵がいるからこそ内乱がないことを示していた。
人間界の五大国が、魔界の五種族が戦争を繰り広げないのは、どちらもそれ以上の敵が存在しているからだ。
「……悪いけど、そっから先のことは誰にも言えない。業を背負うのは俺だけで十分だ」
「憑りついても、知れそうにないわね。分かったわ。変なこと聞いてごめんなさいね」
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同刻、治安の悪いことで有名な街に、キリク、フラン、ペルシアの三人は訪れていた。とある酒屋に足を踏み入れ、探し人の姿を目に留める。
「……ようやく見つけた。まさか、チンピラたちをまとめ上げるなんて思いもしなかった。随分派手にやっているようではないか、ハーデス」
「おかげさまでね。それなりに楽しくやらせてもらってるよ。アレン君は元気にやってるかい?」
ハーデスは隙だらけの体勢で座りながら、手を振った。
「で、妖精族の族長が何しに来たの?」
へらへらしているが、やはり圧倒的な力を感じる。
――確かに、魔界最強レベルだ。
フランが言葉を発した。
「オメルタ行使のために、賛成の意を貰いたいんだけど」
「えーっと。ああ、そうか。五画魔将になっちゃったのか。うん、適当にやっといてよ。賛成でいいんじゃないの?」
「良いんだな。じゃ、そうしておくぞ」
「んー、そうだ、アレン君にこれ渡しといてくんない」
そう言って、ハーデスは一枚の紙を投げた。ペルシアが拾って、聞く。
「……これは」
「中身は見ないでね。別にみても良いけど」
「……どっち?」
「どっちでもいい。用件がないなら帰りなよ。ボクも、あまり暇じゃないんだ」
キリクはローブを翻して、二人に帰ることを伝えた。
「それでは、失礼する」
これで、オメルタ行使の準備は整った。




