断ち切る
妖精族の集落は、普段魔法による障壁が張られており、迂闊に入れるわけではない。
「まあ、関係ねえけど」
アレンは空を飛び、風魔法で障壁を無理矢理突き破った。するりと侵入し、手頃な木の枝に着地する。
「へえ、結構涼しいんだな。決別の森とは大違いだ」
呑気にそんなことを言っていると、下の方から声が聞こえてきた。
「何だお前!」
「敵襲か!?」
「おい、誰か族長を呼べ!」
突然見ず知らずの他人が障壁を破ってきたのだから当然の反応だ。アレンは苦笑して下に飛び降りた。
右手を挙げて、あくまでフレンドリーに話しかける。
「突然で悪いけど、キリクを呼んでくれ。話があるんだ」
「ふざけるな! 誰だお前!」
「魔王だよ」
「嘘をつくな! 金髪だからと言ってごまかせると思うな!」
ヒステリーに喚く、エルフと思わしき男の言い分も、もっともだ。いきなり襲来した侵入者が魔王などと名乗っても、悪趣味な冗談にしか聞こえない。
――やっぱ、知名度はあまりないか。
就任して一ヶ月も経ってないのに加え、カメラ越しに見た映像は決して鮮明とは言い難い。精々印象に残って、魔王なのに金髪だという事だろう。
「まあ、それよりもだ――いきなり遭遇しちまったな……差別の実態に」
目の前には三人の男がいるが、少し視線を巡らせるとダークエルフ特有の褐色の肌を持つ少女が横たわっている。
流石に死んではいないようだが、放置しておけるほどの軽傷でもない。アレンは一瞬でその少女の元まで移動すると、抱きかかえて言った。
「おい、この子のケガは、お前たちが負わせたものか?」
「はあ? だとしたらどうするんだ」
そう返され、アレンは少し考えた。
許そうとは思わない。大の大人が、子供にここまで暴力を振るうなど、言語道断だ。不幸中の幸いなのか、性的虐待は受けていないが、もはや関係ないだろう。
右手を前に出し、中指の指輪を見つめ、その視線を男たちに向ける。
「ほんの軽く、制裁を加えよう……!」
「ッヒ!?」
アレンの膨大な魔力に怖気づき、一人が間抜けな声を出す。掌を向けて、魔法の名を告げる。
「切り裂け《リッパーストーム》」
途端に鋭い嵐が巻き起こる。三秒経って風が止むと、アレンは砂の壁に守られた男たちを目撃した。
「お前たちがやった、訳じゃなさそうだな。レベルが違う」
「ああ、私がやった」
声の聞こえる方へ顔を向けると、そこには十人ほどの部隊を引き連れたキリクが立っていた。
先頭に立っているキリクが、眉を潜めて口を開く。
「困りますなあ。正面から入ればいい物を、わざわざ障壁を壊してくるなど。流石の私とて、黙っておれませんぞ」
「黙ってくれなくて結構。これから話し合いをするんだから、喋ってもらわねえと」
――口の減らない魔王だ。
胸の内でそう言い、キリクは部下に男たちのことを任せて、アレンについてくるよう言った。
「場所を変えましょう。どうぞこちらへ」
「待った、この子はどうすればいい」
キリクはアレンの腕の中で気を失っているダークエルフの少女を見た。ため息を吐いて、一緒にいて構わないと無言で伝える。
アレンが木の枝に飛び移ったのを見て、キリクも移動を開始した。
「で、どこ行くんだ?」
「ここから三キロほど真っ直ぐ行った場所です。私の足なら、三分で着きます」
「三キロか。だったら……」
アレンは《コネクト》の魔方陣が描かれた鉄板を投げた。弾丸のように飛んでいき、約三キロほどの場所で木に刺さる。
「次元を繋げ《コネクト》」
「……? 何を」
キリクが言い掛けたところで、転移が完了した。
「……召喚魔法、か。なるほど、これが俺の唯一使えない……」
「っさ、この辺だろ? 早く案内してくれ」
キリクは小さく頷き、手招きした。少し歩いたところで、アレンはその光景に目を疑った。
今までの光景と一転、木が一本も生えていなかった。それどころか、草も花も、虫の一匹すらいない。
「ここは……」
「その昔、三種族の間で戦火が激しく散った場所」
キリクがその中へと足を踏み入れる。アレンもそれに続き、歩を進める。
「話、というのは私たち妖精族の差別に関することなのでしょう?」
「ああ。そうだけど、何で分かった?」
「いつだったかな。二、三年前に強大な力を持った老人がここを訪れました」
キリクは指を少女を下ろしているアレンに向けた。
「そしてこう言った。賭けをしよう。近い未来、金髪銀眼の少年が魔王になったら、種族内での差別を止めろと」
「それ、俺のことか……? っあ」
そこまで言って、アレンは気付いた。
――強大な力を持った老人って、セバスか?
キリクが話を続ける。
「初めは相手にせず追い返したが、今度は障壁を破ってきやがる。こちらが捕まえようとしても、さっきの言葉を置き土産に逃げてしまう。そのうち面倒になってきて、私はその賭けに乗ることにした」
「セバス……俺がばあさんの所で修業してる時に……」
「そして今、私は賭けに負けた。エルフは誇り高き種族だ。約束は破らない。だから、協力しよう」
言いきって、キリクは聞いた。
「聞いていたか?」
「ああ……ただ、策はあるのか? そもそも、本当に差別のない世界があり得るのか?」
キリクが口角を上げる。自身に満ち溢れた声で言った。
「あり得る。実際、昔はそうだったのだから」
そうして、キリクは話しはじめた。妖精族の歴史を。
曰く、元々エルフ、フェアリー、ダークエルフの三種族は、共存していた。しかしある時、ほんの小さな確執が原因で争いが起こってしまった。争いは争いを引き起こし、負の連鎖が始まり、やがて泥沼の戦争へと発展した。
妖精族以外の種族の介入すらも禁じられた、百年にも及ぶ戦争。その時の戦場が、今アレンとキリクの居る場所。
「ここに木も草花もないのは、戦争により何もかもを奪われたからだ。焼き尽くされ、吸い尽くされ、蹂躙し尽くされたのだ」
「……戦争の勝敗が、今の権力に繋がってる、そうで良いのか?」
「ああ。だが、今話した通り元々は共存できていた」
キリクは強く拳を握った。解いて、その手をダークエルフの少女へあてる。すると、傷が見る見るうちに塞がっていく。
「それは……」
「時間魔法、《アドバンス》。対象の時間を進ませる魔法です」
「寿命が縮まる、なんてことはないのか?」
「同時に、肉体に降りかかる時間を《ロースピード》でほんのわずかに遅らせもしました。寿命への影響がなくなったはず」
手を引いて、キリクはフッと笑った。
――まさか、俺がここまで丸くなるとは。
セバスが来る前のキリクとは、比べ物にならない。あの頃は、他種族に嫌悪しか抱いていなかった。アレンには賭けをしたと言ったが、真実は少し違う。
どうやって説得したのか、ダウト、シュラウド、ドロシーを呼んで襲来してきたのだ。あの時は本当に驚いた。価値観が完全に崩れたようだった。まさか、あの三種族が手を組むとは。
――老人一人の働きでそんなことがあり得るのなら、やろうと思えば差別をなくせるはず。
そして、キリクは秘密裏に行動を起こした。今こそ、その計画を成就させる時。
「いつまでも過去の過ちに囚われてたまるか。誇り高きエルフの血は、束縛を拒絶する。そろそろ、鎖を断ち切る頃だろう」
上手くいくかどうかは最後まで分からない。しかし、何もせずに現状を打破できるものか。
「魔王よ。デモンチョイスで見せた契約の力。貸してもらうぞ」
「幾らでも貸してやるよ。このくらい!」




