魔王
アレンは大の字になって転がった。少しでも体力を回復すべく、目を瞑る。
――クソ、魔力を使いすぎた。
ハーデスに掛けた強制契約が途切れるまで、あと二時間ほど。それまでに、どれだけの回復が見込めるだろうか。
疲労が溜まり、考えることが億劫だが、それでも何とか思考を始める。
その最中、薄く眼を開けたアレンは、目の前の光景を確認し、思わず飛び起きた。
「……な。なんで、ここに」
「やあ、随分とやられたね。アレン君」
――何故。何故ここに。
「お前がいるんだ……ハーデス」
ハーデスは笑みを浮かべた。ゾクリ、と嫌な予感が体を走る。アレンは歯軋りをして睨みつけた。
「そんな睨まないでよ。怖いなあ」
「馬鹿言え。どうやってここまで来た」
「あれれ、忘れちゃった? ボクの能力」
「……っ! そうか、《学者泣かせ》か」
しばらくの間、沈黙が流れた。ハーデスは構えてこそいないが、油断などできない。ノーモーションでの攻撃程度、幾らでも持っているはずだ。
アレンが一歩足を引くと、ハーデスは突然笑い出した。
「な、何だお前……情緒不安定にもほどがあるぞ」
「クク、ハハハ。いやー、そんなに警戒しないでもらいたいね。別にボクは闘おうとしてここに来たわけじゃない。自分の言ったことをよく思い出しなよ。君の今回の能力は、戦意を持った場合にしか発動しない」
「……え。じゃあ、本当に闘いに来たわけじゃないと?」
即座にハーデスは頷いた。そして、直後に爆弾発言を投入した。
「いろいろ考えてみた結果ね、これが最善だと思うんだ」
「何だよ」
「――――降参するよ」
「…………」
――今、なんて言った。降参する?
つまり、デモンチョイスの負けを認めるという事。
「………………は?」
途轍もなく長く、恐らく人生史上最も長く溜めて、ようやく言葉が出た。相当に間抜けな顔をさらしているのだろう。ハーデスがおかしそうに笑い転げている。
こっちはちっともおかしくないのだが。
「クク、ハトがミサイルでもくらったような顔してまあ。とにかく、おめでとう。君が百八代魔王だよ」
「え、いや、え!?」
「どうにも解せないみたいだね。じゃあ、説明しよう」
ハーデスは人差し指を立てた。
「まずそもそもの問題。ボクはそこまで魔王になりたいわけじゃなかった」
次に中指を立てる。
「対して、君は魔王にすごくなりたがっていた」
薬指を伸ばし、その手を突きつける。
「以上のことから、やる気のある君が魔王に相応しい。それに、面倒くさそうだしね」
「んな適当な」
「決断の理由なんて、案外下らなかったりするもんだよ。でも……」
ハーデスは踵を向けて、歩き出した。振り返って、続きを告げる。
「いずれ、決着はつけるから。ボクを倒したノース君に勝ったからって、調子に乗らないでね」
アレンはハーデスにギリギリ聞こえる声で言った。
「っは。上等だ」
序列一位ハーデス脱落。デモンチョイス終了。
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数日後、アレンは魔王城にて継承式を終えた。継承式と言っても、アレクサンダーから舌打ちをされただけで終わったのだが。
魔王の任期を終えたアレクサンダーは、しばらく旅に出る、という書き置きだけを残して何処かへ行ってしまった。
「で、晴れて魔王になっちゃったわけだが、やることが満載だな」
「ぐだぐだ言わず手を動かせ。書類が片付かんぞ」
「分かってるよ! クソ、ハーデスが面倒くさがるわけだ」
「アレンはーん。この書類魔王の許可がいるって」
アレンは就任早々に舞い降りた大量すぎる書類の処理に追われていた。ミナミとノースの兄妹も助っ人で手伝ってはいるが、減る気配がない。
――一週間は寝れねえかもなあ。
そんなことを思いながら、アレンは溜息を吐いた。
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とある路地裏。一つの人影が、ごそごそと動いていた。
どうも荷物をまとめているらしく、大きな手提げかばんに、色々なものを入れているようだった。
「こんなところか」
男は呟き、赤い髪を掻き上げると、かばんを肩に掛けた。歩き出そうとした時に、背後にいた少年に呼び止められた。
「どこに行く気なの? お師匠さん」
「ハーデスか。その質問、師匠にもされたな」
「答えなよ。仮にも弟子だよ? ボクは」
ダウトはハーデスと視線を合わせた。止める気はさらさらないのだろう。その方が、ハーデスらしいが。
軽く息を吐き、言う。
「適当に、各地を回る気だ」
「ふーん。まあ、そう言う事にしてあげるよ。でも、何で度になんか行くの?」
「今さら、アレンに合わせる顔があるか」
ハーデスが首を傾げて、疑問をぶつける。
「アレン君は、そんなこと気にするタマじゃないでしょ」
「それも師匠に言われたし、言われなくても分かっている。けど、俺が駄目なんだよ。自己満足とでも言え。俺は、あいつに会えない」
「なるほど。納得しておくことにするよ」
もう話すことがない。それが分かって、二人は別々の方向へ歩き出した
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人間界の地下。広大な敷地で、機械王ラジニアは引き攣った笑いを浮かべていた。まさか、ここまでとは思っていなかった。
目の前の惨状は、ラジニアの予測していたものをはるかに超えていた。
「人口の物とはいえ、山を削り取るとは……。ヒヒ、最強の人間兵器がここに誕生してしまったな」
いや、人間兵器などと言っては失礼がある。そう、この景色を創りだした少女は兵器などと言う物騒なものではない。
「神聖なる勇者様か。全く、不運なもんだ」
ちょっと神の眼に止まっただけで、人生を棒に振られたのだから。考えて、ラジニアは可笑しくなった。科学者である自分が神の存在を認めていることに。
ラジニアは白衣を翻し、その場から去った。
「さて、もうすぐ戦争の始まりだ。魔王よ、勇者を相手にどう戦う?」
第一章、完! 第二章へ続きます。




