受け入れろ
まさに絶体絶命だった。今まで、殺されかけたことは何度かあったが、悪運の強さで何とか生き残ってきた。しかし、流石に今それを期待するのはリスキーすぎる。それに、いつも誰かの手を借りているようでは、魔王になるなど笑止。
ここは何としても、自らの力で窮地を脱しなければ。
「問題は、どうやって俺の中に巣食う水銀を追い出すか……」
呟いた瞬間、ノースの拳を顔に喰らった。吹き飛んだアレンは、何とか受け身を取ったものの、すぐにバランスを崩して倒れた。
魔力が込められているからだろうか。明らかに水銀以上の毒性を備えている。普通の水銀ならば、アレンが立っていられないほどの影響は出ないはずだ。
ぼやける視界で見えたノースが、言葉を発する。
「何があったのかは知らないが、もう終わりか?」
「あれ、言葉が元に戻ってるじゃん……」
「見苦しい所を見せたな。もう大丈夫さ。落ち着いたからな」
「……おまえさあ」
アレンはふらつきながらも立ち上がり、続けた。
「疲れねえか? 本当の自分隠して、常に冷静な演技して。お前はもっとワイルドっつうか、気性が荒いっていうか、かしこまってられる様な奴じゃねえだろ」
「黙れ。お前に語られるほど、俺は甘くない」
「ミナミだってそうだ。あいつも、無理して方言使ってる気がする。ホント、変なところで似てるよな、お前らは」
考えてみれば、可笑しな話なのだ。人間界に居た年数はノースの方がはるかに多い。しかし、ノースは根付いているはずの方言を使わず、逆にミナミはなじみがほとんどないはずの方言を使っている。
ノースは人間界との、故郷との繋がりを断つため。ミナミは、ノースとの過去を忘れないため。
つまり、兄弟二人で意地を張って演技をしているのだ。
「もっと素直に生きてみろよ……。お前の過去なんてしらねーし、目的が何かなんて興味ない。それに、俺は一人っ子だから、兄妹って間柄がどんななのかもわからねえ。けど……」
頭は良く回らない。呂律もまわりにくいし、体もだるいが、これだけは伝えたかった。
「もう兄弟喧嘩は止めにしろよ」
「……言いたいことは、それだけか。お前に、お前ごときに。俺の何が分かる」
「だから、知らねえし興味もねえって言ったろ」
「簡単に受け入れられるか……! この憎しみは、言葉で消える程小さくないんだよ」
――あ、そうか。
ノースの言葉から、アレンは活路を見出した。受け入れればいいのだ。そのための力ではないか。
ノースが魔法を放つ。同時に、《お人形使い》の力でアレンの体の自由を奪う。
「最弱の魔法候補。聞くところによれば、お前もここへ来る際に色々あったらしいじゃないか。大切なものを壊された気持ちは、よく分かるだろう」
「ああ、俺だって親を殺されたしな。正直、恨んでないとは言えない。けど……」
最後の希望は、失っていない。約束を交わしたリーシャのために、復讐者になる訳には行かない。
――俺とお前の差は、そこだろうな。
心の奥底に、支えがあるかどうか。ノースにはそれがなかった。孤独すぎた。
「争わずに受け入れろよ。お前には肉親が残ってんだから」
「魔術、《マジックミラー》。魔法はお前を襲った直後に反射され、二倍の攻撃力を持つようになる」
「今度こそ消し飛べ」と言う怒号と共に、無数の魔法が振り後された。世界が生み出したあらゆる武器を象った光が、アレン目掛けて襲いにかかる。
――こういう使い方するのは、久しぶりだよな。
アレンは魔法の接触する瞬間、呟いた。
「《万物一体化》」
直後、ノースの繰り出した魔法は全て掻き消えた。アレンが全てを一体化させたのだ。それと同様に、水銀とも一体化を成し得たために、体を蝕んでいた症状も消えた。
「何の冗談だ……その力は」
「俺の力は、受け入れ一つになるための力」
戦闘で使う機会があまりなかったが、この力こそが最も成長していたのかもしれない。ただ、それも当然だ。メリウスの治癒でも、シモンの炎でも、ミスラの眼でも、ラスクの知識でもなく、《万物一体化》こそが、真なるアレン独自の能力なのだから。
ノースの支配から解かれたアレンは、ノースに笑いかけた。
「……言っただろ。受け入れちまえばいいんだ」
「っく……調子に乗るな。《ダメージギブ》!」
途端に、ノースの傷がなくなり、その分のダメージがアレンに蓄積される。
「何もかも滅びれば、争いが起こることはなくなる。ならば、俺がその世界を作り上げる。邪魔はだれにも許されん!」
ノースはアレンに近付いた。右拳を握り、思い切り引き絞る。しかし、この時、ノースは薄々感付いていた。
――勝てないかもしれない。
それでも、諦めるわけにはいかない。
「死ね! ぶち殺したる!」
「ノース、最後にもう一つ説教してやる」
振り抜かれたノースの拳は、狙った通り心臓を貫いた。但し――
「馬鹿な……お前、その体は」
水銀と化し、液体状になったアレンの体を、だが。アレンは《ウインドボム》を繰り出し、その風圧でノースとの距離を取った。
アレンが、これが最後だとばかりに右手を横に構える。
「蒼桜の舞、総終王技。《夜天桜火》」
アレンが纏う青い炎が、夜を思わせる深い黒へと変貌を遂げる。その瞬間、ノースの疑問は確信へと変化した。
――負けた。
「お前は大切なものを壊された痛みを知ってるんだろ。だったら、その痛みを味わう人が少しでも減るように努めろよ。それが、痛みを知るものの役割だろ」
「……たまげたな。戦闘の中で進化する、お前はその点に関しては紛れもなく俺以上の天才だ」
ノースは諦めたように目を伏せると、一つ問いかけた。
「お前、名前は?」
「そういや知らないんだっけ。アレンだ。そんでもって――」
「最弱の魔王候補だろ。始めに聞いた」
「ああ、そうだっけか。……なあ」
アレンは少し考えて、先を続けた。
「デモンチョイスが始まった直後、俺は一人の誇り高き戦士を追い詰めて、一つの選択を迫った。結果として、その戦士は俺が殺したけど……今から、その時と同じ選択を、お前に迫る」
アレンは軽く息を吸って、続きを告げた。
「降参してくれ」
「…………」
ノースは長い間沈黙した。ここで殺されるか、降参して生き延びるか。
死ぬのは、嫌だった。しかし、生きたところで何が出来るのか。もしノースが、実際に目的遂行のため動いても、恐らくアレンに潰される。何も、出来ない。
死ぬのは嫌だが、空虚に生きるのはもっと忌むべきことだ。
――今の目的は駄目だ。しかし。
ノースの胸の内に、一つの欲が生まれようとしていた。魔族人間を滅ぼすことによる平和は無理でも――
――俺を打倒したこいつなら、もしかしたら。
「アレン。俺の質問に答えろ」
「何だ?」
「お前は、世界を平和にすることが出来るか?」
アレンは笑みを浮かべ、即答した。
「そのために、今闘ってんだよ」
「なるほどな……」
全く。この男は……。
「なら俺が力を貸してやる。頭脳要員も、必要だろう?」
「っへ、そうこなくっちゃな!」
――見てみたくなったじゃないか。アレンの紡ぐ平和への道を。
ノース、ミナミ両名脱落。残り二名。
今話で、すっごく久しぶりにリーシャの名前を出しました。一応メインヒロインのつもりなんですが……。もう少し先に進めば、出番が急増するはずです!




