豹変
まずは様子見として、単純に炎をぶつけてみる。二メートル程度の青い火の玉が真っ直ぐに飛来していく。
ノースは《サンクチュアリ》を繰り出し、身を守ると今度は攻撃に転じる。背後に百は超えているであろう光の弓矢を創造し、走り出す。
右手に光剣を構え、アレンと何度か打ち合う。単純な剣術の腕ならばアレンに分があるが、絶妙なタイミングで放たれる《ライトニングアロー》でその差を埋める。加えて、並列思考による何十ものシュミレートでさらにアレンを圧倒する。
ほんの僅かの弱点すらも、得意の魔法と優秀な五十二の思考でカバーする。
――それでも、勝てない相手じゃねえ。
アレンは右上から落ちてくる剣を弾くと、後ろに下がった。
「喰らってろ。《花篝》」
ノースの立つ場所に巨大な火柱が立つ。ただ、この程度でやられてくれるような相手じゃないことは百も承知。
今アレンが狙ったのはノースの本体ではない。アレンの考えが正しければ、あれは恐らく身代わりの人形。根拠はそこら中に倒れている死体の数。
『ミスラの眼』の恩恵で、この場に来た時に強制的に情報が叩き込まれていたが、その時の情報によると死体の数は全部で十。しかし今ある死体の数は九に減っている。
それらの根拠が生み出す答えはただ一つ。
「本体は別の場所で、俺の油断する時を待っている、そうだろ?」
「ふん、少しはやるじゃないか」
背後から襲いかかった攻撃を受け止め、鍔迫り合いになる。
「あの見事な変装は、魔法の力か? それとも魔術か?」
「結論から言えば、どちらもだ。そして――お前は未だその術中にはまっている」
ノースがそこまで言った瞬間、アレンは不吉な予感を感じ取った。一先ず上空に逃げ、渾身の力で炎を絞り出し辺り一帯を焼き払う。
「……何だ? この違和感。まるで……」
と、次の瞬間アレンは目を見開いた。四方八方から全部で百はいるであろうノースが飛び掛かってきたからだ。面喰らいながらも、攻撃を回避すると、それらのノースは何もなかったかのように掻き消えてしまっていた。
しかし次の瞬間には真後ろに立っているノースが視界に入ってきた。
「っく。あんま調子のんなよ! 《桜影」
アレンは炎の分身を作ると、機動力に物を言わせさらに背後を取った。ノースの攻撃は当然のごとく空を切り、大きな隙が生まれる。
「これで、王手だ!」
「馬鹿言うな。お前ごときが俺に勝てるとでも?」
「はあっ!」
アレンの剣はノースの体を斬る――事ができなかった。
――嘘だろ? これじゃあ。
「夢で闘ってるみたいじゃねえか!」
「実際それに近いぞ」
今度は上から聞こえた声に顔を向けると、すかさず魔法の洗礼が返ってきた。咄嗟に《花守》で攻撃を防ぎ、アレンは必死に頭を回した。
恐らく、この摩訶不思議な現象は、ノースの言葉を信じれば魔法と魔術を併用した技術によるもの。例えるなら、幻覚のようなものを見ている状態。
「だったら……」
アレンは左目に魔力供給をした。『ミスラの眼』の力は、主に三つ。
一つ目はハーデスに使った《強制契約》。一方的に約束を取り付けられるが、解除するのは不可能で、どちらか片方にしかメリットがない契りは交わせない。
二つ目は《承諾契約》。術者と対象の意思が合致することで初めて交わせる契りだ。内容はどんなことでもいいが、契約を止める際には再び両者の意思を合わせなければならない。
そして三つ目の超情報処理能力。効果はミナミの《完全なる眼》の能力の内の一つである、解析眼の上位互換と考えて良い。土地の地形、生物の生体情報、魔法などの解析もこなすことが出来る。
「俺の目はごまかせても……神の眼までごまかせると思うなよ」
アレンの左目に刻まれた紋章が、輝きを増す。風景にこそ変化はなかったが、確かに変わったことがある。
今まで何人ものノースが出てきたが、その謎がようやく解けた。最初の身代わりと同じ理屈だ。ただ、今はノースの姿ではないが。ノースの姿に見えていたタネは簡単。光魔法でアレンの目に入る光を調節し、死体の姿かたちをノースのそれに変えていたのだ。
途中、百人くらいのノースが出てきたのは、恐らく魔術の力によるもの。
「ったく。手の込んだ事しやがるぜ」
もう、これ以上死体を弄ばせたくはない。
「先に謝っておきます」
アレンは目を一瞬瞑り、右手の中指に魔力を集中させた。
――ばあさん、力貸してもらうぜ。
「吹き荒れろ《トルネード》!」
全ての死体が風に巻き上げられる。そこにアレンは巨大な火球をぶつけた。
たちまち青い竜巻が巻き起こり、渦中の全てを焼き尽くしていく。随分と乱暴な火葬だが、これでノースの傀儡となることはもうない。
「あとは、本体のてめえを叩くだけだ……! 棄権するなら今の内だぞ、ノース!」
「誰がするか。戦況は俺に傾いているんだぞ」
「んなもん、一瞬で取り消してやる」
今度はアレンから仕掛けた。炎と風の推進力で距離を瞬時に詰めて、拳を構える。最小限のフォームで、早く打つことを意識して顔面を狙う。
こめかみを的確にとらえ、僅かにのけぞらせると、さらにラッシュを加える。
「もともと、拳で殴る方が得意なんだよ!」
「こ、の。舐めるなあぁ!」
ノースの手から放たれた光線を簡単に避けて、アレンは蹴り上げを繰り出した。中空へ打ち上げられたノースにジャンプで追いつき、炎を纏った拳で下に打ち付ける。
間を開けず、さらに拳を撃ちに行く。
「まだまだぁ!」
「くっ……舐めとんじゃねえぞワレ!!」
「は?」
「しゃらあ!!」
突然豹変したノースは、アレンの腕を掴んで投げ飛ばした。ゆらりと立ち上がり、眼鏡を握りつぶすと、呟いた。
「久しぶりに……おらびたくなってきた」
「なっ、お前。いきなりどうした?」
「説明がちぃとばかしたいぎいのお。少しだまっちょれや!」
よくわからないが、どうも、何か振り切れてしまったらしい。あれがノースの素、ということだ。
――ていうか、さっきの投げ飛ばした力尋常じゃなかったぞ。
「お前、実はめちゃくちゃ武闘派だろ?」
「うるさいのお。こっちは今ぶちいらついとんじゃ。御託はええから続けるぞ」
ノースが今までとは比べ物にならないほどのスピードで走ってくる。繰り出される拳を受け止めると、上から数十の魔法が襲ってきた。
あまりにも予想外の攻撃に、まともに受けたアレンは大きく吹き飛んだ。
「な……今の自分でも喰らってただろ!?」
「関係あるかぁ! はようぶっ殺しちゃる!」
見ると、またもや四方八方から光魔法が来ている。そして、そこへわざわざ身を放り込んでくるノースの姿。
飛んで火に入る夏の虫、どころではない。
「んな無茶苦茶な!」
「無茶は承知じゃ! ワシの体がめげようが構うかぁ!」
「くっそ、さらに厄介になってやがる!」
魔法が炸裂したことによる爆発、そして格闘によるダメージ。あまりにも無茶なノースの戦法だが、確実にアレンの体を傷つけていく。
厄介な相手だが、見つからなかった弱点がこれでようやく見つかった。この戦闘スタイルになって、ようやく弱点が出来た。
再び魔法が仕掛けれられる。躱すことも出来るが、現状打破には繋がらないので、ここはあえて受ける。
「今のお前の弱点、それは……」
「死んどけやワレ!」
傘の様に《花守》を被せる。背後の攻撃は受けることにして、上からの攻撃は何とか防ぐ。後は、ノース本人の攻撃をどう調理するか。
大きく構えて、バズーカのような拳が放たれる。アレンは『ミスラの眼』をフル活用してその動きを見切った。背中に魔法は直撃するが、耐えて強く踏み込む。
「喰らえ……」
ノースの心臓に、拳をねじ込んだ。全神経と全筋力を駆使した、正に全身全霊のパンチ。
「お前の弱点。それは一撃一撃の動作が大きすぎることだ」
故に凄まじい威力だが、ほんの僅かの隙が生まれる。
――つっても、ミスラの眼がなきゃ見切れなかったかもしれねえが。
アレンのカウンターを喰らったノースは派手に吹き飛んだ。攻め込むなら、勝負を決めるならここだ。
手加減など不必要。確実に一撃で仕留めるために、現最強の技を放つ。
「蒼桜の舞、攻めの奥義――《竜桜火》」
右手に集まった炎が、龍の形を象っていく。全部で三匹。獲物の命を消し去らんと、牙を剥く。
アレンが右手を伸ばす。瞬間、龍たちは瞬く間に大きくなり飛んで行った。
しかし。
その龍は、本来狙うべき場所を大きく外れた。
立ち上がったノースが、呟く。
「どういうつもりじゃ。今さら手加減か?」
「いや……違う」
――あれ?
一番困惑していたのは、アレンだった。
――なんだ? 視界が歪む……。
平衡感覚が奪われていき、たまらず膝をついた。おかしい、突然こんことになるのは。
――まさか、毒物?
その時、アレンは閃いた。
「ちょっと、待てよ。……この症状は」
アレンはラスクから貰った知識から、自分が含んでしまった毒物を特定した。
「これは、『水銀』。あの時か……!」
デモンチョイスでの最初の闘い。最年長候補者であるバルトとの勝負で、アレンはバルトの使った《ウォータードラゴン》を蒸発させた。
思えば、あれが水銀でできていたのだ。
「あのおっさん……飛んだ死に土産を置いていきやがった……」
いや、それより。
「まだ勝負は続いてんだぞ?」
今回ばかりは、助けも入らない。
――まずい、殺される。
ノースの方言は広島弁です。




