救世主
ミナミは辛うじてだが生きていた。
周りの死体たちに掛けていた《サンクチュアリ》を、全て自分に掛け直すことで、ダメージは受けたものの九死に一生を得たのだ。
しかし、状況が好転したという訳でもない。
ノースがその気になれば、今すぐにでもまたあの攻撃が来る。死期がほんの少し伸びただけだ。それでも――
――好転はしてなくても、逆転するための材料は揃った。
仕掛けるなら、今。そのためには、言葉による攻撃が必要だ。
「……兄貴、ホントはビビッてるんちゃうんか?」
「はあ?」
「ウチを殺す覚悟があるんなら、その手で殺しに来い」
「何を言っている。狙いはなんだ?」
それは答えられない。出血と痛みでよく回らない頭で、何とか誤魔化しの言葉を繋げる。
「わざわざ魔法に頼るのは、自分の手で殺すのが怖いから。飛んだ臆病者やな」
「殺意を持って放つんだ。変わらないだろう。それと、勝手に決めつけるな」
「なら、証明してみいや。ちゃんと自分の手で殺しにこい」
「会話が成立してないようだな。気でも触れたか?」
それでもかまわない。とにかく、こちらに近付いてもらわなければ。
「それとも、自身がないんか? 魔法に頼らんとなんも出来んのか?」
「……もういい。時間の無駄だ。お前の狙いに乗ってやるよ」
眉をひそめたノースはミナミの前方へ接近した。滑るような動きで首を掴み、握力に物を言わせて締め上げる。
「さあ、何をするんだ?」
ようやく、この状況が訪れた。
勝算のない相手に勝つための策が、ようやく成就する。
ズルくても卑怯でも、強者の油断や驕りに付け込むのが、弱者が勝つための方程式。
「『魔術』《ダメージシェア》」
「……魔術だと?」
ノースがそう呟く瞬間、かつて味わったことのない痛みが全身を駆け巡った。何が起こったのかは分からないが、反射的にミナミから距離を取る。
「く……。お前、まさか」
「魔術が兄貴だけの専売特許だと思うなよ。使うごとに寿命を削る諸刃の剣だけどな、ウチにも使える」
「…………」
方言が消えている。ミナミの中で、何かが変わったようだった。
「本気になった、という事か」
「今までも本気だったって。ただ、策が成功したことで心に余裕が出来た」
「精神面が技術面に影響を与えることはあるが、そう言う事か」
言いながら、ノースは焦っていた。
――こいつ、一体どこから計算していた。
魔術は、一朝一夕で身に付けられるものではない。ノースでさえ、完璧に使いこなすまでは半年掛かった。
純粋な魔族であるミナミは、その何倍もの時間を要するはずだ。しかし、ミナミが魔術の存在を知ったのは、約一年前。恐らくだが、一つだけの魔術だけを練習し、一年間でものにしたのだろう。しかも、一から創作して。
そのころから、この状況を想定していたのだろうか? だとすれば――
「認めてやるよ。お前は強い。一年で、『不完全』とはいえ魔術を一個習得したのだから。そんなお前に敬意を表して――」
ノースは掌をミナミへ向けた。《ダメージシェア》は、術者が受けている傷と同じだけのダメージを対象へ与える魔術だ。
ただミナミの場合は、自分のダメージは残ったままである。ノースの言う不完全とは、このことを指していた。
「――見せてやろう。完全なる《ダメージシェア》、いや《ダメージギブ》を」
ノースのダメージが、そっくりそのままミナミへ移る。つまり、当初の二倍のダメージを負ったことになる。
反対に、ノースは全ての傷を回復した。
目を見開いたまま、ミナミは地に倒れた。恐ろしい物を目覚めさせてしまった。もう誰も、兄を止めることは出来ないかもしれない。
「……感謝するぞ。俺はもっと強くなれた」
ノースが右手に光の剣を纏わせる。ミナミの傍に行き、剣先を向ける。
「終わりだ。これで、この世界と決別する」
そして、無慈悲に振り下ろされる刃。無性に悔しかった。兄の凶行を止める役目を果たせずに、むしろ手伝いをしてしまっていることが。
あんな魔術、創らなければ。素直に、アレンに頼んでおけば。
硬く閉じた目から、一粒の水滴が零れ落ちる。強い後悔と共に、助けてほしいとも思った。
その思いが届いたのか、それとも偶然なのか、運命のいたずらなのかは分からないが、勇者は登場した。
否、勇者と言う言い方は語弊がある。正しくは――
「間一髪、間にあったな……! 大丈夫か、ミナミ」
「誰だ。そこを除け」
「っは。最弱の魔王候補様だよ!」
そう吼えたアレンは、青い炎の剣を振るってノースを後退させた。メリウスとの一体化を解き、命令を告げる。
「メリーさん。ミナミの治療を頼むぜ」
「任せなさい。傷跡の一つも残さないわよ」
「ああ。《ゲート》でここから離れた場所に送るぞ」
アレンは召喚魔法、《ゲート》を繰り出した。空中に魔法陣が浮かび、ミナミを抱えたメリウスがそこを通って消える。
《コネクト》と違い、魔法陣を置いてある場所以外にも行けるが、そのぶん魔力の消費も激しい。そのため、滅多には使えない魔法だ。
ただ、そんなことを言っていられる状況ではなかった。今から起こるであろう闘いは、生半可に遠い場所にいては巻き添えを喰らう。
それだけ、アレンは憤っていた。
「俺の同盟相手に手ぇ出したんだ……覚悟は出来てんだろうな!」
「それは、俺ではなくお前が決めるべきだな。今の俺は誰にも殺せない」
次の瞬間、闘いの火蓋は斬って落とされた。




