臆病者
魔獣カメラオン。常に二匹一組で生活し、一体の眼に写る景色を、もう片方の眼から、プロジェクターの様に映し出す特性を持っている。
デモンチョイスによるそれぞれの戦況は、こうした何十対ものカメラオンによって、地下に伝えられる。しかし今、何十といるそのほとんどはただ一つの戦場を映し出していた。
その情景を見守る人々の視線が注がれるのは、ある一点のみ。その一点とは、五人の候補者を相手取り、まるで赤子の手を捻るかのごとく力を振るうハーデスだ。逃げることも、ましてや反撃することすらも不可能と思われる、一方的な蹂躙は、人々に尊敬の念すら抱かせていた。
「残酷だな。色々と」
名目上の弟子の活躍を見ながら、ダウトは何の気なしにそう呟いた。答えが返ってくることなど思ってもいなかったため、突然の「そうですね」と言う声に、ダウトは思わず身構えた。
が、その姿を確認すると、すぐにその構えを解いた。溜息を吐いて、言葉を返す。
「師匠か。そういや、アレンも何とか勝っていたな」
「当たり前でしょう。私が鍛えたのですから」
「そりゃそうだ。ま、それも含めて、残酷だけどな」
「それは、才能について、ですか?」
ダウトは少し黙り、手帳を取り出して、書かれている言葉を並べた。
「ランク七位。三十年余りに渡って鍛え上げられた体と、積み重なった知識には目を見張るものがあり、第百八代魔王の有力候補として注目されている。魔王として目覚めた力は、直感力を鋭くし未来を読むことすら可能とする《第六感》」
「バルトの情報ですか。彼は強かったですね。魔王として、十分に任を遂行できる強さと器を持っていた」
「だが、アレンに負けた。こんな言葉、あまり使いたいもんじゃあないが……」
少し顔を顰めて、続きを言う。
「才能、って奴だろうな。アレンのそれは、バルトの積み重ねた日々を凌駕した」
「ハーデスやノース、それにミナミ。あと、お前もですね。若い世代に、才ある者が急激に増えている。良いのか悪いのかは分かりませんが」
「人間界でも、そう言った……天才ってやつがわんさか育っているらしいな」
まるで、何かの見えない意思が働いているようだ、と。その考えは、二人とも口には出さなかった。それが所謂、神とやらの存在なのだとしたら、口に出したところでどうにもならない。
話題を変えるように、セバスが画面を見上げた。
「ハーデスは、さらに進化したようですね」
「俺は、大したことはしてないけどな。もはや俺でも手が付けられん。あいつは紛れもなく、才能の塊だ。師匠、正直に言わせてもらうが」
――アレンではハーデスに及ばない。きっぱりとそう断言したダウトを見上げ、セバスは珍しく溜息を吐いた。そして、これまた滅多に見られるものじゃない、憂いを帯びたような表情に狼狽えながらも、ダウトはセバスの言葉を聞いた。
「魔王の命令だとしても、途中で何かの理由を付けて、アレン様に就くことも可能だったはず。しかし、お前がそうしなかったのには、理由があるのでしょう」
「おいおい、いきなり何の話だ。遂にボケちまったか?」
ダウトの軽口を意に介さず、セバスは続ける。
「そう、それは例えば……族長としてのプレッシャーだったり」
「……何が言いたいんだ」
ダウトが目を細めた。触れられたくない部分に触れられて、胸がちくりと痛む。
「貴方は、自分の行いを忘れ、一族を取った。一人の少年から家族を奪い、それと一族の繁栄を天秤に掛けた結果、一族の繁栄を取った。お前は――」
その先の言葉を聞いた瞬間、ダウトの体はほぼ反射的にセバスの胸倉を掴んでいた。そのまま、後ろの壁に押し付ける。まるで鬼の形相になって睨んでくるダウトと目を合わせ、セバスが冷静に口を開いた。
「図星ですか」
「……ああそうだよ。俺は一族の繁栄を取った。アレンを捨ててでもな。罪を償いたいとか、そんな言葉を並べてはみたが、心の奥底じゃあやっぱりそれを願ってる」
ここから先は、口に出すのを躊躇いかけた。正直な気持ち、言いたくない。言いたくはなかったが、冷静になれず、ダウトは一息に思いを吐き出した。
「怖かったからだ。俺のせいで龍人族が、一族の誇りを、強さを失うことが。俺達は、強くなければならない。それが存在意義だからな。あんたの言うとおりだよ。俺は――――」
心臓の鼓動が、僅かに激しくなる。奥歯を一度噛みしめ、繋げる。
「――――臆病者だよ。だから、ランク一位のハーデスを選んだ」
完全に八つ当たりだった。自分の心中を当てられたことが、無償に腹立った。いったいいつから、こんなに腑抜けてしまったのだろう。心当たりは、ある。
――恐らくあの時だ。
もう、十年以上も前。ダウトの一つ前の族長の時代。通称、『堕龍の八年間』と呼ばれるあの時。
当時の族長は、ダウトの父親だった。父は戦闘を好まず、臆病者と揶揄されることもあった。それでも、族長である父は誰よりも強かった。それは、ダウトの誇りでもあった。
ある時までは。
事件はダウトが六歳の頃に起こった。誰よりも強かったはずの父は、とあるキメラの男に殺された。理由は、人間と子をなした罰として。皮肉にも、アレンと同じだった。ただ一つ違うのは、その子供は人知れず処刑されてしまったということ。
事件の影響で、龍人族の威厳は地の底へ落ちた。当事者の息子という事で、ダウトも迫害を受けた。集落を追い出され、身一つで生きていかなければならなくなった。
幼心に、ダウトは絶望した。そして、一つの疑問に至った。
――何故、こんな境遇に陥ったんだ?
父親が罪を侵し殺されたから。――何故、殺された?
弱かったから。
突き詰めてみれば、単純だった。答えと共に、ダウトは怒りを手に入れた。弱かった父に対しての怒りを。自分は違う。弱いから殺されるなど、絶対に嫌だった。
強くなりたいと、心の底から願った。何者にも劣らない、力を欲した。
結果的に、ダウトは龍人族最強の父を殺した最強のキメラの男――セバスへ師事を仰いだ。セバスはすんなりと受け入れ、あらゆる技術をダウトに叩き込んだ。セバスの教えにより急成長したダウトは、史上最年少の十四歳にして族長の任に就いた。
他の誰でもない、自らの強さのみで逆転を成し遂げたのだ。
それは凄い事だ。それでも――
「……俺の中には、父さんの。龍人族史上、もっとも臆病な男の血が流れている。俺は……生まれながらの臆病者だ」
ダウトは手を離した。逆上して手を上げるなど、全く以て、らしくない。きっと、殺した男の息子をきちんと育て上げた、自分にできないことをさらっとこなす師匠に、むかついたのだろう。
改めて、この男は化け物だ。一生超えることは、出来ないだろう。
「それでも、俺の弟子は。上辺だけだとしても、俺の弟子は……あんたの弟子を超える。必ずな」
「望むところですよ。……丁度、二人が睨みあっているところですしね」
セバスは、いつの間にか再びばらけた場所を映しているカメラオンの内の、一匹を見つめた。
――さて、此度のデモンチョイス。一体どうなることやら。
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アレンとハーデスとはまた違う場所で、ここでももう一つ因縁の闘いが始まろうとしていた。
「あちらこちらでドンパチやっとるようやし、こっちも始めよか。兄貴」
殺風景な岩場で、一際存在感を放つ巨大な岩に乗って、ミナミがそう告げた。十メートルほど離れた、こちらも巨大な岩に乗っているノースがそっと、ぎりぎり聞こえるぐらいの声で返す。
「ああ、そのつもりだ。死体も、十体ほど回収できたし……貴様を八つ裂きにするには十分だ」
「相変わらず趣味の悪いやね。負けるつもりはないけどな」
「減らず口を……楽に死ねると思うな」
ノースが腕を振るう。それに呼応し、十人の死体がミナミに襲いかかった。
デモンチョイス途中経過。残り参加者、アレン、ハーデス、ミナミ、ノースの四名。




