試練突破
アレンはハーデスへ向け、魔法陣の刻まれた鉄板を投げつけた。
すぐに《コネクト》でハーデスに接近し、全力の右パンチを見舞う。それを両手で受け止め、勢いを受け流すように体を右斜めに傾けると、ハーデスはすれ違いざまに膝蹴りを叩きこんだ。
しかし、アレンにはさほどダメージはなかった。今、アレンの胴体はこの世で「最も堅い金属」と謳われる、オリハルコンの特性を持っているからだ。さらに、あの四人はアレンの記憶から生み出された者の為、アレンがハーデスの格闘能力をほとんど知らないこともあり、ハーデスの腕力はかなり弱体化されているのだ。
裏を返せば、その分、魔法の威力は脅威になりえるという事なのだが。
ハーデスは腕を上空に突き出し、魔力を溜めた。すると、ハーデスの周囲を取り囲むように黒い球が無数に出現した。見覚えがある技だ。あれはハーデスを守る鎧にもなれば、敵を消し去る牙にもなる闇魔法。
アレンは素早くその場を離れ、自らの血が入った瓶を取り出した。指に付着させ、額の魔方陣へ塗りつける。同時に体中からありったけの魔力を送る。
「詠唱している暇はねえ。ちょいと力は弱まるが、詠唱破棄でいくか」
『詠唱破棄』。通常の何倍もの魔力を使う事で、詠唱を行わずに魔法を使う技術だ。詠唱時間がなくなる、というメリットがあるが、莫大な魔力を消費し尚且つその魔法の力が弱まるので、あまり好まれるものではない。
アレンは地に手を付き、エマを呼び出した。同時に、ハーデスが黒い弾丸を射出した。アレンがエマに命じる。
「エマ、あれを防いでくれ」
「全く、詠唱破棄するぐらいなら、もうちょっと早く呼ばんか。まあいい。あれをどうにかすればよいのだな」
エマは右手を前に出した。すると、その掌に青い炎が灯り、花のような形を創っていく。エマが軽く微笑み、言った。
「蒼桜の舞、守りの型。《花守》」
直後、青い火が二人を包み込み、飛来する凶弾から身を守った。それどころか、構成されている魔力を飲み込みエマを召喚する際に消費した魔力を僅かながら回復した。
ハーデスを囲む黒い球がなくなると、エマは炎を消しアレンに尋ねた。
「おい、あれを焼き殺してしまっても構わないか?」
「……いや、俺がやる……けど、ちょっときついかもしれないし力を貸してくれねえか」
「ぬ、あれをやるのか。まあいい。二年間でどれだけ成長したか、測ってやろう」
エマは手を差し出した。アレンは軽く触れ、少し目を瞑ると、意を決したように呟いた。
「――《万物一体化》」
瞬間、アレンの体に途轍もないエネルギーが流れてくる。しかし、アレンだって二年間ぼーっとしていたわけではない。何百もの戦闘を繰り返し、成長しているのだ。
――もう、力に押しつぶされるような俺じゃない!
アレンは確固たる意志で、溢れ出る力を完全に抑えた。右手を構え、青き炎を纏わせる。強い輝きが、満ち溢れるエネルギーが、敵を打ち砕けと訴えかける。そのための力は、既に手にしている。
脳に流れ込んできた記憶に従い、アレンは言葉を繋げた。
「蒼桜の舞。攻めの型。《斬花》」
アレンの言葉に呼応して、右手にまとう炎が剣のような形に変わった。合わせるように闇魔力で剣を作ったハーデスを真っ直ぐと見据え、駆けだす。互いに何度か剣を打ち合う。
しかし、幾分ポテンシャルが違う。片やアレンの記憶により生み出され、格闘に秀でてないハーデスと、片や二年間格闘戦を中心的に行ってきたアレン。自然と、アレンに軍配が上がる。
一瞬の隙を付き、ハーデスの腹部へ剣を突き刺したアレンが告げた。
「そろそろ、終わりにしようぜ。……蒼桜の舞、攻めの型。《花篝》」
青い火柱が、ハーデスを飲み込んだ。灰も残らぬまで焼き尽くし、何もなかったかのように消えた。それを見届けると、アレンは次の標的を定めた。
悠に三十体は超えてしまっているであろうメリウスの隙間から、それを見つけ出し鉄板を放り投げた。放物線を描き、狙い通りに標的――ダウトの頭上へ落ちたところで、アレンは右腕の青い剣を縦に振るった。
「次元を繋げ、《コネクト》」
そう言うと、アレンの振るった腕のみが切断されたように消えた。一体どこに行ったのか。答えは簡単だ。
アレンは《コネクト》を発動し、自分の腕のみを移動させた。そして、移動させた腕は兼を振るっていた最中だったため、当然――
「ちょっと反則かもしれねえけど。ま、しょうがねえか。これも俺の能力ってことで」
ダウトは縦に切り裂かれ、なかなかにスプラッタな状態で倒れた。
残るは、一人だけ。腕を戻したアレンはメリウスの群れに入り込み、最後の標的――セバスの前に躍り出た。
「さあ、セバスを倒せば終わりだな。行くぞ、メリーさん」
「良いけど、あのお爺さんかなり手ごわいわよ」
アレンはメリウスの力をその身に宿らせた。分身たちが消え、アレンとセバス二人だけの舞台になると、セバスが無数の刃を展開した。
互いの視線が交差した時が、勝負の始まりだった。
アレンが走り、右腕を振るう。それをセバスが躱し、魔力刃を何本も飛ばす。しかし、アレンはそれを避けずに受けると、痛みをこらえながらも炎を左手から放った。身を屈めてやり過ごし、さらにそこからアレンに接近したセバスは、手に剣を持ち横薙ぎに振るった。
アレンの体は真っ二つに分かれたが、グニャリと揺らぐとすぐに掻き消えた。セバスは背後に気配を感じ、すぐさま振り返った。セバスの勘通り、確かにそこにはアレンがいた。
距離を置こうと後ろへ跳躍するセバスだが、アレンが次にとった行動によってそれは阻まれた。
セバスの背後に出たアレンは、歯を思いっきり打ち合わせた。すると直後、轟音が辺りを震わせた。アレンが歯と一体化させたもの。それは『音響石』と呼ばれる鉱石で、伝えられた音を何十倍にも大きくするという代物だった。指物セバスと言えど、鼓膜までは鍛えていなかった。
この攻撃はアレンも無事ではすまない諸刃の剣だが、破れた鼓膜はメリウスの力により一瞬で回復するため、結果的には無傷だ。
しかし、セバスの場合はそうはいかない。鼓膜が破れるだけならまだしも、三半規管にまで被害が及び平衡感覚まで失ってしまった。
「蒼桜の舞、躱しの型。《桜影》。あんたが斬ったのは、俺の形をかたどった炎だ。俺の分身を切っている隙に背後へ移動し、あんたのバランスを奪うって手筈だ。さあ、これで――」
アレンは両手を顔の右横にやると、手と手の間に超密度の火球を作り上げた。右掌に乗せて、膝をつくセバスへ向けて、叩きつけた。
「――終幕だ」
青い炎は一瞬でセバスを飲み込み、焼き尽くした。
――――勝った。
そう実感すると、深く息を吐き、全ての一体化を解いた。メリウスとエマが元の世界に帰ると、アレンは大の字になって横たわった。
しばらく目を瞑っていると、ラスクが来て口を開いた。
「ようやったの、アレン」
「まあ、な。これで第二の試練クリア。質問が許されるんだよな」
「ああ。何が聞きたい」
アレンは立ち上がり、問うた。
「セバスとあんたの関係について、全部だ」
「じゃろうな。よし、話しちゃる」
ラスクは指を鳴らし、椅子を二つ出すと、座るように言い、話しはじめた。
「二百十年くらい前かの。あたしゃが魔王候補だと分かった時のことじゃ。あたしゃは気を暗ーくして町を歩いてたんじゃが、その時に出会ったんじゃよ。隅の目立たない場所で、膝を抱えてうつむいていたセバスちゃんにな。なんとなく親近感が沸いて、話しかけてみたら自分はキメラと人間のハーフだから呪われた存在なんだ、とか抜かしおってのお。あたしゃからすれば、そんなのどうでもよかったから誘ってみたのよ。あたしゃに付いてこないかっての。そしたら、妙に慕ってくれて、まあちょっとやりすぎなこともあったんじゃがな。他の候補者をほとんど血祭りにあげちゃったり……。余談じゃが、セバスって名前はあたしゃが付けたんじゃよ。いつもセバスちゃんって呼んでたから、セバス・チャンって勘違いしてたみたいだけど。
まあ、そんなこんなで月日は流れていったんじゃが、あたしゃにもやっぱ寿命が来てしもうてのう。最後の力を振り絞ってここを作り、セバスちゃんにもしもあたしゃの子孫が魔王候補になってしまったら、修行を付けるように言っといたんじゃ。キメラは寿命が長いからのう。まあ、こんなとこじゃな」
ラスクが景色を元に場所に変えた。立ち上がり、アレンの頭に手を置いて、言った。
「明日には最後の試練を行う。今日はゆっくり休め」
「あ、ああ。……何をやるのかは教えてくれるのか?」
ラスクは手を離すと、背を向けてぼそりと言った。
「ああ、あたしゃを殺してもらう」
「…………は?」
どんどんチート化しているような気がしないでもない。




