第二の試練開始
「お、お前……ドラゴン、なのか?」
アレンは変わり果てた姿になってしまった、銀髪少女に向かい言った。少女は顔をそむけると、不機嫌そうに答えた。
「ドラゴンと言うのは、あくまで我が変身した姿がたまたまそうだった、というだけだ。本来の姿はこっちだ。ただ単に、貴様がドラゴンの姿に変身していた我を本物のドラゴンだと勘違いしていた。それだけだ」
「えっと……じゃあ、お前はドラゴンじゃないと? だったら、なんて呼べばいいんだ」
「真名はまだ教えてやらん。貴様はまだ弱すぎるからな。そうだな……エマとでも呼ぶと良い。少しぐらいなら力を貸してやらん事もない」
アレンは首をかしげた。
「随分と気前が良くなったな。どうしたんだ」
「そ、それは……その。あれだ……貴様がその……とにかくだ! 力を貸してやるって言ってんだから、貴様ははいそうですかと従えばいいんだ! 分かったか、この強姦魔め!」
ドラゴン改めエマは、青い焔を体のあちこちでちらつかせながら憤慨した。その後、ひとしきり罵倒すると、戸惑うアレンを放置して自ら元の世界に戻って行った。
一人、残される形になったアレンはぽつりとつぶやいた。
「……なんで俺は自分の眷属にこうも説教されるんだ?」
翌日、眼を覚ましたアレンは、ラスクの作った朝食を食べ、一通りの支度をして外に出た。ラスクがストレッチをして待っており、アレンが来たのに気づくと近付いていき、話を始めた。
「来たのアレン。早速今日から第二の試練を始めるが、説明をするぞい」
「ああ、良いぜ。今度は何するんだ。あんまり時間がかかるのは嫌だぜ」
「安心せい。早ければ、今日にも終わる。今回は……お主の精神力を強化する」
アレンは反復して聞き返した。そして、それに意味があるのかを問い詰める。ラスクはニヤリと笑みを浮かべ、「勿論」と前置きし、言った。
「お主の闘い方には、ほんの僅かじゃが迷いがある。そしてそのほんのちょっとの迷いは、たった一コンマの攻防が物を言うレベルの闘いでは致命傷となるのじゃ」
「迷い? 馬鹿言うなよ。俺が何を迷うってんだ」
「トラウマ、と言ってもいいかもしれんの。本当にこの敵に勝てるのか? 本当にこの動きでいいのか? 本当にこの敵は倒すべきなのか? お主のこれまでの経験が、そういった思いを生み出してしまっている。自分でも気づかないうちにな」
アレンはこれまでの、主な強者との対戦成績を思い出してみた。
まず、全てが始まったあの日。ダウトとの戦いで完全敗北。
次に、若気の至りでアレクサンダーに喧嘩を売るも、完全敗北。セバスの助けが無ければ、消し飛ばされていたことだろう。
メリウスを召喚、苦戦を強いるも何とか辛勝。
同じくドラゴン(エマ)を召喚するも、敗北。アレクサンダーの時と同様、セバスがいなければ死んでいた。
さらに、ハーデスにも手も足も出ずに、禁じ手を使ってまで完敗を喫した。三度目になるが、セバスがいなければこの時も死んでいた。
改めて見ると、酷い結果だ。今生きているのが不思議なほどに。
「……で、重要なのはだ。メンタルを鍛えたら、強くなれるのかってとこだろ」
「うむ。お主の中の迷いを打ち消し、本当の自信を身に付ければ、それは身体に影響を及ぼす。あたしゃと同レベル、否それ以上の力を得るのも夢ではない」
アレンは思わず生唾を飲み込んだ。最弱とはいえ、ようやく魔王の力に近付くことが出来る。もう少しで、『魔王』が射程圏内に入ろうとしている。始めて、「魔王になる」という言葉が現実味を帯びだした。
アレンは緊張する声で、尋ねた。
「具体的に、何をやるんだ」
「……あたしゃの魔法を使い、お主の記憶から、特に印象に残っている者を具現化させる。実力は、お主の記憶が認識しているのと同レベル。誇大認識で、本物より強いかもしれんから、気を付けろよ」
ラスクはゆっくりと右手を上げ、パチンと指を鳴らした。世界が急速にその在り様を変えていく。やがて、ぼんやりと微かな光が松明からこぼれ出る空間に変わった。
アレンは気配を感じ、前方を向いた。そして、ほんの少し目を見開いた。
「っは。俺の記憶から再現、か。まさかこの四人を相手にしろと?」
無茶を言ってくれる。アレンはそれぞれの名を呼んだ。
「ダウト、アレクサンダー、ハーデス。それと……セバス」
どれも、アレンが出来れば闘いたくない、という意識を抱く強者である。だが、だからこそ。だからこそ、それら全てを超えていかなければならない。
ラスクが言う、本当の自信を手に入れるために。
アレンの髪と瞳が、無意識のうちに黒くなる。
「万物一体化――完全武装」
両手足、眼、胴、歯の七ヵ所にそれぞれの道具を合体させる。さらにメリウスを呼び、四対二に持ち込む。エマは最終手段として温存しておくことにする。
「がんばれよ、アレン」とだけ言い、ラスクがこの場を離れる。
「行くぜ、メリーさん。あいつらを超えるぞ」
「今日はやけに大量に魔力を注ぎ込んだわね。しばらく見ないうちに、魔力量がずいぶん増えたってことかしら。あたしも、何千年ぶりにこの世界で本気を出せそうだわ」
「期待してるぜ。それじゃあ……」
アレンが右足のばねを踏み込む。それを解放し、まずはアレクサンダーの下へ飛んでいく。
「勝負開始だ!!」
硬く、鋭い針と一体化させた左足で蹴りを数発入れる。アレクサンダーが余裕を持って躱し、横からダウトの火炎魔法が飛んでくる。アレンが避けようとした時だった。メリウスが間に入り、右手を前に突き出し受け止めた。肉の焼ける音がしたが、メリウスの治癒能力が炎の浸食を上回り、直ぐに元通りの白い肌に戻った。
と思うと、今度は上空から魔力の刃がその腕を斬り飛ばした。セバスの攻撃だ。すぐに新たな腕が生え、メリウスが微笑を浮かべると、斬られた方の腕からメリウスがさらに生まれた。
《再生分身》。メリウスの強すぎる再生能力が、斬られた肉片からでも再生を試みてしまう事で、無数の分身が生まれる。
「アレン君。君が闘っている間、誰にも邪魔はさせないから安心しなさい。この三人はあたしが何とか足止めしとくわ。ま、本当に闘うのは君だけど」
「恩に着るぜ。まずは俺の知る限り最強の魔王から仕留める」
アレンはあるものを手に握り、アレクサンダーへ向けて投げた。それは薄い鉄板で、それなりに速く飛来すれば人肉を切ることは容易なものだ。が、本来ならそれだけだ。避けるか、弾くかで簡単に対処できる。
アレクサンダーは体を斜めに傾け、鉄板を躱した。だが、それでは不十分なのだ。アレンの投げた鉄板には、とある細工がしてあった。
「――次元を繋げ、《コネクト》」
瞬間、アレンの体が消え、アレクサンダーの背後に移動した。それに気づき、アレクサンダーが振り返る。
――ほんの少し、遅い!
アレクサンダーの喉元へ左手を一閃。斬れ味のあるナイフで頸動脈を切り裂く。流石の魔王でも、これは致命傷になりえる。血が噴き出て姿勢を崩し、膝をつく。その瞬間を見逃さず、今度は限りなく重い右拳で頭部を抉る。嫌な感触、しかし勝利を伝える感覚がアレンを貫いた。
――勝った。まずは一つ、乗り越えた。
アレンが使った魔法、《コネクト》は魔法陣の書かれた場所へ自分を自分で召喚する魔法である。本来なら、使用者が良く向かう場所へ魔法陣を描いて、そこへ移動する際に使う魔法なのだが、アレンは魔法陣を刻んだ鉄板を投げることで戦闘に活用した。
「さあ、次はお前だ」
アレンがさらなる標的にしたのは――
「一年後の予行練習だ! お前を倒す……ハーデス」
自らと真逆の境遇を持つ、『最強』の魔王候補ハーデスだった。




