お婆ちゃん参上
幾秒かの浮遊感の後、アレンは眩しさから瞑っていた眼を開いた。眼前に広がる光景は、適当に岩が配置されている遺跡のようなもの。足元には、光る円が描かれている。
と、それを確認してアレンは気付いた。今の今まで抱えていたはずの疲労感と傷が、きれいさっぱり無くなっている。まさかと思い、アレンは足元の円から出て、自分の親指の腹を噛み千切った。
その指を円の範囲内へ突っ込んでみると、アレンの予想通り傷は瞬く間に塞がってしまった。
「……治癒魔法ってとこか。まあ、ありがたく使わせてもらうか」
そう呟き、アレンは懐からあるものを取り出した。七つ道具の一つ、双眼鏡だ。倍率を自在に変えることが出来るタイプの物なので、一体化すれば好きな時に遠くのものが見えたりと便利なのだ。
とにかく、先に進まなければ始まらない。アレンは迷宮の攻略を始めた。十数分歩いたところで、ようやく一つの変化が現れた。獣型の魔獣が出現したのだ。
アレンの存在を確認するや否や突進してきたその魔獣の動きを見切り、素早く側面に回り込むと右足の蹴りで打ち上げた。二、三メートル打ちあがった魔獣へさらに右アッパーを見舞う。止めとばかりに、再度上空に舞った魔獣のさらに上へ飛翔し、かかと落としの要領で地面に叩き落とす。
白目を剝き泡を吹いた魔獣の残骸を一瞥し、アレンは再び前へ進んだ。
その後も何度か魔獣と出会い、その度に倒したアレンの目の前に、今度は明らかに強者と言った風格を持つ人型の魔獣が現れた。人型とはいっても、あくまで二足歩行で手と足が二本ずつ、頭があるというだけで、体は黒で頭には目や鼻はなく口があるだけだ。
俗にゾンビやアンデッドとも呼ばれるそれは、大きな口を開き突然襲い掛かってきた。
「中ボス登場ってか。でも、さすがにこいつには触りたくねえな。……だったら」
髪と瞳を黒くしたアレンはゾンビの体を躱し、魔力を練り上げた。あまりの密度のため、実体化した魔力に切れ味を求めていく。即ち、限界まで細く、硬く――目指すのはピアノ線のような物。
もっとも、その切れ味はピアノ線の何倍にも高めるが。
「さあ、終わりにしようぜ」
アレンは出来上がった魔力糸を、ゾンビの首へかけた。それだけでも、気持ちが悪いことは確かだが、直接殴ったり蹴ったりするよりかは幾分マシだ。
巻き付けるようにかけた糸を両手に持ち、力任せに引っ張る。瞬間、ゾンビの首は切断され、
「ぷぎゅりぇぁ!!」
と言う悲鳴とも断末魔とも取れる声を残し、頭が地に落ち溶けて行った。頭部が解けたのと同じように、体も溶けていくと、アレンは少し離れた場所へ座り込んだ。
黒髪と目を元に戻し、一つ息を吐き視界の倍率を最大にして周りを見渡す。
「……にしても、どこまで続いてんだ? この迷宮は」
出口どころか、壁すらも見えない。果てしなく同じような風景が続いている。
「もしかしたら、出口の存在しないタイプの迷宮かもな」
迷宮は主に二つのタイプに分けられる。一つは普通に出口があり、何かしらの仕掛けなどを作動させることで攻略できるもの。もう一つは、出口の見えない、最悪の場合攻略自体が不可能なものだ。出口が隠されているなら、何らかのアクションを起こすことで攻略は可能だが、稀に攻略されることを目的としてない、人を閉じ込めるだけを目的とした迷宮も存在する。
そんな迷宮から出る方法は幾つかあるが、最も簡単かつ手っ取り早いのはその空間に何らかの形で乱れを起こし、破壊すること。要は、超高威力の魔法などで次元を突き破る、ということだ。
しかし、そんな攻撃方法がないのでこれはあきらめざるを得ない。
「……いや、ないわけでもない……か?」
言いながら、前髪を掻き上げる。すると、そこにはメリウスの魔方陣とはまた違った紋章があった。ドラゴンを形だけ従えた際に彫り込まれたものだ。メリウスの召喚と同様、魔力と血を与えれば召喚できるが、これまで召喚したのは先程のハーデスとの戦いのみだ。
《万物一体化》を使えば、あの強大な力でここから抜け出すこともできるかもしれない。しかし、それはあまりにリスクが大きすぎる。強大過ぎる力との一体化は、逆に呑み込まれることすら有りうるからだ。
「だとしても……いつまでも放っておくわけにはいかねえよな。最悪、やばくなったら戻せばいいし……」
アレンはポケットを探り、一つのビンを取り出した。中には赤い液体が入っている。その正体は、アレンの血液だ。召喚時に一々傷を作るのは面倒なので、常に持ち歩いているものだ。
その中に指を突っ込むと、アレンは付着した血を額の魔方陣へ塗り付け、魔力注入と同時に詠唱を始めた。
「偉大なる龍の化身よ、汝と我の契約の下、その天をも畏怖する力の片鱗を示せ。魔を祓う白き光と、聖を焼き払う青き炎で、我に仇名す全ての敵を打ち払え。次元を超え出でよ! ドラゴン!!」
アレンが地面に手を付くと、額の魔方陣と同じものがその手を中心に広がった。次の瞬間、一際強く輝くとドラゴンはその姿を現した。
咆哮を一つしたと思うと、ドラゴンはアレンに牙をむけた。
「性懲りもなくまた呼び出したか。まあいい、そんなことよりあのクソガキはどこだ。偽りの名で呼び出された我を倒したぐらいで、調子に乗ってはいないだろうな?」
ドラゴンの低い声に臆せず、アレンが返す。
「あいつならもういない。それよりも提案だ。俺に力を貸してくれ、ドラゴン」
「断る。貴様のような雑魚に貸す力など、あいにく持ち合わせておらん」
「……そうか。なら仕方ねえ。ちょいと荒いが、無理矢理だ」
アレンはドラゴンの鱗に手をやり、直ぐに叫んだ。「万物一体化!」
瞬間、アレンの体にドラゴンの力が雪崩れこんでくる。メリウスの力もそれなりに強いが、ドラゴンとは格が違う。ドラゴンの力がライオンや虎やチーターや豹とすれば、メリウスはまるで子猫ほどだ。
意識が持つとすれば、たった数秒。それ以上はこっちが逆に呑み込まれる。
「っぐ……おお、らぁっ!!」
うめき声を上げながらも、アレンは溢れ出る力を右手に収束した。すると、青い炎が右手に灯った。身体能力の向上もひしひしと感じ取れるが、ドラゴンの力の真骨頂はこの青い炎だろう。
十分に力をためて、一気に解き放つ。
「壊れろ……!!」
パキ、と何かがひび割れる音がした。それは広がるように続いていき遂に――ガラスが盛大に割れるような大きな音が響き渡った。ドラゴンを元の世界へ戻したアレンは、息を弾ませたまま周りを見渡した。
「……え、と。なんだここ」
アレンは思わず目を二、三度瞬かせた。間違いない。ここは……
「人間界の……俺の家?」
確かにそうだ間違いない。十年間暮らしていた、慣れ親しんだ我が家に間違いなかった。一階には、家族三人が一緒にご飯を食べたりした大きめの机。それと簡素なキッチン。
二階へ上がると、そこにはアレンの勉強部屋と、寝室。
「……何で? どういうこと?」
「それはね、あそこはあたしゃが作った村じゃからじゃよ」
アレンは反射的に振り返った。そこにいたのは、着物姿の元気そうなお婆さんだった。お婆さんは白い歯を見せにっと笑うと、言った。
「よう来たな。アレン」
「えっと……婆さん誰だ?」
「あたしゃはラスク。第……なんだっけ」
お婆さん改めラスクは後ろを向き、何かをごにょごにょ呟くと再度言った。
「あたしゃは第百六代魔王。『策略』の魔王と恐れられたラスク様じゃ! ちなみに、お前のひいひいひい……えーといくつひいが付くっけ……まあとにかく! お前の御先祖様って訳で、よろしく!」
「…………は!? 百六代魔王ラスクって……『最弱』の魔王か!? 女だったの!? それより、俺のご先祖様ぁ!?」
驚きのあまりいくつものクエスチョンマークを浮かべたアレンは、半ば錯乱して質問をぶつけた。しかし、それを無視してラスクは怪しげな笑みを浮かべた。
「ふっふっふ。アレンよ。みっちり鍛えてやるからな。お前に、魔王の名にふさわしいだけの力を与えてやるよ。うひひひひ!」
「意味分かんねえ……マジでなんだこれ」




