完全敗北
それは、一年前のことだった。
そろそろ二体目との契約をしても良い頃では、セバスのその提案からアレンは早速新たな召喚獣を呼び寄せた。しかし、それは大きな失敗だった。
呼び出されたのは巨大なドラゴンであり、当時のアレンには到底従えることなどできない強大な力の持ち主だったのだ。止むを得ず、セバスが手を貸し支配下に置くことには成功したが、セバス抜きでアレンの力だけで従えるようになるまでは、決して呼び出さない様に取り決めていた。
だというのに、セバスの眼には間違いなくそのドラゴンが見えている。そこから推測できることは一つ。
――禁じ手を使わなければならない程、追い詰められている。
死に掛けている、と思っても過剰ではないだろう。一刻も早く、行かなければならない。魔王候補同士の潰しあいに師範が出るのはルール違反だが、そんなことを言っていられない。
絶対に、死なせるわけにはいかないのだから。
セバスは体中からあらん限りの魔力を絞り出した。詠唱する暇はないので、手を合わせ莫大な魔力に物を言わせ無理矢理に上級魔法並みの威力を下級魔法、《ボマー》で再現。
足元で大爆発を起こし、その際の爆風で前方に飛躍する。威力を殺さないように木々を蹴り、さらに加速していく。音速に近付こうかというほどのスピードに達したところで、ようやくセバスは現場の全容を確認できた。
「グルアアアアアアア!!」
と、空中のドラゴンが魔獣二、三匹を軽く丸呑みできるような口を開け、大音量の咆哮を行うと、その口から灼熱の青い火の玉を繰り出した。
既に以前の面影を失っている辺り一面を焼き尽くしたと思うと、今度は十数本の黒い槍がドラゴンを貫いた。それがエンジン系の魔法と並び、属性によりその効果を変える魔法、《ロンギヌス》だということに、セバスは気付いた。使用者はハーデスだろう。
闇魔法のロンギヌスには、魔力を吸い取る特殊効果がある。召喚獣は召喚者(この場合はアレン)の魔力により存在できるため、ドラゴンに込められている、多量のアレンの魔力を吸いつくし元の世界に戻そうという策だろう。
そこまで考え、セバスはハーデスが何処に居るのかを発見した。
「アハハハハ!! 驚いたよ……まさかこんな隠し玉があるなんて! つくづく君はボクを楽しませてくれる! でも、そろそろ終わりにするよ」
見ると、ハーデスは黒い靄を纏っていた。それはつまり、闇魔法のエンジン《ダークエンジン》を使っているという事。ダークエンジンは魔法の威力、効果などを飛躍的に高めることが出来る。個人差はあるが、高い者なら十倍にもなるという。
セバスは、空気が微かに変わったのを感じた。ハーデスが魔力を練り上げたからだ。信じられない程の魔力を準備して、詠唱を唱えていく。
「我が闇の魔力に応えよ! 内に秘めし破壊の衝動、殺戮の意思を解き放て! その鍵は既に開かれた! 本能の赴くまま、全てを滅し喰らい尽くせ! この世の万物は……全て汝の餌となる。終焉を司る気高き狼。その力を我が魔力に託せ――《フェンリル》!!」
直後、晴天の空より黒い何かが落ちてきた。一瞬のことだったが、それが狼の形を模していたことは、誰の目にも明らかであった。黒い狼はドラゴンの銀色の体を打ち抜くと、何もなかったかのように掻き消え、静寂だけを残した。
その体に傷はなかったが、それでも、ドラゴンはまるで生気を抜かれたかのように突然地に落ち、元の世界へ戻って行った。セバスはハーデスの前へ姿を見せ、質問した。
「今のは……創作魔法?」
「そうだよ、お爺さん。ボクだけが使える、ボクが創った最強の闇魔法さ。人間と魔族、そのどちらも、生きているのは魔力と覇道があってこそだ。フェンリルはそれらを食い尽くす。つまり、必殺の魔法だ。文字通り、必ず殺す。恐らく、ボクが魔王になった暁にはこいつに因んだ二つ名がつけられるだろう」
創作魔法とは、限られた、本当に極僅かな途方もない天才のみが踏み入ることを許された領域。呼んで字の如く、自らの手で作り上げた魔法だ。
魔法とは、最初からさまざまな種類があったわけではない。各属性の魔力を弾丸として生み出すバレット系、刃に変換するソード系、盾にするシールド系などの下級魔法は全て初代魔王が創った物だ。
後にそれを昇華させたのが中級、上級の魔法でありその全てが長い歴史の中で創られてきた物で、伝承されてきた物なのだ。
眼前の少年も、それらの天才と同じように才を持つ者。ドラゴンを召喚したのも、頷ける話だ。
「それで、あなたはどうしますか? 大人しく引いてくれると助かりますが、もし来るというのなら――」
「どうするんだい」
ハーデスが笑みを浮かばせながら聞き返した。セバスは右手の指を軽く曲げると、呟いた。
「首を刎ねます」
いつの間にか、ハーデスの首には刃が添えられていた。この右手を握った瞬間、お前の首は飛ぶ、そのことを示すように。
「これで、ボクを殺せると?」
「殺せますよ。あまり私を舐めない方がいい」
二人は睨み合った。長いような短いような沈黙が訪れる。どれほど経ったのかは定かではないが、先にハーデスが根負けした。フッと息を吐き、馬鹿らしいように言う。
「止めだ。こんなことしても何にもならない。もう引いてあげるよ。どっちにしろ、三年後にはまた戦えるだろうし。将来有望な生徒は楽しみに取っておくことにするよ。まあ、魔王になるのはボクだけど……残り三年間。精々足掻きなよ。ボクと言う壁を乗り越えるために」
その数時間後、魔力をある程度回復したアレンは目を覚ました。ドラゴンとハーデスの戦闘に巻き込まれ、ところどころに負った傷を確認すると、体を起こし、セバスに聞いた。
「あいつは、どうなった。ドラゴンが倒したのか」
「いえ、ドラゴンは返り討ちにされました。危ないところで私が助けに入ったので、アレン様自身は無事ですが」
そうか、と答えるとアレンはポツリポツリとセバスがいない間のことを話しはじめた。
「途中までは善戦できてたんだ。けど、あいつが俺と同じように魔王特有の能力って言うのか? それを使い始めてからは、ボコボコで……俺は」
アレンは歯を食いしばると、拳を地面に叩きつけ声を絞り出した。
「手も足も出なかった……! ちょっとは強くなってると思ってたけど……全然だった! 俺は……俺はもっと強くなりたい。セバス、何でもいい。どんなにリスクがあっても構わないから、ハーデスに少しでも近づけるような修行を教えてくれ。俺に……魔王になるための力をくれ!」
「……いいでしょう」
セバスはダウトに見せた水晶を取り出した。そして説明をする。
「これは先代の魔王、ラスク様が最後に創造した水晶。今は先代の意思、などとも呼ばれていますね。これにはとある迷宮が封じ込められており、それを攻略した者には強大な力が送られるとか……」
「何でそんなもんお前が持ってんだ?」
「行けばわかるかと。それと、これを渡しておきます」
そう言って、セバスはダウトより渡された指輪をアレンに託した。アレンもその指輪が何なのかに気付き、すぐさま問うた。
「これ……母さんの。どういうことだ」
「ダウトが渡してくれと申しておりました。それで、挑戦しますか? 迷宮攻略」
「……するに決まってんだろ。どんだけ危険だろうと、やるしかないんだ」
セバスは一言「かしこまりました」とだけ言い、水晶を砕いた。瞬間、光が広がりアレンは何処かに消えてしまった。セバスが呟く。
「『策略』の魔王ラスク。貴方の残した迷宮を攻略するのに、いったい何年かかりますかねえ」




