一と百 〈二〉
どんどん更新速度が落ちてるような……本当すいません。
逸早く動いたのはハーデスだった。人差し指と中指を突き出した状態で右手を掲げた。すると、指の先端に渦を巻く黒い球体が形成された。「ブラックホール」という呟きと共に、右手を振りおろしアレンの方へ飛ばす。
中空で弾けた黒きエネルギー体は、瞬く間に半径十メートルほどを平地に塗り替えてしまった。ハーデスはそれを見届けることもなく、上を見上げた。
視線の先には、木の上に避難したアレンとメリウスの姿があった。
「避けたか。まあ、そうじゃないと面白くないしね。でも、次はどうかな?」
ハーデスが詠唱を開始した。「全てを無に帰す暗き闇よ。我が魔力を喰らい、その力で我に適成す全てを消し去れ。弾丸となり飛翔せよ――ダークバレット」
瞬間、数えきれないほどの小さな黒い斑点のようなものがハーデスの周りを取り囲んだ。斑点はふわふわと、まるで綿のように気ままにハーデスの周りを漂っているかと思うと、その内の三分の一程がアレンへ向かいさながら銃弾の様に飛び出した。
慌てて、アレンたちは木を飛び下りた。そして、今の今まで自分がいた場所を見上げ――目を見張った。
「残念だけどアレン君……それ、追尾するよ」
ハーデスのそんな言葉を耳の片隅で聞きながら、アレンは前へ走り出した。苦し紛れの策だが、ハーデスへ向かっていけばあるいは、と考えたのだ。
しかし、それを見越してかせせら笑うように続ける。
「ボクが、そんなしょうもない技を使う訳ないだろう。それは自殺行為だ。あーあ、がっかりだなぁ」
その時、未だにハーデスの周りに浮かんでいた黒い斑点が、一斉に射出された。さらに、アレンを囲むように、逃げ場を完全になくす。
立ち止まり、弾丸の餌食になったアレンに背を向け、ハーデスは告げた。
「こうも呆気なく勝負が付くなんて、本当にがっかりだ。まあ、百位ならこんなものか」
「……待てよ……逃げんのか?」
――馬鹿な。
ハーデスは凄まじい速さで振り向いた。目を見開き、襲いかかるアレンを凝視した。
「その手にあるのは……」
最後まで言うことは出来なかった。アレンが右手に握っていた黒い球体を、ハーデスの胴体へ叩きつけたからだ。強い衝撃がハーデスの体を討ちの召し、十数メートル吹っ飛ばした。
「《万物一体化》でお前の闇魔力と合体して逆に使わせてもらった。当然、生身じゃあ大怪我するから同時にメリウスとも合体して、治癒能力を俺の体に宿らせたがな。最強が最弱に一矢報いられた気分はどうだ?」
「……ああ、そうだねえ」
ハーデスは血を流しながら、ふらふらと歩いてきた。そして、顔を上げると満面の笑みで返答した。
「最ッッ高だよ! どうやら君を見くびっていたようだ。……今度は、本気で行くよ」
「っは。戦闘中毒者が。第二ラウンド開始ってか」
二人は睨み合い、再び走り出した。
「さて、こちらも始めましょうか……ダウト。成長のほどを、師へ見せてみなさい」
アレンとハーデスの戦闘場所より、少しばかり離れたところで、セバスが言った。
「そうだな。積もる話は、闘いながらでもできる。……あんたに手加減は必要ないな」
ダウトはいきなり《フレイムエンジン》と《サンダーエンジン》を発動した。それはつまり、本気で殺しに行く、と言う覚悟の現れであり、現在の自らの力を師に見せることでもあった。
セバスは手を叩き、《ソード》を発動。ありったけの魔力の刃を生成した。
「覚えてますか? あなたが小さいころよくやった、回避力を上げる訓練。あのころは全て避けることが出来ていませんでしたが、今はどうですか? ちなみに、刃の数は二倍です」
「舐めてくれるな。それを最後にやったのは、八年前だったか。俺の年がようやく二桁になった時だろう。あんたみたいな七十超えた老いぼれは日々劣化するだろうが、俺みたいな若者は逆にどんどん進化していく。いつまでも子供だと思ってたら、本当に死ぬぞ」
セバスは獰猛な笑みを見せ、刃を五本飛ばした。時間差をつけて飛ばすことで、回避を困難にしてやる。が、ダウトはこともなげにナイフとナイフのすれすれの間を、あえて避けて行った。そして、訓練されるのは自分だけではない、と言う風に《サンダーエンジン》で強化されたスピードを生かしそこら中を駆け回った。
「なるほど。当てれるものなら当ててみろと。良いでしょう。付き合ってあげますよ」
セバスは片手に四本ずつ、全部で八本の刃を取った。精神を静め、目視することが出来ないダウトを捕えるために、音に意識を傾ける。自らの心臓の鼓動も、風によって揺れる木々の葉の音も、不必要な音の情報はすべて遮断する。
ダウトの足音が、どこで鳴るのか。それのみに全神経を集中する。
「――そこです!」
かっと目を見開き、右手に四本左手に四本、計八本の刃を投合する。果たして、刃は見事にダウトに当たり、木へ縫い付けた。
「……相変わらずの化け物ぶりだな。さすがだ。で、何か聞きたいか?」
「ええ。まず、あなたが就くことになった候補者、彼――ハーデスではなかったはず」
「ああ。本来なら、俺はランク六位の候補者に就くはずだった。だが、二年前あんたらと別れたあの後、俺がその候補者のところへ行ったときには、既に殺されていたんだ」
セバスが、僅かに眉をひそめた。「誰にですか」と問う。
「決まってるだろ。ハーデスだ。目的は、俺を……つまり龍人族を味方に付けることらしい」
「それで、あなたは応じた訳ですか。アレン様を放って」
「人聞きの悪い。だが、これだけは言っておく」
ダウトは刃を引き抜き、地面へ降り立った。真っ直ぐとセバスを見据え、刃を投げつけ言う。
「俺は……あいつを、ハーデスを『王』にする」
「そうですか。あなたがそちらへ付くなら、私にも考えがあります」
刃を避けたセバスは、懐からあるものを取り出した。青い透き通った結晶だ。だが、ダウトはあからさまに表情を変えた。
「それを、まさか『先代の意思』を……使う気なのか?」
「ええ。私は……あの方を、アレン様を王にするつもりですから。そのためなら、何だってやりますよ」
「だとしても、それは使ってはならない代物だろう! 冗談抜きで死ぬぞ……」
「心配いりませんよ。アレン様ならやって見せるでしょう。それに、あなたからすればアレン様はライバルでしょう。気に病む必要はないはずですよ」
「……ああ、そうだな。わかった。けど一つだけ、こいつをアレンに渡してほしい」
ダウトの手から、光る何かが投げ渡された。セバスが確認したところ、それは指輪のようだった。そして、それは忘れもしない物でもあった。
思わず、問いかけた。
「これを、どこで手に入れた?」
「そうだな。アレンの両親を殺めた時、と言っておこう。確かに渡したぞ」
ダウトは龍人族特有の翼を広げた。赤黒いようなその羽を何度か振るわせ飛ぶと、
「決着は、三年後に付く。どちらが正しいのかも、その時にわかるさ。まあ、今殺されてなければの話だが」
という捨て台詞を残し去って行った。やれやれ、と言うように首を振りアレンとハーデスのいる方向を向いたその時だった。
天地を震わすか、というほどの大音量の雄叫びと共に、視界に映ったのは――
「……な……まさか、あれは。一年前の……」
体長二十メートルは有ろうかと言う、巨大すぎるドラゴンだった。




