一と百 〈一〉
「そういえばさ……」
随分前から日々の日課と化している、魔獣千匹との戦闘、通称『千人組手』をこなしながらアレンは呟いた。後ろ回し蹴りを魔獣の頭部にたたき込み、一度落ち着かせてから聞く。
「もう、二年前……になるよな。あいつ、ダウトは今どうしてるかな」
懐かしい名に、セバスはピクリと眉を上げた。あの日より、既に二年がたっているのか。遠くを見るように目を細めると、軽く笑い答えた。
「心配はいりませんよ。あれでも、腕っぷし絶対主義の龍人族の長ですからね。滅多な事じゃあかすり傷一つ負いませんよ」
「ま、だろうな。あいつの強さは半端じゃなかったし、あの時よりまだ強くなってるだろうし。……ふと疑問が沸いたんだけど」
「何で御座いますか?」
「いや、魔族って……何種族かいるの?」
セバスが首をかしげた。質問の意味が分からず、「つまり?」と聞き返す。
「ダウトは龍人族って奴なんだろ? 他にもなんかあんのかなって」
「……まさか、御存じではない……と?」
「少なくとも、人間界じゃあ特に習わなかった……はずだ」
アレンの記憶は正しい。人間界では、上層階級の者が通う特別な学校等は別だが、ほとんどの学校では魔族についてはほとんど触れない。故に、大多数の人間の魔族の価値観は、人間以外の種族といった具合にひどく曖昧なものなのだ。
そんなこと、魔族側からすれば知ったことじゃない。てっきり魔族と呼ばれる種族ぐらいは承知だと思っていた。数世代後の魔族の為、後々報告しておいた方がいいだろう。
そう考えながら、セバスは呼びかけた。
「アレン様、説明をしますが千人組手を終わらせてからにしますか?」
「いや、このままでいい。話してくれ」
「承知いたしました。では、大前提として魔族は、強靭な肉体と豊富な魔力を有する龍人族、知識と魔法の扱いに長ける妖精族、血を好み肉体的な強さだけなら魔族最強と謳われる吸血鬼族、獣の力をその身に宿す獣人族、霊体を持ちほぼ永遠の寿命を有す幽霊族の五つに分類されます」
また新たに魔獣を地に沈めたアレンが、続けてくれ、と先を促す。
「龍人族と吸血鬼族は、まあこれと言ってないですし無視します。まずは、妖精族からにしましょう。彼らの特徴は見目麗しい容姿、そして莫大な知識と、それによって独自に発展した強力な魔法にあります。しかし、何分気難しいところがありまして。内部でもエルフとその他の妖精との格差が酷いとも聞きます。特に、妖精族の長は……いや、この話は省きましょう」
「とりあえず、妖精族は内部の格差があるし、気難しいけど、いざとなれば頼りになるって事?」
「そうです。次に、獣人族です。はっきり言って、龍人族の下位互換ですね。《獣化》と呼ばれる力を使えばほんの一時的に龍人族に迫る力を得ますが、それは狼人といった上位の者のみ。下位の者は、眼も向けられません。実際、妖精族ほどではありませんがこちらも格差問題がありますしね」
アレンは苦笑をこぼした。上の者が下の者を見下す構造は、人間界も魔界も変わらないらしい。
同時に、自分はどうなのか、と不安に駆られる。もしも魔王になることが出来た場合、どんな景色を見て、何を思うのだろう。
なんて、らしくないな。首を振り、そんな考えを払拭する。
「最後に幽霊族ですが、謎です。彼らの生態については、未だにわかっていないことの方が多いのです。一応魔族に加担してはいますが、戦争に参加することもなし……つかみどころがないと言った感じですね」
「なんだそりゃ。ちなみに、セバスはなんの種族なんだ?」
「私は――」
言い掛けて、躊躇った。何故ならそれは呪いの一族。その中でも自分は特に異端なものだ。他人においそれと話したくはなかった。
それでも、この方なら。この小さな王族なら、大丈夫だろうか。彼も、境遇としては似ている。
「……私は呪いの一族、キメラの生まれでございます」
「キメラ?」
「魔族の暗黙のルール、とでも言いましょうか。他種族間で子を育んではならないというものが存在します。キメラとは、その掟を破った果てに生まれた忌み人たちの総称。加えて私は、人間の血も引いております」
「二重の掟破り、ってところか。別に、知ったこっちゃねえけど」
アレンは鼻で笑った。
セバスは心中で呟いた。やはり、あの御方の子供だ。あの方も、差別によりくすんでいた自分を救ってくれた。忌み子である自分の境遇を、心底どうでもよさそうに、下らないと一蹴してくれた。
あの時から決めたのだ。一生付いていくと。あの御方の前にどんな障害が立ち塞がろうと、全て壊してみせると。
「さーて、これで千体目だ!」
正拳突きで頭蓋骨を砕き、千体目の魔獣を絶命させたアレンは、セバスの元へ歩み寄った。
「で、今日は何を教えてくれんだ?」
「そうですねえ……ん?」
セバスはふと後方を見上げ、そして目を見開いた。視界に映るは巨大なエネルギーの弾丸――否、正しくは上級闇魔法、《ダークメテオ》。莫大な魔力を消費するが、その威力は一級品。この森を覆う結界だろうと破壊するだろう。
詠唱している暇はない。手を合わせ、何重にも魔力の壁を張る。無属性魔法、《シールド》。
それと時を同じくして、闇の隕石が襲いかかった。凄まじい衝撃がセバスを襲い、飲み込まんとばかりにシールドを削る。
――これほどの魔法を一体誰が? それ以前に、いつの間に射程距離まで近づいた?
セバスは思考を巡らせた。そして、一つの答えを得た。この時期に、魔王候補を殺害しようと目論む者は、推測するとすれば一つしかない。
他の魔王候補。
つまりそれは、ライバル潰し。
「全く……舐め腐った真似してくれますねえ」
呟き一喝した。瞬間、闇の凶弾は瞬く間に掻き消えた。セバスはこの魔法を放った襲撃者がいるであろう場所を瞬時に計算、特定し睨みつけた。
「誰です? 姿を現しなさい」
その言葉に観念したのか、襲撃者は二人の前に躍り出た。背はあまり高くない。精々アレンと同じぐらい、百五十後半程だろう。黒いフードで顔を隠してはいるが、僅かに覗く口元から笑っていることが窺える。
襲撃者はさらに数歩近づくと、立ち止まりおもむろにフードを取った。さらけ出されたその姿に、アレンは驚愕した。整った顔立ちに無邪気そうな微笑。そして、魔王の血縁者特有の、黒い髪と瞳。
予想していたセバスはまだしも、アレンは思わずたじろぐことになった。
「その黒髪と眼……お前も魔王候補か」
「フフッ。そう殺気立つなって。初めまして、ボクの名はハーデス。それにしても驚いたなあ。まさか、金髪の魔王候補がいるとは。そっちのおじいさんは……お師匠さんだったりするのかな。これまた驚きだ。たかがランク百位に師範を付けるとは、全く魔王さんは何を考えてんだか」
「余計なお世話だ。そういう手前は何位なんだよ」
「え? ボクかい?」
襲撃者、もといハーデスは頭を掻いた。そして、イタズラっぽく言う。
「それ知っちゃうと、君の戦意が消失しそうで怖いんだけど……まあいっか」
「さっさと言えよ。めんどくさい奴だな」
「分かったよ、僕は……」
たっぷり数秒溜めて、ハーデスは告げた。
「――ランク一位。ナンバーワンさ。よろしくねアレン君。最弱の魔王候補、だよね」
アレンは息をのんだ。ランク一位という事はつまり、全魔王候補者中最強という事だ。アレンとはまさに対となる真逆の存在。
「最強か……なぜここに来た? というより、何故ここが分かった?」
「ランキング一位ともなると、流石の待遇でね。教えてもらえるんだ。他の候補者の、いろんな情報。そこで僕はあるゲームを考えた。ルールは簡単。百位から順に殺していく、それだけ。なかなか画期的だろう?」
「同意を求めんな。言っとくが、はいそうですかとやられるわけにはいかねえぞ」
アレンは髪と瞳を黒に変えた。殺気を漲らせ、戦闘態勢に入る。
「……本気で行くぜ」
「なるほど。そういう仕組みか。『彼』の言っていた通りだね」
「彼? 誰のことだ」
「え? 分からないかい。君の能力を知っているのなんて、ごくごく少数だと思うけど」
思い当たる人物はいる。それは仇であり、このふざけた運命に自分を放り投げた張本人。
まさか。
「勿体ぶるのもあれだね。いいや、もう出てきてもらおう」
そう言い、ハーデスは指笛を吹いた。甲高い音が響き渡る。しばらく経った時だった。
その人物はハーデスの傍へ現れた。赤い髪の毛、切れ長の眼、その姿はまさしく――
「……ダウト?」
「久しぶりだな。アレン、そしてわが師よ。まさか、こんな形で巡り合うことになるとは思いもしなかったぞ」
「フフ。もうお分かりかな。彼は――僕の先生だ。ダウト、君はあのおじいさんの相手をしてくれ。横槍を入れられたらたまったもんじゃない」
ダウトは何も言わず動いた。セバスに殴りかかる。拳を受け止めたセバスも、無言で場所を移した。残ったアレンとハーデスだが、アレンは闘える状態ではなかった。
「どういうことだ。なんであいつが……」
「うーん。ダメだなあ。つまらないよ。その程度かい。アレン君」
「……は?」
「こんなとこで悩んでたって、何も解決しないよ。何かを知りたいんなら、何か行動しなきゃ。そしてその何かは、ボクを倒すことだろ?」
「……ああ、そうする」
アレンは一度左の拳を固め爪を食い込ませると、すぐに解いた。そして、右手を前に持っていき、手の平を自分へ向ける。刻まれた魔法陣に魔力をため、今さっき拳を作った時に食い込ませた爪により流れている血を付着させる。
後は、頭に思い浮かぶ言葉の羅列を詠唱するだけ。
「我、汝と契約せし者なり。其の美しき肉体を、其の気高き魂を、血の契約の下に大地に晒せ。我が魔力を糧に、我が血を生贄に、出でよ! 生命の化身――メリウス!!」
右手を大地へ叩きつける。右手に刻まれている魔法陣が光り輝き、そこを中心として半径二メートルほどの同じ模様の魔方陣が浮かび上がる。
突然、魔法陣が今まで以上に強い閃光を発した。ほんの一瞬、しかしそれでも、思わず目を伏せたハーデスが再び視界にとらえたのは――
「へえ、召喚魔法か……君、ホントに百位かい?」
「行くぞ。メリウス」
「メリーさんって呼んでよ。まあいいわ。あの坊やが相手かしら。もう少しすれば、かなりいい男になりそうね」
「……面白いね……来なよ」
最弱VS最強。その戦いの火蓋が、切って落とされた。




