魔王への第一歩
長らくお待たせしてすいません。とりあえず再始動です。
遥か昔、神は人間と悪魔を生み出した。神々の暇つぶしとして生み出された二つの種族は、次第に力と知能を手に入れた。それと同時に人間と悪魔は『欲』を持った。すなわち、自分たちの持つ領土を広めたい、というもの。両種族の共通の想いは時と共に膨れ上がり、やがて戦争へと昇華していった。その戦いは止まることを知らず激化。人間と悪魔は自分たちの王をそれぞれ『覇王』と『魔王』に定め、さらに争いを続けた。
後に『ラグナロク』と呼ばれるその大戦は、終始、悪魔の優勢で進んでいたが、ある時を境に全てがひっくり返ることになる。あろうことか、神々が人間に味方をしたのだ。
理由はただ何となく。神々が人間に加勢したの単なる暇つぶし。
しかしそれでいても、神の力は圧倒的だった。何万という軍勢を指の一振りで消し去り、死んだ者をも生き返らせるその力の前に、悪魔たちはただじっと滅亡の時を待つしかなかった。
――ただ一名、『魔王』を除いて。
絶望に染まった他の悪魔たちを置いて、たった一人で神々に命を懸けた奇襲を仕掛けたのだ。魔王が使用した命と引き換えに絶大な力を手にいれる魔法、《デッドエンジン》により、その力は一時的に神を超え、結果的に大多数の神々を葬るに至った。
しかし、やがて本気で交戦してきた神に、魔王は捕えられた。
それでも死の直前、魔王は自らの魂を百に分け世界のありとあらゆる場所へと飛ばした。そして、それは悪魔たちの新たな希望の種になった。絶望を切り抜け、希望を手にした悪魔たちは自らの肉体の弱体化を条件に生き残った神の力を弱めることに成功。ある者は『魔族』として人間に近い肉体を有し、ある者は『魔獣』として獣の姿へとその身を変えた。
そして百の魔王の魂は、時と共に体を創り、争い始めた。長い闘いの末、やがて勝ち残った一番強い者が二代目の『魔王』へとなり、その血は魔族同士、また長い年月のうちに禁忌を侵し人間のものと交わりながら脈々と受け継がれている。
「はい、皆さん。これが魔族の歴史です。明日はもっと詳しいことをやるから、予習をしておくように」
メガネをかけた小太りの女性が言い終わると同時に、教室へチャイムの音が鳴り響いた。その音で机に伏せて寝ていた少年――アレン・アヴィスは目を覚ましたのか、銀色の瞳を開くと、むくりと起き上がった。煌びやかな金の髪が寝癖であらゆる方向に跳ねているが、そんなこと気付かずに、眠気が残り、ぼーっとする頭を振る。何となく生徒の人数を数えてみる。全部で五人、自分を入れて六人、少ないがこれで全員だ。
大きなあくびをしながら席を立つ。机の上の真新しい教科書をカバンへと入れようとしたその時だった。頭部に強い衝撃が当たった。思わず振り向いた先にいたのは、真っ白な方辺りまで伸びた髪をたなびかせ、金色の眼で睨みつけてくる少女。 胸に付けている名札にはリーシャ・クランチと記されている。
「痛ってぇ……何だよ白髪ばあさん」
「だーれーが白髪ばあさんだって? 私の髪は白髪じゃなくて白髪だっていつも言ってるでしょ! 生まれつき! 間抜けな寝癖してるアレンにはもう一発、今度は飛び切り強めを入れておこうか?」
「寝癖関係ないだろ! それ以前にお前のはいろいろと洒落にならんからな。っつー訳で俺は退散する!」
言いながら少年は、白髪の少女を置いて駆けだした。
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アレンの家は学校より八分ほどの場所にある。特に変わった様子もない民家ではあるが、この小さな村の中では十分大きい部類に入るだろう。そんな家の前に立ちアレンは途轍もない不安を感じていた。何となく、根拠も何もないが、嫌な予感が頭をよぎるのだ。
しばらく玄関の前で佇んでいたアレンは、意を決しドアノブを捻った。自分の不安なんてただの思い過ごしで、何事もないように今日という一日が終わると、そう信じて――
「ただいまー父さん母さ……」
「ッアレン……!?」
「え……」
――日常は唐突に崩れ去り、非日常が顔を出した。
アレンが目にした光景、それは血だらけになっている母親と自分の父親が真っ二つに焼き斬られるという光景。
鉄の臭いが鼻をくすぐり、目がその光景を写し、脳が理解してしまった。即ち――
――父さんと母さんが……殺された。……誰に?……目の前にいる赤髪の男にだ。
と言う事実を。
アレンは銀の瞳を目の前の十代中盤ほどの男に合わせた。男の視線も向けられ、睨み合う形になった。
思い出したように、憎しみが湧き上がってくる。マグマのようにドロドロと、そしてそれは『殺意』という明確な形を持ち始める。
「……す……前を……殺……」
ドクンと、心臓が鼓動を強めた。音がより鮮明に聞こえ、全ての感覚が研ぎ澄まされていく。今なら何でも、この男を殺すことだってできる、そんな予感がアレンを包み込んだ。
「お前を……殺す」
自然に出てきた言葉と共に、何かが崩れ去った。糸が切れたように、力が溢れ出てくる。一種の高揚感に似た感覚の後、アレンの体には明らかな変化が宿っていた。
光る金の髪と銀の眼は呑み込まれるような漆黒になり、犬歯が異様に発達し牙となり、下半身には尻尾が生えた。その姿は人間とは程遠い――悪魔その物。
「殺してやる」
少年の運命は、ゆっくりと動き始める。