最初の日
あの日のことを、俺は忘れない。
忘れられるほど単純な出来事じゃなかったからだ。
最初は避難所だった。
地方都市のショッピングモール。
シャッターを下ろし、入口を塞ぎ、
百人以上の人間がそこに集まっていた。
モンスターが現れて、二日目。
まだ誰も「戦えば勝てる」なんて考えていなかった頃だ。
「自衛隊が来る」 「政府が何とかする」
そう言う声が、祈りみたいに繰り返されていた。
俺もその一人だった。
最初に消えたのは見回りを買って出た男だった。
数時間たっても戻ってこなかった。
「様子を見に行っただけだろ」 「大丈夫だ」
誰も、後を追わなかった。
――それが間違いだった。
夜。
シャッターの向こうから、音がした。
重いものを引きずる音。
濡れた呼吸。
次の瞬間、悲鳴。
シャッターが外側から歪んだ。
モンスターは数体だけだった。
だが、十分だった。
逃げ惑う人間。
転ぶ人間。
人は散った。
健人は逃げなかった。
逃げられなかった、の方が正しい。
足の遅い老人が転んだ。
その前に、モンスター。
「……くそっ」
近くにあったのは消火器一本。
振り回し方も、当て方も雑だった。
でも、正面からだった。
殴る。
弾かれる。
それでも、下がらない。
何度目かの衝突で骨の感触があった。
モンスターが崩れる。
健人は息を切らしたまま立っていた。
骨は折れ、傷だらけだったが逃げなかった。
それだけで、選択は決まっていた。
光が健人を包む。
力が湧いた。
「……重くねえ」
世界が、少しだけ軽くなった。
真白は走った。
武器を持っていなかった。
あったのは、知識と判断だけ。
「寒さに弱い……」
誰かの噂話を必死に思い出す。
食品売り場の裏。
業務用冷凍庫。
モンスターが迫る。
真白はドアを開け、
自分が中に入る勢いで、モンスターを誘い込んだ。
股下を滑り抜けてすれ違い、ドアに手をかける。
重い。
業務用の大型だ。簡単にドアは動かない。
ドアの内側から爪が当たる音。
ドン、という鈍い衝撃。
一瞬体が固まる。
それでも。
真白は歯を食いしばり、
最後までドアを閉めた。
金属音。
ラッチがかかる。
完全に閉じた。
その音が、やけに大きく響いた。
内側から叩く音。少しづつ弱まっていく。
指が震える。
ドアの前に座り込み、溜め息を吐いた。
外は静かだった。
時間が経ち、音が止まる。
その瞬間、真白の身体に冷たい光が降りた。
「……寒い」
でも、その寒さは冷凍庫のせいじゃなかった。
俺は逃げた。消える命を横目に逃げ続けた。
たまたま警官の死体を見つけた。ここの秩序を守ってくれていた男だった。
拳銃。
拾うのに理由はいらなかった。
モンスターは一直線に来た。
狙い方なんて知らない。
でも、近づかせちゃいけないことだけは分かった。
引き金を引く。
一発。
二発。
倒れない。
でも止まった。
最後は、頭だった。
人に似た大きな化け物はやっと倒れた。
光が視界を埋める。
手に持つこれの扱い方が、最適な距離と角度が分かる。
「ああ……」
俺は自分が変わったことを悟った。
三人は後で合流した。
誰もすぐには喋らなかった。
同じ日に、
同じ場所で、
別々のものを、背負った。
その夜、避難所は消えた。
助けは来なかった。
でも。
三人とも生きていた。
それだけで、
世界はもう元には戻れなかった。




