誰も剣を持たない町
町には、武器がなかった。
正確に言えば、武器という概念そのものが存在しないかのようだった。
俺たちが町に入ると、まず目に入ったのは整然とした通りと無傷の家々だった。
窓ガラスは割れておらず、落書きもない。
「……ここ、ほんとに現実か?」
健人が思わずそう言う。
「信じられないくらい普通だね」
真白も同意した。
だが、違和感はすぐに見つかった。
町の人間は、誰一人として何も持っていなかった。
包丁も、斧も、棒切れすらない。
俺の背中のライフルに視線が集まる。おもちゃのエアライフルに。そこには恐怖と嫌悪がはっきり混じっていた。
「……武装した方はお引き取りください」
そう言ったのは門番らしき老人だった。
手ぶらで、ただ立っている。
「危害を加えるつもりはない」
健人が答える。
「それでもです」
老人は首を振った。
「ここは“非武装区”です」
話を聞くうちにこの町の成り立ちが分かってきた。
モンスターが湧き始めた頃、この町の人々も自衛の為に戦おうとした。だが、なぜかこの町は狙われなかった。モンスターになる人間もおらず、外からモンスターが襲ってくることもなかった。
人々は困惑し、そして一つの結論に至った。
――戦うからモンスターが生まれるのではないか、と。
モンスターを倒せば、職業を得る。
職業を得た者は、また戦う。
戦い続ければ必ず誰かが死に、モンスターに殺された人間もまたモンスターになる。
それがこの世界の新しいルールだ。
「だから私たちは戦わないことにしました」
町の代表だという女性は穏やかに語った。
「誰もモンスターを倒さなければ、誰も職業を得ない」
「そして職業がなければ、争いも起きないのです」
「今までは運が良かっただけだ」
健人は吐き捨てるように言った。
「……でも」
俺は聞いた。
「モンスターに襲われたら?」
「逃げます」 「隠れます」 「祈ります」
健人が拳を握るのが視界の端で分かった。
俺たちは武器を預ける条件で町に滞在することを許された。
武器庫、ではない。
封印庫と呼ばれる、石造りの建物だった。
ライフルを置いた瞬間、胸の奥が少し軽くなった気がした。
それが正しいことをしている証拠のようにも思えて嫌だった。
町は確かに平和だった。
子どもたちは走り回り、老人は日向で話し、夜は灯りがともる。
誰も疑わず、誰も警戒しない。
だが夜半、遠くで咆哮が聞こえた。
モンスターの声だ。
町の灯りが一斉に消える。
人々は家に閉じこもり、息を殺す。
俺はただ暗闇の中でそれを聞いていた。
数日滞在したある日、町の外れで人が死んでいた。
ごく普通の若い男だった。だが、顔が……変わり始めている。
「……モンスター化だ」
真白が呟く。
町の人々は男を囲んで祈っていた。
「ついに出てしまった、ついに」
「神よ、神よ」
「どうか、変わりませんように」
「どうか、時間が止まりますように」
祈るだけの人々。見ていられなかった。
代表の女性が俺たちを見る。
「あなた方なら……終わらせられるのでは?」
沈黙。
「……それは」
俺は言った。
「この町のルールを壊すことになる」
女性は頷いた。
「承知しています」
祈りと、決断が交差する。
結局、俺たちは武器を取った。
封印庫の扉を開けた瞬間、町の空気が変わる。
恐怖と、安堵と、裏切りが混ざった視線。
変わりきる前に終わらせた。
銃声は一発。
短く、静かだった。
町の人々は泣かなかった。
ただ、目を伏せていた。
出立のとき、代表の女性が言った。
「私たちは、間違っていましたか?」
「……分からない」
俺は答えた。
「でも、戦わない選択にも誰かが血を被る」
健人が町を振り返る。
「次はどうするんだろうな」
「きっと」
真白が言った。
「また祈るんじゃないかな」
町は今日も非武装だ。
平和で、脆くて、静かだ。
俺たちは歩く。
武器を持って。
それが正しいかどうかはまだ分からない。




