奴隷の街
街が見えた頃には、空が完全に荒れていた。
雲は低く垂れ、風は一定せず、雨と雹が混じって地面を叩く。この天候で野営は無理だった。俺たちは街へ入った。
門を抜けてすぐ、違和感がまとわりつく。
人は多い。なにか金属が擦れるような音がする。
鎖だった。
荷を運ぶ者、店先に立つ者、掃除をする者。その多くが首輪をつけ、誰一人それを不自然に思っていないように見える。
俺たちは言葉を失いながら、今日の宿を探した。
宿屋は古く、湿った木の匂いが染みついていた。
床を拭いていた少女が顔を上げ、すぐに視線を落とす。痩せた体、擦り切れた服、細い首輪。
「三人、泊まれるか」
店主は値踏みするように眺めてから、笑った。
「空いておりますよ。オプションに奴隷は如何かな。荷運びでもどんなことでもやらせてくだされ。
破損された場合は弁償していただくがね」
そう言って、足先で少女を押した。
物をどける時のように軽い動作だった。
「……おい」
健人の声が硬くなる。
「何か?」
「今の、やめろ」
店主は本気で分からない顔をした。
「人だろ」
「この街じゃ普通です」
健人が一歩前に出る。主人公は静かにその前に立った。
「健人」
「どけ」
「落ち着け。外だったら、もっとひどい扱いを受けてる人間もいる」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
健人はゆっくり主人公を見た。
怒りよりも、失望に近い顔だった。
「……本気かよ」
「郷に入っては郷に従えだ」
「それを受け入れるのか?」
「選択肢がない人間もいる」
健人の表情が歪んだ。
「お前さ……変わったな」
その言葉が、静かに刺さる。
「前は、こんな言い方しなかった。納得なんて、しなかっただろ」
俺は答えなかった。
だから、拳が飛んできた。
避けなかった。
衝撃で床に倒れる。もう一発、頬を打たれる。
「抵抗しろよ!」
健人が叫ぶ。
「なんで黙ってんだよ!」
殴られても、頭は妙に澄んでいた。
痛みが遠い。
「……じゃあ」
主人公は床に座ったまま言った。
「お前が全員救えるのか」
健人の動きが止まる。
「この街の奴隷、全員だ。連れて外に出てみろ。今の天候で」
拳が震える。
だが、振り下ろされなかった。
「……くそ」
その時、鋭い声が宿屋に響いた。
「やめて!!」
真白だった。
俺たちを睨み、声を震わせている。
「もう……やめてよ」
健人は舌打ちし、背を向けた。
その夜、宿屋のベッドで天井を見つめながら、俺は考えていた。
殴られた頬は熱を持っているのに、心は静かだった。
違和感がある。
怒りも、後悔も、薄い。
旅の途中、杖を使うたびに感じていた感覚が蘇る。
頭にかかっていた靄が、少しずつ晴れていくような感覚。
判断が早くなる。
迷いが減る。
それは便利だった。最近では狩人らしからぬ力任せな動きもできるようになり、それは旅の助けになっていたはずだ。
「……これでいいのか」
小さく呟いた声は、誰にも届かない。
翌朝、空は嘘のように晴れていた。
街を出るとき、あの少女が健人の前に立つ。
「……昨日は、ありがとう」
健人は一瞬言葉に詰まり、視線を逸らす。
「……気にすんな」
少女は小さく頭を下げ、宿へ戻った。
俺はそれを横目に見ながら、胸の奥を探る。
何も湧いてこない。
ただ一つ分かるのは
人であることが、確実に軽くなっているということだけだった。




