売りマス、買いマス
健人が振り上げた鉄パイプがモンスターの頭を粉砕し、半壊した住宅街に静寂が戻る。
「これで最後だな」
数匹のモンスターの襲撃を捌ききった俺たちは、ここらへんで少し休んでいくことにした。
「こいつも寿命かもしれねぇな」
健人は手にしている鉄パイプを眺めてそう言った。確かに随分長いこと使っている。鉄パイプはボロボロで、さっきの一撃でかなり歪んでしまった様だ。
瓦礫の間に転がるモンスターの死体は、まだ微かに熱を残している。
俺は慣れた手つきで杖を構え、死体にかざした。
淡い光が滲み、骨を伝って身体に流れ込む。
――特別な高揚はない。
痛みもない。
ただ、少しの違和感と、強くなった身体の感覚だけが残る。
「……もう癖だな」
健人がぼそりと言った。
「ああ」
まだ劇的に何かが変わったとも感じない。今までよりも身体が軽い気がする程度だ。
それでも、使わなければ損をしているような感覚だけは確実に増えていた。
俺たちは今日をしのげそうな建物を探して先へ進む。
壊れた家、崩れた塀、骨組みだけになった住宅。
その並びの中で、一軒だけおかしな家があった。
白い壁。割れていない窓。傾いていない屋根。
玄関先には手書きの看板。
――売りマス 買いマス
「……は?」
健人が立ち止まる。
「罠じゃない、よね」
真白が小声で言う。
俺はドアを見つめた。
敵意は感じない。少なくとも、モンスターの気配はない。
ノックをすると、すぐに中から声が返ってきた。
「はいはい、どうぞ。営業中ですよ」
中にいたのは、場違いなほどきっちりしたスーツの男だった。
年齢は分からない。笑っているのに目が笑っていない。
「いやあ、珍しいでしょう。こういうの」
男は両手を広げる。
「趣味みたいなものですがね。終末でも、商売は成立するかどうかの実験です」
室内には棚が並び、びっしりと品物が並んでいた。
どれも雑多で統一感がなく、一つ一つに小さな紙が結びつけられている。
――中型希少種の角(粉砕済・覚醒作用あり)
――小型モンスターの皮鎧(軽量・耐久不明)
――正体不明の干し肉(食用可・自己責任)
――いい夢が見られる枕(個人差あり)
「いい夢が見られる枕……」
真白は疑わしそうに言う。
「……怪しさ満点ってとこか」
健人が呟く。
「信用していいのか、これ」
「信用しなくて結構」
商人はニヤリと笑いながら返した。
「買うか買わないか、それだけです」
健人は壁に立てかけられた両手剣の前で足を止めた。
ずっしりとした作りで、丈夫そうだ。
「……いいな、これ」
俺の目は、別のものに引き寄せられていた。
暗い光沢を持つ、骨で作られた弓。
触れていないのに手に馴染む感覚がある。
「お目が高い」
商人が頷く。
「ただし、お二人分は無理ですね。お持ちのカネだとどちらか一つ」
この場合のカネとは、モンスターを加工して作られる金属片のことだ。
沈黙が落ちる。
商人の視線が俺が背負う杖へ移った。
「……その杖」
一瞬、空気が張る。
「非常に興味深い。売る気は?」
「ない」
即答だった。
商人は肩をすくめる。
「残念」
その時、玄関が乱暴に蹴破られる。
「動くな!」
略奪者。三人。初めてでは無さそうな慣れ具合。見たところ全員戦士のようで、バットやゴルフクラブで武装している。
即座に真白が動いた。足元を凍らせて動きを止める。健人が一歩で間合いを詰めてぶん殴る。数秒で終わったが、鉄パイプは完全に折れてしまった。健人はどこか悲しそうだ。
「……いやあ」
商人が拍手する。
「助かりました。少し割引しましょう」
彼は楽しそうに言った。
「今使っている武器、そのエアライフルと鉄パイプを下取りさせてくれれば、二つとも売ります」
明らかに彼の方が損だった。
「いいんですか」
「ええ。そろそろ、ここも危なくなってきましたし」
取引は成立した。
家を出た瞬間、地面が揺れた。
周囲が盛り上がり、土でできた巨人が姿を現す。ゴーレムという呼び方がふさわしいかもしれない。
家の下に潜り込み、そのまま持ち上げた。
「またどこかで」
商人の声が中から聞こえた。
家は巨人に担がれて去っていく。
俺たちは呆然とそれを見送った。
その場所は最初から何も無かったかのような空き地になった。
「……なんだったんだ、今の」
健人が唖然とした様子で言った。
俺は新しい弓を握り言った。
「まあ、ただの商人があんな調子で生き残れる訳が無いか」
おかしなことが起きても大して驚かなくなっている。それが適応するということなのかもしれない。




