選ばれし者たちの村
その村は、地図に載っていなかった。
山道を越え、崩れかけた県道を半日ほど歩いた先に、ぽつんと現れた集落だった。
高い柵があり、畑は整えられ、家屋も補修されている。人の気配がはっきりとある。
「……珍しいな」
健人が呟く。
「こんな状況で、ちゃんと維持されてる村なんて」
俺も同意だった。
これまで見てきた集落はだいたい半壊か、無人か、あるいは血の臭いが残っているかのどれかだった。
村の入口には木で作られた門があった。
そこに奇妙な彫刻が施されている。
剣を掲げる人影。
弓を引く人影。
杖を持つ人影。
「……職業」
真白が小さく言った。
門をくぐるとすぐに人が集まってきた。
皆、穏やかな笑顔を浮かべている。だが、その目は俺たちを値踏みしていた。
「旅の方々ですね」
そう声をかけてきたのは白い布をまとった中年の男だった。
首から木製のペンダントを下げている。そこには――剣の紋様。
「ようこそ、“選別の村”へ」
嫌な予感がした。
村人たちは親切だった。
食事を分けてくれ、寝床も用意してくれた。
だが会話の端々に違和感が混じる。
「あなたは何に選ばれたのですか?」
夕食の席で、そう聞かれた。
「……狩人です」
俺が答えると、村人たちは一斉に頷いた。
「なるほど。狩人殿ですか」 「遠くを見通す目を持つ方」 「導きの矢を授かった存在」
言葉が妙に重い。
健人が戦士だと言えば、「最も尊き職業」と称えられ、
真白が氷の魔法使いだと分かると、場の空気が変わった。
「……奇跡だ」 「神の加護を受けし者」
視線が、畏怖と羨望を孕む。
食後、例の白布の男――村長だという――が俺たちを集会所へ案内した。
壁一面に抽象的な絵が描かれている。
モンスターを倒す人々。
光に包まれ、異なる姿へと“選ばれる”瞬間。
そして――職業ごとに並ぶ人々の列。
「我々は信じています」
村長が語り始めた。
「職業とは、神が人に与えた“役割”であると」
神。
久しく聞いていなかった単語だ。
「戦士は守護者。狩人は探索者。魔法使いは啓示者」 「盗賊は汚れた魂。罠師は知恵の体現者」
「……拳闘士は?」
健人が聞く。
「未熟な魂です」
即答だった。
「素手で戦うなど、導きを拒んだ証」
俺たちは言葉を失った。
村長は続ける。
「職業は変えられません。生まれ持った資質と、神の意思で決まる」 「ゆえに、我々は“選別”するのです」
「……何を?」
真白が聞いた。
村長は微笑んだ。
「誰が、ここに居てよいかを」
翌朝、村の門に人が集まっていた。
中央には一人の若者が立たされている。
手には、ナイフ。
「彼は盗賊に選ばれました」
村長の声が響く。
「しかし、この村に盗賊の居場所はありません」
若者は震えていた。
「待ってください! 俺は誰も傷つけてない!ただ……ただ生きるために……」
「神の選択です」
村人たちは祈るように手を組む。
その先にあるのは村の外。
モンスターが徘徊する、無法地帯。
「……行こう」
俺は言った。
「ここには居られない」
健人も、真白も頷いた。
出立の準備をする俺たちを村人は引き止めなかった。
ただ、村長だけが言った。
「あなた方は幸運だ」 「戦士と狩人と、魔法使い」 「正しい組み合わせだ」
「違う」
俺は振り返る。
「俺たちはたまたま生き残っただけだ」
村長は首を傾げた。
「それを、選ばれたと言うのです」
村を離れて、しばらく歩いた。
「……なあ」
健人が言う。
「俺たちはどうすればよかったんだろうな」
「さあな」
俺は答える。
「でも、少なくとも、職業で人を切り捨てる世界なんてのは俺は嫌だな」
真白が、空を見上げた。
「神様がいるとして、きっとそんな細かいこと気にしてないよ」
世界は終わった。
だから人は、意味を求める。
剣に、弓に、魔法に。
職業に、神を見出す。
それでも。
俺たちは歩く。
選ばれたからじゃない。
生きたいからだ。




