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殺し方で職業が決まる世界で、俺たちは旅をする  作者: カントゥーヤ


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12/21

あんなところに山は無かった②

朝になっても、“山”は止まらなかった。

 夜の間にさらに近づいている。

 壁の外、ほんの数十メートル先まで赤黒い隆起が迫っていた。


 臭いが、街の中に流れ込んでくる。

 鉄と腐敗が混じった、生臭い匂い。風向きの問題ではない。存在そのものが、空気を汚していた。

 人々は壁の上に集まり、黙ってそれを見下ろしていた。

 もう誰も山とは呼ばない。


 

民兵が壁の補強を始めた。

 石を積み、木材を打ち付け、即席の支えを作る。意味があるかどうかは分からなかった。

「少しでも時間を稼げれば……」

 誰かがそう言ったが、その声には確信がなかった。


 俺は門番の男を見つけた。

 初日に話したあの男だ。壁の上で、無言で外を睨んでいる。

「……ここ、守れると思いますか」

 問いかけると、男はしばらく黙ってから、首を横に振った。

「分からん。でも」

 そこで言葉を切り、街の中を振り返る。

「守りたいとは思ってる」

 それ以上、何も言わなかった。





昼前、“それ”が壁に触れた。

 衝撃はなかった。

 音も、大きくはなかった。

 ただ、壁が歪んだ。

 押されたわけじゃない。溶けるように形を失っていく。

 壁の一部が地面へ沈んだ。

 悲鳴が上がる。

 民兵が武器を構えるが、撃てない。撃ったところで、何が変わるというのだろうか。


 

街の中に、肉が入り込んできた。

 地面が柔らかくなる。

 石畳の隙間から、赤黒いものが滲み出す。

「……逃げろ!」

 誰かが叫んだ。

 それが決断だった。



 街は、一斉に動き出した。

 荷物を持つ者、家族を抱える者、何も持たずに走る者。

 俺たちも人の流れに身を任せた。

 振り返る余裕はない。立ち止まれば足元が信用できなくなる。


 市場の通りを抜けるとき、真白が足を止めかけた。

 俺たちが世話になった宿屋がそこにあった。

 あの時スープをくれた、何日もお世話になった女将さんが戸口に立っている。

 女将さんは何か言おうとして、結局何も言えずに立ち尽くしていた。

 真白は一瞬だけ目を合わせて、頭を下げた。

 それで終わりだった。





 街の外に出たとき、振動が一段強くなった。

 背後で、何か大きなものが沈む音がする。

 人々は丘の上まで逃げた。

 息を切らしながら、全員が同じ方向を見る。

 街が、消えていく。

 壁はもう形を保っていない。

 建物は崩れるのではなく飲み込まれていく。

 肉の塊は、ゆっくりと広がり、街だった場所を覆っていく。

 遠目にはただのなだらかな地形に見えた。

「……なくなっちまった」

 健人が呟いた。

 誰も返事をしなかった。

 否定しようがなかった。

 あれは街を壊したのではない。

 ただ、上書きしただけだ。

 人が住んでいた場所を、

 生活があった痕跡を、

 最初からそうだったかのように。

 しばらくして、“それ”は動きを止めた。

 丘のような形になり、ただそこに在り続ける。

 あそこには二度と誰も近づくことはないだろう。



 夕方、俺たちは歩き出した。

 街の人々とは自然に別れた。

 行き先を決める者もいれば、その場に座り込む者もいる。

 それぞれが、それぞれの現実に向かっていった。

 振り返ると、街のあった場所には赤黒い丘が残っている。

 夕日に照らされて、静かに脈打っていた。

「……どうしようもなかったのかな」

 真白が消え入りそうな声で言った。

 俺は答えなかった。

 健人も黙ったままだった。


 世界は変わる。

 誰にも相談せず、説明もなく。

 俺たちは街があった場所に背を向けて歩き出した。

 街があったことを知っている人間が、一人でも多く生き残るように。

 それだけを、願いながら。

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