転生令嬢と転生ヒロイン
学園の入学式の日、私が思ったのは「あれ?これ乙女ゲームの舞台じゃね?」だっ
た。
私が転生した乙女ゲームは学園もので、そこに新入生として入学する特待生の平民が主人公のゲームだ。
学園で様々なイケメンに出会い、恋を育み、立派に学園を卒業するというもの。
貴族主体の学園には、毎年十人ほどの特待生平民がおり、将来の平民側のエリートを育成しているのだ。
―—まぁ、要するに普通の恋愛シュミレーションゲームである。
学園ものなので、勉学にも力を入れなければならないが、イケメンとのアオハルを楽しむためのシナリオも多数あった。
因みに、このゲームには所謂悪役令嬢などは存在しない。
しないが、イケメンな高位貴族は大抵婚約者がいたりするので、その存在をどうやって捌くのかも課題となる。
要するにヒロインのやり方次第で、悪役を誕生させられたりも出来るのだ。
まぁ、よほど馬鹿じゃなければお話し合いで解決し、婚約者や周囲に認められてハッピーエンドとなる。
ーーホントよほどバカじゃなきゃね⋯⋯。
「だから、わたくしの婚約者に近寄らないでと言っているのです!」
「はぁ?アンタに言われる筋合はありません!」
ーーあ、いたわ馬鹿。
思わず遠い目になってしまいました。
「本当にこの人おかしい!あなた嫌われてるのに気付いてないの?」
「はぁ?ヒロインである可愛いアタシが嫌われるわけないじゃない!」
う〜わ〜!マジでドン引きです。
自分でヒロインとか可愛いとか言ってますよ、この人。
痛いわぁ〜。
私は溜め息を飲み込み、仕方なく絡まれている令嬢に声をかけた。
「どうなさったの?こんな場所でそんな大きな声を出して」
「フェレシア様⋯⋯」
「淑女がそんなに大きな声を出すものではありませんよ?」
「ですが、わたくしの婚約者が嫌がっているのに、彼女は聞いてもくれなくて⋯⋯っ!」
「まぁ、そうなのね。でもね、いくら腹に据えかねるとしても、山猿なんかと同じ舞台に立ってはいけませんわ」
「え?や、山猿?」
「はぁっ!?アタシのこと山猿っつた?」
「だって人ではないのですから、言葉が通じないのは当たり前ではないですか」
「はぁ⋯⋯」
「山猿もね、遠くから見ていれば愛嬌があって可愛らしいのかもしれませんが、近くにいたらキーキー煩いだけでしょう?」
「え、えぇ⋯⋯」
「ちょっと!アンタ人の話を聞けよ!」
「人の話を聞けない山猿が、キーキー喚いてますけれど、あれは聞くからダメなのです」
「はぁ⋯⋯」
「あなたペットは買っていて?」
「あ、はい。ネコを」
「まぁ、可愛いわよねネコ。それと同じで、鳴いてるのを勝手にこちらの都合に当てはめればいいのですよ」
「だから!アタシを無視すんなっ!」
「キーキーウキャキャ⋯⋯怒ったオレの顔ボイルしたロブスターみたいだろ!ーーとか?」
ぽかんとした顔をして、令嬢はフェレシアを見た。
「ちょっと!誰がロブスターよ!」
「ウッキーウキャウキャ⋯⋯ロブスターよりも、可愛いリンゴがいいわ〜」
「ちょっ!意味わかんない!」
「ウッキーキー⋯⋯何がリンゴだよ、ドラゴンフルーツみたいな顔して」
目の前の令嬢がぷっと小さく吹き出した。
「ね、こうすれば苛立ちも怒りも鎮まりますわ」
「そう⋯⋯ですね。そもそも言葉が通じないのですものね」
「そうよ。通じないのなら、それはもう労力の無駄でしかないわ」
背後で山猿がキーキー喚いているけれど、私達にはもう鳴き声にしか聞こえない。
「フェレシア」
「あら、殿下」
ここで私の婚約者であり、攻略対象のラウレンツ殿下の登場である。
「王子様!」
山猿が目を輝かせているが、殿下も私もスルーである。
「また面白いトンデモ理論?」
「あら、そんな事はございませんのよ?ね?」
「はい、少なくともわたくしはフェレシア様に救われました」
そう言って笑う令嬢は大変可愛らしい。
「今後は野生の山猿に近付く時は気を付けるのですよ」
「ふふっ⋯⋯はい、ありがとうございました」
去って行く令嬢を見送り、私達も移動しようとしたら、山猿が殿下の制服の裾を引いた。
「王子様!アタシ、アタシね⋯⋯」
「なんだろ?この山猿」
「餌よこせ〜的な感じでは?」
「え〜猿に人間のオヤツって大丈夫なの?」
「それは受け取った猿の責任では?」
「そっか、じゃあさっき下級生から押し付けられた怪しいクッキーをあげよう」
「あら、またですの?」
「ね、懲りないよね」
「毒に媚薬⋯⋯髪の毛なんてありましたわね。次はなんでしょう?」
「さぁ?どっちにしろロクなものでもないね」
そう言って殿下は、山猿さんの手に怪しいクッキーをポンと乗せました。
「はぁ!?」
「流石に躾のなってない猿はペットに出来ないよフェレシア」
「それはそのうち野山に帰す予定なので」
「猿じゃねぇし!野山に帰すって何なの!?」
「あら、お猿さん殿下からのオヤツ喜んでますわよ」
「おや、それなら早く食べてくれて構わないよ」
ニコニコと笑う殿下が腹黒くて素晴らしいです。
「ひぃっ!」
「せっかく殿下が下賜して下さったのです。それを持って山へお帰りなさい。もう人里には来るのではありませんよ?」
「もう!何なのコイツら!」
最初から最後まで猿扱いされ、自称可愛いヒロインは逃げて行った。
「アレがフェレシアが言ってたヒロイン?」
「そうですね。自覚アリのヒロインでしたわ」
「うーん、流石にアレはないかなぁ⋯⋯」
前世を思い出してから、殿下には色々話してはあった。
どんな子が来るかと未知数でしたが、ただの発情期の山猿だったみたいです。
「まだ次とかあるのかな?」
「さぁ?どうでしょうね」
私達は笑いながらそこを立ち去りました。
あのあと興味本位でクッキーを割った山猿さんは、中に入ってた髪の毛に悲鳴をあげたそうですよ。
転生ヒロインって人の話聞かないよね⋯⋯
┐(´д`)┌ヤレヤレ




