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マンション大戦争~35年ローンで買ったのに  作者:


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32/35

マンションの闇が暴かれた - 3

 僕はハラハラしながら見ていただけですが、妻は声を張り上げこれまで一度も見たことがない形相を見せたりと、心身ともに疲労困憊の状態に陥っていましたから、夕飯も外食にした僕と妻。


「佳奈があれほどキレながら、角畑さんに迫っていくとは想像していなかったから驚いたよ」


「下のおばあさんだけを標的にするつもりなんてなかったんだけど、でも、本当に腹が立っちゃった」


「でもこれで角畑さんは何も言ってこなくなるだろう」


「ほかの主流派の人たちも静かになるのかな」


「静かにはなると思うけど、今とは違って住人同士でいがみ合う機会が増えるかもしれないな」


 妻は車道を走る車をぼんやりと見ながら、


「こうなったら疑問をすべて解決するために動こうかな」


「疑問?」


 土尻さんのご主人はなぜ、素山建設設計や主流派理事たちの不正を公の機関に訴え出るおとはしなかったのか、牧落さんはなぜ素山建設設計を推す発言ばかりしたのか、素山建設設計の社長の妹の谷川さんはこれまでの一連の件に本当に関わっていないのか、これらの疑問を解決したいと言った。


 僕はそれらに加えてもう一つ、マンションの鍵を受け取った当日の夜、一階でエレベーターを降りた時に佳奈にぶつかってきた女性の正体が知りたかった。あの日の夜、妻にぶつかって以降一度もその女性を見たことがなく、今日の総会でもその姿を見ることがなかったから。


 妻はまた外を走る車や、コートの襟を立てて寒そうに歩く人を眺めながら、


「ねえ、マンション、これからどうなっていくのかな。苦情の手紙はあの場では出さないほうが良かったのかな」


「もしも佳奈が出さなければ、僕が出していたよ」


「うん……」


「佳奈は今日に限らず、本当によく動いてよく頑張ったよ」


「でもさ、こんなことをするためにあのマンションを買ったんじゃないのにね」


「入居してからずっと戦争状態だもんな」


「ホント、マンション大戦争だよ……」




 一二月になると僕は年末のセールの対応でいつもにも増して忙しくなる。それでも午前中に少しでも時間が取れそうなときには、条川工務店の山本社長や紅阪工事事務所の岡田さんとの時間を作るようにしていて、今朝は山本社長としゃべっていました。


「竹盛さん、何だかお疲れですね」


「スーパーで働いているので、一二月はずっと忙しいですから」


「年末の折込チラシもいつもより大きな物が新聞に入っているし、それだけ商品を揃えて売り出すのですから大変ですよね」


 売り出す商品の量が普段より多くなって大変ではあるけど、それ以上に大変なのが店に来られる人が増える分だけトラブルも増加するのが大変なのです。体感的には来店数が二倍に増えれば、その二乗の四倍はトラブルが増えます。逆に年末商戦を乗り切り年始を迎えて来店数が通常の二分の一になれば四分の一にトラブルが減る印象があります。


「このマンションも理事が減って、トラブルも減るんじゃないですか?」


「理事は減っていますがそのまま住まわれているので、あまり変化がないかもしれません」


「うちのほうで言うと、圧を掛けてきていた理事がいなくなり、素山建設設計との契約も破棄になったようですから、仕事に集中できるから有難いですけどね」


 臨時総会では当然ですが素山建設設計の話も出て、疑義のある契約のために破棄するべきとの意見によって総会翌日に契約解除に至りました。


「管理員に聞きましたけど、奥さん頑張ったそうですね」


「私ですか?」


「ええ、理事以外の人と今回辞任になった理事、誰がどのように関係していたのかがかなり浮き彫りになってきたと言ってましたよ」


「そうなんですか……」


「言わなければいけない時は勇気を出して声を上げる、大変だとは思うけどやっぱり大事なことですよ」


「はあ……」


「もしも声を上げたことが結果的に失敗だったとしても、あとはご主人に全部委ねればいいんですよ。彼は僕の目から見ると解決する能力に長けています。だからあとは全部任せればいいのですよ」


「はい……」




 仕事から帰宅した僕の目には、妻が少しだけ元気を取り戻したように見えた。


 臨時総会が開かれる前は、義父の会社に妻の悪口を書いた手紙を送り付けていたのは土尻さんの奥さんだとわかりショックを受け、臨時総会開催の首謀者は妻ではないかとの憶測がマンション中に広がり、牧落さんには辛らつな言葉を浴びた。総会に出席して以降の妻は、総会で苦情の手紙のことを発言したことが本当に良かったのか、果たして正解だったのか、よくわからなくなっていたようです。


「ねえねえ、勝、今日ね、西杉さんと少し立ち話したんだよ」


「管理員は抜きで?」


「うん。それでね、総会では本当に良く頑張ったねって、ケーキのプレゼントをいただいたんだよ」


 そう言うと冷蔵庫からケーキの入った箱を出してきて、テーブルの上において箱を開けた。


「佳奈、随分大きな箱だね、何個食べたの?」


「まだ三つしか食べてないよ」


「西杉さんは?」


「うちには上がらなかったから、私だけで……」


「佳奈、この箱の空間だと五つは食べたんじゃない?」


「そんなことはないと思うけど……、数え間違いしたかな?」


 別に妻がケーキを何個食べてもいいんだけど、とにかく妻の頑張りを認めてくれた結果だし、今朝は山本社長も褒めてくれた。総会をきっかけに新たな敵がたくさんできたのかもしれないが、一人でも二人でも認めてくれる人がいるとわかればやはり嬉しいし心強いいものだ。


「ねえ、勝、ちょっと落ち着いたら、温泉にでも行ってのんびりしたい」


「お出掛けどころじゃなく、ここに引越してきてからはずっと戦争が続いているものな」


「正確に言うと、引越してくる少し前から戦争が始まっていたけどね。ねえ、お正月、どこかへ行こうよ」


「うん、三が日はお休みだし、元日から一泊で行こうか」


「あのね、お願いがあるんだけど……」


 妻が神妙な顔つきになって僕の顔を覗き込んでくる。何だろう、そろそろ子供が欲しいとか言ってくるのかな。


「あのね、お食事は部屋食じゃないほうがいいの」


「そうなの? そのほうが宿泊料金が安くていいけどな」


「自分でソフトクリームの機械を操作できたり、アイスクリームが食べ放題のお宿がいいんだけど……」


 ちょっと当てが外れたが、それでも普通は温泉と言えば効能がお肌に良くて美人の湯って呼ばれているとか、露天風呂があるとか、名物のお料理がいただけるといったリクエストが来るものだと思ったが、妻は一日くらい温泉に浸かってもその場だけで何も変わらない気がする。でも露天風呂はあるほうがいい。名物料理はお宿じゃなくて、周りのお店でいただくほうが安くて美味しいことが多いからと、ある種かなり現実的な返答をしてきた。


「じゃあ、露天風呂があって、ソフトクリームの機械を自分で操作できるかアイスクリームが食べ放題のお宿がいいんだね」


「それとね、お宿の周りに美味しいケーキ屋さんがあれば最高なんだけど……」


「わかったよ、あとで探してみるよ。空いていたらすぐ予約を入れておくね」


「うん♪ やっぱり旅行はソフトクリームかアイスがいっぱい食べれて、そしてケーキだよ♪」


「それ、いつもの生活と同じだろ……」


「違うよ、ソフトとアイスは食べ放題、これが大事なんだから!」


 いつもの妻らしくなった、良かった……。




 一一月の理事会は臨時総会によって流れてしまい、第一二回理事会は一二月の第三水曜日の夜八時から行われました。臨時理事会で一度だけ平日午後から行われた理事会ですが、主流派がごっそりと抜けたためにこれからは平日午後の理事会が定着しそうです。


 しかし、理事長も副理事長も解任、主要な役で残っているのは監査の松尾さんだけ。このまま抜けた状態で理事会を行っても大丈夫なのか。大規模修繕工事は三月末までの予定だが、工事業者側との連絡や意思の疎通はどうしていくのかと土尻さんが発言しましたが、管理会社も当マンションを担当していた田割さんが抜けてしまい、理事会の進行に影響が出そう。


 管理会社としても責任をかなり感じてはいるようで、全社的に大規模修繕工事を担当している条川工務店との連絡を密にし、また修繕委員会にも協力をしてもらい、問題なく工事が終わるように万全を期すと詫びながら発言した。この方は田割さんの後釜ではなく、後任の担当が決まるまでは管理会社の社員の誰かが順に担当することになっているという。


 そして管理員の寺間さんが、理事長やその代行となる副理事長が解任され空席だが、理事長の許可なしではお知らせの掲示の一枚も張れず困っている。早急に理事長代行を置かないと業務がすべて止まると訴え、それに呼応して管理会社の社員が立候補者を募ったが誰も反応せず。


「竹盛さん、ご主人も奥さんも理事会活動に熱心ですし、ぜひ理事長代行をお願いしたいのですが」


 寺間さんにお願いされましたが、僕は拒否しました。僕は今以上に職場へ迷惑を掛けられず、妻は臨時総会で精神的に疲れているのでとても引き受けられる状態ではない。


 結局は引き受けても二月の総会までだし、この短期間で良ければと土尻さんが引き受けてくれました。ただし、僕を副理事長に指名してきましたが。


「ほとんどは私か妻が理事長職を行えますので、竹盛さんは補佐していただくだけで結構ですので」


「補佐する私があまり家にはいないのですが……、それでも良ければ引き受けますが……」


 挙手による採決で土尻さんが理事長代行、そして僕が副理事長代行に決まりました。


 この後は大規模修繕工事の進捗状況や、立体駐車場の建て替えが完了し新規利用者の募集を呼び掛けること、また一件の所有者(居住者)に管理費の滞納が続き、約六カ月間督促したが支払われないので裁判へ移行することなどが報告され、理事会は終了した。




「竹盛さん、すみません、副理事長に指名して」


「いえ、僕はほとんど何もできませんから、逆にご迷惑になるのでは?」


「いえ、話が出来る人がいれば心強いですから、お願いします」


 土尻さんのご主人と話をしながら集会室を出た。


「そうだ、土尻さん、一つお聞きしたいことがあるのですが……」


「はい、なんでしょう?」


 僕は疑問に思っていたことをストレートに尋ねました。なぜ前回の大規模修繕工事の際に素山建設設計や主流派の藤本さんたちを訴えるなど、何の動きもしなかったのか。今回の修繕工事までにも何度もそのようなチャンスがあったはず。結果的に素山建設設計との契約を認める方向になったわけだが、何か理由はあるのかと。


「竹盛さん、マンションの前のベンチに移動しましょう」


 僕と土尻さんのご主人はマンション前の公開空地にあるベンチに横並びに座った。




 一二月も中旬を過ぎた夜九時、さすがにかなり寒くやや震えながら話をした。


「もうご存じかもしれませんが、私には兄にはいません」


「はい、清掃員さんに聞きました」


「私はずっと建設業に身を置いてきて、今もそうなんですが。以前は素山建設設計に勤めていました」


 土尻さんは素山建設設計の元社員で、当時は十川さんが直属の上司だった。十川さんは昔から強引なやり口でマンションや商業ビルの施工を受注しいてた。おそらく昔から施主に金品を渡して受注していたのだろう。


 そのやり方に対して土尻さんは、十川さんに猛烈に抗議もしたし社長にも訴えた。しかし土尻さんは逆に干されてしまいほとんどの仕事から手を引かされ窓際族となった。そんな会社が嫌で別の建設会社へ転職した。


 マンションブリーザ幕路に対して出してきた見積りは非常に高いと理事会で訴えたが、十川さんは田割さんとすでに手を組んでいてどうにもならなかった。それならばあの十川を貶めるために、こういう汚いやり方をしていると管理組合で訴えて素山建設設計を本気で潰そうと思ったが、社長は本当にいい人で今の会社を紹介してくれたのも社長だった。だから素山建設設計を潰すことはできず十川さえ潰れてくれたらそれで良いと思った。


 今回の大規模修繕工事では最初は敷上設計と契約を結んだが、土尻さんにすれば複雑な心境だったらしい。マンション全体のことを考えれば敷上設計の選択はベスト。しかしそれでは十川を貶めることができない。その後敷上設計との契約は解除され素山建設設計と契約を結び直したことで、今度こそ十川さんを失脚させてやるチャンスだと土尻さんは思った。


 管理会社の田割さんが懲戒解雇され、管理会社は主流派の人たちが不正に得たお金を取り戻すための準備を弁護士と行っており、素山建設設計へも同じように請求する。これで十川さんも失脚する、土尻さんの復讐はこれで終わる。そう土尻さんは十川さんさえ失脚し、貶めることができればそれで良かった。


「ここまでたどり着けたのは竹盛さんのおかげです、本当にありがとう……。それと……」


「はい」


 僕の妻に大変申し訳ないことをしたと土尻さんは言った。土尻さんの奥さんは土尻さんが十川さんだけを追い掛け、家での会話は素山建設設計か十川さんの話、そして理事会での対策の話ばかりだった。だから土尻さんの奥さんは寂しく感じた。僕と妻みたいに冗談を言ったり、真剣な話をしたり、そういう姿に嫉妬してそれで義父の会社へ妻の悪口を書いた苦情を送り付けた。一度はたまたまケーキ食べ放題の店で僕たちを見かけたらしく、嫉妬の炎が燃え上がって苦情を送り付けてしまったという。


「悪いのはすべて私です、妻は何も悪くはありません、本当に申し訳ないことをしました……」




「勝、おかえり、理事会、長かったの?」


「佳奈、ただいま、寒かったあ、土尻さんのご主人と外で話をしていたんだよ」


 妻にココアを入れてもらい、ソファーに座って土尻さんのご主人と素山建設設計との関係をざっくり説明すると、


「そういうことかあ、素山建設設計っていう会社に愛着はあるし社長もいい人、でもその当時から十川部長は本当にダメな人だったのか」


「そう、土尻さんはあくまで十川さんに対して仕返しをしたいだけで、素山建設設計にはそもそも何の恨みもない。そのあたりの複雑な感情が入り乱れていたんだろうね」


 素山建設設計の十川さんは裏金を受け取っていた。管理員の寺間さんが調べた範囲では、マンションブリーザ幕路以外の大規模修繕工事でも裏金を受け取っており、管理会社はマンションの管理組合とともに素山建設設計へ損害賠償を請求するようですから、十川さんは間違いなく懲戒解雇のうえ、素山建設設計からも損害賠償を請求されるでしょう。これで土尻さんの目的である十川さんへの復習は完全に終止符が打たれる。


「藤本さんたち主流派の元理事たちは逮捕とかあり得るのかな」


「賠償請求だけで終われば警察は動かないと思うけど、事件として立件されれば逮捕もあるだろうね」


「そういえばお父さん本当に怒っていて、お金に汚いとかお金絡みの事件って本当に嫌がるから、藤本をクビにするって家でも言っているってお母さんが」


「そうか、マスコミに嗅ぎつけられたらもう終わりだな。そうそう、土尻さんの奥さんが出した苦情の手紙の事なんだけど……」


 義父の会社に送り付けた苦情の手紙のことを説明すると、


「私、その件については何とも言えないよ。寂しかったからって私や私の両親に迷惑を掛けたり心配を掛けていいはずがないもん。私にも両親にもまだ謝ってもいないんだよ、いい加減すぎるよ……」


「うん、佳奈が嫌ならば近づく必要もないし、無理してニコニコする必要もない」


「一緒にマンション中を駆け巡った仲だけど、謝れない人とお付き合いはできないの。変かな?」


「佳奈が土尻さんの奥さんに何かをしたわけじゃないし、全然変じゃないよ」


「〝ごめんなさいとありがとうは魔法の言葉、しかもこの魔法はタダ〟ちょっと勇気を出して口にするだけでいいのにね」

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