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マンション大戦争~35年ローンで買ったのに  作者: 光島吹


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管理員と古くからの住人の連合軍 - 1

 入居日の前日、雨の中を六階の角畑さんへ転居の挨拶に伺った。


 今日もインターホンを何度押しても反応がなく、留守かもしれないと思い帰ろうとしたところ、


「はい……」


「すみません、明日、上の部屋に引越してくる竹盛と言います、そのご挨拶で参りました」


「私は歩くのが大変ですから応対できません、転居のことは管理員から聞いて知っているからお帰りください」


 先日と同じようにインターホンを切られてしまった。挨拶の品も手渡そうと思っていたけど、受け取らないのならば仕方がないしそのまま退散しようとしたのですが、勤務先のスーパーで買ったのでレジ袋に入っているので、そのまま引っ掛けておけばという妻の提案に従ってドアノブに提げて引き上げました。


 妻が言うには、なんだか難しそうな人だし、こういう人は後になって挨拶もしてこないって文句を言いそうだから、無理やりにでも品を渡しておくのが正解だと思ったらしい。僕にすれば難しいのか変わった人なのかはわからないが、基本的には近付かず相手にしないのが良いと思ったのですが。


 でも妻が言うように、角畑さんは文句を言いたい人のようだから、口封じの意味を込めて挨拶の品を置いてくるというのが正解なのでしょう。


「しかし、真下に難しそうな人が住んでいるのはちょっと嫌だな」


「でもさ、ベランダに出てタバコを吸うような人ではなさそうだし、私はそれだけでもありがたいのよ」


 妻が転居したがっていた理由、それはタバコの煙とそれに伴うトラブルがあったからです。以前のお隣の方は頻繁にベランダでタバコを吸い、その煙が我が家のほうへと流れてきくるのですが、妻はタバコの副流煙でくしゃみや鼻水、目のかゆみが止まらなくなるなど、花粉症とよく似たアレルギー症状が出るので困っていました。


 お隣へ直接やめるように言っても角が立つと思い、管理会社から注意してもらえないかと相談しました。口頭によるお願いとベランダでの喫煙を禁止する旨の張り紙をしてもらったのですが、それ以降お隣の態度があからさまに悪くなり、ベランダでの喫煙はなくなった一方で窓を開け放って大音量で音楽を流すなど別の問題が発生し、別のお宅が管理会社へ通報したことでお隣は退去しましたが、後味の悪さが残り住み続けたくはないと思ったのです。


 この時の経験から、音を外に漏らすのはトラブルの元だという教訓を得たので、我が家では必ずヘッドホンを使うようにもなりました。




「明日引越し作業を行い転居してきますので、よろしくお願いします」


 届出書は出していたのですが一週間前のこともあり、この管理員には念を押しておくほうがよいと思い挨拶してから家に帰ろうとしたのですが、


「え? 竹盛さんの転居は明日でしたか?」


 管理員は慌てて僕が提出した届出書を見返し始める。届出書を確認すると、まだ引越し作業の通知を掲示板に張っていないとか、集合ポストに名前のプレートを入れていないとか、一人で慌てまくる始末。


 こんな人を相手するのは馬鹿らしいな――。


「では、お願いします」


 とだけ言ってマンションを後にしました。


「ねえ、勝、あの管理員って大丈夫なの? 抜け過ぎじゃない?」


 不安を感じながら明日の転居作業を待つ二人でした。




 新居へ持って行かない家電や家具はすべて処分したので、部屋の中にあるのはダンボール箱とお気に入りのソファーとテーブル、あとは冷蔵庫くらい。明日の転居までに使う洗面道具やタオルなどが出ている程度で生活の匂いがしない部屋になっている。食器類もダンボール箱に詰めてしまったので、今日と明日の食事は近くのお店で済ませることになります。


 転居のための荷造りがほぼ終わり、改めてこれまで数年間生活してきた部屋の中を見返すと様々な思い出が蘇りますし、明日の朝でこの部屋ともお別れかと感慨にふけることもあります。妻はまさしくそのような状態で、ケンカして物を投げ合ったことを思い返したようです。


「明日からの家ではどんな思い出が積み上げられていくのかな……」


 転居前は誰だって期待と不安が入り混じるもの。そしてこれまでの生活よりも、少しだけでいいから良い思い出が残る生活を期待してしまうもの。妻の場合はこの家ではゆっくりと子供を育てることができなさそうだと考えたから、新居ではやっぱり赤ちゃんが欲しい、ゆっくりと静かに育てられる環境であるようにと願ったようです。


「明日は何時ごろ引越し業者が来るんだった?」


「八時には来ますって言ってたよ」


「明日の今ごろは片付け作業に追われているんだろうな」


「今度は〝迷宮のダンボール箱〟を作らないように、まずすべて開けなきゃいけないね」


 良くも悪くも思い出がいっぱい詰まったこの家での最後の夜は、雨もすっかり上がりお星様が綺麗でした。




「おはようございます、ベター引越センターです!」


 太陽が朝から最後の気力を振り絞って懸命に真夏を維持しようとする九月の初め、八時少し前にやってきた引越し業者さん。地元の業者さんで仕事ぶりがていねいで料金も安いと同僚から聞いて決めました。今の家に引越しする時は白黒の動物をマークにしている大手の業者にお願いしたのですが、妻が大事にしていたタンスの側面を凹まし、さらに何も言わずに帰ってしまったという経験があるので、引越し業者を懸命にリサーチした結果です。


 白黒の動物をマークにして〝まごころ〟で売っているその大手業者は、勤務先を通して依頼すると五パーセントの割引があるし、テレビでもかなりCMを流しているから安心だと思っていたのが間違いでした。


 ちなみに妻のタンスの側面の凹みに気付いたのは引越して二カ月後のこと。タンスと壁の隙間を掃除しようとタンスを動かしてはじめて気が付いたのです。ケチが付いたみたいで嫌だと感じていた妻は、今回の転居を機にそのタンスを処分しました。


 引越し業者さんの手際の良さと荷物の少なさから二時間もかからず部屋はもぬけの殻に。ちょうどその時間に管理会社の方が来て部屋の汚損状況の確認を行い、敷金の返金を受け取る口座の番号を書き、鍵を返して三年間過ごした家とはお別れです。




 新居には一時から荷物を入れるそうなので妻は電車で、僕はスクーターで新居へ向かい、マンションの管理員に搬入の時間を伝えてから妻と昼食を食べに出掛けました。


 街の様子を眺めながら食事を取っていましたが、この街の住人になるという実感はさすがにありません。妻は住んでみたいと思っていた街の住人になれるわけですが、


「アイスとケーキが私に微笑んでくれる楽しい街に住めるんだけど、嬉しいという感情はないし、なんだか不思議な感じ」


 折込広告を見てからまだ一カ月半しか経っておらず、転居に伴う作業などでバタバタしていたのも事実ですから、実感が沸かないのも無理はない。転居によって生活の拠点が変わりますが、だからと言ってこれまでとはまったく違う生活を送るわけでもない。これまでと同じように仕事をしていくわけですし、妻も新居に慣れて落ち着いてきたらまた仕事すると言っている。


 夢と希望にあふれる新居生活かもしれないけど、現実に戻ると基盤は何も変わらない。急にお金持ちになったわけではないし、生活リズムにも大きな変化はないはずですから。




 新居に戻って一〇分ほどしたころに引越し業者がやってきて、エントランスから七階の我が家までの養生作業を行い、終わるとすぐに搬入が始まりました。


 搬入してくる荷物の配置場所を指示するなどして二時間三〇分ほどで作業は終了。引越し業者が帰るとすぐにダンボール箱の開梱(かいこん)作業に取りかかり、床に出しては収納していきます。前の家では三年と少しの間〝迷宮のダンボール箱〟と化し、開けられずに収納スペースに放り込まれていた物がいくつかあるので、その反省からすべてのダンボール箱を開けていきます。でも三年間開けなくても過ごせたということは、不必要な物だったのかも……。


 せっせと片付けているとインターホンが鳴り、モニターには管理員が映っていた。忙しい時になんだろうと思いながら玄関口で応対する。


「あの白いスクーターは竹盛さんのお宅の物で間違いないですね?」


 なんだこの管理員、警察の事情聴取みたいじゃないか――。


「そうですけど」


「駐輪場にバイクは置かないでください」


 管理員によるとマンションの駐輪場はオートバイを置いてはいけないらしく、我が家の駐輪スペースに止めたスクーターをどうにかしろと言ってきたのです。


「え? スクーターどころか大型のバイクも止めてありますよね?」


「止めているお宅もありますけど、ダメなんですよ」


 止めているお宅もあるけど、止めることはできないという意味不明な管理員の言葉に、


「駐輪場横の通路に止めているバイクも何台もありますよね、それは良いんですか?」


「あそこもダメです」


 だったら我が家へ注意する前にずっと止めているお宅へ注意すればいいのに思ったのですが、この管理員はさらに、


「私がこのマンションに勤める前から止められているバイクには何も言えないが、私が勤めだして以降は駐輪場にバイクを止めることは一切認めていません!」


 意味不明な説明をして管理員は帰っていきました。しかし、僕はまったく理解できず頭の中が「?」マークだらけになって片付け途中の部屋に戻ると、


「勝、どうしたの?」


 妻に聞かれたので管理員とのやり取りを説明したのですが、


「それおかしくない? 管理費は同じように負担するのに、うちは止めちゃいけないっていう規則があるわけ?」


 スクーターは妻がパート先まで乗っていたもので、駐輪場を見ると多くのバイクが止められているから僕も止めたのですが、今の管理員が赴任してからは新たに駐輪場にバイクを止めることは認めていないらしい。さすがに公平性に欠けるので、片付けの手を止めて妻といっしょに管理員室へなぜダメなのかを聞きに行った。




 僕も妻も睨みつけるような顔をして管理員室へ行き、


「さっきの説明では意味がわからないのですけど!」


 怒気をがかなり混じった言い方で管理員に説明を求めた僕。まるで僕がクレーマーみたい……。


「このマンションの駐輪場は半地下の構造になっています。消防法の規定でガソリンによる引火の恐れがあるから止められないんですよ」


 この説明だと駐輪場に止められているすべてのバイクを撤去する必要があるはず、なのでそれを聞いてみると、


「私が赴任する前から止められているお宅に対して、私は権限がないから何も言えません。しかし、私が赴任して以降は、法律に従い駐輪場にバイクを止めることを許可していません」


〝法律に従い認めない〟この言い方だと筋が通っているように聞こえるけど、以前から止めているバイクには権限がないから何も言えないとか、この管理員が赴任して以降のお宅だけ認めないとか、もう法律なんて関係のない話になっている。おかしな話なのですが管理員は一歩も引こうとはしません。


「わかりました、ではうちは止めないことにします。佳奈、あきらめよう。ただし我が家のバイクは置けないという不公平な状態は納得できませんので、駐輪場の維持に相当する管理費はうちは支払いませんので、すぐ計算して支払うべき管理費を算出してください」


 うちへ文句を言いに来た時点でこの管理員は一歩も引かないだろう、それで置かせろ置かせないの押し問答になったところで何の進展も望めないことは明白。それと管理員室へ来る前に妻が言った、同じように管理費の負担をしているのにという言葉、僕もたしかにそうだと思ったから引用して反撃に出ることにしたのです。


「何を馬鹿なことを言っているんですか? 専有面積に応じた管理費を支払うのは当然のことでしょ?」


 この反論も予想の範疇だったので、


「他のお宅と同等の管理業務を受けられない時点で不公平が生じています。その不公平分を是正するために公平な管理費を計算しろと言ったわけです、わかりますか?」


 そうですか、ではすぐに計算しますとならないのもわかりきっていたこと。だから、


「ではその該当する部分の消防法の条文をを見せてください。そのような条文があればもちろん我が家は止めませんし、消防署にこのマンションは法令に違反してバイクを止めているので、すべてのバイクの撤去を指導してほしいとお願いしますから。消防法にそのような規定がなければ、あなたに何を言われようとバイクを止めます」


 おそらくこんなに歯向かってくる住人だと思わなかったのでしょう、管理員は少しびくつきながら小声で、


「ここには消防法について書かれたものがありません……」


「そうですか、よくご存じだということは、管理会社のほうでお勉強されたからですよね。またコピーでも結構なので見せてください。我が家はそれまではバイクを止めませんので」


 こう言って管理員室の前から去り、駐輪場へ行って妻のスクーターを歩道の隅っこへ出してから部屋に戻った。




「ねえ、勝、消防法? その法律でバイクは止めちゃダメなんて決まりがあるの?」


「僕は法律に詳しいわけではないけど、そんな話を聞いたことがないんだよ」


 僕が勤めているスーパーのバイク置き場は、一部がこのマンションと同じ半地下構造になっています。これまでに消防署の立入検査で注意を受けたことはありません。このマンションでもそうだけど、消火器などの消火設備が整っているので何の問題もないはずだと思うのですが。


「じゃあ、あの管理員は嘘を言っているの?」


「どうなんだろう、嘘をついているのか、それとも勘違いをしているのか……」


 マンションの管理規約には駐輪場にバイクを置いてはいけないといった決まりはなく、規約を決めた時点では想定をしなかったのが原因な気がする。ひょっとすると管理員は居住者を区別しているのかもしれないが、とにかく以前から居住しているお宅はバイクを止められて、後から入居したお宅は止められないというのはさすがに納得できない。公平性に欠けるという意味を管理員が理解しくれないからよけいに困っているわけですが。


 妻にしても、うちはバイクを止めさせてもらえないという事実が不満なようだし、ケチを付けられたからもうスクーターにも乗りたくはないと思ったようで、


「野ざらしで置いておくのは嫌だから、スクーターはしばらくの間、同僚に預かってもらうよ」


「うん、預かってくれる人に自由に乗ってくださいって言っておいて。もし気に入ったら買い取ってと言ってね。売れたお金でケーキをいっぱい買うから」


 とりあえず今日は駅前の駐輪場に置いて、明日は会社までこのスクーターで出勤しよう。何人か預かってくれそうというか、スクーターが欲しいという同僚がいるので、今日中に引き受けてくれそうな人に当たっておけば問題はないだろう。

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