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マンション大戦争~35年ローンで買ったのに  作者:


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新管理員エルキュール・ポアロ登場 - 4

「勝、こんな通知が郵便受けに入っていたわよ」


 一一月に入った最初の月曜日の朝、郵便受けに入っていた一枚の紙片を妻が僕に手渡してきた。


「管理費の横領や工事に関わる業者からの裏金の件などについて話し合いたい……、理事会に臨時総会開催を要求したく住人投票を行う……。つきましては今週の土曜日までに管理員室前に設ける投票箱へ、賛成または反対に丸を付けてお入れください。区分所有者代表、西杉和子か……」


「ねえ、勝、臨時総会を開けって要求できるものなの?」


 僕は管理費の件からマンションブリーザ幕路の管理規約のほか、関連する法律も少し調べていた。区分所有者総数もしくは議決権総数の五分の一以上の賛成があれば、理事長に臨時総会の開催を請求できるとある。つまり規定の数の賛成があれば理事長に総会を開けと区分所有者は請求できるし、五分の一以上の賛成を集めても理事長が総会の開催を拒否した場合には、区分所有者が総会を開いても良いことになっています。


 西杉さんはこのマンションの部屋を三室を所有していますから、総会の開催は要求ができます。でもおそらくは寺間さんの代わりに名前を使っているということでしょう。


「賛成に丸を付けて投票箱に入れたらいい?」


「もちろん! 寺間さん本当に動いているんだな」


「〝駆逐してやる! このマンションから……、一匹残らず!〟」


「本当にそんな感じだよな」




 土曜日に西杉さんが要求した臨時総会の是非に関する通知が郵便受けに入っていた。一四四軒中一二九軒が賛成、反対は九軒で無効や棄権は六軒と五分の一以上の賛成があり、理事長に対して一一月の第五日曜日に臨時総会開催するように要求を行ったそうです。


「賛成票が多いな、主流派もかなり賛成へと流れているみたいだな」


「一一月の第五日曜日ってまだ三週間もあるけど、賛成票が多いしすぐにでも開けばいいのにね」


 総会を開催するには区分所有者に対して二週間前までに日時や場所を通知しなければならず、また分譲貸しで住んでいない区分所有者には郵送などによる通知も必要になります。このために通常は余裕をもって一カ月前には通知するのが一般的です。


 それに四、五日待っても藤本さんたち主流派理事が臨時総会の開催を決定しなかった場合に備え、区分所有者の権限で開催するつもりで三週間とした気もします。


「理事長さんや副理事長さんが、その日は用事があって出席できないなんて言い出したらどうなるの?」


 臨時総会は開くが理事長たちが出席しない可能性もあるが、その場合は他の区分所有者と同じく議決権行使書や委任状を出すことになる。総会の議長は理事長が務めることが多いが、理事長がいなければ副理事長が、副理事長もいなかったら出席している理事の中から議長を決めれば良いとなっている。


「ということは、五分の一以上の賛成が集まった時点で藤本さんたち主流派理事は、今回の事態を引っくり返すための作戦がほとんどないってこと?」


「現実ほとんどないだろうな、総会当日に濡れ衣だとか証拠を出せって騒ぐのが関の山だろう。しかし、総会が開かれたとして、着地点はどこなんだろう?」


「着地点って?」


 管理費の横領や工事業者からの裏金受領が総会で認められた時に、お金を受け取っていた藤本さんたちにどう責任を取らせるつもりなのかがわからない。捜査機関に任せて刑事事件として立件してもらうのか、民事裁判に訴えて損害賠償の請求をマンションとして行うのか。まさかただ話し合って、理事解任だけで終わらせるのならば総会なんて招集しないと思うし。


「ねえ、勝、寺間さんが前に言っていたけど、首謀者はこのマンションの所有者でもなければこれまでの管理員でもないって言っていたでしょ? そのあたりと何か関係あるのかな?」


「そうだ、このマンションの所有者以外が首謀者って言ってたよな、そのあたりのことも明白になるのかな」


「〝想像力を働かせすぎるんですよ。想像力はよき下僕だが主人には不向きだ。もっとも単純な説明がいつでもたいてい当たっているんです〟って名探偵エルキュール・ポアロも言ってるしね」


「寺間さんの別名だね、エルキュール・ポアロって」


「そう、名探偵エルキュール・ポアロと探偵ミス・ジェーン・マープルの活躍で、マンションブリーザ幕路は救われたのだった! って感じで今度の総会は締めくくられるの」




 さすがに主流派理事たちも臨時総会の開催を遅らせるだけではどうにもならないと悟ったのか、一一月第五日曜日に臨時総会を開くことが正式に決まったようで、通知書が郵便受けに入っていた。開催場所、開始時間、議題などが書かれており、用紙の下半分は出欠票になっている。議決権行使書や委任状が見当たらないが決議案を話し合う場ではなく、管理費の横領や工事業者からの裏金の問題について説明があるだけだからのようです。


「勝、この日はお仕事よね?」


「店長に事情を話して休暇を取ったよ。さすがにどのような展開になるのかこの目で見たいし、首謀者がいったい誰なのかも知りたいからな」


「いつもみたいに、発言はできなくても見るだけならば会場に入れるのかな」


「今回の総会は特に制限はしないって書いてあったよ」


「あのね、勝……」


 妻は最近土尻さんとほとんど話をしなくなったことが気になっているという。我が家へ来ることもなく、お邪魔してもいいかと尋ねても断られるらしい。妻の感覚では寺間さんが管理員になって以降避けられることが多くなったようです。


 僕自身も最近は土尻さんのご主人と話をする機会が少ないなと、妻の話を聞いて気付きました。僕は気にしなくても良いと言いましたが、これまでは土尻ご夫妻が藤本さんたち主流派理事をやり込めていたけど、最近は我が家にそのお株を取られて悔しい思いでもあるのだろうかと思ったりもした。


「そう言えば、牧落さんは最近はどうしてるの?」


「牧落さんは何やら仕事が忙しいとかで、土尻さんよりもっと会ってないよ」


「同じ階、一つ上の階に住んでいても、マンションって分厚い壁で遮られているのかな……」


「結局はマンションって個人優先な住処なんだろうね、一戸建て以上に」


 マンションは一戸建てよりお隣との実際の距離は近いのですが、分厚い壁に阻まれてかなり遠くに感じてしまう。隣近所より家族、家族より個人を主として考える人にとっては住みやすい、それがマンションだと諦めるしかないのかもしれない。




「騒動が落ち着いたら本当に暇になりそうだし、パート探そうかな」


「一年以上働いていないんだよなあ。学校を出てからこんなこと一度もなかっただろ?」


「うん、バイク置き場はまだ少し空きがあるらしいし、またスクーターを買って働きに行こうかな」


「また食べ物屋さんに行くの?」


「ファミレスはもういいかな、できたらケーキ屋さんかパン屋さんがいいんだけどな」


「余ったケーキやパンを持ち帰ろうという魂胆だな」


「えへ、バレたか……」


 以前ならばどこのお店でも余った商品を持ち帰ることは普通にあったのですが、最近は持ち帰りを禁止にしているお店も増えている。余るほど作って経営に影響を与えたくはないし、食中毒の防止を掲げるお店も多いが、有名なお店の場合は持ち帰られることで余っているという印象を与えたくはない、余るくらいならば売り切れるほうが、人気商品だという印象を与えられると考えるお店が多いようです。


「だから最近は勝もシュークリームやプリンを持って帰ってきてくれないんだ!」


「今ごろ気付いたのか?」


「だったらパートは諦めよう……」




 一一月も中旬になると昼間も肌寒く感じる季節が訪れ、薄いコートを羽織ってやや背中を丸めながら、買い物のためにマンションのエントランスから出ようとしていた妻は、背後から声を掛けられた。


「竹盛さん、今度の臨時総会で話し合われる管理費の横領問題って、竹盛さんが誰かを焚きつけて大きな話にしたらしいわね」


 ビックリして振り返るとそこには牧落さんが立っていた。


「私がですか?」


 どこからどのように流れたのかはわからないが、今回の総会を裏で操っているのは我が家だという噂があるようです。我が家に清掃員や管理員が出入りする場面を誰かに見られたからかもしれません。もちろん誤解だし、清掃員や管理員からは疑問点を教えてもらっているだけに過ぎないのだが、我が家が正義感を振りかざし横領や裏金の問題を解決しようと立ち上がったと思われているようです。


 妻は説明したのですが牧落さんに、


「清掃員の名前を借りて活動しているのだと思いましたわよ」


 そう言うと牧落さんは半分睨むような眼をしながら、エレベーターに向かって歩いて行った。


 妻はこのマンションに来て最初に仲良くなった牧落さんに、今回の臨時総会開催の黒幕が自分だと思われていることにショックを覚え、しばらくマンションの住人には会いたくはないし、エレベーターを使うと誰かに会うかもしれないと思い階段で七階まで戻り、買い物もせずに部屋に引きこもってしまった。




 今日は早上がりで昼下がりに家に帰ってきたのですが、いつもは走って玄関口まで出てきて先に声を掛けてくる妻が、黙ってソファに座ったままだった。


「佳奈、どうしたの?」


「今日ね、牧落さんにね……」


 妻は短く牧落さんに言われたことを僕に話した。


「そっか、今回の件はうちが企んだと思っている人が多いんだな」


 僕はそう言いながら、集合ポストに入っていた角畑さんからの苦情の手紙を妻に渡した。


 角畑さんからの苦情は、ドタバタするなと言うものだった。角畑さんのお隣の赤杉さんの子どもが暴れていることは明白なのですが、主流派の人たちは今度の総会はかなりまずいと焦っているから我が家へ苦情を入れたということです。つまりは主流派の人たちも今回の臨時総会騒動は我が家が仕掛けたものだと思っているのでしょう。本当に分かりやすい。


「ねえ、勝、牧落さんはやっぱり主流派なの? 私、何かおかしなことをした? 悪いことをした? もう本当にわけがわからないよ……」


「牧落さんはどういう立場なのか本当にわからないけど、ただ僕や佳奈のことが気に入らないのか……」


「このマンションに来てからは、人の汚い部分ばかりを見せつけられてる気がして……、楽しくないよね、ここでの生活は……」


 楽しくないというよりは心安らぐ場所ではないと思った。意味不明で身に覚えのない苦情がたくさん来て、まるで村八分と言うかマンション八分に遭ってるみたいで、悪いことなんて何もしていないのに仲良くしていた人が寄り付かなくなるし、会社には意味不明なクレームが頻繁に来たこともあるし。


「勝、疲れない? 体じゃなくて心が……」


「疲れてるね、疲れているっていうよりは、どんどんボロボロになっていく気がする。自分で動いて真実を知ろうとすればするほど、何だか心がボロボロになっていく……」


「意味不明な苦情は全部弁護士さんや警察に相談して対処してもらおうか? 放置したって良いことなんてないし、マンション内でほかの人にとって不都合なことがあれば、またうちに苦情が来そうだし」


 妻もさすがにもう黙っておくべきではないと思ったようだが、我が家へ来る苦情に関しては今度の臨時総会で、〝管理組合からの通知と苦情は同じ用紙が使われている!〟と突き付けてもいいかなと思っている。でもそれ以上に、回数は少ないとは言え義父の会社に悪口を書いた手紙が届いたことに関しては、黙っておくべきではないと思う。それに何だか、近いうちにまた送られて来そうな気もするし。


「うん、今度お父さんのもとへ苦情が送り付けられたら、お父さんにすぐ弁護士にお願いするように言うよ。黙っていたらこっちの心が圧し潰されてしまうから」


「もっと早くに警察や弁護士に介入してもらうべきだったな、それは僕のミスだよ」


「ううん、私もなんとかなると思っていたから」




 予想どおり、三日後に義父の会社に妻の悪口を書いた苦情の手紙が届いた。内容は嘘ばかりだがそれ以上に妻の尊厳を損なうよう記述が多く、また今の行動をやめなければ殺害すると言った文言もあるので義父はすぐに弁護士に相談し、弁護士を通じて被害届が出され受理されたそうで警察による捜査になる。


 我が家にも事情を聞くために私服の警察官が訪れ、保管していた義父の会社に宛てられたこれまでの苦情のほか、何点かの他の書類を手渡した。


 臨時総会が始まるまでに苦情を出した犯人がわかり、警察官が事情を聞きに行ったところ本人もそれを認めたという。手紙の本文はパソコンで打たれたものだったが封筒に書かれた宛先は自筆で、我が家に残されていた書類と筆跡を照合して突き止めたらしい。


「まさか、土尻さんの奥さんが送り付けていたとはなあ」


「うん、犯人がわかってホッとした以上に、なんだかわびしいというか、ますます人間不信に陥りそう……」


 僕と妻がイチャイチャしている様子に腹を立てて犯行に及んだという。でもきっかけはおそらくだけど妻が大企業グループの令嬢だからだろう。妻にすればそれは自分でコントロールできない部分だが、周りからはそのようには見られないということか。


 義父の会社へ苦情を送りつけた犯人は土尻さんの奥さんで、牧落さんには臨時総会開催の黒幕のように言われ、


「もう嫌だよ、本当に……」


 妻は犯人を捕まえてほしいという気持ちはなく、犯人が誰なのかがわって両親が心配するような手紙を送り付けなければそれでいいと思っていました。でも何だか馬鹿らしくなってお詫びの手紙も受け取らず、土尻さんの奥さんは起訴され裁判を受けたようです。結果は知りませんが家にはいるようです。


 管理組合などで使っていたコピー用紙と、土尻さんの奥さんが送り付けた苦情のコピー用紙が同じではないかという疑問。安く売られているという情報を牧落さんから聞いて個人的に買っていたらしく、用紙はご主人も使用することから消費枚数がわりと多かった、つまりは偶然の一致だということだった。


 そして管理員が買っていたコピー用紙やボールペンなどの備品類ですが、これも牧落さんからの情報を聞いて買いに行ったりネットで注文していたようです。

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