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マンション大戦争~35年ローンで買ったのに  作者:


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新管理員エルキュール・ポアロ登場 - 1

 藤本さんたち主流派は何としても素山建設設計に監理業務を任せたいようで、一〇月第一日曜日に臨時理事会を開いたばかりなのに、一〇日後の水曜日の夜再び臨時で理事会が開かれた。二日前の月曜日に急に臨時理事会を開くと通告されたのですが、それだけ急を要する議題を話し合う必要があるということなのでしょう。


 藤本さんたち主流派は難色を示していた平日夜の理事会開催を上手く利用してきました。こういったところに藤本さんの百戦錬磨のすごさを感じます。だってこんな発想を僕は持っていませんから。


 水曜日は仕事が休みなので、今日は僕が理事会に出席しました。


「第一〇回の理事会を始めます。急な開催にもかかわらず、全理事に出席いただきありがとうございます」


「これほど急に理事会開催と言うことは、よほど緊急を要する事態が発生したわけですね!」


 理事長の挨拶に続き土尻さんのご主人がやや怒気をはらんだ言葉を発した。


 こういう場面だけを見ていると、土尻さんに何らかの疑いを掛けるのは違う気もするけど――。


 理事長は、大規模修繕工事が本格化し日々進んでいる中、監理業務を行う会社と早急に契約する必要が非常に高い。そして修繕委員会から素山建設設計に監理業務をお願いするのが妥当との答申を受けた。この答申に従い、今日の理事会ではその賛否を問うのが主目的だと発言。


 前回の理事会では、一部理事の嘘によって敷上設計との契約が解除されたことがばれているから、この理事会で契約を認めるという賛意を得るのは難しいと思っていたのですが、藤本さんによると敷上設計との契約解除は理事長の判断だったが間違ってはいない。


 その理由は、マンションブリーザ幕路のことを知り尽くした素山建設設計に比べ、敷上設計は何も知らない会社だからその安心感がまったく違う。知り尽くしているから通常の作業では修繕しきれず、それに対応した見積りは当然他社より高くはなる。素山建設設計を語る際に、高い安いだけを論じること自体が間違っていると素山建設設計を擁護してきた。


「あの、このマンションの建物って特殊だから、特定の会社でないと修繕できないということですか」


 大久野さんが藤本さんに質問する。藤本さんの先ほどの説明だとこのマンションの修繕工事は、よく知っていないと手を付けることができない、そんな風に聞こえる面もありますから。


 藤本さんは素山建設設計はマンションブリーザ幕路建築時の管理業務を行っており、どこの会社よりもこのマンションの事を知り尽くしている。特殊な建物ではないと思うが、マンションの建物の骨格である躯体まで知っているからこそ、安心してコンサル業務を任せられるのだと胸を張って言い切った。


 藤本さんに続き大規模修繕担当の横江さんが、大規模修繕工事における監理業務は工事の進捗状況をはじめ、設計図や指示書などのとおりに作業が行われているか、不具合はないかなどをチェックする重要な機能があり、工事が進む中早急に契約を結び業務を行ってもらうのが肝要。


 ただし今から新たな業者を探し契約を結ぶことは可能だが時間がかかり、その間にも作業は進む。敷上設計さんに失礼な言動をしたことを頭を下げて詫びた後、素山建設設計に対する私情抜きで、監理業務はぜひとも必要だから認めてほしいと再び頭を下げた。


 理事長に続き管理会社の田割さんが、工事施工会社以外の第三者として監理業務を委託することは有用。監理業務なしでも工事はできるが、後に施工ミスが発覚してやり直すよりその場で指摘した方が時間的にも経済的にもロスも少ない。管理会社としてどこのコンサル会社を推すなどはなく、あくまで管理組合次第。管理会社からのアドバイスとしては、早急に契約するほうが望ましいと思う。


 管理会社の田割さんの発言で一気に素山建設設計と契約を結ぶ空気に入れ替わり、反対は土尻さんと僕だけで素山建設設計と契約を結ぶことが決まった。


 多数決までに何かを発言しなきゃと思ったのですが、場の空気に負けてしまって僕は口を開くことができなかった。これまで妻が奔走して素山建設設計や理事たちの素顔を暴いてきたのに、僕はまったく何もできずに臨時理事会が終わってしまった。




「勝、おかえり……、藤本さんたちに負けた?」


 理事会が夜九時に終わり帰宅した時の妻の第一声はこんな感じだった。おそらく両肩を落とし背中を丸めて部屋に入ったのだろうな。


「素山建設設計と契約することに決まったよ……」


「そうなんだ……、それがこのマンションの理事の総意なんだから仕方がないよ」


 藤本さんや理事長が素山建設設計は建設時からこのマンションに携わり熟知しているとか、管理会社の田割さんが監理業務を行う会社は必要との発言から、理事会の空気が一変して一気に素山建設設計支持に傾いてしまったけど、それ以上に藤本さんたち理事会側を追い詰めることができそうな証拠を持っていたのに、何も発することができずに決まってしまったことが悔しい。


「勝のほかに反対した人は?」


「土尻さんのご主人だけ、完敗だよ」


「土尻さんはやっぱり反対派? 牧落さんは主流派? このマンションの所有者である間はずっと意味不明に余分なお金を取られるの? 何だかわけがわからないよ……」


「個人の力で対抗するのは無理なのかな、もう弁護士などの力を借りなきゃ対抗できないのかな」


「うん、仕方がないよ、近いうちに実家へ行ってお父さんに相談してくるよ」


「それしか手はないな。平凡でマンション住人たちの下僕の僕ではどうすることもできないよ」


「〝ところで平凡な勝よ、下を向いている暇はあるのか〟……」


 妻は続けて、平凡なのは僕だけではなくどの人を見たって大差はない。ただ悪知恵が働くか働かないかの違い。専門家に丸投げしてあとは指をくわえて状況を見守るだけと言うのも違う。専門家の手を借りることは重要だけど、できる限りのことはしよう。平凡な人間だからこそ知恵を働かせよう。考える事をやめるのはやめよう。


「私には知恵もないから、そこは勝が頑張ってね」


 主体的に解決していくのは弁護士などの専門家だが、完全解決する日まで悶々とした日々を過ごすのか? その間にも許せない事が横行するだろうから、その不快に思う芽を摘むのは自分たちで行わなければ伸び放題になる。伸びきってから刈るか、小さな芽のうちに摘んでしまうかの違いだ。 


「そうだね、できる限りのことはやっていこうか」


「うん、私もケーキとアイスを食べて頑張るから!」


「本当に佳奈は、毎日のように頑張っているよな」


「もちろん! 甘いものを食べなきゃ動けないもん!」




 この日の夜、主流派理事たちはようやく祝宴をあげることができた。この夜はみんなが饒舌にお互いを褒め合い、無事に素山建設設計と契約できる運びになったことが心底嬉しかったようです。


「藤本さん、私は知らないと言って突っぱねようと思っていたのに、川田さんが竹盛は本当に音声データを持っているかもしれないから、今日だけは頭を下げて話を切るほうがいいと言われ、それに従って正解でしたよ」


「私のバイクの件以降ずっと風向きが竹盛に流れていましたから、横江さんに辛抱して頭を下げてもらおうとお願いしたんです。横江さん、本当にありがとう」


「横江さんも川田さんもよく頑張ってくれた、本当にありがとう」


「藤本さんにそこまで頭を下げられると照れますよ……」


「それはそうと、明日か明後日だが……」


 藤本さんが誰から情報を仕入れたのかはわからないが、明日か明後日から新しい管理員がやってきてマンションブリーザ幕路での研修を始めるらしい。大規模修繕工事が行われている最中に配置される管理員は、他のマンションでの経験が豊富な人かもしれないと藤本さんは語ったようです。そして最後に、


「またいつものように、今度来る管理員にもしっかりと手を回して頑張っていこう!」


 主流派の祝宴は平日の夜だったにもかかわらず、遅くまで続いたようです。




 二日後の金曜日の午後、妻が家でくつろいでいる時にインターホンの呼出音が鳴る。


 勝が私に内緒で通販サイトで何かを買ったんじゃない?――。


 そう思いながらインターホンのモニターを見ると、探偵ミス・ジェーン・マープルが我が家を訪ね立っていました。


「はい!」


 インターホンで返事して玄関口まで走って行き、


「竹盛さん、ごめんね、急に訪れて」


「何かあったんですか? どうぞ、お上がりください」


 妻はそう言って清掃員の西杉さんをリビングに招き入れた。




「どうしたんですか? 西杉さんのほうから来られるなんて」


「ええ、ちょっとお耳に入れおくほうがいいと思うことがあったから」


 今日から新しい管理員がこのマンションに着任し、研修を行っている事を告げに来たのです。ただし普通の管理員としてこのマンションに来たのではなく、管理会社内でもこのマンションでの積立金や管理費の使われ方に疑義が生じていて、その調査のために来た管理員だそう。


 寺間(てらま)と言う方だそうで、管理費などの不正請求や不正使用を調べる専門の調査員で、税理士や会計士などの資格を持ち管理会社へ派遣されているという。大規模修繕工事などの工事費だけではなく、同規模のマンションと比較して消耗品や備品の支出額があまりに大きいことのほか、日付や金額が書き換えられた領収証が複数見つかるなどしたために派遣された。


「そんな方って普通は誰にも内緒で活動するんじゃないですか? それに西杉さんはどうしてご存じなのですか?」


 当然の疑問を抱いた妻ですが、管理会社内でもごく一部の人しかこの管理員の正体を知らないらしい。ただし西杉さんは以前働いていた会社で一緒だったり、このマンションの部屋を購入して賃貸として貸し出せばかなりの収益になると勧められた人物だと言う。


 なぜ妻に話したのかと言うと、西杉さんがこの管理員に我が家のことを話したらしく、だったら調査に支障のない範囲の情報を西杉さん経由で伝えるので、どのような管理員なのかを伝えてほしいと言われたからだと言う。


「くれぐれも、ご主人以外には内緒にしてください」


「わかりました、誰にも言いません」


「じゃあ、帰るわね。今日もケーキごちそうさまでした。竹盛さんは毎日ケーキをいただいているの?」


「そんなことはないです、たまたまあっただけですから……」


 今日は一〇分ほどで退室した清掃員の西杉さん。


 すごいことになって来たぞと思う反面、なぜ内緒ごとであるはずの管理費のチェックを行うことを伝えてきたのか、妻の頭の中には疑念が生じた。本当に管理費など管理体制のチェックのために来たのならば味方かもしれない、でも裏で主流派と繋がっていたらやはり怖い。


 とにかくこのマンションに関連する人々に対しては疑心暗鬼でいるほうが良いと思うから、こちらの手の内は晒さずに黙っておこう、妻はそんなことを考えながら僕の帰宅を待ったそうです。




 帰宅した僕は、集合ポスト横の掲示板に張られていた新しい管理員のことを妻に話そうとした。大規模修繕工事の真っ最中に赴任してくる管理員って変わっていると思ったからですが、妻は詳細を清掃員の西杉さんから聞いたというので尋ねたのですが、


「探偵ミス・ジェーン・マープルがうちに来てさあ、ケーキをごちそうしたら毎日食べているのって言われたの」


「佳奈、管理員の話からいきなり脱線しているよ」


「そっか……、それでね……」


 妻は今日の午後、西杉さんから聞いたことを僕に話してくれた。


 管理会社もこのマンションの積立金や管理費の使われ方がおかしいと感じていたということ。日付や金額を書き換えた領収証まで見つかったらしいから、帳簿の調査など証拠固めのために来た管理員かもしれない。


 ただし管理会社が調べるのは理事たちではなく、これまでの管理員の管理費不正使用や横領についてだと思う。その延長線上で理事たちの不正が発覚するかどうか、そんな形になるだろうと僕は思った。ただし積立金を管理員が操作できるとは思えず、その部分は藤本さんたち主流派理事に飛び火する可能性はあるだろう。


 妻はその管理員を本当に信用しても良いのか疑問に感じるようです。西杉さんが以前から知っている人だとは言え、その西杉さんだって中立だからこそ様々な個人情報を我が家にも、そして主流派にも流していた。中立だからどちらにでも付くことができるのだ、新しい管理員にだってあてはまるはずだ。


「ところで佳奈、最近は毎日のようにケーキを買っているの?」


「ううん、さすがに毎日は買わないわよ。今日は二個だけ買って、今日明日で一つずつ食べようと思っていたんだけど、三時のおやつを食べている時に西杉さんが来たから、仕方がなく明日の私の分を出したんだよ」


「でも、毎日食べているんだね」


「そう、きちんと食べてパワーを貯めなきゃ藤本さんたち主流派には勝てないもん!」


「まあマンションのことはほぼ佳奈に任せっきりだから疲れるだろうし、明日もまた買っておいでよ」


「やったー! 勝のOKが出たぞ! 〝私がケーキを食べるのは忙しいときだけ。そして暇なときだけ〟」


「それって誰かの言葉? それだと常にケーキを食べていることになるよね」


「シャネルはね、〝私がシャンパンを飲むのは恋をしているときだけ。そして恋をしていないときだけ〟って言ったんだよ」


「なるほど、シャネルか……」


「うん、シャネルは常にシャンパンを、佳奈ちゃんは常にケーキを食べるの」


「たしかに、佳奈は言葉どおりに実践しているね……」

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