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マンション大戦争~35年ローンで買ったのに  作者:


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23/35

お金のためならどんな手を使ってでも - 2

 お盆を過ぎると二つの施工会社の詰所や仮設トイレが公開空地に設置され、いよいよ駐車場の建て替えとバイク置き場の新設工事、そして大規模修繕工事が始まります。大規模修繕工事に必要な足場もさっそく組み上げられていきました。


 これまでの立体駐車場は地下一段地上二段で九六台収容でしたが、ミニバンも入庫できる二層式の自走式駐車場に生まれ変わります。駐車可能台数は現状より少ない七〇台に減少しますが、居住者の高齢化によって今後の利用率がさらに低下することが見込まれているためです。


 バイク置き場はマンションの周囲の植え込み部分を削るなどして作られ、コンクリート製で鎖錠ができる扉を付けます。収容台数は約九〇台と規模も大きいのですが、現在駐輪場に止められているバイクだけで約五〇台あり、この規模でも小さすぎるのではないかと工事直前になって騒がれています。


 これらの工事は大規模修繕工事とほぼ並行して行われ、マンション内の駐車場の車は、管理組合が交渉して使わせてもらうことになった周辺の会社の駐車場へ移動となります。


 こうして工事が本格的に始まり、騒音と振動の中で我が家は引越し一周年を迎えました。




 朝晩は少し涼しさを感じるようになった九月の第三週の日曜日、第八回の理事会にはいつものように妻が出席していましたが、冒頭から理事長のショッキングな話で理事会が始まりました。


「最初にお伝えしなければならない重要な出来事がありまして……。コンサル業務をお願いしている敷上設計から契約を解除してほしいという申し出が金曜日にありまして、昨日土曜日に私と大規模修繕担当の横江で敷上設計へ出向き話し合いましたが、正式に契約を解除するに至りました」


 これはひょっとすると、毎日勝がケーキを買って帰ることになるかも――。


 妻の頭の中は生クリームでいっぱいになったようですが、土尻さんの理事長への質問で現実に戻されたようです。


「理事長、相手方からの契約解除の申し出ですよね、だとすれば違約金を受け取って契約を解除ですね?」


「敷上建設からは、こちらに信義則に反する行為があると指摘され、それで相手方から申し出られまして……」


 また口ごもる理事長でしたが、すぐに管理会社の田割さんが助け舟を出しました。


 コンサル会社の敷上設計は管理組合と契約を結ぶ際、駐車場の建て替え工事については何も聞いておらず、また大規模修繕工事と駐車場建て替え工事が相互に支障しないように調整する契約も結んでいない。


 しかし契約している大規模修繕工事に支障が出てはいけないとの思いから調整役を行ってきたが、駐車場の工事を行っている紅阪工事事務所からの要望があまりにも多すぎる点と、大規模修繕工事を行っている条川工務店にこれ以上迷惑を掛けるのも申し訳ないという理由から、マンションブリーザ幕路の大規模修繕工事の監理業務は不可能と判断し契約解除の申し出に至った。


「敷上設計と紅阪工事事務所は協力関係にあるとの説明でしたが、今の説明では駐車場建て替え工事自体を知らないと言ったスタンスですよね、どうなっているのですか?」


 土尻さんのご主人が理事長に投げ掛けると、説明不足できちんと了承を得ていなかったのは管理組合側のミス。ただ敷上設計と契約した時点では駐車場の建て替え工事は白紙で当然時期は未定。理事会としては大規模修繕工事の後に実施する想定で契約を結んだ。契約を結んだ後に駐車場の建て替え工事が決まり、しかも同時期の施工になったのが敷上設計には過重な負担であったわけだし、無理があったとしか言えない。


 主流派の人たちは何食わぬ顔して、長い時間を使い水面下で作戦を実行していたんだ――。


 妻は理事長の返答を聞くとすぐにこう思ったようですし、土尻さんのご主人も、


「敷上設計側が駐車場の建て替え工事を承知していなかったなんて……、わざとやったのか!」


「土尻さん、わざとってなんですか!」


 藤本さんが顔を真っ赤にして怒りを露にしたが、冷静さを装って説明を始めた。


 敷上設計は大規模修繕工事のコンサル業務の契約を管理組合と結んだ。バイク置き場新設工事は別の会社に依頼するつもりだったが、大規模修繕工事と並行して作業ができるとのことから条川工務店と管理組合は別途契約を結んだ。ただしこの工事の監理業務は敷上設計とは契約していない。


 我々としては大規模修繕工事と一体化しているつもりだったが、契約上は同じ時期に実施される別の工事であり、敷上設計は契約上口出しできないが、スムーズに大規模修繕工事も行えるようにするため条川工務店に協力した。


 駐車場の建て替えについて敷上設計が指図する立場にはない。駐車場建て替え工事と同じで契約上は同じ時期に実施される別の工事であり、そもそも敷上設計と紅阪工事事務所との間には一切の契約関係もない。敷上設計は条川工務店の作業の邪魔にならないよう、駐車場工事の紅阪工事事務所へ要請する以外には何もできない。


 監理業務なしで今後の工事に支障は出ないのか、敷上設計へこちらが違約金を払うことにはならないのか、今以上の費用増加は避けられないのでは、といった反応が理事から次々に示されます。


「だから大規模修繕と駐車場やバイク置き場の工事は完全に切り離して、大規模修繕が終わってからにすれば良かったんだよ。短期的な視点ではなく中長期的な視点を持たずに突き進んだのが間違いだったんだよ」


 土尻さんのご主人や妻に対する副理事長からの辛らつな言葉が突き刺さる。


「今はとにかく三つの工事が無事に完了する方法を考えるべきです。早急に監理業務に入ることができるコンサル会社を選定したいのですが、いかがでしょうか?」


 理事長からの提案に土尻さんのご主人や妻も賛成せざるを得なかった。


「だから素山建設設計に最初から依頼すれば良かったのに……、今からでも依頼はできませんか?」


 牧落さんはここまで黙っていたのですが、まるで展開はこうなると知っていたかのようなタイミングで素山建設設計を推してきた。


「とりあえず、すぐ素山建設設計に当たってみます。もう本当に藁にもすがる気持ちですよ」


 理事長や前理事長の藤本さんは、土尻さんのご主人や妻を見ながらほくそ笑んでいた。





 僕が仕事から帰宅すると、主流派にやられたと妻が興奮しながら話し掛けてきた。


 通勤着を脱ぐ暇もなく妻から今日の理事会の内容を聞いたのですが、主流派はわざと敷上設計に立体駐車場の建て替え工事が同時期に行われることを伝えず、契約が解除になるように最初から仕組んでいた。主流派の作戦どおりに事が運んでいる、やられた、主流派に完敗だなと率直に思った。


「だから説明会の時に、敷上設計の人と紅阪工事事務所の人が変な顔したんだよ、絶対にお互いに知らせていなかったんだよ」


 妻が工事の説明会で感じた違和感、それはまさしく今回の結果を暗示させるものだった。


 僕はさすがに工事に入ってから契約を切るような暴挙には出ないと思っていたけど、これも妻が言っていたとおり、素山建設設計と契約する方向に走り出している。しかも同時施工を強力に推した僕たちが諸悪の根源で、その尻拭いのために主流派が頑張っているというイメージの植え付けにも成功したわけです。負けました、完敗です。


「勝、〝あきらめたらそこで試合終了ですよ〟ここで負けたら、私たちの生活設計は完全に破綻よ!」


「佳奈、負けは負けだ、まずはここまでの戦いに負けたことは認めるんだ。そしてここからは新たな戦いが始まるんだよ。今からが本当の戦いなんだよ!」


「〝もしも相手が絶対かなわない様な強敵だとしても 勝とうとしなきゃ勝てない〟って大地さんも言ってたもんね。強敵だということは認めるけど、私たちが最後に笑えればいいんだよね!」


「佳奈、大地さんって誰?」


「大地さんはバレーボール部のキャプテンよ。私はこの言葉を信じてこれからも戦い抜く! でも私は一つの勝負には勝利したよ」


「どういうこと?」


「勝と賭けをしたでしょ? 最終的に管理組合が素山建設設計と契約したら、勝は私に毎日美味しいケーキを買ってくることって、ね、勝ったでしょ?」


「そうだった……、あの時佳奈は毎日僕がケーキを買ってくる未来が見えるって言ってたよな」


「そうよ、そして毎晩ケーキを食べながら微笑む佳奈ちゃんが見えるの」


「でも、主流派の筋書きどおりになっているとすれば、この先は毎月の管理費や積立金も上がり、一時金も取られてケーキどころじゃなくなってくるよ」


「大変だ! ケーキが食べられなくなる! でも〝自分を憐れむな、自分を憐れめば人生は終わりなき悪夢だよ〟ケーキが食べられないと憐れむ前に、とにかく動いてケーキを手元に手繰り寄せるんだ!」


「ケーキのためならばたとえ火の中、水の中って感じだな」


「もちろんケーキのためには動くけど、火や水の中には勝が飛び込んでね、私はその様子を見ながらケーキをいただきますから」


「あのなあ……」




 翌日の夜、妻と二人で土尻さんのお宅を訪ねていた。もちろん主流派の作戦に完全に負けてしまったことへの反省と、今後の対策について話し合うためです。


「まさかコンサル会社が契約解除を申し出る事態になるとは想像もしていませんでした」


「土尻さん、主流派理事たちははじめからこういう展開に持ち込むつもりだったのですか?」


「おそらく敷上設計を取り入れてしまうのは難しいと判断して、紅阪工事事務所も引き込んだのか、今まさに引き込もうとしているのか……」


 しかし紅阪工事事務所は一次下請けで、主流派が要請したところで勝手な素材変更や工費吊り上げは難しいはず。そんな施工会社に主流派理事たちは裏で手を回すことに成功したのかな。とにかく敷上設計との契約は解除となり、前回と同じコンサル会社の素山建設設計と契約を結んで、大規模修繕工事の費用の吊り上げなど露骨な裏金受け取り作戦を展開するはず。


 しかしここで止めなければ、多くの区分所有者が多額の損害を背負うことになる。その背負った損害が主流派の裏金として流れていくのに。


 四人で対策を考えようとしても、弁護士に依頼して実態を解明することしか思いつきません。僕たちのような素人では帳簿から裏金作りの証拠を見つけたり、どのくらいの損害をマンションに与えたのかなんて調べようもありません。


「もちろんこれまでの損失を取り返すことも大事ですが、まさしく今これから起きようとしている不正を止めることが先決です。ただどうすれば良いのかが……」


「竹盛さんの言うとおり、今、行われている工事で主流派の懐が温まらないようにするのが先決です。でも今の工事でどのような不正が行われているのかを調べるのは難しい。今はまだ何も起きていないかもしれませんし」


 何をどうすれば良いのか、四人からはまったく良いアイデアが出ずただ黙ったままの時間が過ぎていく。


「あなた、工事現場で働く監督者や作業員の方に聞けば、何が起きているのかわかったりはしませんか?」


「どういうことだ?」


 土尻さんの奥さんが言うには、とにかく現場で働く人たちから、いつもの工事とは何か違う点はないかを聞き出そうということです。もちろん主流派と手を組んでおれば聞き出すことは不可能どころか、裏金を要求するために僕たち反対派が怪しい動きをしていると、主流派が広める危険性は否定できませんが。


 土尻さんの奥さんの話を聞いて妻が、


「あの、日程や工事個所の調整でコンサル会社が怒ったわけですよね?……」


 理事会で聞いた説明からの想像では、紅阪工事事務所がいろいろと注文を出すから敷上設計が調整しきれず、この状態では条川工務店に迷惑が掛かるという理由で契約解除となった。ということは大規模修繕の条川工務店と駐車場工事の紅阪工事事務所とは険悪な状態でお互いが工事を行っている。だとしたら口論くらいあっても不思議ではないはずだが、そんな場面がこれまでにあったのかどうか。


 妻も土尻さんの奥さんもそんな場面は見たことがなく、そういう話も耳には入ってきていないという。


 土尻さんのご主人は何かに気付きました。駐車場を担当している紅阪工事事務所からの注文があまりにも多くて、手に負えなくなって敷上設計は契約解除を申し出た。しかし契約を結んでもいない紅阪工事事務所の注文なんて敷上設計は無視すればいいだけのこと。もしも敷上設計が手を引くとすれば、それは条川工務店の監理が不可能と判断した時か、施主の管理組合の口出しなどでこれ以上の業務続行は無理だと判断した時のはず。主流派の説明自体がおかしい……。


「土尻さん、本当にそうですよ! 敷上設計が手を引いた理由は別にあるんじゃないですか」


「突破口はそこだな、敷上設計の関係者に話を聞いてみるのがいいかもしれないですよ」


「僕、明日は休みなので、敷上設計の事務所へ行ってみます」




「マンションブリーザ幕路で管理組合の理事をしています竹盛と申します」


「担当しておりました西田です、こちらへ」


 土尻さんのお宅で話し合った翌日の火曜日の朝、妻と二人で敷上設計を訪れました。敷上設計は契約を解除するほど怒っているはずなので、マンションブリーザ幕路の名前を出しただけで追い返されるのではないかとかなりドキドキしていたのですが、そういったこともなく応接スペースに通されました。


「あの、いったい何があったのかがまったくわかりません。契約を解除しなければいけないほど失礼なことがあったのでしょうか」


 敷上設計の西田さんが言うには、管理組合から頻繁に騒音や振動に気を使えと注意されるが、この手の工事だとまだ静かに進めていると思いながらも条川工務店に申し入れていた。条川工務店からはこれ以上はどうしようもできない、もっと静かにしろと言うのならば工事を中止するしかないと言われたことも。


 日程は天候も含めて余裕を持って作っているのに、一日作業が遅れた、もう二日も遅れていると管理組合から文句を言われる始末。


 駐車場工事の紅阪工事事務所が敷上設計に注文を付け過ぎたのが契約解除の原因と聞いていたが……。


 理事の誰がそれほど頻繁に苦情を入れていたのかを尋ねると、


「川田と横江ですよ、本当に腹が立つ……、管理組合の総意で我々を外そうとしたのでしょ? なのによくもまあ、抜け抜けとここに来れたものだと感心していますが、賠償金の請求に来たの?」


 マンションブリーザ幕路を担当していた西田さんはブチギレ状態ですが、とにかくあらゆることを聞き出さなきゃと思い、当マンションの恥部をさらけ出し、敷上設計は良いコンサルタント会社だと聞き安心していた、ここならば一部の理事たちが私腹を肥やすことはないと思っていたのにと伝えると、


「どういうこと?」


 我が家が入居する前の出来事だが、前回の大規模修繕工事で工事費の水増しがあり、当時の理事たちの一部がキックバックを受けていた疑惑がある。名前が出た川田さんや横江さんなど一部の理事は、前回の大規模修繕工事の時も理事をしており、今回もその人たちが何かを企てている様子がうかがえるので今日はこちらに来たと話し、契約解除の話は先日の理事会で急に知らされたこと、そして敷上設計が契約解除を申し出るに至った話をすると、


「うちのほうから契約解除を願い出た? そんな馬鹿な。条川さんや紅阪さんとはうまく調整できていたのに!」


 現場での仕事だから文句の言い合いはあるが、それはお互いが良い仕事をするために必要なこと。クレームは管理組合からばかりで施工会社とは仲良くやっていた。駐車場の建て替え工事は工事説明会の会場で知り驚いた。


 そもそも紅阪工事事務所とは契約を結んでおらず、お互いが口出しできる関係ではなかった。それでも条川工務店が仕事をしやすくなるためにと調整役をしていた。川田と横江が敷上設計(こちら)に対して、正常な監理業務ができないのならば信義則違反で契約解除だと通告してきた、これが真実だと説明してもらいました。


「真実は真逆なんですか……」


「うちの後釜は素山建設設計だと聞いてますよ」


「前回の大規模修繕でも素山建設設計が噛んでいたのですが、また……」


 妻は横で神妙な顔をして僕と敷上設計の西田さんとの話を聞いていたのですが、


「あの、うちのマンションのコンサル業務はもう無理ですか……」


「川田や横江など管理組合の連中……、あなた方は別としても、みんながうちを嫌がってますからね。こんなだったら初めから選んでくれないほうがましだよ、まったく! 少々の違約金などを受け取ったが大損ですよ!」


 僕と妻は丁重にお詫びをして、僕や妻が訪れたことは内緒にしてほしいとお願いして敷上設計を後にした。




 敷上設計を出て近くのお店で妻と二人ランチを食べながら、


「動いていたのは川田さんと横江さんかもしれないけど、前理事長の指図だろうな」


「うん、さらに黒幕がいるかもしれないけどね。でも、絶対何か仕掛けてくるとは思っていたけど、まさか本当にコンサル会社を切るような大胆な作戦に出るとは思わなかったね」


 こういう悪評は業界内では伝わりやすく、マンションブリーザ幕路はやめておけという話が広まったらどうするつもりなのかな。この先も素山建設設計と親密な関係を続けたとしても、実際に工事を行う会社が敬遠したらどうしようもなくなる。それこそ相場より何割か高くないとマンションブリーザ幕路の工事は引き受けられないなんてなったら……。


 妻は部屋の綺麗さだけに惹かれて舞い上がって購入に踏み切った自分が悪いと言い出し、たばこの煙のことでもめるなどトラブルが多かった賃貸だけど、住み続けるほうが良かったかもしれないとまで言い出す始末。僕も今のマンションには賃貸で入るほうが気楽で良かったかもと思うし、お互いに表面だけを見て即決した自分たちが悪いとの結論に。


 今、何を言ってもローンを組んで入居したわけだから、取りあえずは住み続けるしかない。一気にローンを返済して転居できるわけもないし。だからこそ管理費や積立金をこれ以上好き勝手に使われることは阻止しないと、結局は自分たちの負担がどんどん増加するばかりだ。


「しかし、主流派の人たちは強いな」


「勝、〝強い者が勝つのではない。勝った者が強いのだ〟なのよ。主流派の人たちは百戦錬磨の強者だけど、だからと言ってあの人たちが常に勝つわけじゃない。今回の勝負にこちらが勝って、今回の事だけ主流派より強ければそれでいいんだよ」


「佳奈、時々ビックリするほどいいことを言うね。でも本当にそのとおりだよ、ほかの勝負では負けたとしても、とにかく今回の勝負だけ主流派より強ければそれでいいんだよな」


「そう、欲しがりません、勝つまでは!」


「何を?」


「えっと、ケーキとアイス……」


「佳奈、言ったな。しばらくの間は食べられないぞ」


「撤回! ケーキとアイスを食べてお腹いっぱいにならなきゃ戦えません。勝つまで毎日食べ続けます!」


「本当に毎日食べそうだから怖いな」


「あのね、この近くにケーキが美味しいって有名なカフェがあるんだけど……」


「いいよ、たまには行くか」


「わーい、わーい♡」




 敷上設計を訪れた日の夜、妻と二人で土尻さんのお宅を訪れた。


「お二人で敷上設計に出掛けていただいて、申し訳ないです」


「平日が休みですから、こういう役割しかできませんので」


「佳奈さんも一緒に行かれていたの?」


「はい、一人でお留守番もつまらないですから……」


「竹盛さん、それで何かわかりましたか?」


 僕と妻の二人で敷上設計の担当者から聞いた話を順に説明した。


「ということは、主流派理事たちははじめから敷上設計を切るつもりだったようですね」


「ええ、そして敷上設計、条川工務店、紅阪工事事務所の三社は上手くやっていたと」


「竹盛さん、と言うことは主流派はまだ条川工務店や紅阪工事事務所に手を回せていない可能性が?」


「ええ、僕が聞いた感じでは手は回せていないと思います。それにしても、敷上設計は本当に気の毒ですよ」


 主流派は大規模修繕工事と駐車場建て替えの同時施工はやはり無理があり、デメリットはないと宣伝した反対派の我が家や土尻家の責任である。工事が途中で中止となれば我々への批判が強まり、中止せずに工事が続行されれば主流派の尽力のおかげと自画自賛し、追加の工事費が発生してもやむなしな空気を醸成する、それが今回の主流派が取るであろう作戦のような気がする。


「地道に施工会社の方たちと接点を作って、情報収集に勤しむ以外にこちらの勝ち目はないかもしれません」


「そうですね、作業員の方や監督者の方とお話をして本当のことを聞く。これが最も確実な作戦かもしれないですね」


 そうやって事実の情報を入手し、施工会社が主流派と手を組むことを断固阻止していく。そうしないと前回の大規模修繕工事同様に工事費が上昇し所有者の負担が増大、そして主流派たちの懐だけが潤うことになる。




「おはようございます、管理組合の理事をしている土尻と竹盛と申します」


「何ですか?」


 妻と土尻さんの奥さんは翌日の朝すぐに、駐車場の建て替え工事を担当している紅阪工事事務所の詰所を訪れて、工事責任者の岡田さんと話をしました。


「あの、コンサル会社の敷上設計さんがいなくなりましたけど、工事は続けられそうなのですか?」


 岡田さんからの返答は、敷上設計とは契約も結んでいないし何の関係もない。あくまでメーカーからの指示に従って工事を進めているだけ。条川工務店とは行程をすり合わせ支障が出ないようにお互いが工事をしているし、工期の遅れもほぼないとの返答がありました。


 そして岡田さんは続けて、


「ところで、敷上設計さんが契約を解除したのは何かトラブルでもあったのですか? 急に手を引いたと聞いて驚いているんですよ、噂では管理組合の理事長と反りが合わなかったなんて聞いていますが」


 紅阪工事事務所側では何も事情が聞かされていないようです。契約を結んでいるわけでもなく、当然なのかもしれませんが。妻たちも詳しくはわからないと答えると、


「噂で敷上設計のあとを素山建設設計が引き継ぐんじゃないかと聞いていますが、あくまで噂のレベルなので本当かどうかはわからないんです、何かご存じではないですか?」


 理事会で素山建設設計に当たってみるという発言があったことを、土尻さんの奥さんが話すと、


「このマンションには素山建設設計の関係者が住んでおられますものね」


 岡田さんが素山建設設計が選ばれるのは当然のように言ったのですが、妻も土尻さんの奥さんも関係者が住んでいる話なんて知らない。かなり驚いた顔をしたようで、


「あれ、理事さん二人が知らないとなると勘違いかな。素山建設設計の社長の妹が住んでおられると以前……、誰だったかな、清掃員の女性だったかな……、とにかく耳にした記憶がありますよ」


 関係者が住んでいるから前回も選び、そして主流派は裏金を得ることができた。その関係者と主流派が繋がっているというか、その関係者が黒幕なの?


「ただ素山建設設計はあまりいい話は聞かないんですよね、工事費を吊り上げるとか、材料を指定の材質から一、二ランク落したものを使うように指示されるとか……」


 素山建設設計の社長の妹って牧落さんのこと? まさか黒幕は牧落さん?――。


 三〇分ほどお邪魔していろいろとお話をうかがい、妻たちが訪れたことはくれぐれも理事会には内緒にしてほしいとお願いし、作業員の方に飲んでもらうようにと冷たい飲み物を発泡スチロールの箱に入れて手渡し退散した。




 紅阪工事事務所の詰所を出てから、我が家でお茶しながら話し込んだ二人。


「ねえ、聖子さん、やっぱり素山建設設計の社長の妹って牧落さんですか?」


「佳奈さんもそう思った? だからやたらと素山建設を推すんだと思っちゃったわよ」


 二人の話題は自然と素山建設設計の社長の妹は牧落さんではないかという話に向かい、牧落さんは主流派のスパイとして自分たちに近付いていたのではないかと疑う状態に。それも無理のないことで、理事会での発言を聞いていると牧落さんはやたらと素山を推してくるし、ほぼ主流派の主張に沿った意見しか発言はしない。


 結局は社長の妹として素山建設設計が受注できるように動いている、そうとしか見えないわけだし、受注してからは工事費吊り上げと素材を見直すことで利益を上昇させ、主流派の一部の人たちはそこから裏金を受け取る、そんな図式が成り立つとまで考える。


「それよりも、清掃員の西杉さんって本当に何でもご存じなんですね」


「だからごみ捨ての時も気を付けないと、あの人にすべての情報が筒抜けになっちゃうのよね」




 夜一一時過ぎに帰宅すると、妻が何かを話したそうにうずうずしている様子が表情から伝わってきた。本当は今日は疲れていてさっとお風呂に浸かってすぐに横になりたいのですが、妻のうずうずしている表情を見ると、どんな話をするのかちょっと楽しみにしてしまう僕です。


「工事関係者と話をしてきたんだね。佳奈の顔を見ていると、話したくて仕方がないって事がよくわかるよ」


「えへへ、あのね……」


 妻が今朝聞いてきた内容や、土尻さんの奥さんとお話しした内容を説明してくれた。


「素山建設設計が工事費のかさ上げとか、仕様書で書かれているより劣る材質を使うように指示しているのか。それで浮いたお金をキックバックとして受け取っているんだな。そりゃあ主流派がやたらと素山建設設計を推したがるはずだよ。しかし素山建設設計の社長の妹ねえ、やっぱり牧落さんかな……」


「どうしても牧落さんだって思うんだよ、理事会での発言とかさ、コピー用紙の件もあるしさ、ほかにそれらしい人っていないような気がするしね」


 素山建設設計の実態を聞けたのは大きな収穫、ただし噂話のレベルだから確定ではないし決めつけは禁物と妻に念を押した。コンサル会社無しでも遅滞なく工事が進んでいるのは良いが、工事の状況をチェックする監理業務はやはり必要かなと思ってしまう。


「素山建設設計に悪い噂がある以上、敷上設計のような会社にコンサルを続けてもらうほうがいいのにね」


「うん、真面目に仕事をする敷上設計を利用して捨ててしまう主流派、なんだか嫌だよなあ」


 想像というか希望的観測だが、主流派が二つの施工会社と手を組めていないのは救いだ。今のところ施工会社同士で上手く連携を取って工事を進めているというし、その点は安心できる材料だが、そこへ素山建設設計が入ってくるとバランスが崩れ良い関係が崩壊して、主流派が笑う構図を想像してしまう。


「だとしたら今のうちに条川工務店とも関係を築いておけば、主流派の野望を打ち砕けるかもしれないよね」


「うん、条川工務店と紅阪工事事務所の二つの壁で、主流派を追い返せるかもしれない」


「明日両方の責任者と会って話をしてくるよ」


「午前中ならば僕も動けるよ」


「そっか、勝は明日の仕事はお昼からだもんね」


 おそらく主流派の条川工務店取り込み作戦は現在進行形で行われているはずだ。噂話が本当ならば、素山建設設計が監理を担当すれば、無茶苦茶な要求でも条川工務店は従わざるを得なくなる。とにかく主流派や素山建設設計の攻撃で軍門に下る前に、条川工務店と我々とが同盟を組んで守っていかなければ!


「〝すべての人にとって都合の良い人なんていないと思う〟し、〝誰かの役に立っても他の誰かにとっては悪い人になっているかもしれない〟条川工務店は、主流派にとって都合が良い会社になれば私たちには都合が悪い会社になるし、主流派の役に立てば多くの区分所有者にとっては悪い会社になってしまうのよね。連合軍の側に付かないように私たちも動かなきゃ」


「本当に動かないと僕たちの財産が棄損されるもんなあ。ところでさっきのは誰の言葉なの?」


「アルミンの言葉よ」


「主流派から見れば僕たちは悪だし、僕たちから見れば主流派は悪。どちらが本当の正義なのかを決める戦いになりそうだね」


「〝佳奈と勝がいる限りこの世に悪は栄えない! 闇の世界に光を呼ぶ佳奈と勝、ただ今参上!〟」


「それって……」


「そしてね、もう無理だと思った主流派の人たちが〝ポチッとな〟とボタンを押して自爆して、それで正義が取り戻されるのよ」




「おはようございます、管理組合で理事をしている竹盛です」


 僕と妻は朝から条川工務店の詰所の扉を開けて、最も奥で一つだけ出入り口側に向けられた席に座る方に挨拶しながら入って行った。するとその方は挨拶を返してくるどころか、


「もういい加減にしてくれませんか!」


 明らかに不機嫌そうな言葉を投げ掛けてきた。話を聞くとすでに主流派の攻撃を受けていて、工事費をアップしたり修繕工事で使用する素材を少し下級品に変えてほしい、そしてその差額を分け合いましょうと提示されたという。


 条川工務店は小さい会社ながらも真っ当に仕事をして、今では地元では信用される企業にまで成長した。なのに少しずつ築いたその信用を、なぜ自らドブに捨てて悪だくみに加担する必要があるのかと憤慨しているのです。


そして、


「これ以上しつこく来るのでしたら、違約金を払って契約を解除してもいいんですよ!」


 そこまで言い切った。


 僕はこの方がこのマンションの理事会に対して嫌悪感しか持っておらず、理事だと名乗ってやってきた僕にも同じ嫌悪感を抱いていることを感じ取った。


「いつも来る理事の人たちでは話が進まないと思って、今朝は違う人が来たのでしょ? 誰が来ようとうちの会社の考えは変わりませんから!」


 心底怒っているのがわかったので、僕たちは現理事会で半数以上を占める主流派のやり方に反対していて、契約解除となった敷上設計にも出向いて何があったのかなどを聞き出し、また今後契約しそうな素山建設設計の悪い評判を耳にしたことから不安になり、条川工務店としてはどのように思っているのかを聞きたいからお邪魔したことを説明した。


 改めて挨拶をし直したのですが、目の前で怒り心頭になっているのは条川工務店の社長で山本と言う方でした。とにかくすごく怒っているので、理事の連中からどのような事を言われたのかをうかがうと、


「手を組んで工事費を膨らませて儲けようと言ってきてね、そのうちの三五パーセントをキックバックしてくれれば、残りの六五パーセントはご自由にしてもらってもいいですよ、なんてぬかしやがる」


 ストレートに裏金を要求されたようで、ほかにも敷上設計を切って素山建設設計と交代させる、いくら断ったところで監理業務の一環として命令されるから逃げられないとまで言われたとのこと。裏金のためならばどんな汚い手も使うし、こちらの命令に背けば仕事がなくなるぞと言う脅しですから社長として許せるわけがありません。


 先日、敷上設計へ行って話を聞き、理事会に信義則に反するとして契約を解除されたと言っていたが、条川工務店では何か聞いていたのかを尋ねると、敷上設計とは騒音や振動のことでよく話をしたが、その際に理事会からの圧力が強いとは言っていた。敷上設計が契約を解除したのは理事会と条川工務店(うち)との板挟み状態がきつかったからと理事から聞いた。ただ現場では口論の中から妥協点を見出してお互いに良い仕事をしようと考えるものだから、理事の説明には納得していない。


「それに、敷上設計の西田さんとは仕事終わりによく飲みに行くほど仲が良かったですから、板挟みになったことが理由での契約解除申し入れは正直あり得ない事なのです」


「監理業務を請け負う会社が変わるとか、このままなしで工事を行うことについてはどう思われますか?」


「うちは誠実に工事をしますから、監理があっても無くても何も変わりませんよ」


「あの、私が言うことではないと思いますが、理事会からの要求に負けずに頑張ってください、お願いします」


「もちろんです!」


「朝からすみませんでした、お邪魔しました」


 そう言って作業員たちに飲んでもらうために冷たい飲み物をたくさん渡し、僕たちが来たことはほかの理事たちには内緒にしてほしいとお願いして退散し、お隣の紅阪工事事務所の詰所へ行きました。


「今朝ポストに入っていたんですよ」


 そういって見せてくれた手紙は管理組合からの物で、理事長、副理事長、大規模修繕担当の連名となっていました。近日中に素山建設設計と契約し監理業務を委託するので、契約日以降は素山建設設計の指示に従って工事を進めていただきますと書かれていた。おそらくはお隣の条川工務店へ通知で、理事の誰かが間違って紅阪工事事務所の詰所のポストに入れたようです。


「何を焦って間違えたんだろうとは思うけど、何かあるのか?」


 先に条川工務店の山本社長と話をして、工事費の吊り上げで得たお金を裏金として三五パーセント回してほしいと理事に言われたそうだと答えると、紅阪工事事務所の岡田さんも素山建設設計のその噂はよく耳にするらしいけど、


「うちは下請けと言っても大手の一次下請けで、設計どおりに工事が進むようにうちも仕事し別の下請けに指示するだけ。汚い手に乗る気はないし条川工務店さんと話し合って上手く対処しますよ」


 くれぐれも僕たちが来たことや実情を話したことは内緒にしてくださいとお願いして、冷たい飲み物をたくさん差し入れして詰所を後にした。




 僕は昼過ぎに家を出て出社し、夜一〇過ぎに帰宅した。職場で売り物のおにぎりとお茶を買って小腹を満たしたので、帰宅後は先にお風呂に入った。最近は夜九時以降に入浴しても下の角畑さんから苦情が来ないので、気楽に入ることができます。


 そういえば、引越してきた当初はミストサウナを頻繁に使っていたけど、もう何カ月も使っていないなと思いながらシャワーを浴びた。物珍しい機器は最初のうちは面白がって頻繁に使うけど、慣れてくるとシャワーで汗を流すだけになっている。


 洗面所でドライヤーして髪を乾かし、ダイニングテーブルへと歩いて行き、


「佳奈は今でもミストサウナって使ってる?」


「うーん、使ってないなあ……、引越してきた時は嬉しくてよく使ったけど、今はシャワーで済ませるか、ゆっくりお湯に浸かってるかだよ」


 やっぱりそういうものか、新しい設備に目を奪われてこのマンションを購入することを決めた妻でも、今では家にある普通の機器に立場が下がってきているから、あまり使われないということだ。


「マンション自体もそうよね。すごいマンションに住むんだって最初は嬉しくて写真を撮ったりもしたけど、住みだすと普通に感じちゃって特別感は薄れるよね」


 そう、すべてが日常の風景へと変わっていき、それまでの特別感と言う看板は剝奪されて今ではほとんど触りもされない普通な位置へと落ちてしまう。


 コーヒーを飲みながら妻から今日一日の話を聞いた。


「今日も土尻さんの奥さんと話し込んだの?」


「うん、勝が仕事に出掛けて少ししたら来てくれたので、お茶しながらいっぱいおしゃべりしたよ」


「土尻さんは何か言ってた?」


 敷上設計、紅阪工事事務所、条川工務店、どの会社の人も理事の人たちの言動にイライラしているようだし中には嫌悪感を持つ人までいて、主流派側が悪者なのはあきらか。上手く追及していけば追い詰められるかもしれない、そんな話をしたようです。


 僕は妻に、その三社の人たちのうち誰かがが嘘をついているように感じたかを聞いたのですが、理事をしている竹盛ですと挨拶をするとみんな揃って怪訝そうな顔をしたことからも、三社の人たちは誰も噓なんてついておらず、主流派の人たちに嫌な事や許せない事を要求されたからこその怪訝そうな顔だったのだと結論付けていました。


 僕も客商売をしているのでよくわかるのですが、スーパーではお金をお客さまに払っていただいて商品をお渡しする関係。今このマンションで行われている事は、管理組合にお金を払っていただいて工事を引き受けるわけですから、理事や管理組合はお客さまです。そのお客様に対して嫌そうな顔をするというのは我慢ならないことをされたという証拠。それだけコンサル会社も工事施工会社が一部の理事に対して嫌悪感を感じているわけですね。


「勝は普段はやさしい顔をしているのに、許せないことが起きるとアウトレージで主役を張れそうな顔になっているのかな」


「自分では平静を装っているはずなんだけどな」


「〝会社の上のやつにチンコロしたんはおどれらか!〟って言ってそうだもん」


「それ『アウトレージ』じゃなくて『仁義なき戦い』じゃない?」


「〝おやっさん、こりゃ最初から前理事長が絵に描いたんじゃないですかのう〟」


「佳奈、最近はそんな映画も見てるの?」


「〝馬の小便、言うなら、ホンマもんの小便飲ましたろうか〟」


「佳奈、辞めとけよ。その映画のセリフを言う時の佳奈は、あごがしゃくれてプロレスラーみたいだよ」


「〝元気ですかー!〟〝なんだコノヤロー!〟」





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