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マンション大戦争~35年ローンで買ったのに  作者:


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妻は一人ぼっちだから - 4

 妻とスイーツ三昧な連休を送った週の週末のこと。仕事から帰宅すると妻が、


「さっきお母さんから電話があって、またお父さんの会社に私の悪口の手紙が届いたって。私そんなに恨まれるようなことしたかな?」


「これで三通目だよな、警察か弁護士に相談するほうがいいよ」


 でも妻は、文句を直接言えない卑怯な人を相手にするのが馬鹿らしくなってきたと言う。そして、そんな人のために弁護料を支払うのが馬鹿らしいと。


 一カ月以上はうちに苦情の手紙は来ていないし、会社にもクレームは来ていない。だからほぼ間違いなく主流派の仕業ではないだろう。それだけに誰が何の目的で義父の会社に送り付けているのかがわからず、不気味だし怖さも感じる。


「今週はスイーツ三昧で幸福な日を過ごせて、夢心地でいる私の気分を木っ端みじんにして! 本当に腹が立つんだけど、相手するのも馬鹿らしいし。どうするのがいいんだろう」


 妻は今すぐに動く気はないようだし、送られてくる手紙も悪口の範疇にとどまっているから良いものの、この先エスカレートした文言が一つでも入っていたらそれは黙って何もしないわけにはいかない。


 本当は今すぐにでも弁護士に相談するほうがよいと妻に伝えると、エスカレートした言葉が一つでも入っていたらすぐに訴える。そこまでいくと、妻だけではなく僕の身に危険が降りかかる恐れがあるからと言った妻。今は僕のことより自分の身の安全を最優先で考えてほしいと妻には伝えたのですが、やはり今の時点では動かないようです。


「私が榊下家の娘だから送り付けてくるのかな、それとも勝と仲良くしていることに腹が立つわけ? そんなに腹が立つなら、毎日イチャイチャできるお相手を見つければいいのに!」


「妬みかやっかみかは知らないけど、人の悪口を親元へ送りつけるって本当に恥ずかしいことをしているよな。冷静に考えたら格好悪いことをしているし、自分の価値を自分で下げていることに気付かなきゃなあ」


 週が明けてから、妻の母がその手紙を我が家へ送ってくれた。最近管理組合などからの通知に使われている物に酷似したコピー用紙が使われていた。




 梅雨も明け夏空が広がる七月の第三日曜日の第六回理事会、僕はいつものように仕事で妻が出席した。


 大規模修繕工事に関連する話として、大規模修繕工事やバイク置き場の新設工事、駐車場の建て替え工事に関する説明会を臨時総会と同じ八月第一日曜日に行う。次の総会で議題となるバイク置き場や駐車場の工事の予算と施工会社の件とバイク駐車場規則の承認については、特別議決として四分の三以上の賛意が必要な重要な議案ですが一時間程度で終了する見込みだと言います。


 総会に続いて工事説明会を行い、説明会終了後に正式契約を結ぶことになっている。説明会の翌日からは事前調査として各戸にベランダの状態を確認してもらい、ヒビや損傷がないかを文書によって申告してもらい、その申告によって施工業者がその状態を八月中に確認します。八月末には足場などを含む仮設設備の設置工事が始まり、本格的に工事に入っていきます。


「理事長、すみません、説明会の時間はどうなっていますか?」


「総会終了後、午前一〇時から開催予定です」


 いよいよ工事が始まるんだな、良かったすべての工事が同時に始まることになって――。


 妻は土尻さんの奥さんとマンション中を駆けずり回ったことを思い返していた。


「理事長、すみません、駐車場の建て替え工事も大規模修繕工事の一環と言うか、一部であるという認識で間違いないのですね」


「土尻さん、総会では一体化して工事を行うという議案に対して、四分の三以上の賛意が得られました。ですので駐車場の建て替え工事もバイク置き場の新設工事も大規模修繕工事の一部として行われます」


「そうですか、わかりました」


 妻は土尻さんのご主人の質問や理事長の回答を聞いても、〝それがどうしたの?〟としか思いませんでした。


「後ほど説明しようと思っておりましたが、駐車場の建て替え工事を実際に行うのは下請けの紅阪(べにさか)工事事務所です。こちらの業者は敷上設計と契約というか指揮下に置いて工事を進めていただく、こういう流れになれます」


「下請け企業がコンサル企業の指揮下ですか……」


 やはり妻は、土尻さんのご主人や理事長が何を言っているのかわからず、ただ聞き流すだけでした。


「次に、バイク置き場の新設工事は大規模修繕工事と同じく条川工務店が担当しますが、こちらの工事も八月末から行いたいとのことです。工事説明会の時に詳しく説明があると思いますので、何かお聞きになりたいことがあれば説明会を利用してください」


 もっと早く工事に入ればいいのにと思っていた妻ですが、こういった手順を踏まないと工事に入れないのならば仕方がないと思ったようです。




 平穏な理事会になりそうだと思ったのも束の間、監査の松尾さんが憤慨しながら立ち上がり、通路のバイクはすべてなくなったが駐輪場へ大きなバイクを止めるお宅が増え、中にはよそのお宅の駐輪スペースに勝手にバイクが止められている。松尾さんのお宅の自転車置き場にもどこのお宅の物かわからないが、同じスクーターが頻繁に止められ迷惑しているという訴えがありました。通路に止めいてたバイクが置き場に困り、よそのお宅の駐輪スペースに勝手に置くケースが増加しているとの指摘でした


「そういえば竹盛さんの自転車置き場に少し大きめのオートバイが止まっているけど、あれはご主人が乗られているの?」


「いいえ、うちは自転車置き場を使っていません」


 小さなスクーターを止めるなと怒られ、自転車は持っていないから駐輪場は使っていない。小さなスクーターがダメと言われたのに、少し大きめオートバイが勝手に止められているって何なの! と妻はめらめらと怒りが沸き上がってきた。


 松尾さんは理事長に対して、各戸に使用が許可されている範囲以外にバイクを止めないように、それだけではなく斜めに止めてお隣の方が使いづらいといった話もあるので、とにかくすぐに通知する必要があると指摘。


「実際に迷惑を掛けられているお宅がある以上、今日の理事会の報告とは別の通知文書を作成して、必ず今日中に各戸に配布します」


 理事長も前向きな返答をした。


「勝手に止められて迷惑だと思ったら、引きずってでも放り出せばいいんじゃないか?」


 会計の溝口さんにすれば心の中でつぶやいたつもりが、すべて口から言葉が漏れてしまい、


「それをやってバイクに傷を付ければ損害賠償を請求されるし、個人で勝手にやっちゃダメなんです」


「土尻さん、勝手に置かなければ傷を付けられることもないし、それは自業自得でしょ?」


 妻も勝手に置くほうが悪いと思ったのですが土尻さんの意見が正しく、実力行使で自らの被害を回復することを自力救済と言うが、法律ではこれを禁止している。いくら不法に止められていたとしても、無理やり移動させて傷でも入れば賠償を請求されることになります。


 困ったことに警察は民事不介入と言って民事上の争いには介入してくれず、解決するには裁判所で撤去の許可を取ると言った方法しかありません。


 だから通路のバイクの撤去要請の時、敷地外へ放り出すといった文言がなかったのか――。


 この時妻は初めて自力救済が禁じられていることを知りました。


「犯罪に使われたかもしれない不審な車両があると警察へ連絡すれば、すぐに対処してくれますよ」


 管理員の代行で来ている管理会社の方が呟きました。




「最後に平日夜間に理事会を開催することの是非を問うアンケートですが、賛成が一二四票で反対が一六票、投票されていないお宅や白紙での投票が四票あり、平日夜間にも理事会を開催できる方向となりました」


「ということは、次回からは平日夜間に理事会を行うのですか?」


「平日夜間に理事会を行っても良いという結果だと思っておりますので、今期に関してはこれまでと同じく日曜日の午前中に行っていこうと思っています」


 なんだぁ、何にも変わらないんだ――。




 仕事から帰宅するとまずは妻の話を聞くのが日課。こちらから聞かなくても話してくれるし、質問すればさらに話してくれる。疲れている時には手短にお願いしたいと思うこともあるけど、妻は昼間は他人と話す機会があまりないので、僕くらいは話し相手になるほうがいいと思っているのでとりあえずは相槌だけは打つようにしている。


 それに妻だって鬱憤も溜まっているのだから、吐き出してもらう必要があるし。


「今日理事会の時に言われたんだけど、うちの駐輪スペースに勝手にバイクが置かれているんだよ!」


「そのスペースを使えるはずのうちは小さなスクーターも置けなかったのに。勝手に使われているの?」


「うん、それもね、スクーターじゃなくて普通のオートバイなんだよ。理事会が終わってから見に行ったらヘルメットまで付けて止めているんだよ。これがその写真」


 妻がスマホで撮った写真を見せてくれた。二五〇ccのオートバイで、スポーツタイプのカウルが付いている。引きずり出して周りの道に捨ててやろうかと思ったけど、法律上出来ないことになっているし。


「その話も理事会で出たよ、〝じきりきゅうさい〟だっけ、法律でダメなんだよね」


「〝じきり〟じゃなくて自力救済の禁止だよ」


 実は勤務先でも困っていて、駐車駐輪禁止の場所に止められたバイクを移動させてあとでかなり揉めたことがある。自力救済の禁止なんて法律はもう少し見直してもらわないと、被害に遭う側だけが損してしまう。


「事件に絡んでいるかもしれない不審車両て言ったら、警察が飛んでくるって言ってたよ」


「なるほど、不審車両と言われれば民事ではなくなり刑事案件になるかもだから、警察でも動けるもんなあ」


 そう言いながら理事会からの議事録を見ていると、


「臨時総会の後に工事の説明会があるのか。これは行く方が良いかもしれないな」


「なんかさ、土尻さんが確認していたけど、駐車場の工事を行う業者もコンサル会社の指揮下に置かれてどうのこうのって、だから説明会も一緒にするんだって」


「うん?」


「駐車場やバイク置き場の工事も大規模修繕工事の一部として行うとかって、それがどうしたのって思いながら聞いていたんだけどね」


 下請けは元請けと契約を結ぶだけで、下請けに対して施主の代理のコンサル会社が管理下に置き、直接指示を出すという状況はあり得ない気がする。コンサル会社から元請けへ、元請けから下請けへの指示の伝達になるのが普通だと思うのだが……。


「ふーん、伝言ゲームしながら工事を進めるんだね」


「だから土尻さんがおかしいと思って理事長に確認していたのだろうな」


「ねえ、主流派の人たちは何かを仕掛けているのかな、変な契約を結んでいるとか」


「契約で変なことはできないと思うけど、主流派理事たちがトリックを仕掛けている可能性はあるな」


「〝主流派の人たちの悪事は、まるっとお見通しだ!〟」


「トリックの仲間由紀恵かな?」


「うん、私と瓜二つだから大好きな女優さんなんだ」


「瓜二つって、彼女はそんなに大ボケをかますような女性じゃないだろ……」




 二日後の火曜日の夜土尻さん夫妻が我が家へ来られました。やはり理事長が明言した、コンサル会社が駐車場建て替え工事の下請け企業を指揮下に置くという発言が引っかかるようです。


「私も理事会で聞きながらそんな契約はあるわけがないと思いつつ、はっきりと明言されたからアリだったのかなと思ったりして……」


「僕も妻に話を聞いて、おかしいなと思いつつもはっきりとはわからず……」


「私なんて、何のことを話しているのかもわからず、ポカーンとしていただけでした」


「佳奈さん、私も今話を聞いてもどこがおかしいのかわからなかったわよ」


「聖子さんでもわからないんですか? 良かった、私一人だけがわからいのかと思ってました」


 コンサルタント会社の敷上設計の指揮下に紅阪工事事務所が入るには、敷上設計と紅阪工事事務所との間に契約関係が必要ですが、紅阪工事事務所が契約を結ぶのは元請けとなるメーカーとだけです。つまり紅阪工事事務所を指揮下に置き指示が出せるのはメーカーだけ。その指示だって設計図や仕様書に沿った指示以外原則出すことはないでしょうし、施主(管理組合)の代理となるコンサル会社の敷上設計が仕様書の変更を指示をする場合、それは元請けのメーカーに対して指示を出し、下請けの紅阪工事事務所へはメーカーが指示を出すという流れになります。


「土尻さん、紅阪工事事務所と敷上設計はわかっているから、契約は結ばないと思いますけど」


「そうなんですよ。会社側はそのくらいのことは熟知しているから、契約を結ぶことはあり得ません」


「土尻さん、途中でコンサルタント会社として素山建設設計を加えるなんてありますか?」


「コンサルタント料金の二重払いなりますから、さすがにないでしょう」


 普通に考えればないこと、でも主流派、特に藤本さんは何かを企んでいる気がするし、このまま何も起こらず大規模修繕工事が無事に完了するなんてこともないような気がするけど。やはり主流派の後ろで、誰なのかはわからないけど黒幕がストーリーを描き、そのストーリーのまま運んでいるのかもしれない。




 土尻さん夫妻がお帰りになってからも、妻と今回の工事のことを話していた。僕も妻も主流派は絶対に何かを仕掛けてくる、それこそ本当に黒幕がいれば想像できないようなことを仕掛けてくる、そんな話をしていました。


「〝法律なんて所詮人間が作ったもの。やっぱり抜け穴がありましたよ〟って、何かしてくるんだろうね」


「何、そのセリフ?」


「灰原さんのセリフよ」


「名探偵コナン?」


「ううん、灰原達之さん」


「ああ、街金の……」


「〝急いては事を仕損ずる〟わけだし、〝どんなにゆっくりでも、止まらずに進めば良い〟ってわけだよね」


「前半のことわざは知っているけど後半ははじめて聞いたよ、佳奈の自作ことわざ?」


「ううん、〝こうし〟の話らしいよ」


「え? 孔子って中国の偉人の?」


「え? 人なの? 天才的な子牛が生まれすぐに二本足で立ち上がったけど、あまりにもゆっくりしか進めないから〝どんなにゆっくりでも、止まらずに進めば良い〟って負け惜しみで言った言葉だと思ってた」


「佳奈、天才的にすごい間違い方をしているよ……」

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