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マンション大戦争~35年ローンで買ったのに  作者: 光島吹


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15/21

激闘のマンション臨時総会 - 1

 第三回の理事会が終わった直後から、我が家への苦情が再び増加傾向にあります。ほぼいつもと同じ内容の苦情で、夜間に入浴されると排水音や浴室内での音ががうるさく眠れない、夜遅くに窓を開け放って大声で話をするな、外廊下を歩くときの足音が他の人より響くから注意しろといったもの。


 理事会でバイク置き場設置工事に関する発言をしたからか、後から入居した者が偉そうにするなとか、バイクが置けるかどうかくらい調べてから入居しろといった苦情も寄せられている。


 苦情が増加するのに歩調を合わせるように、六一〇号室の赤杉さんの子どもの足音が酷くなる。最近は朝の六時ごろから子供の足音ともに電子ピアノの音まで聞こえる始末。子供は走らせておいて親はピアノに興じているのだろうか。


 妻に対する苦情もあって、榊下家だからと言って偉そうにするな、お嬢様のご機嫌取りなんてやっていられない、お前の祖父や父はすごくてもおまえ自身はただのマヌケだなど、子供の悪口と同レベルな幼稚な苦情も散見される。


「今朝もまた入っていたわよ、このマンションに住んでいる人たちって身なりは立派なんだけど、何だかあれよね」


「今朝はなんて書いてあるのかな、どれどれ……。そんなにバイクが置きたければお前の金でバイク置き場を作ればいいだろう、お前のために他の住人が費用を出す道理はどこにもない、か……」


 でも不思議で、二、三日おきに苦情は放り込まれているけど、角畑さんからの苦情が入る日は他の苦情が入らないというように、なぜだか苦情が重なって入れられることはなく、一日に一通しか寄せられません。


「うちへ苦情を入れるのは当番制になっているのかな?」


「しかし、よくも佳奈のことをマヌケだなんて書いてくるよ、抜けているのはどっちなんだろうな」


「〝いやあ、それほどでもお〟」


「佳奈、全然褒めてないよ……」


 僕は入居してからこれまでに我が家へ来た苦情のほか、管理組合からの通知やお知らせ、理事会からの議事録などをすべてを保管している。そして過去の苦情やマンション関連の通知などを眺めているとあることに気付きました、直筆とパソコンで作った文書の違いはあるけど共通点があるのです。


 僕はすべての通知類や苦情にいつ我が家へ入れられたのかがわかるように、すべてに鉛筆で日付を書いています。日付順に手に持って見ていくと、こんな共通点があったのかと気付いてしまったのです。


 管理組合からの通知やお知らせ、そして苦情として我が家へ入れられる手紙、そのすべてが同じ時期は同じ用紙なのです。だいたい一、二カ月で用紙が変わるのですが、通知やお知らせそして苦情を同じ時期で並べていくと、使われている用紙が一致する。


 ある時はややくすんだ白い用紙、その次は普通の白色だけど少し厚みがある。その次の用紙は厚みがかなり薄いが反射するような白色、最近は同じように反射するような白色だけどかなり厚みがある。管理組合などからの通知やお知らせも、理事会からの議事録も、角畑さんからの直筆の苦情も、誰が書いたのかはわからないがおそらく主流派の誰かが書いて入れた苦情も、そのすべてがこの用紙の法則どおりに変わっているのです。


 苦情も管理組合からの通知もすべて同じ時期に入れられたものはすべて同じ用紙。通常管理組合からの通知やお知らせは、管理員が枚数をコピーして各戸に配布するので、苦情に使われている用紙は管理費で購入した消耗品の用紙が管理員から流れているのかな。もしそうだとすれば、管理費で苦情が入れられているのと同じだが。


「でもさあ、管理費で購入する用紙なんていわば業務用のはずよね。そんなに用紙が変わるものかな」


「佳奈、鋭いね。普通は一箱に二五〇〇枚入った用紙を何箱も買うと思うから、用紙がコロコロと変わることなんてあり得ないよ。会社の事務所でもコピー用紙が入った箱が積み上げられていたりするよな」


 なぜそんな面倒なことをするのか。推測の域は出ないけど、都度購入することでそのたびに管理費から水増しした金額を引き出しているのではないか。購入する頻度を上げることで頻繁に水増し請求できるし、極端に大きな額にはならないからバレにくくもなる。ただし領収証をどうしているのかはわからないが。


「いろいろな人からの苦情を装っているけど、管理組合や管理員からの通知やお知らせと同じ用紙が使われているし、管理員や主流派の人たちが手を組んで攻撃を仕掛けてきているかもしれない?」


「何だかその筋書きが成り立つように思えるんだよ」


「〝この事件の真相は実は非常に簡単なんだ。初歩的なことだよ、勝くん!〟」


「佳奈、ホームズばりのセリフだね」


 妻はパイプを咥えるふりをしながら、


「〝そういうことなんだよ、勝くん! 佳奈探偵は見てるけど観察していないんだよ!〟」


「佳奈探偵、それでは探偵失格だよ……。そうそう、このことは誰にも言わないで。あくまで想像の域から脱していないし、誰が誰とつながっているのかもわからないからさ」


「うん、わかった。マンションのみんなにはナイショだね」





 臨時総会開催は五月の第五日曜日、開催まであと約三週間となった土曜日、午後からの出勤で午前中は時間があるので、僕の都合に合わせて土尻さんご夫妻がお見えになり、総会の対策などを話し合いました。


 前日には臨時総会の招集の案内が配られ、そこには同時施工が否決された場合には大規模修繕工事の単独実施の賛否を問うとも書かれていた。


「臨時総会には出席されるのですか?」


「ええ、会社に無理を言って休暇を取りましたので、僕が出席します」


「そうなんですね、いつもは奥さんが出られてますものね」


「私、本当は理事会とか総会って出たくないんです。もっと和気あいあいと話しあえる会議ならばいいのですけど、殺伐としたと言うか足の引っ張り合いと言うか、同じマンションに住む住人同士なのにこんなに意見が合わないものなのかなって……」


 マンションという一つの建物の中に細分化された〝家〟があり、それぞれに違った考えを持つ人が住む。資産価値を低下させたくはない人、できるだけ高く売却して儲けたい人、自分の生活に合致した暮らしやすい家にしたい人、必要以上にお金を掛けたくない人、そして上手くごまかして儲けることを考える人も。


 さらに上下左右の家との距離は壁や床一枚で隔てられているだけでかなり距離も近い。考えがバラバラな人たちが至近距離で生活するマンションだから、理事会や総会では意見のぶつかり合いが生じることも珍しくはない。


 でも多くの住人は無関心。それこそ工事の予算案が示されても、中を見ずに署名押印して管理組合へ提出して終わり。総会を開いたって出席するのが面倒だから、議決権行使書にたいして考えもせずに〝賛成〟に丸を付けて提出しておしまい。管理組合の理事になったって出席しない人も多く、マンションによっては欠席に対して罰金を徴収する管理組合もあると言う。


 今の時代は面倒を嫌う風潮が蔓延(はびこ)っている気がする。お金を払ってでも面倒を避けたい、お金を払っているのだから問題はないだろうと、とにかく面倒なことは他人任せにしてしまう。お世話好きな人がやればいいんだと言う具合に。


「臨時総会ですが、竹盛さんは主流派理事がどんな動きをしてくると思いますか」


「臨時総会の場でも工事の同時施工のデメリットについて、激しく意見が交わされるでしょうね」


「もちろんそうですよね、それで否決に持ち込んで、大規模修繕工事の単独着工を認めてもらうと」


「でも本当の勝負って総会までにどれだけの住人を味方に付けられるかですよね?」


「そうですね、総会には参加せず、事前に議決権行使書の提出で意思を表す方が多いですから」


 つまり、もう総会での戦いは始まっているということです。ただし主流派がどのような手を使って住人の獲得競争を繰り広げるのかはわからない。ただひたすら同時施工のデメリットを強調する説明を展開し、拒否する投票を呼び掛ける、そのくらいしか思いつかない。さすがに金品を手渡すようなことはしないと思うし、主流派で一致団結しているから大丈夫だと静観するだけかもしれない。


 ただ今回の大規模修繕工事で契約した敷上設計の存在が気になります。前回の大規模修繕工事では素山建設設計と主流派側が手を組み、裏金作りに奔走したために工事費がかなりの高額になったのですが、敷上設計から出された見積りはほぼ相場と同水準。何か企みがあるのだろうか。


「主流派の理事たちが、敷上設計とのコンサル業務の契約をどう思っているのかがわからないのです。あんなにすんなりと契約するとは思っていなかったので」


「えっと、土尻さんが反対したから主流派が折れて、敷上設計と契約したとうかがいましたが」


「そういう話が出ているようですが、僕が反対するも何も、気付いたら敷上設計の名前が出てきて契約する流れになったのですよ」


「そうなんですか? 土尻さんが主流派理事とやり合ったからコンサル会社が変わったのだと思ってました」


 じゃあ誰が敷上設計をコンサルタント会社として推したのかな。住人の中で敷上設計をよく知っている人がいて、管理組合に推薦したのだろうか。前回の大規模修繕工事の際も、匿名の投書がきっかけで素山建設設計と契約を結んだと聞いているし。もしかすると主流派の作戦は予定どおりに進んでいるのかもしれない。


 とにかく粘り強く区分所有者に三つの工事の同時着工の有用性を説明して、総会では四分の三以上の賛意を得ることに注力するしかなさそうです。詳しく説明された三つの工事の同時施工に関するパンフレットを作り、各区分所有者に配るくらいしか方法はない。一軒一軒訪れて説明していくなんて負担が大きすぎて無理なことだし。とにかく同時施工のメリットを記したパンフレットを作ろう、できるだけ早く配布するほうがいいから今日仕事から帰宅したら取りかかろう、そう思った。




「夕方にね、聖子さんと牧落さんが来られて、牧落さんはすぐに帰ったけど、二人でこれからの対策を練っていたんだよ」


 今朝は出勤前に土尻さんご夫妻が来られましたが、夕方には再び土尻さんの奥さんが来られて作戦会議を開いたようです。各ご家庭の家族状況や仕事のことなど、このマンションの居住者の詳細情報が書かれた紙もあり驚いたのですが、土尻さんの奥さんがよくご存じのご家庭の情報のほか、それらのご家庭からのまた聞きの情報も多いのですが、ほぼすべての居住者の名前が書かれています。


 そして妻は自慢げに僕に一枚のチラシを見せてきた。


「聖子さんと考えて作ったチラシなんだけど、これで三つの工事を同時にするメリットは伝わるかな?」


「僕が作ろうと思っていたんだけど……。どれどれ……、費用のことに収支のことだろ、ふむふむ……、今の機械式駐車場のメンテ費用のことも書かれているし……、すべての工事は来春までに終わるが、別々だと来年夏くらいまで……、要点は全部入っているね、これでいいんじゃない?」


「明日から聖子さんといっしょに、多分中立派のお宅だけになると思うけど訪ねて説明してくるよ」


「投函だけじゃなくて一軒一軒お宅を巡るの? 本当ならば僕も行かなきゃいけないのに……」


「二人で回るから大丈夫よ、勝はしっかり仕事してね。それよりさ、この用紙なんだけど……」


 妻がコピー用紙を指差しながら言うので何枚か手に取ったのですが、


「この紙ね、牧落さんが安売りの時に買って家にいっぱいあるからと言って、わざわざ取りに帰って持ってきてくれたんだけど、二種類あるんだよ」


 本当に二種類あり、一種類は最近管理組合や苦情として我が家へ入れられた用紙と極めて似ており、もう一種類の用紙は過去に似た用紙があったように思うけど、最近は入れられていないものだ。


 妻はすぐに用紙の違いに気付き、ひょっとすると牧落さんは主流派なのかもと思ったらしいが黙っていた。ただ土尻さんの奥さんが二種類の用紙を比較して、こちらの用紙はくすんだ色をしていて何だか見にくいねと言うと、牧落さんが昨日ホームセンターで安売りしていたので買ってきたと言い、土尻さんの奥さんもホームセンターへ買いに行かなきゃと答えたらしい。


 聞くところによると牧落さんは、ホームセンターやネットでコピー用紙の価格を調べては安いほうで買っているらしいが。


「それで今日以降、管理組合からの通知や苦情にこのくすんだタイプの用紙が使われていたら……」


「そんなことはないよね、牧落さんが主流派と繋がっているだなんてことはないよね、ねえ、勝」


「同じ用紙が使われているだけでは証拠にはならないからね……」


「うん……、〝真実はいつも一つ!〟だよね……」




 翌日曜日の朝のこと。


 「ねえ、勝、これ見て」


 妻が集合ポストから新聞といっしょに持ち帰ってきたビラには、大規模修繕工事と立体駐車場の建て替えを同時施工したり、バイク置き場の新設工事の計画も同時期に進めると前回の大規模修繕工事よりはるかに高額になるが、それ以上にあまりにも拙速に大きな工事を進めることに危機感を感じる。


 もっと時間を掛けて話し合いを行い、居住者全員が納得できる形で駐車場やバイク置き場の工事を行うほうがよいと考える。


 要約するとこのようなことが書かれていた。牧落さんがホームセンターで購入したという、くすんだ白色のコピー用紙に酷似した用紙だった。


「理事長・山下、副理事長・川田、大規模修繕担当・横江、理事・藤本の連名か、ついに仕掛けてきたな」


「こっちもうかうかしていられないわ、聖子さんとお宅訪問しなくちゃ!」


 妻は今日日曜日から土尻さんの奥さんと一緒に、中立派と(おぼ)しきお宅を一軒ずつ訪れては説明して回るようです。ちょうど主流派理事たちが配布した三つの工事の同時施工反対のビラがあるので、妻たちが作ったビラと比較しながら、こちらの案のほうが優れていると説明していく必要がありますが、


「そういう難しい説明は聖子さんに任せるよ、私には無理……」


「土尻さんの奥さんはご主人みたいに弁が立つの?」


「私よりはね」


「でも佳奈もアニメや小説とかから、いろんな言葉を会話の中に挟み込むのはすごいって思うけどな」


 主流派が同時施工反対のビラを我が家にも入れたということは、おそらく全戸に投函したのだと思う。議決権のない賃貸で入居されているお宅にも入れることで、マンション内での同時施工反対の機運を盛り上げたいと思っているのかもしれない。


 それに対して妻たちは中立派のお宅を訪れてじっくりと説明し、賛成票を投じてもらうことを目指しています。主流派は無差別攻撃を仕掛け、対する妻たちはピンポイント攻撃で応戦する図式となります。


「ねえ、勝、私たちがビラを配ることは、主流派側にもバレるのかな?」


「主流派のお宅へは渡さなくても、ビラを普通にごみに出すだろ? そうすると清掃員がごみをすべてチェックするから、清掃員から管理員を通じてビラの存在は知られるんじゃないかな?」


「そっかあ、女スパイのジェーン・スミス清掃員の存在を忘れていたよ……。そうそう、勝知ってる? 女スパイのジェーン・スミス清掃員の本名は西杉和子(にしすぎかずこ)って言うんだよ」


「佳奈、どうして清掃員の名前なんて知っているの?」


「〝たったひとつの真実見抜く、見た目は子供、頭脳も子供、その名は名探偵佳奈!〟こないだ管理員室の前を通った時に清掃員の出勤簿が見えてね、名前が書いてあったのよ」


「探偵佳奈はスパイ活動に(いそ)しんでいるんだな」


「フフフ、貧乏暇なしさ!」


「佳奈、ポーズを決めて自慢げに言う言葉じゃないぞ……」

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