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マンション大戦争~35年ローンで買ったのに  作者: 光島吹


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我が家に理事の座だけは渡したくはない - 3

「竹盛副店長、店長がお呼びです」


「ありがとう、すぐに行くよ」


 駐車場に残されているショッピングカートを所定の位置へ戻していたところ、女性社員に声を掛けられた。通常はお客様を呼び出すのと同じような店内放送で店員を呼ぶのですが、また本社から無理難題を突き付けられ四苦八苦している店長に、知恵を貸してほしいから僕を呼んできてくれと頼まれたのかな。


 店長室のドアをノックして中に入る。


「店長、お呼びでしょうか」


「竹盛君、昨日今日と立て続けに君へのクレームのメールが寄せられているんだよ」


 クレームはメールでこの店宛に届いたもので、言葉遣いが悪い、商品の場所を聞いても答えてくれない、移動していたカートが足に接触した、禁煙場所でたばこを吸っていたなどの内容だった。


 言葉遣いが悪いことは自覚していて、商品の場所を聞いても教えないと言うのはさすがにあり得ないのですが、例えば他のお客様と接客しておれば後回しになることもあり、気付かないこともある。


 カートが接触すればさすがに気付くから謝罪するし、店長へも報告します。そのお客様が帰宅後にケガをしていたと申し出があると対処が本当に大変ですので、必ず共有しています。


 ただし最近は店長の作業の補助で内勤作業が多く、店舗へ出る機会が激減しているのでこれらのクレームの真偽は自分でもわかりません。ただ僕はたばこはまったく吸わないからこれは言いがかりだな。


「そうだよなあ、竹盛君は基本的に内勤担当なんだが、すべてが君を名指ししているんだよ。支社にはその旨伝えておくよ、本社や支社へ同じような苦情が入るとただでは済まないからな」


「店長、お手数を掛けます」


「これまでにクレーマー対応では君に任せっきりだったから、それらの人の逆恨みかもしれないし。しばらくの間は内勤業務に専念してくれ、その代わりに私が店に出るようにするから」


「店長、申し訳ありません」


 たしかにクレーム対応はほぼ僕が担っているし、マンションの主流派住人や管理員とのバトルと大差ない対応をしているから、逆恨みされても不思議ではない。ただ推測の域は出ないけど、おそらくという心当たりが僕にはある。何せ僕が勤務している店舗名や役職名までバレているわけですから。


 しかし、スーパーにとって一二月は一年の中で最も忙しい日々が続く季節。こんな忙しい時期に店長に余分な仕事をしてもらうのはやはり気が引ける。本当に僕に非があってのクレームならば店長に平謝りに謝るところだけど、僕が何をしたかと言えばマンションの理事会で理事の座を譲らないことだけで、頻繁にクレームを入れられるようなことはしていない。この行き場のない怒りをどう処理すればいいのか、本当に腹立たしい。




 仕事が終わって雪が舞う中を家に帰ると、管理員がまた苦情の手紙を持ってきたと妻が呆れながら話し始めた。その苦情を見ると、僕が咥えたばこで外廊下を歩いていたが、館内の共有部はすべて禁煙だからたばこは絶対に吸わないでくださいと書かれていた。僕はたばこは吸わないのですが、職場へのクレームに続いて同じような苦情が届いたわけです。


「本当に酷いよね、寝耳に水な奇襲攻撃ばかり仕掛けてくる。桶狭間の戦いと厳島の戦いを一度に仕掛けられてるみたい」


「会社にも身に覚えのないクレームが何件も来ていたよ……」


「会社に? 大丈夫なの? 左遷とかある?」


 当然のように心配する妻ですが、


「店に直接来たメールだから店長が上手く処理してくれたし、本社や支社には虚偽のクレームが寄せられたと報告してくれたから。それに当分の間は事務所とバックヤードからは出るなって言われたしね」


「それもこのマンションの人たちの仕業かな……」


「店長は会社での僕のクレーム処理の腹いせだろうって言ってるけど、おそらくはね」


「会社には真珠湾攻撃を仕掛けてくるとは、マンション連合軍は過激になってきたね」


 勤務先がばれている時点で、絶対に何かを仕掛けてくるだろうと思っていたから驚きはしなかった。そういう意味では奇襲攻撃にはなっていないけど、


「そこまでして理事会や管理組合を手中に収めておきたいと思うほど、美味しいことがあるのかな」


「思いのまま生活できる以外にも美味しいことがなければ、これほど固執しないはずよな」


 歯向かわずに暮らしているお宅には攻撃を仕掛けないとすれば、そういうお宅は別に何とも思わないのかもしれない。明らかに異常なマンション運営だと僕は思うが、自分たちには関係がないからどうでも良いと思っているのかな。


「数字がいっぱい並んだ収支の報告書なんて見ても、私みたいに数字アレルギーな人は見ることもできないでしょ。それにほとんどの人は見たって意味がわからないから、どこを疑問に思えばいいのかもわからないんだよ」


「それはあるかもしれないな。管理費と積立金は払っているのだから文句はないだろ、みたいにしか思っていない人が多いのかな」


 お金さえ払っていればとりあえずそれ以上文句を言われることはない。そしてマンションの会計の決算や予算が書かれた収支報告書を見ても、どの項目が高いとか支出が多すぎるなんてわかりにくい。わかりにくいからさっと目を通すだけ終わってしまう。


 それにこのマンションでは、理事をほかの人に任せることができる。無関心な人にはこれほど住みやすいマンションはほかにないのかもしれない。


「関心を寄せる人が少ないから好き勝手してもばれない、気付いた人には奇襲攻撃を仕掛けて黙らせる。まるで反社の集団か政治家みたいだね」


「そうだ、佳奈、あのね……」


 ちょっとしたお願いを佳奈にした。


「銀ちゃん、じゃなくて勝、わかったアルよ!」




 この家で初めて迎えるお正月。昔は元日から初売りセールなんてやっていたからお正月気分を味わうことはなかったけど、ここ数年は三が日はお休みとなるので、今年ものんびりとくつろぐことができるはず……。


「ねえ、勝、目が覚めた?」


「うん、まさか元旦早々、それも日の出前から走り回る音で起こされるとは……」


「勝、あけましておめでとうございます。そうそう、赤杉さんの奥さんの実家って真下の五一〇号室だって、昨日聞いたよ。それに下のおばあちゃんと赤杉さんの奥さんのご両親とは仲良しなんだって」


「佳奈、おめでとうございます。だから家の中を走っても、自分たちのかわいい孫がやっていることだから文句も言わないし、下の角畑さんも隣へ文句を言わないのか」


 まだ日も昇らない元日の朝六時前から六一〇号室の赤杉さん宅の子供が走り回っているようで、ドタバタドタバタと足音と振動がかなり響いてくる。うちなんて斜め上の階なのにこれだけ響いてくるのだから、下や横のお宅はかなり迷惑なはずですが赤杉さんのお宅の真下は実家でお隣は実家と仲良し。だからうるさくても文句を言わないんだ。


 結局はその足音を利用して我が家へのクレームに利用する下の角畑さん。ご自身の自筆で集合ポストに入れるか、お正月明けに管理員を通じた苦情が入ることになるのでしょうね。




 二人とも目を覚ましたので、お正月らしくお雑煮をいただいてからコーヒーを飲んで少しくつろぎ、西向きのベランダから体をよじって七時過ぎにお目見えした初日の出を二人で見て、


「佳奈、初詣に行かない?」


「うん、行く行く! 最低でもベビーカステラは買わなきゃ! それはそうと、どこの神社へ行くの?」


「やっぱり住んでいる場所の氏神様かな、どこにあるのか知らないけど」


「ちょっとスマホで見てみるね……、えっと、ここから一番近い神社が氏神様なのかな?」


「どうなんだろう、そこでいいんじゃない?」


 ごく一部の県の神社庁のホームページで居住地の氏神様を調べることができます。ただし市町村合併、地名の変更、住宅開発による新しい町の誕生、神社の移転(様々な歴史的経緯による)などで、神社庁でも正確に氏神や氏子の範囲が把握できなくなっているそうです。


「屋台が出ていなかったらもっと大きい神社へ行こうね」


「いいけど、あちこちの神社にお参りしたら、神様同士がけんかするからご利益がないって聞いたことがあるんだけど、佳奈はそんな話知らない?」


「そうなの? 学生のころはあちこちの神社をよくはしごしたから、それでご利益を授からなかったのかな?」


「僕は子供のころに聞いてから、他の神社へ行くにしても日を改めてお参りするようにしていたんだけどな」


 複数の神社へお参りすると神様同士がけんかするという話、これは迷信や都市伝説の類のようです。大きな神社になると本殿にメインの神様を祀り、境内には複数のやや小ぶりの神社があるなど、複数の神様を祀っていることのほうが多いです。


 本殿で学力向上や試験の合格を祈願して、その隣の神様に健康をお願いして、のように普通に複数の神様を参拝するわけですから、何も気にする必要はないようです。


「じゃあさあ、近くの氏神様を周りから覗いてみて、屋台が出ていたらお参りしよう。目ぼしい屋台が出ていなかったらパスして、電車に乗って大きな神社へ行こうよ」


「佳奈、それって神社にお参りするのが目的じゃないだろ?」


「え? 初詣って屋台でたこ焼きや焼きそばを買って食べながら歩いて、最後にベビーカステラを買ってお家でお茶しながら食べるまでがセットでしょ? ああ、なんて幸せなお正月なの♪」


「お正月から佳奈ワールド炸裂だなあ……」


「〝なるほど!ザ・佳奈ワールド!〟」




 すっきりと晴れて青空が広がる元旦、昨年末に新調した普段着を着て、家から歩いて一〇分ほどの神社にやってきましたが、屋台は一切ないし参拝者もおらずひっそりとしていました。もちろん妻はこの神社はパスして、電車に三〇分ほど揺られて大きな有名な神社にやってきました。


 先ほどの神社とは違い、駅から神社までの道は人また人の大盛況ぶりで、神社へ行かなくても道沿いにたくさんの屋台が出ています。


「ねえ、勝、屋台で買い食いして、ベビーカステラだけ買って家の近くの神社にお参りしない?」


「ここの神社ではお参りしないの?」


「だって、これだけたくさんの人がお参りしたら、ここの神様は多くの人の願いを忘れてしまう気がするのよ。だから空いている家の近くの神社でお願いした方が、願いを叶えてくれるような気がするから」


「それも一理あるかもしれないね、いいよ、佳奈が好きな物を買い終わったら帰ろう」


 それだけ多くの参拝者がやってきても、すべての願い事を聞いて叶えてくれるすごい神様かもしれないのだが。


「ありがと、勝。それにさ、お賽銭いっぱい入れないと願いを叶えてくれない気がするのよ。大きな神社だと最低でもお札を入れなきゃだめで、五〇〇円硬貨じゃ相手されなくて、一〇円硬貨じゃ見向きもされないとか、そんなことってないのかな?」


「神様の経済的で合理的な判断に基づくもので、われわれ人間にはわからないことだろう」


「神様が電卓片手に、今年の賽銭の総額はいくらでお参りした人数が何人だから、おおむね三〇〇〇円以上の賽銭を入れた人の願いは叶えて、みたいに計算していたら嫌だなあ」


「もし本当に神様が計算するのならばお賽銭だけじゃなくて、お札やお守りの代金も計算するだろうし、神様はまず祈祷した人の願いを優先的に叶えるんじゃないかな。祈祷の種類によっては何万円も収めるわけだし」


「ぬぬ、神様も(あなど)れないわね。医は算術じゃなくて神は算術?」


「佳奈、神様に対してそんなことを思う人の願いを叶えてくれると思う?」


「くそっ! 人の懐に手を突っ込んで商売する神様め! 私は焼きそばとたこ焼きとイカ焼きとベビーカステラも買うし、パチンコとヨーヨー釣りとくじも引くから何か願い事の一つでも叶えてよ!」


「佳奈、それは神様に支払うお金じゃなくて、屋台を出している露天商に払うお金だろ? 境内への出店料は徴収するだろうけど、ほぼ神様の収入にはなっていないよ」


「そうなの? 露天商と神様の財布は別だったのか。二世帯住宅で同居しているけど家計は別な親子と同じなのね」


「いや、違うと思うぞ……」




 宣言どおりに、いえ宣言した以外にもサザエのつぼ焼きと日本酒を飲んだりりんご飴も食べた妻は、ベビーカステラを片手に上機嫌で家の近くの神社へお参りしました。


「今日は奮発して一〇〇円もお賽銭に費やしたから、少しは良いおみくじの結果が期待できるぞ!」


 番号を伝えて受け取ったおみくじを見た妻は、ちょっと怪訝そうな顔を浮かべます。


「ちゅうした吉? 何これ?」


「どれどれ、中下吉、初めて見るな、僕は上上吉だって」


 この神社のおみくじは一二段階に分かれていると社務所に張り紙がしてあり、上から順番に上々大吉、上中上大吉、上中大吉、大上吉、上上吉、中上々吉、中下吉、中上、中中、中下、下、下下に分かれているそうです。なので僕は上から五番目、妻は七番目のおみくじを引いたようです。


「十二段階で上から七番目ってことは、真ん中より少し下なのか。お賽銭一〇〇円もはずんだのに……、やっぱり一〇円にすればよかった」


「僕もほぼ真ん中だから佳奈とあまり変わらないね」


「でも勝はお賽銭一〇円なのに、一〇〇円の私が負けたことに腹が立つのよ!」


 妻は中下吉で〝初めは苦労するがやがて願いは叶う〟で、僕は上上吉で〝今は種をまくとき、やがて実る〟と、二人とも年初は大変かもしれないがやがてはましになる、というところか。


「今年は管理組合の理事になるわけだし、大規模修繕工事の内容にタッチするから主流派たちとの戦いが待っているけど、それでもやがて願いは叶うし実るのだから悪くはないよ」


「そうだね、今年は主流派の住人たちとの全面戦争が本格的に繰り広げられるし、敵陣に乗り込んで攻めてそして勝利しなきゃいけないんだから、おみくじに書かれているように進んでくれればいいよね」


 とにかく今は主流派の人たちによって、マンション内の自治やルールは主流派にとって都合の良い状態にされている。積立金や管理費がどのように使われているのかは僕にはわからないが、もしも好き勝手に使われていたら、管理費や積立金の暴騰で将来的に住み続けることは難しくなる。


 だから何とかして膿を出し切り、普通に住むことができるマンションにしていきたい、しなければ我が家の将来も暗澹たるものになるかもしれない。


「中ではこんなドロドロなことが繰り広げられているとは知らずにマンションを買ってしまったけど、でもここで負けたら将来の生活設計どころじゃなくなるもんね」


「そうだよ、大好きな屋台での買い食いもできなくなるし、毎日のように食べてるアイスやケーキなんて手が出せなくなるよ」


「勝、私が毎日アイスやケーキを食べているのを知っているの?」


「え? 知らないと思ってたの?」


「ガーン!〝勝の知らない秘め事だと思ったら、全部ばれてました、チクショー!〟」




 近所の神社でお参りして、別の神社の参道で買ったベビーカステラを持って帰宅した僕たち夫婦。集合ポストを見ると年賀状が輪ゴムで束ねられて入っていて、取り出すときに一枚の紙片が床に落ちました。


 僕がその書面を拾い上げたのですが、文面を見ると元日から頭に血が上り、


「元日から攻撃かよ、本当にしつこい人たちだな……」


 つい大きな声を発してしまった僕。妻にその書面を渡すと、


「よほど我が家には理事会に入ってほしくないんだね」


 書面の冒頭には〝理事選出辞退届〟と書かれていて、理事会への参加が難しいため理事長に理事選任の権限を一任しますと印刷されていた。隅っこに付箋が張られていて、〝自署と押印のうえ管理組合のポストへ投函〟と鉛筆書きされていました。


 妻が集合ポストの片隅に置いているごみ箱へ捨てようとしたのですが、僕がそれを制して家に持ち帰りました。もちろん付箋も張られた状態のままです。


「どんな証拠になるのかわからないけど、とりあえず保管しておくよ」


「そっか! 〝小さなことからコツコツと!〟証拠を集めて逃げられないようにしなきゃいけないもんね。〝一つよろしいでしょうか?〟って聞いておいて、〝最後にもう一つだけ〟って聞いて追い詰めていくんだよね」


「僕って右京さんみたいな感じに追い詰めていくのかな?」


「そうだと思うけど、勝が、〝うちのかみさんがね〟なんて聞き方しないと思うし」


「うちのかみさんがとは言わないけど、妻に対する圧力についてとは言うかもしれないよ。清掃員は実際に脅してきたわけだしね」


「私も理事会に出た時の決め台詞が欲しいなあ、うーんと、〝人の世の生き血を(すす)り、不埒(ふらち)な悪行三昧、醜い浮世の鬼を退治てくれよう佳奈ちゃんが〟うん、決まったね」


「佳奈、随分と古い時代劇を見てるんだね。それって僕の両親が子供のころに見ていたんだよ」


「そんなに古いんだ、ひょっとしたら理事の人たちもポカーンとしちゃうかな」


「佳奈、できるだけ僕が理事会に出るほうが良さそうだね」


「ううん、大丈夫! 変な事言われたら、フレミングの左手の法則にした指を顔に当てがいながら〝実に面白い!〟って言うもん!」

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