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第8話 グレースの気持ち

 目を覚ますと、ぼやけた視界の中で誰かが泣いていた。

 数回の瞬きの後、視界はきちんとした象を結び、涙の主が誰なのかを教えてくれた。


「良かった。痛いところはない? いつもと違うところとか」


 いつもと違うところなんて……そんなの今まさにそうだよ。

 目を覚ましたら誰かが泣いているなんて、本当に久しぶりだ。

 本当に。


「姫様、待てよ。混乱してる、一旦静かにしよう」


 ヘンリクもいたのか。


「……どうしたの? ……寝坊でもした?」


 出した声は掠れていた。言い直そうか一瞬悩んで、まあいいかとそのまま言い切る。


「ふざけたこと抜かせるなら、大丈夫か?……そうだよな?」


 頭の上でヘンリクが素早く頭を振って誰かに言葉を投げかけた。


「現状だけ見るとそうだろうが、医者の立場としてはそうやすやすと頷けん」


 グレースではない誰かだ。知らない女。軍服の上に体格に合わない大きめの白衣を羽織っている。それでも胸部だけは、白衣で覆えない程に大きい。若いが、肉体的には俺よりも年齢は上だろう。大人びているように思えた。


「貴様が回収したあの——金属の針、でいいか。あれと、この復生体の傷口を見るに、こいつには人間なら即死するほどの電量が流れている。人間、というよりも、それよりも大型の生物でも感電死するほどの電量と電圧だ。しかしだ。こうしてただ寝ていましたかの様に目を覚まされたら、驚く以外に打てる手がない」


「よかった……のかな? ね? リベル?」


 女の言葉を最後まで聞いたグレースがこちらに微笑む。

 どうしたのか。事態を飲み込めない。


「……何があったの?」

「ここに運びこまれてくる復生体を診ていて常々思っていることだが、個体差はあれど、皆常軌を逸して頑丈だな。千年前、世界を支配しかけた——支配していただったか? 子供のときに読んだきりだからよく覚えていないが、そうなっていたのも頷ける」


 無視されたー。

 しかたない。もう一度寝るか。


「あ、リベル!」


 目を閉じた瞬間に名前を呼ばれた。

 これでは寝られないよ。

 むくりと上半身を起き上がらせる。止めようとしてきたグレースを片手で制して、みんなに向かって声をかけた。


「それで、何があったの?」

「覚えていないようだな。無理もない。説明してやれ」

「あと、あなたは?」

「自己紹介はまだだったか? すまん他の復生体と見分けがつかなくてな。ミクシア・ルーネットだ。軍医をやっている」


 彼女はそう言ってワインレッドの長髪をなびかせた。


 ・


 ヘンリクから大方の事情を聞き終えた俺は、ぐったりと項垂れた。


「どうした?」


 戸惑うヘンリクとグレースに「なんでもないよ」と視線を向ける。


「その女の子はどこに?」

「どこって、治療を施して拘束してるぜ」

「思い出したよ。それと、わかったことがある。ヘンリク、なぜ俺たち復生体が死んだのか、話し合ったろ? その理由がわかったかもしれない」


「理由?」ヘンリクはピンときていないような素振りを見せた。彼が今の状況を一番理解している。それ故に不可解なのだろう。


「少年兵かもしれないって仮説の話だ。復生体を殺したのが少年兵……子供だったとしても遅れを取ることはない。でも、例外はある。絶対に傷つけられない子供が存在する」

「ヘンリク、その子の髪は紫色じゃなかったか?」


 ヘンリクが目を見開いた。


「ああ」


 息を飲んだのがわかった。やがて、彼は神妙な面持ちで首を縦に振った。


「友人の娘とその子の声が同じだったんだ」

「でもそれって……」


 グレースが言葉を途中で止めた。

 何を言おうとしていたのかわかった。

 千年も前の話でしょ? この辺だろうな。

 力の無い笑みが俺の口から漏れた。


「そうだ。千年以上も前の話だ。もちろん生きてるはずない。というか……」


 今度は俺が言葉を止めた。


「いや、つまり俺たちはその特徴を持つ子供は殺せないってことだ。少なうとも躊躇う。その隙に感電死したんだろう」


 そんな言葉と共に思い出すのは、千年以上前の日常だった。

 あの子が生まれて、早くに亡くなった友人の代わりにあの子を育てた。

 その時色々あって俺は多くのものを失って自暴自棄になっていた。


 それを引き止めたのはあの子だ。もちろん言葉を用いて説得されたのではない。ただ、友人の忘れ形見の涙は、俺を正気に戻すのに十分だった。


 抱きしめた時の感覚は今なお俺の心に刻まれている。

 結局、その子を育て終えた後、俺は神能者狩りをするのだが。

 自嘲気味に笑う。ふと、グレースがどんな表情をしているのか気になった。

 なぜかはわからない。ただなんとなく、気になっただけだ。


「友人の娘か、自分の子供ではないのか?」


 グレースの方を向く前に声をかけられたので、その表情は確認できなかったが。


「いなかったのか?」


 ミクシアは、自分の赤い髪の毛先を人差し指で巻きながら言った。

 対して興味もないが、とりあえず話題に出してみた、といった感じだ。


「ああ……」


 そんな彼女とは裏腹に、俺の呼吸は遅くなった。一瞬息が止まったからだ。


「どうだろうね?」苦笑が漏れた。

「そうか……」


 そんな俺の反応は、ミクシアにとって以外なものだったのだろう。彼女は明後日の方向に目を逸らして、それだけを呟いた。


「そういえば、ミクシアさんはどうして復生体の治療を?」

「どうしてとは?」


 心なしかほっとしたような表情をミクシアが見せた。気まずいとでも思っていたのだろうか。最初に聞いた言葉から、どことなく、頑固な研究者といった人物かと思っていたから、以外に思って少しだけ微笑んでしまう。


「いや、いくらでもいるし、コスト面で見ると無駄かなって、俺たちはありがたいけどね」

「そのことか」


 ミクシアがくいっと、顎で彼女の隣に立つ人物を指した。当の本人は、疲れたのか、ベッドの椅子に腰を下ろしたところだった。


「殿下の頼みだ。断れないさ」


 驚いた。

 グレースが不安そうな顔を見せる。小言で、「それは……」なんて言っている。ぎりぎり聞こえるくらいのか細い声だ。


「なぜ殿下が何も言わないのか見当がつかないが……」

「先生、それは」


 ヘンリクが助け舟を出すかのように口元へと人差し指を当てた。


「……ふむ」


 ミクシアはしばらくそう言って黙ったあと、納得したように、そして呆れたように「なるほどな」と呟いた。


「グレース殿下が言わないなら、私の口から説明しよう」

「ちょっ……」


 ミクシアを止めようとしたグレースの言葉が、途中から諦めたかのようにかき消えた。

 観念するかのように、小ぶりな口元を引き結んで俺を見る。

 ミクシアはそんなグレースの様子を眺めてから、俺の目を見て言葉を発する。

 瞳の色も赤いのか。


「殿下は、お前のために私を雇っている」

「俺のために?」

「そうだ」

「どうして?」

「その赤いドッグタグ」


 ミクシアが俺の胸元を指さした。

 思わず触れた胸元に硬い感触。そこにはチェーンの付いた赤いドッグタグがあった。それを手のひらに収め、眺める。自然、グレースと交互に見てしまう。


「それが復生体の中からお前を探す目印だ。その赤いドッグタグを持つ復生体を最優先で治療するように私は頼まれている」

「最優先?」

「そう。最優先だ。それは復生体の中でという意味ではない。ヘンリクのような志願兵を含めてという意味だ」


 どうしてとは、訊けなかった。そして、その意味をしっかりと理解するのはもう少し時間をかけなければいけないと思った。


「その意味が、お前が余程鈍くなければわかるはずだ。その答えに至る年月は重ねているのだからな」


 グレースを見た。

 俺の視線のせいか、彼女が俯き、チャコールグレーの前髪が揺れた。

 露出した耳の先が赤いような気がする。

 寒いからだろうか。この部屋は少し肌寒い。俺は毛布があるから大丈夫だが。

 あー、いや、きっと。

 違うだろうな




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