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第45話 少女の推し活

 紫色の髪、そしてこの場所にいること。

 手がかりが少ない中で、この問いをしたことは正解だったようだ。

 少女は少しだけ無言になって何かを考えるような仕草をした。

 俺のことを見つめ、半歩下がる。


「……マーガレット・レイシスと言います。……お客様は、私を殺しにきたのでしょうか?」


 ややあって開かれた口から、そんな言葉が漏れる。

 

「そのつもりはありません。歴史から見て、あまり信用はないかと思いますが」


 俺の言葉にマーガレットは小さく微笑んだ。

 信じたのか、そうではない作り笑いなのかはわからない。ただ、安心していることは本当のようだ。

 

「よかったです。せっかくですし、わたくしも何か飲んでも良いでしょうか?」

「どうぞ」


 マーガレットが注文したのは、何やら複雑な名前のカクテルだった。

 俺は最近の酒には疎いからよくわからないが覚えておこう。最近の若者はああいうのを好むらしい。


「それで他に何をお聞きに?」

「そうですね。何か困ったことはありませんか?」


 神能が発現したのが最近ならば、何かしらの出来事がきっかけになっている可能性は高い。


「いえ。特には」

「それはよかったです。それならどんな神能か伺ってもよいですか?」

「それは……」


 マーガレットは口をつぐんだ。

 踏み込みすぎたか。


「できれば、教えていただけると助かります」

「……はい。温度を操る神能です。火をつけたり、凍らせたりすることができます」


 熱を操る神能、まごうことなき戦闘に特化した神能だ。


「それはいつから発現しましたか?」

「小さいときからです。食べ物を凍らしたり、焼いて食べるのに使っていました」


 それならばきっかけは空腹からだろうか。

 小さな頃から貧民街で暮らしているのならが、そう言った苦労は絶えなかったはずだ。


 グラスに目を落とす。まだ酒は半分も減っていない。クラウディアの方もそう変わらない。         これなら話が長くなっても良さそうだ。


「そのすみません。一つよろしいでしょうか?」

「どうぞ?」

「失礼します」


 マーガレットはそう言って席を立ち、忙しなく二階への階段へ小走りに向かっていった。

 その様子にクラウディアと首を傾げる。


「なんだろう?」

「ね?」


 そう時間を置かずにマーガレットが戻ってきた。手には古びた本。

「お待たせしました」


 随分急いできたようで、息が少し上がっている。


「あの、これ……」

「これが何か?」

 そう言って差し出された本を凝視する。表紙は半分ほど破れてタイトルはわからない。埃はついていないから普段からよく読んでいるのだろうか。

 この本をくれるのか。わからない。


「サインをいただけませんか?」

「はい?」


 上目遣いにそう言われた。意味がわからない。本なんて書いたことないし。


「あ、これ!」

 クラウディアがマーガレットの手から本をひったくり、無遠慮に中を読み始めた。

「あっ、返してください!」

 クラウディアはマーガレットの非難の言葉を無視してパラパラとページを捲る。

「何してんの。さっさと返せ」

 クラウディアから本が傷つかないように気持ち丁寧に奪い、マーガレットへと手渡す。


「すみません。ちょっと好奇心が暴走するタチでして、悪いやつではないんです。変なやつではあるんですけど」


「ありがとうございます」

 マーガレットはそう言ってお礼を言ってくれた。

 悪いのはこちらなのに申し訳ない。

 お前も謝れよ。なんで酒飲んでんだ。一休みする要素なかっただろ。


「それで、その、……だめでしょうか?」


 意味がわからない。

 俺は本など書いたことはない。何かの勘違いだろうか。


「ふっ。ボクのサインもいるかい? その本の元の歌を歌ったのは、このボクさ」

「え、ほんとですか?」


 クラウディアが訳知り顔なのがムカつく。

 だがしかし、得心がいった。

 つまり、今マーガレットが抱きしめるように持っているこの本は、俺の物語なのだ。

 だからサインが欲しいと。

 千年も前のことなのに。なんだか照れ臭くなって頭をかく。

 

「それはあくまで、物語です。俺は期待されるような人間ではありません。それでもよかったら、是非」


「ありがとうございます。この本のおかげで今まで生きて来られました。本当にありがとうございます」


 俺とクラウディアがマーガレットから受け取ったペンでサインすると、彼女はその文字を眺めてしばらく上の空だった。

 しばらくして正気を取り戻したマーガレットに本の内容を聞くと、それは大昔に俺がクラウディアに話した出来事をモデルにした物語だった。

 炎を操る奴隷の少女の話だ。

 俺は自らの神能で火傷したその少女を治療し、神能の扱い方を教えたのだ。


 もちろん、その内容は本の内容の本の一部分。後ろの方にある、数ページ程の内容だ。けれどもマーガレットはその部分をとても気に入り、小さい頃に本を拾って以降、今まで大切に持って、辛い日々を乗り越えていたそうだ。

 ところどころに書いてある、神能に関する知識も参考になったらしい。


「でもその本。よく拾えたね」

 

 それは、世間話に花を咲かせるようになった頃に出た。クラウディアの疑問だった。

「そんなに希少な本なのか?」

「うん。ボクも今まで読んだことなかった。というかここ最近、それこそ数十年前に書かれた内容じゃないかな? ボクの歌が下地なら、リベルの活躍がしょぼいし」

「そんなもんか。作者はだれなの?」

「それが、わからないんです。わたくしが拾った時には既に表紙が破れていて」

「ふーん」


 その話題は特に広がることなく流れた。

 あとは千年の前の昔話をマーガレットにせがまれたので少し話した。もちろん、話せる範囲で。ファンの女の子を幻滅させないように話すのには苦労した。


 あとやるべきことは勧誘だ。


「マーガレットさん。もしよろしければ、僕の元で働きませんか?」


 王国にいる神能者たちへの調査。それには人手だけなら復生体がいればいい。

 でも人には相性がある。復生体が神能者の元へ行っても失敗する時が必ずくる。

 そして、万が一にも暴力沙汰になった時に戦える実力も大事だ。

 マーガレットの神能はその基準を満たしている。彼女自身の人となりは無論だ。


 マーガレットは俺の提案に泣きそうな顔をしながら、俺の右手を自身の両手で取った。


「ありがとうございます。けれど、少しだけ考えさせてください」

「もちろんです。今の生活もあるでしょうから」


 貧民街だから不幸と決めつけるつもりはない。彼ら彼女らにも日々の幸福はある。俺の提案は、今の生活から離れることの決断を迫るものだ。ずっとこの場所に住んでいたのなら、きっと大切な人もいるだろう。


「感謝いたします」


 その言葉に、炎を操る神能を持つ少女の顔がよぎった。こんな感じにお礼を言われたことを今思い出した。


 こんなふうに和やかな気持ちになって酒を飲んでいるとき異変は起きた。


 突然、肩を掴まれたのだ。

 振り返るとグレースがいた。

 

「あ、グレース。なんでこんなところに」


 俺は自分でも驚くくらい陽気に声をかけた。

 ちょっと酔ってるな。


「なんでこんなところにいるの? ここ、娼館」


 あー。


「ボクは無関係です!」


 顔を赤らめたクラウディアが要らない宣言をする。

 青い瞳に睨みつけられ、俺は言葉を失ってしまった。

 次の一言が明暗を分けることだけはわかる。


「違うんだ」


「嘘。大丈夫、信じてるから。クラウディアさんも居るし変な心配はしてない」

「そうよかった。でもならなんで目が据わってるの?」

「気にしないで」


 そうは言ってもグレースの体中から漏れている怒気は落ち着くそぶりを見せない。


「勅令よ。この前、クラウディアさんが聞かせてくれた新興の神能者組織について、ある程度の裏が取れた。あなたには今からヨーロフ共和国に行ってもらいます」

 

 深夜、流れるような速さで俺の出張が決定した。


「え、今から?」

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