第42話 エルフのクラウディア
なんとかグレースにクラウディアとの関係を説得し、事なきを得る。
クラウディアは俺が説明している最中完全に置物だった。
お前も説明しろとも思ったが、都合が悪くなると完全に黙る癖を久々に見ることができて妙に嬉しい気持ちになった。
思えば本当に久しぶりの再会なのだ。それこそ千年ぶりの再会。それに少しだけ目頭が熱くなる。
「そう言えば、なんでグレースと一緒だったんだ?」
「ん? 食い逃げして捕まった」
「警察からおかしな特徴のある人物だから念の為来て欲しいって王族に申請があったの」
「食い逃げって……」
感慨は即座に引っ込んだ。呆れた。
「それにおかしな特徴って、あれか」
「そう、これだよ」
クラウディアは大きな帽子を頭から取る。長い緑かがった金髪が流れ、その特徴が露わになる。そこにはやや上向きに尖った長い耳があった。久しぶりに露出できたからかヒクヒクと動かしている。
特徴的なエルフの耳だ。
「そういえばリベル、ボクの種族ってなんて言うんだっけ?」
「は? 忘れたの? 自分の種族名を? まじで?」
「うん、同族なんてずっと会ってないしね、それに今の時代の人は知らないからさ〜」
「……そうか。君の種族名はエルフって言うんだ」
忘れられた種族。
クラウディアは元気な調子で喋っていたが、そこにある郷愁を俺は見逃すことができなかった。
「そうだ! エルフだ! 最初の文字がエなことは覚えていたんだけどね。いや〜、リベルが覚えていてくれて助かったよ」
「それはウィルのおかげだよ」
千年間も記憶を引き継いで生きていけるのは、全てウィリアムのおかげだ。
「ウィルは今どこにいるの? 挨拶したいんだけど」
「王城に居る。そう易々と会えないけど、いつか会わせるよ。きっと喜ぶ」
その時は三人で昔話と洒落込もう。ウィルは話すことはできないけど、三人で。
「久々に集まれるのか〜〜。いいね〜」
「あの、その時はわたしも参加していい?」
グレースは意を決したという様子で控えめに手を挙げていた。
「お、いいね。でも大丈夫? 老人会になるけど」
クラウディアが軽口を叩く。
老人会ってなんだそれ。俺は記憶だけ長いだけで肉体年齢は若い。
ばばあはクラウディアだけだ。
「若者が一人は居た方がきっと楽しいですよ」
「たしかに!」
グレースにも自然と老人枠に入れられてるし。
まぁいいけどね。
「ところでリベルさ。君今何してるの?」
クラウディアに問われ、俺は頭を捻る。
導き出した結論はこれだ。
「何もやってない……」
「無職じゃ〜ん」
「いや、前までは炭鉱で働いたり、それこそ最近は兵士として戦ったりしたんだよ」
「ははは」
「本当だって、腹立つ顔をするな!」
無職、そう言われて胸が痛むが、事実そうなのだ。連邦との同盟関係締結に向けた会議はあるが、かかり切りになる程の頻度ではない。
ちゃんとした役割があった今までとは違い、今の俺にはやる事がない。
グレースとデートに行くくらいだ。もちろん、デート代はグレースが払ってくれる。とても情けない。
今の俺の現状はつまるところ無職のヒモなのだ。
「リベル。働いてなくても、わたしはあなたが好きだよ。たくさん頑張ったんだし、少しくらいお休みしてもいいんじゃない?」
「ありがとう。でもちょっと今はいらない優しさかも」
グレースの憐憫と愛情の眼差しが痛い。
どんな状況でも恐ろしく年下の女の子にデート代を払ってもらっている状況には身が保たないものだ。
「一応、新しい役割が与えられるかもしれないんだ。採用されれば無職じゃない」
「どんな?」
「ああ。この国は神能の報告が極端に少ないんだよ。それは多分、俺がいるから。俺が神能者を殺して回った歴史は多くの人が知っているから、万が一にも復生体に目を付けられて危害を加えることを恐れているんだと思う」
「なるほどね〜。あの時はすごかったもんね」
「そうだ。クラウディアさ、あれ持ってる? 神能別の討伐数の表」
「あー、隠れ家にはあるよ? なんで?」
「討伐数の表?」
小首を可愛らしく傾けるグレースの呟きに、説明しようと体を向ける。
「えっと、どの神能が復生体を何人殺したかの表だよ。ある程度の系統でまとめて記録にしてて、例えば炎を扱う神能がどれだけ復生体を殺したのか、みたいな」
「そういうことね。ちなみに〈巨神の石〉も載ってるの?」
「載ってるよ〜。名前が付く神能なんてほとんどないからね。〈巨神の石〉はそれだけで記録してある」
クラウディアはなんでもないことのように答える。ある程度は頭に入っているのだろう。
「その記録はいくつだったんですか?」
「復生体を討伐した数のこと? それはもちろん、測定不能だよ。あの戦いはボクも見てたけど、リベルたちが何人死んだかなんてわからないくらい凄まじいものだった。多分知ってるのはウィルだけだろうね」
「そっか。やっぱりポテンシャルはあるんだ……」
グレースは俯き何かを考えているようだ。
「君も王族ってことは〈巨神の石〉を持ってるんだろうけど、一緒にしない方がいいよ、あんな化け物と」
クラウディアがあっけらかんと言うものだから、グレースは少し面食らったように身を引いた。
「そうかもしれないですけど、そもそも、この国の建国の歴史なのに、わたしは実際にどんな戦いだったのか知りません。今度、お時間がある時に教えてくれませんか?」
「お安い御用さ。リベルがいいならね。少なくとも、ここにいるリベル・ダ・ヴェントが許すなら」
その言葉にはっとしたようにグレースがこちらを向いた。
本人がこの場にいることをもしかして忘れていたのか。
グレースには結構抜けてるところがある。
「別にいいよ。なんでも知ることは大切だからね」
心配事はある。
クラウディアのお喋り好きは異常だ。
一度話始めたら関係ない話もしてきて、きっと終わるまでに三日は掛かるだろう。
それにグレースが巻き込まれるのが可哀想でならない。
「ありがとう。たくさん勉強するね」
「えらいね」
「あ、そうだ」
グレースは机に置いていた自分の鞄に手を入れ、書類の束を取り出した。
「これ、頼まれてたもの」
グレースから差し出された書類の束を受け取る。
「おお、ありがとう。これで就職できる」
冗談めかして言うと今度はクラウディアが首を傾げた。
「なにそれ?」
「これは神能を発現した疑いがある臣民のリストだよ。まぁ噂話が大半だろうけどね」
「あーさっきの話ね。上手くいけば無職じゃなくなるってやつ」
「そう。ここいる人たちに話を聴いて実際はどうなのか確かめる。それでもし本当に神能者なら保護するんだ。突然力に目覚めて混乱しているだろうからね」
もちろん、神能を発現している以上、一筋縄ではいかないだろう。神能は強い想いから発現するものだからだ。だがしかし、千年生きて、彼ら彼女らと物騒な方法ではあったが関わってきた。その経験はきっと活きるはずだ。
「ふーん、リベル、君変わったね。もちろん良い方向に」
クラウディアは感慨深げだ。それが妙に照れくさい。
「だろうね。グレースのおかげかな」
もらったリストをパラパラと捲りながら答える。
グレースが「もう」と照れたように肩を小突いてきた。
ふと、書類を捲る手が止まる。
そこにあった名前に既視感があったからだ。
「……エイラ・ソンク?」
脳裏に白髪頭の友人が過った。




