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第41話 不法入国者した親友

 早歩きで廊下を進む。途中、ぶつかりそうになった職員に頭を深く下げられそうになるのを手で制し、向かうのは突き当たりの部屋。

 グレースに、変な人がいるの、助けて。なんて言われたら行くしかあるまい。

 あと何これけーたい? だっけか? めちゃ便利だ。

 グレースの声が近くで聞こえてちょっとドキドキしたよ。

 ノックをして、首を傾げて、騒がしい音がする部屋の中へと入る。

 目の前に広がった光景に俺は思った。


 意味がわからない。


 緑がかった金髪を大きな帽子に押し込んだ部屋の実質的な主は俺を見つけると、情けない表情で叫んだ。種族柄整っているはずの相貌は見る影もない。


「おお! 親友ー!」


 グレースに入出国管理局に呼ばれて来てみれば、見窄らしい姿をした知り合いがいた。

 職員一名とグレースに宥められているようだ。

 腹が減っているのか、ドアをノックする前からお腹の音が聞こえてきた。

 あんまりな再開に、涙が出る気配もない。

 とりあえず、職員さんには席を外してもらい、再度、見知った顔に目を向ける。


「リベル、助けてくれー!」

「なにこれ?」

「リベル、この人知り合い? どうしよう?」

「聞いてくれよ、リベル! こいつら、話も聞かずにこんなところにボクを誘拐して閉じ込めるんだ! たかが不法入国しただけなのに!」


 とりあえず、ここの職員たちとグレースの正当性は保証されたようだ。

 よかった。

 じゃあ、何も問題ないな。


「いいじゃんそのままで」

「えっ」

「えっ、じゃないよ。悪いことしたんだし」

「そんなこと言うなよ! 薄情者!」


 クラウディアは俺を逃すまいと左腕に絡みついて全体重をかけてきた。

 胸が当たっているがそんなことお構い無しだ。恥じらいが無いんだよな、こいつ。昔から。


「離してくれー」

「嫌だ! 助けてくれ〜〜!」


 やる気のない抗議の声を上げるが、ぴしゃりと悲鳴に似た声でかき消されてしまう。


「え、距離感……」


 グレースが何か言ってるが聞き取れない。こいつがうるさいからだ。


「なぜだ! 結婚式もした仲じゃないか!」


 レーミアの結婚式の余興にこいつを呼んだのだ。

 それを言われると弱い。おかげで式は大成功。レーミアもとても喜んでいた。


「え、結婚式?……」

 グレースがぶつぶつ何か言い始めたがそれどころじゃない。


「その時はありがとう! でもそれとこれとは別だろう? 千年も前のこと」

「君がそれを言うなよ! 千年も前のことで、どうせまだうじうじ悩んでいるんだろう? それに君に恩を着せなきゃ、千年も前のことでいったい誰に恩を着せるんだ!」

「お前、だいぶ最低だぞ。自覚ある?」

「うるさい! ボクは自分の身の安全の為に、ただそれだけの為に、心を鬼にして言っているんだ!」


 すごい、人ってここまで悪くなれるんだ。

 逆に感心する。

 そして千年前から変わっていないようで安心したよ。


「さっき話があるって言ってたろ? その話って?」

「リベル、助けてくれよー!」

「それ今やったから」

 

 やっとのことでクラウディアを宥め、何やら挙動不審なグレースと一緒に席に着く。俺とグレースは隣同士、クラウディアとは机を挟む形だ。


「それで?」

「そうそう、本題はそれだよ。まったく」


 落ち着けー。イライラするなー。我慢しろー。


「新興の神能者の組織が隣国でできた」

「ん? もしかしてジェロンか?」


 戦争は決着したはずだ。今は同盟関係構築に向けて動き出している。

 まさかと思って訊くと、クラウディアは首を横に振った。


「違う。ジェロン連邦ではないよ。ルーンディアの南にある国、ヨーロフ共和国だ」

「ヨーロフか。でも神能者の組織って、それこそ千年前に数えきれない程潰している。今さら気にするようなことか? それに仮にも共和国だ。下手な真似はしないと思うけど」

「いや、ヨーロフ共和国で確認したというだけで、その国が関わっていると決まったわけじゃないんだ。それに多分、ヨーロフ共和国は無関係だろう」

「どうして?」

 

 耐えかねたかのようにグレースが口を挟んだ。なぜかクラウディアを見る目付きが座っている。青い瞳がまるでガラスのナイフのようだ。


「これは今からボクが話すことが理由になってる訳だから、少し伝わりにくいと思うけど。ヨーロフ共和国は先の王国と連邦の戦争に関与しなかった。動くチャンスはいくらでもあったのにも関わらずね」


 つまりこう言うことだろう。A国とB国が戦争を始めた、でも世界に二国しか国がない訳ではない。当然C国もD国もある。本来ならば、他の国がどちらかの味方をしたり、敵になったりで泥沼の戦いになる。

 今回の場合、ヨーロフはジェロンの味方をすれば、王国を地理的に挟み撃ちにできた立場だ。当然、それだけが最善の戦略とは言えないが。

 その選択を、ヨーロフは放棄している。

 そしてクラウディアの口ぶりから推察するに、その新興の神能者組織とやらがやろうとしていることはヨーロフ共和国がやろうとしない過激なことなのだろう。


「なるほど。それで、その神能者の組織はどんな神能を持っているんだ?」


 重要なことだ。今からクラウディアが話すだろう、その組織の目的を挫くことができるかは、その組織の保有する神能の強さに関わっている。

 具体的に言うなら、復生体(おれたち)が対処できる神能なのか否か。


「探ってみた感じ、少なくとも相手は、リベルたち復生体を倒せると思っている。いても作戦に支障はないとね」

「そうか」


 クラウディアは真剣な表情で俺を見た。

 今存在している復生体に関する逸話の元を辿ると、全てこいつの歌に行き着く。クラウディアは、俺の次に、もしかしたら俺以上に復生体のことを知っている。


「それでそいつらの目的は?」

「まず訊かれた神能について答えるよ。組織のリーダーが持っているのは、〈爆発〉の神能。他の神能者の能力は調べ切れなかった。ごめん。そして目的は端的に言うと、そうだな。各国の都市の上空に爆弾を吊して、交渉を有利に進めること、かな?」

 

 随分と馬鹿げた話だ。

 だが、荒唐無稽と門前払いするには、情報を持ってきた相手が信用でき過ぎる。

 それにもし、各国の重要な都市の上に爆弾が吊るされるといった事態になったなら、その組織の発言権は大きなものとなる。少なくとも無視はできない。



「もちろん。爆弾を吊るすというのは比喩だろうね。推察するに長距離の射程を持つ神能だろう。それこそ国家間を跨ぐような」


なるほど、射的距離だけならヴァシリオスと同等か、上回る可能性がある、ということか。

もし仮に、そこまでの長距離で〈爆発〉を撃ち込まれたら相当追い込まれるのは間違いない。


「威力も相当なもの、ということか」


 都市を人質に取ると言っても威力が低ければお話にならない。それこそ都市を飲み込むほどの破壊力がなければ成立しないのだ。

 この話をすべて鵜呑みにするのなら、国家のあり方そのものが揺らぐ神能だ。

 今現在、それが可能だったヴァシリオスはいないし、ヴァシリオスもそんなことをしようとはしていなかった。だから失念していたが、その懸念はこの世界に神能が存在する以上いつ現実に起きてもおかしくはなかった。話を聴いて、なるほどと思ってしまった自分を恥じる。


「それで、クラウディアはそれを伝える為に不法入国を?」


 情報の質は高い。情状酌量は十分に期待できる。


「それも半分だね」

「もう半分は?」

「リベル、だずげて」

「えー」


 曰く、興味本位で組織の内情を探っているうちに目を付けられ命を狙われるようになってしまったようだ。街道を封鎖され、野を越え山を越え、はるばる王国へと辿り付いた、と。


 「まぁいいや。暫くこの国にいなよ。グレースも話を聴いてる訳だし、暫く滞在するくらい問題ないでしょ」


 呆れたらいいのか、褒めたらいいのかわからない。

 馬鹿正直に自分を守って欲しいという言える胆力は、手放しで褒めるべきか。


「あ、話終わった?」


 最初の短い質問以降、ずっと口を閉ざしていたグレースが声を発した。

 様子がおかしい気がするが気のせいだろうか。


「じゃあ本題ね」

 俺たちの返事を聞かず、グレースは話の主導権を握りクラウディアを睨み付けた。

 俺はもちろん口を挟むような愚かな真似はしない。

 でもこれだけは言いたい。


 今までが本題では?


 クラウディアはあまりの迫力に挙動不審に瞳をぱちくりしている。

 エメラルドと見紛う程の翡翠色の瞳が泳いでいる。よくわからないけど、自らの身が危険なことには気づいたといった様子だ。


「えっと、クラウディア、さん? ちょっとさっきのリベルとの距離感とか、結婚式の話とか詳しく聞かせてもらえますか?」


 なるほどね。

 はい。誤解をしていらっしゃると。

 

 グレースの誤解を解くのに小一時間掛かることになった。

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