第40話 長命な吟遊詩人
リベルとグレースが去ってしばらく後。
ルーンディア王国、その王都。噴水のある公園のベンチに大きな帽子を被った少女がいた。緑がかった金色の髪を帽子に押し込んでおり、帽子は大きく、耳まですっぽりと包むほどだ。
彼女は昔、吟遊詩人と言われていた。
彼女は絶滅寸前の長命の種族であった。親友が——少なくとも彼女は親友だと思っている——千年ほど前にとある戦いに敗北してからは大層暇ではあったが、少なくとも世界中を旅する時間はあった。もちろん不法入国もお手のものである。
最近はというと、親友が戦争に参加するという情報を聞きつけて、戦地を練り歩き、お話になりそうなものを遠くから眺めていた。
収穫としては大満足である。興が乗った彼女は、公園に子供たちを集め、半ば無理やり自らが紡ぐ復生体の話を聞かせていた。
興味のない子供たちから次々に離脱し、残るは少年一人だけである。
「それで、その後リベル・ダ・ヴェントはどうなったの?」
「お、気になる? 気になっちゃう? 実はほんの少し前までは、この話はこれで終わりだったんだ。でも続きができたんだ! 初代国王に敗北した後の続きがね。それこそ千年もの長い月日を経て、いや〜まいっちゃうな! ボクのお客さんなんてもう全員死んでるぜ? まあこうして新しいお客さんに一から話すのも一興か!」
彼女のテンションは高く、少年は若干置いてきぼりを喰らっていた。それでも、幼い少年の目は輝いており、彼女の口から溢れる続きを今か今かと待っている。
「おっと、続きだったね? そうだな——とある復生体がこの国の王女と出会う所から話そうか!」
彼女は決して豊かではない胸を逸らし、まるで自らの武勇伝を吹聴するかの如き態度で話し始める。
彼女の名前はクラウディア。千年ほど前まではそこそこ存在していた、とある種族のおそらく最後の生き残りである。自分の種族の名はとうの昔に忘れていたが。たしか、最初の文字は『エ』だった気がする。
リベルなら覚えているだろうか。
今度教えてもらおうかな。
そんなことを頭の片隅で考えながら、クラウディアは少年をもう一度、物語の世界へと誘い始める。
彼女は忘れていた。自分がリベルに話さなければいけないことがあることを。
一つめは新興の神能者たちの組織が暗躍していること。
二つめその組織の連中に目を付けられ、命を狙われていること。
自身の安全の確保がメインであるはずの不法入国の件も忘れて、彼女は悦に浸っていた。




