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第36話 超越者

 戦地へと戻った自分を待ち構えていた光景にグレースは生唾を飲み込んだ。

 塹壕は破壊され、ところどころに死体が転がっている。その中には無理やり引きちぎられたかのような死体もあり、まさに惨憺たる有様だった。


 そんな中見つける。

 正しくは見つかったというべきだろう。

 自軍とはことなる衣装を着た復生体が一人、こちらを見上げていた。

 その姿を見た瞬間、地上に降りるという選択肢は消えた。 

 近づかれたら終わる。


 そう一瞬で判断できるほどの圧倒的な暴力。

 戦いの火蓋を切ったのはグレースの先手だった。

 自分が座る分だけを残して、金属のキューブを数多の手のひらサイズへと展開させる。

 金属キューブを構成する金属の一つ、正体はリチウム。

 そして周りへ散らばる戦車の残骸へと神能の手を伸ばす。

 ゆっくりと空中へと持ち上がった残骸たちは、この戦場に現れたイレギュラーへとその身を加速させる。超質量による砲撃だ。火薬を必要としないためにほぼ無音、しかしその威力と速度は並の大砲を凌駕していた。


 下腹が震えるほどの重低音を響かせて着弾する。

 雪が爆ぜ煙となり、上空からの視界は断たれた。しかしグレースは神能の手を緩めることはなかった。早く仕留めなければいけない。その恐怖心がそうさせたのだ。

 これで終わって。そう願いながら金属の砲撃を降らせるのをやめる。

 やがて晴れた煙の中を確認したとき、グレースはため息を吐いた。


「これでだめなの……」


 狙いには自信があった。

 しかし復生体はその全てを避け、なおもグレースを睨んでいる。


「お前か?」


 それは聞き慣れた声と同じもの。

 しかし、同じ人間から発せられたとは思えないほどの怒気。


「なんのこと?」


 恐れを隠すためにぞんざいに返答した。


「わからないならいいんだ」


 刹那、目の前へと何かが迫る。

 復生体がこちらに向けて何かを投げたのを、グレースは反射的に空中で止める。

 止めることができたのは運がよかったからだ。たまたま、復生体が投げたものが金属の破片だった。もし非金属であればただでは済まなかっただろう。


「さっきも操ってたのは金属だった。そしてこれも。そういうことか」


 背筋が震える感覚。神に賜ったと言われる特別な力を、攻略されているという異常事態。


「今度は君が躱す番だ」


 反射的にグレースは辺りを見渡す。

 周りにあるのは、先ほどのグレースによりさらに粉々になった金属片のみだ。はったりかと安心したのも束の間。


「そんなっ……!」


 復生体の行動に小さな悲鳴が漏れた。

 復生体は素早い動作で足元にある死体へと近寄り、その頭部を無造作に引っこ抜く。まったく自分と同じ姿の人間に行える所業では断じてない。


「これなら届くね」


 動揺したままのグレースを他所に、復生体は頭部を振りかぶる。先ほどと同じ必殺の投擲が、その以上な腕力から放たれた。

 当たる寸前で身を躱す。

 それでいいはずだった。

 自分の左側で、投げられた頭部が爆ぜた。横へと吹き飛ばされた自分の体が落下する。座っていた金属のキューブから体が離れてしまった。

 背中の衝撃。息を止まり。痛みが脳天まで駆け巡った。

 落ちる寸前、軍服の金属のボタンを操り、その勢いを多少殺すことができたが、雪に叩きつけられたのには変わりがない。


 眼前に迫るは拳撃。

 凄まじい破砕音とともにグレースは吹き飛んだ。

 内臓が揺らされ、なすすべなく雪の上を滑る。

 生きているのは奇跡だ。

 たまたま振りかぶられた拳の袖に、金属のボタンがあるのがわからなかったら、咄嗟に神能で拳撃の威力を弱めることはできなかっただろう。

 たまたま自分と復生体の間に、金属キューブが落ちてこなければ、その拳はグレースを貫いていただろう。

 たままた、落下中に自分の金属のボタンを操ることを閃かなければ、寸前で後方に飛ぶこともできなかっただろう。

 グレースの想定を外れた戦いだ。そもそも、先ほど頭部が爆発した理由もわからない。


「わかってきた。認識できなければ操れないのか」


 復生体はグレースへと歩み寄る。自らの袖口のボタンをちぎりその辺へと捨てた。


「どう……やって」

「ああ。簡単だよ。ピンを引いたら爆発する武器を、口に詰めて投げたんだ。なかなか器用だろ?」


 口ぶりからして、この復生体は手榴弾を知らない。さっき始めて知った物を土壇場の戦いに組み込むとは。しかも神能者という人智を超えた人間との戦いの最中にだ。


 類稀なる、戦闘の才。

 グレースは、恐怖と腹の底から湧き上がるような悔しさで下唇を噛んだ。

 〈巨神の石(メナカナイト)〉を持っている者が、リベル・ダ・ヴェントを討ち倒した。グレースはその歴史を鵜呑みにするあまり、大切なことを見失っていた。

 リベル・ダ・ヴェントを討ったのは、初代国王ヴァシリオスなのだ。神能という大きなラベルに目が行き、その事実をしっかりと認識していなかった。

 同じ神能を持つ自分ならば。そう思ってしまっていた。


「あなたはなぜ、そんなに強いの? 神能もないのに……」


 それは本気の問いだ。

 この強さの理由を知りたかった。


「神能か……。強さってそれだけじゃないだろ? 俺の知り合いにも不思議な能力を持つ者は多い。皆、いろいろな種類の強さを持ってる」


 グレースは復生体の言葉を、自分でも驚くほどすんなりと受け入れることができた。

 思い浮かんだのは、目の前の復生体とまったく同じ姿をした想い人。

 彼もきっと同じことを言うだろう。

 復生体が神能者に立ち向かえた理由がなんとなくわかった。それは、多くの種類の強さを知っていたからに他ならない。

 強さの本質を知っていたから、人智を超えた者たちに立ち向かうことができたのだ。


「あなたに勝つのに、わたしの神能だけじゃ不十分。でも……あなたと戦っているのは、わたしだけじゃない!」


 リチウム。その銀白色の金属は、柔らかく、軽い。昔の文明には無用の産物。その金属では武器を作ることはできないし、農具を作ることもできない。

 しかしその金属は、化学反応により電気を放出するという特性がある。

 そばにあった金属のキューブ——リチウムの塊から放たれた電撃が、復生体へと当たる。

 バチッという音と青白い光と共に、復生体の体が硬直した。




 復生体の動きが鈍るのを見逃さなかったのは、グレースではなかった。

 その白髪の青年は、戦車の中、今か今かとその時を待っていた。彼に特別な力はない。神能も、千年生きた経験も。きっと彼にあるのは、多少の器用さと、情熱だけ。

 遠く、戦車砲が火を吹いた。

 一泊遅れて着弾。

 重みのある雪を、まるで紙吹雪かのように巻き上げた。

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