表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/48

第35話 戦場へ 決戦

 目指したのは、女王の部屋だった。

 近衛兵に事情を話す。「わかりました」とそれだけ言って通してくれた。


「久しぶり」


 ベッドに横たわる老婆にそう声をかける。


「お久しぶりです。ここにくるなんて、珍しいではありませんか」


 眼を細める仕草は、俺に過ぎた年月を感じさせるのに十分なものだった。


「ああ、たしかに。それで、借りたいものがあるんだけど」

「ええ、いいですよ。何でしょう?」

「ヴァシリオスの剣を貸して欲しい。討たなければならないやつがいるからね」

「……わかりました。この国をお願いします。あぁ……一つ、伺っても?」

「どうぞ」

「昔、それこそ私が子供だった頃です。あなたは言ってくれました。君が女王になるべきだと。私は上手くやれたでしょうか?」

「君は立派だったよ」

「そうでしょうか……復生体排斥派を増長させ、今や貴族のほとんどがそちらの派閥です」

「それは仕方ないよ。千年も経てば、国は変わる。それこそいろんな形に」

「他ならぬあなたが言うのではあればそうなのでしょうね。それで、今度は誰を選んだのですか?」

「グレースだよ」

「そうですか。あの子はいい子です」


 女王は深々と頷く。まるで何かを噛み締めるように。


「寝てたんでしょ? 体を休めな」

「ありがとうございます。そしてご武運を。ああ、それと、服も用意しなければいけませんね」

「これは失礼」



 用意された衣装は、ルーンディアの軍服だった。生地の色は王国を象徴する鋼色。寒冷地でもなければ、これが正式な軍服なのだろう。ただ一つ違うのは腰に巻いたグレースの白い軍服の上着と、胸元に下げた赤い数枚のドッグタグ。

 王城の展望台。風を感じながら受け取った剣を掲げる。

 ものは試しと念じてみると、紫色の粒子が剣の周りを漂い、太陽の光を巨大な影が遮った。


「やっぱでかいなぁ」



 それは〈鯨〉と呼ばれている。

 ヴァシリオスとの戦いから千年間。

 その巨体は空を漂い続けていた。

 それ自体は音を出さない。しかし巨体が風を切るだけで、どれだけ遅くとも空気が鳴いた。

 鯨と呼ばれているだけで、その姿は決してそのようには見えない。

 後方にあるヒレのようなものが、辛うじて鯨のように見えるだけだ。

 大量の銅で創られたそれは昔から存在したこともあり、銅特有の経年変化で色が青い。

 全長九百メートル。

 全方位に向けられた巨大過ぎる無数の大砲。

 空を漂う巨船。

 王国の武力の象徴のひとつである〈鯨〉は、己の身に乗り込んだ者を認めると、厳かに、その躰を震わせることなく方向転換を開始した。



 この船の主人はすでにこの世にはいない。

 今ではこの剣を持っている者が移動手段としてだけ使える代物だ。


「君に乗るのは初めてだけど、よろしく頼むよ」


 鯨の鳴き声が聞こえた気がした。

 時刻は夕方に差し掛かる頃合いだ。


「焦ってる……」


 ものは試しと、正直な気持ちを口にした。

 千年前、俺はメルサたちの元へ急いだ。

 そして間に合わなかった。

 今の状況はあの時と似ている。

 俺の大切な人たちが危険な目に遭っていて、そこへ遠くから駆けつけている。

 あの時だって間に合いさえすれば……。いや、やめとこう。大昔の話だ。でも、そうか。全盛期の俺を、その意思を、今の俺は殺しに行こうと思っているのだ。

 まぁ自分のことなどどうでもいい。

 大切な人のためならば、自分の意思など、欠片ほどの価値も感じない。

 それでも、俺はメルサたちを愛した自分自身を、どうにかして救ってもやりたいのだ。

今夜完結します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ