第34話 記憶の欠片
扉が閉まる音がして、成長したグレースはどこかへと行ってしまった。
「なんだったんだ?」
首元でジャラリと主張しているドッグタグの束を見下ろす。
これから声が聞こえると、グレースは言っていた。
まるでフェロメリアみたいなことを言ってきたから、何か意味があるのではないかと頭を働かせてみたがわからない。思い当たる節がないのだから当たり前だ。
「そういえば、街に行くって言ってたけど、何するとかは全く決めてなかったよな」
あれ?
今なんて言った? こんな話題、今話していたか?
雪景色。雑に掘られた塹壕。白髪頭の青年。暖炉の側で話している。なぜかそこにグレースもいる。それらの光景たちが何の前触れもなく俺の頭の中を埋め尽くした。
「……なんだ」
こんなこと俺は知らない。
ウィリアムの遺体を見る。
わからない。
グレースに好きだと言われた。俺が何かを言った時、グレースは安心したらしく少し泣いていた。
ヘンリクが怪我をしたとき、抱えて連れて返った。暖炉で焼きマシュマロを作ろうとして一緒にグレースに小言を言われた。
レーミアの頭を撫でた。老人と同じ匂いがすると言われた。
グレースに触れた。すべすべしていて、心地よかった。
どこまでも現実的な映像に俺は頭を抱える。
「ああ……そうなのか」
そうして確信した。この映像は俺の記憶なのだと。
頭痛がしてきた。頭が割れそうだ。それは映像だけではなく音や匂い、感触までもが浮かんできたから。あまりの情報の量と大きさに脳の処理が間に合わない。
思わず地面に手を付いてしまう。
グレースはわかっててこんなことをしたのか。
グレースのここから出ていく時の様子はとても寂しげだった。
悪意はないのだろうが、頭が痛い。吐き気もしてきた。
でもなぜこんな目に合わせてきたのだ。
それだけがわからない。
「いってぇぇぇ」
小さく情けない叫び声を漏らし、俺は地面に蹲った。
そうだ。ドッグタグを外せば。
そう思って胸元へ手をやる。そして触れる寸前で止めた。
それは、グレースに赤いドッグタグを渡される時の光景が俺の脳を埋めたから。不機嫌そうに、悲しそうに見える彼女が、先ほどのグレースと重なったから。
「なるほど。これを見て、感じていけば……答えに辿りつくのか」
流れこんでくる情報と感覚に身を任せる。
ただ見ているだけの光景が、段々とそして確実に自分の記憶として定着していく。
「俺がこうしろって言ったのか。なんて傍迷惑な……。そもそもあの子に逃げてほしかっただけだし……」
そうして辿りついたのは一つの事実。そして感情。
「俺は、グレースが好きなんだ……」
その答えに行き着いた時——。
どれくらい眠っていたのか。
頭の痛みが嘘のように引いている。
「……助けに行かないと」
俺は多少ふらつきながら起き上がり、〈遺体の間〉を後にした。
その様子を、ウィリアムは静かに見守っていた。




